因石使いヒトム:ⅱ
「頭は撃ちましたが特に異常は見当たりませんので
貴殿の破廉恥な性格は生まれ持ったものでしょう?
刺された腹は中々に損傷が激しくも機能に別状はなく。修復には時間が必要だとも
飛ばされた拍子に硝子窓にぶつけた左手は筋が切れたと。
此方はうまく握れないかも知れません。最後に左膝を砕かれて居るので
当面は木杖の世話に成るかと言う事です・・・」
頭を撃ったのは確かであるが破廉恥で変態は生まれ持った物と決めつけられ
ヒトム当人もまぁまぁ自覚が有るにしてもたった一夜で左手の指の筋を切り
腹に穴傷ができれば食事もままならない。
お前に左足を砕かれていたとは気づかなかったし控えめに言ってもうまく歩く事も
この先は無理だろう。立った一晩で負った傷には深すぎる。
「皆。無精の主人に尽力してくれて有難う。迷惑を掛けた。すまぬ」
命を拾ったのが不幸の果の残った果実であろうがさすがのヒトムも言葉が少ない。
もともと偏屈でもあるし追われる身でもある。
未だ若さと栄誉を誉れとしていた時に厄災に巻き込まれ顔を含め体に火傷をも負っている。
魔法か奇跡で其の跡を綺麗に落とせるならきっと端正な顔の作りであろうが
そんなの無理であるから顔の皮膚は半分爛れ当人が笑っても不気味に引きつっても見える。
おまけにその日からは左手の指筋が切れかけているから婦人の乳房も満足に嬲れず
腸に傷が付けば食も細く成っていくだろうし尚且つ杖が無ければ満足に立ち上がれない。
正せさえ没落貴族とも成れば名誉も低く鼻高く自慢するほどの資産もないだろう。
個々まで来ると踏んだり蹴ったりでは済まず金槌で叩いて伸ばした笊の中の魚だろう。
跡は迫りくする運命に上がらうことも出来ず朽ちていくだけである。
ヒトムは暫くの間偽宝石商の屋敷に世話となっていたが
それもあまり長くはなかった。所詮は店と客の間柄と言い切り郊外に屋敷を借り求め移る。
その再に自分の体では今度世話をしてくれる者も多いほうが良いからと
礼を兼ねていくつかの因石をも購入する。
尤も資金に余裕があるわけでもないのだろう。飽く迄も使用人と言う立場の偽人だけに留める。
それでも・・・。
あのシシヌルミルカは付いてきた。
宝石商の屋敷に運び込まれて以来、ずっとヒトムの世話を良く観てくれる。
火傷の跡傷が火照れば湿布を張って癒やす。
まだ起き上がれぬ時などは粥をすするヒトムの口元まで匙を運び
うまくすすれず垂らすと布で優しくふきとってもくれる。
熱と痛みにうなされ朦朧とすれば水薬を自ら含み口写しで飲ませてもくれる。
軋む足を細い指で擦ってくれたかと思うと下の世話までも憚らず献身的に介抱しつくす。
其の癖シシヌルミルカは心を許さない。
男尊女卑の世情世界の中で堕ちても貴族であり偽人ホムンクルスを使役するヒトムであっても。
怪我人に対するそれ以上の事を進んで施し優しげに仕えてもで有る。
ふと瞬間に空気を読まないヒトムがつい求めてしまうときっぱりと断る。
「私奴は貴方の因石ではありませんっ」きつく言い放ち睨み返す時もあれば
「夫がおりますの。生涯の愛を契った夫が居ますの。人妻で御座います」と拒絶する。
「けっ。結婚してたのか?ホムンクルスなのに夫が居ると言うのか?」
慌て驚愕するヒトムの眼の前で赤いドレスの首元に輝るペンダントを握りしめても魅せる。
人種人類相手であれば夫持ちでもあっても無くても間男同然で有るヒトムも
シシヌルミルカのあまりに毅然な物言いに臆するのは礼儀を立てると言うよりも
自分の情けなさを痛感してのことだろう。
そうは言っても摩訶不思議に。
「お薬の時間で御座います。ヒトム様っ」
少しは体力が戻りつつもありやっと共寝出来るくらいにも成り
他の従者や情夫とあれやこれやといちゃつき始めた途端にばたんと音を鳴らして寝室に入ってくる
それもやたら怖い鬼面よろしく薬を口に含むと情夫の前でも構わずヒトムの顔をがっしり掴み
無理やりにでも薬を口移しで飲ませる。
「苦い・・・。苦いぞっ。シシヌルミルカ。いつもより苦いってば。ぺっぺっ」
「良薬は苦くて当たり前です。苦いから薬なのです。
漏らしましたね。ちゃんと規定量をお飲み下さい。この変態主人の癖に」
先日よりも苦いと思わず吐き出したのに癇癪を起こして杯をぐいと二度目に煽ると
ものすごい力で完全にヒトムの頭を固定し無理に強制とばかりに薬を注ぎ込む。
「ぷはっ。苦い。許して勘弁して・・・。シシヌルミルカ」
「ふん・・・、軟弱者の没落貴族め・・・」
きつく罵倒すると大きな尻を揺らして扉の向こうにツカツカと去っていく。
「随分と長い接吻でしたよね・・・。もしかして舌とか絡ませてないですか?」
「馬鹿野郎。あれが愛撫のはずがあるものかっ!拷問だ拷問。
毎夜毎夜。夜伽の時に必ず邪魔しに来るんだぞ。わざとやってるに違いない。
それも日に日に苦くなってくるんだ。薬ところか毒でもはいってるに決まってる」
本気で頭に来てるのだろうか?時に激怒のあまり興が乗らずそのまま寝てしまう事もある夜となる
事実に・・・。
ヒトムは確かめた事もある。
シシヌルミルカが自分の元で世話をし尽くす理由と其の関係を。
当人ではない。それを問えば同じ答えが返ってくるだろう。
偽宝石商の主人に命じられて居るからで世話を焼き尽くす事はしても
ヒトムの石ではないから最低限のことしかない。
例えホムンクルスでありそれが雌らしくても縁を結んだ夫がいれば
其の四肢には指の一本も触れさせない。
事実そうであり口写しの投薬の時に思わず手を伸ばして触ろうにも
剣の一閃の如くの疾さで手甲を打たれミミズ腫れと腫れて後悔するばかりである。
そこでヒトムはあの偽宝石商に書状を送り密かに事を確かめた。
どういうつもりでシシヌルミルカの石を自分に預けたのかを訪ねたのだ。
言い方が難しい。
どうしてシシヌルミルカに自分の世話をさせそれを許し
尚且つにも居を移した後も未だシシヌルミルカが側にいるのか?
どういうつもりでそれを成すのかと説明を求めた。
偽宝石商から戻り届いた返事は以外にもいい加減なものであった。
成り行きである。
それとただ一文綴ってあっただけである。
こうなるとヒトムは困り果てる。
ホムンクルスは道具で有り因石のやり取りで商売が成立する。
責めてその値段でも書いてあればその代金を払って自分の物に出来る。
然し値段がないから買う事も出来ない。
ましてやシシヌルミルカの夫石の事など一文字も書いてないのだ。
因石を扱うならその素性を吟味してるのは当然だろうが返事には何もない。
これ以上問いただし治すのは無粋無礼となってしまう。
いよいよと扱いに困るが結局は今まで通り無理やり頭を捕まれ薬を飲まされる日が続く。
事の真相を示せば偽宝石商の主人の心使いで有る。
ヒトムが初めて店を訪れた時其の粗暴さに腹を立て
本来並べ魅せるべきシシヌルミルカの紅い石を出しそこねたのだ。
今思えばあれは粗暴ではなく必死さからくるものであったろう。
すでに何度か襲われ共に歩いた護衛役のホムンクルスを死なせていたのだ。
無念の思いが強いからこそ今度は死なせるわけには行かないと
粗暴にもみえる真剣さで因石を必死に選んでいたのだ。
それを素人まがいと自分が見誤りおざなりとも言わずともきちんとした因石を並べなかった。
杞憂であって欲しいと願った物の起こるべき事はやっぱい起こり
ヒトムは一生足を引きずる事になる。
あの時シシヌルミルカと一緒にもう一人や二人戦士の因石を並べれば
そこまで酷い事には成らなかったろう。
自分の失態を曝け出すのも商売人の恥と嘲笑うからこそ主人は黙って紅い石を差し出したのである
もっと言葉足りずであるからやっぱり今日もヒトムは苦い薬をいやいや飲まされる羽目に成る。
「でっ出遅れた~~~~~~。出遅れたのだぁ~~~~」
雑踏人混みかき分けで大熊族に命狙われるウザギの如く
従いそれを脱兎の如くと言えばまさにそれ。
娼館街の通りを土煙激しく巻き上げ偽人・シャリエンヌが走り抜ける。
特に昨夜が夜伽の順番でもなかったが今日の催事が楽しみ過ぎて朝方まで寝付けなかった。
寝床代わりの袋猫の腹袋の中がふわふわで寝過ごしてしまったと言えばそれまでだ。
「御饂飩。御饂飩。味噌田楽が入った私の御饂飩~~~」
いつぞやに世話になった六軒仲間の家々の手間で叫び大地を蹴り飛ばす。
「10点・・・!」
「10点・・・・・!」
「9点・・・!」
「7点・・・。ちょっと軸がズレたぞ。シャリエンヌ」
「くっ。採点が厳しいぞ。我が主人よ。うまく飛べたと思ったのだが」
ドスンと大きな音を鳴らして見事に着地してみせた物の主人の採点は厳し目だ」
「ねぼすけ然りはいつもの事だがちゃんと魚腸味噌は買ってきたのだろうな?」
「おうおう。個々に確かに買ってきたぞ。御饂飩に魚腸味噌は欠かせないからな。我が主人よ」
お使いを頼まれていたとは言えば遅刻するのも納得できる。多少の寝坊はあってもだ。
それにしても他人には抱え上げるも大変な位に大きな木樽を抱えて飛ぶとは指南の技だろう。
「お世話に成った六軒集いの方々にお礼を為さりたいのはわかりますが・・・。
大きな鍋を並べて湯を沸かすだけとはどんな料理のなのですか?」
杖の力を借りてではあるがやっとなんとか一人で立てるようになったヒトムは
先日の強盗騒ぎにも全くもって凝りもせずに世話になった六軒集いの仲間のところへ顔出す。
「ちょっと観ない間にこんなべっぴんさんを連れ込むなんて
さずが変態破廉恥貴族のヒトムの旦那だね」小太りな叔母さんが笑いながら声を掛けてくる。
「べっぴんさんはどうかは兎も角。連れ込まれてるわけでは御座いませんの
それにしても皆さん随分とお集まりに成っていますが皆これ変態を極めた主人の・・・」
「誰が変態を極めた・・・だっ。
僕は世話になったし心配を掛けた皆にお礼をしたいだけだ。
大体女性ところか脛に傷持つ禿げ上がったおっさんもいるじゃないか?
僕だって許容範囲というものはあるんだぞ。
おっ。ピンチョム。元気してたか?あの雌野盗はどうなった?大きい方は?」
「お久しぶりです。ヒトム様。雌お姉さんは言いつけ通りきちんと躾けてますし
大きい方位は何でも屋の豚猪顔の旦那におろしました。
珍しくもおしゃべりに良い肉が入ったと喜んで折りました」
ヒトムが屋敷へと居を移した後も六軒集いの家の留守を任されていた少年・ピンチョムは
言いつけ通りに仕事をしているらしい。
ヒトムを襲った猫雌の元盗賊は今でも右手に赤布を巻いて罪人扱いではあるが
お上の捌きを受ける事もなく六軒集いの雑用一般を請負い忙しく走り回る。
遠目にヒトムと目があうとペコリと頭を下げるがすぐにあれこれと手を動かす。
下手にヒトムの機嫌を損ねると豚猪顔のなんでも屋に肉塊として売られると身にしみている。
置字
