亭主っ、元気で夜食は勝丼


下ごしらえは迅速であるも克つ丁寧にこなすべきである。
縊犂桶惣助は体躯に似合わぬ割烹着姿で深夜の台所に立つ。
出来るだけ音を立てず同居人に気取られぬように丑三つ刻の暗がりで腕を振るう。
勿論、小腹の空いた自分の為だけの夜食である。
尤も腹の空き具合と相談してガッチリと喰らえる勝丼が献立となる。
刻が丑三つともなればあまり手をかけるのも気に食わず。
こだわりはあっても仕事帰りに行きつけの惣菜屋で買い込んだ豚カツを主材と作す
腹がぐぅぐぅなり始める前に買い込んだカツを手慣れた動作で軽くレンジで温めて置く。
少しの間と隙を見繕い金物丸器に新鮮な卵を縁にぶつけ割り菜箸で溶いて置く。
隣のまな板の上で玉ねぎをトントンと音を立て刻んでも置く。
「ふむ・・・此処からが醍醐味である。気は抜けぬぞっ・・・」
丑三つも深ける我が家の台所で割烹着の腕袖を巡りあげ独特な形状を持つ勝丼鍋の柄を握る。
火戸口コンロの上に乗せ焔を灯して鍋を温める。油代わりに獣脂を箸先で漫勉なく鍋に塗る。
鉄鍋が油に濡れると素早くに煮汁をおたまで注ぐ。
専門の金物屋が並ぶ通りで態々拘り選んだ勝丼鍋の柄を太くも丸い指で掴みくるりと回し
煮汁を鍋に行き渡らせると火戸口に卸し少し時間をおいて頃合いを睨む。
此処だっ!と睨み温めた豚カツを鍋の上に放り込み柄を回し煮汁と馴染ませてやる。
刻んだ玉ねぎと添え具の青菜を加えると鍋の淵に卵をコンっとぶつけて叩き割って加える。
菜箸の先で豚カツを突き煮汁と卵をまぶし旨さをも染み込ませる。
素人仕込みであっても拘りはある。頃合い間合いを狙い鍋に蓋を閉じて煮込み始める。
縊犂桶惣助。
親が冗談交じりにつけた名前を読めばそうすけ。
田舎の商店街で老舗とも誉れ高い惣菜屋の次男である。
幼い頃の午後のおやつが父が揚げ損ねたコロッケとなれば、いつの間にか自分でも
揚げ方を覚えいずれもせずにみせの店主よりもうまくコロッケを上げるように成れば
子ども夫に尽くす主婦もそれを狙って買い求めにやってくる。
自分のおやつを主婦に買い求められば自分の分がなくなるとなれば腕を磨き
店の商品の三分の一は惣助が作るようにもなる。
尤も惣助自身も次男であれば店を継ぐ気は毛頭になく、あっさりと別の進路へを進んでいる。
それでも食に関しては拘りもあれば。むくりむくりと脂肪を四肢に溜め込むと
背の高さにも突き出る腹が巨漢と四肢は膨らむ熊の如くである。


