【寝獲られ噸麟】奇々怪々万策尽きて魑魅魍魎跋扈せり候
戀いする漢児は常に浮かれた物であるが彼の場合は少々と歪んでいると言えるのだろう。
否然し。その出身が婿取り村と成れば合点も行くはずである。
其の場所は倭之御國。今日も又敗色濃い世界大戦の中に有りながらも
栄誉と名誉と繁栄と衰退をひたすらに繰り返す御国。
其の刻は天命維新の時代を腹を叩いて闊歩し過ぎ去り昨今は近代化の一途を辿る御国。
街を蒸気機関の煙が黒々と包めば其の下町は悪行三昧の輩が街人の財布懐を坦々に狙う貧民街。
縊犂桶噸麟は目の前に佇む輩に困惑の感を隠せない。
同じ村の出身であろうから態々と挨拶に脚を運んだというのであるから理由は真っ当であっても
其の対応に悩む。
縊犂桶噸麟。
流れ倭文字で綴ってしまうと並の読解力では全くもって読めないであろう其の倭綴りを
口で示せば[くびりおけ・どんりん]と成るが例えそれと伝えても大抵の場合は聞き返される。
人に知人に合う度に何度も問われるので改名でもするべきかと悩んで久しい。
「縊犂桶噸麟様。
お初にお会い申します。仕来り故にこの場で名乗る事は出来ませぬが・・・。
どうぞお見知りおきを。・・・こちらは挨拶がてらの御饂飩で御座います」
近代化著しい倭の街並みに反して着込む村の伝統衣装の和装を着込み深々と頭を下げ
差し出す桐箱入りの饂飩を受け取ると一応の礼儀として頭を垂れ返礼する。
「では本日はこれにて御免下さいませ。縊犂桶噸麟様」
小柄な体躯に細い腰を折り和装姿の女性はくるりときすびを返し
安アパートの戸向こうに消える。
「古い村の仕来りを重んじるのはともかく・・・妙では有るな」
いつまでも寒風入る安アパートの戸口に立つのも馬鹿らしいと狭い今に戻り木造りの卓の上に
土産饂飩をドサリと置くと自分も座布団の上に腰を据える。
今でも今日でも先ず古い仕来り有りきで生活を営む村人が集う婿取り村。
その仕来りが肌に合わず村を飛び出し倭之御國の首都に身を転じた縊犂桶噸麟にも
やはり村の仕来り由縁の事柄がついて回る。
この村に住む者。家族同様で有るもそうで在らず
時に肩を寄せ合い紛糾すれば互いに抱き合い助け合い
付かず離れずひとつ布団に潜って温め合うべし
言葉どおりで有るが少々に面倒でもあり珍妙な習わしである。
其の仕来りに碧々して村を飛び出した物のついて回る固執は拭いきれなかった。
故に結局はある程度は妥協し受け入れていた自分もある。
それが斎藤と言う漢との同居である。
寡黙と言う言葉に参を弐回書けたくらいに寡黙を貫く斎藤と言う漢は気が利く。
惰眠を貪り仕事場へ遅刻しそうと成れば一種独特とも言える儀式で噸麟を目覚めさせる
しかも結構心地よくでもある。
朝御飯も麺麭などではく村の仕来り故に白飯と味噌汁と鮭の塩焼き。
給料日がすぎるとこれに生玉子が一個付く。
櫃からよそったホカホカの御飯に黄金色の卵が乗るのは至極の味わいで有る。
「斉藤君。・・・おっ・・・有難う」
背中越しに超えを掛け、最後まで良い終える前に茶柱が立つ御茶が出てくる。
成れぬ都会暮らしで疲れ果てやっと安アパートにたどり着けば
態々取り寄せた薪ストーブで適度に温められた部屋の中
一糸まとわぬ裸エプロン姿で鍋をお玉をかき回してる斎藤は可愛げな新妻に
見間違える事もある。
「御婿に参ります・・・」
凡そ五年の同居生活の其の中で数少なくも斎藤が発した言葉は重かった。
遂にてっきりこのままずっと暮らして行く物だとどことなく思っていた噸麟には衝撃である。
「そうか・・・達者でね・・・」やっと絞り出した其の言葉に何を込めたかも当人も分からず
陰の如くすっと立ち上がる斎藤の姿を只に見つめる事しか噸麟は出来ずにいた。
婿取り村の住人達にとって其の恋愛事情と云うのは独特でも有る。
主と仕と言うそれぞれの家柄に示され支配される。
噛み砕けば主は主家。つまりは主人。村の政等を司ることも多い家柄である。
仕はそれに仕える家柄の者となる。
古い仕来りに縛られ主家の者に仕家の者は仕え従い従属を余儀なくされる。
主家の者が村の土地を離れてもやはり仕家の者は付いて回り身の回りの世話をすれば
寝食も共にする。
主家の者にどの仕家の者が仕えるかは厳格な仕来りにし難い決まり
その主家の者にふさわしいであろうと思わる人物を仕家の中で話し合いで決められる。
仕える主家の者に対しある程度の希望や融通なども通る事も有るが
それでもまぁ主家の者の意向が強く繁栄されるは違いないだろう。
斎藤が噸麟の元を訪れたのもその話し合いあってのことだろうが
それが婿に行くとなれば当人の気持ちよりも村の中での噸麟の立場の弱さあっての事だろう。
婿取り村の独特の風潮仕来りの中でも噸麟のその名字縊犂桶は上から数えて五番目と成り後ろに
五番家と呼ばれれ後ろに禄番家・七番家と続けば主家の中で真ん中より下となればこそ
弐番家参番家の出身の者が寡黙に参を弐回掛けても未だ足りぬがとても気が効く斎藤を
欲しがるのは不思議ではないし元よりそれに応じた斎藤自身も
帝都暮らしは合わなかったのかもしれない。
確して縊犂桶噸麟は寒風激しい帝都の街にコートの襟を真っ直ぐ立て
斎藤が心地よく起こしてもくれなかったら精々遅刻しないようにと脚を早く巡らせるのに
忙しい冬の季節を今日も過ごす。
婿取り村に主家あらば其の者定命に在らず
其の縁定命の者持たざる技もちい塊霊打ち倒せば
これに仕えの者心身賭して仕えるべし
「否・・・それは極々当たり前の事ではないのですか?熊堂中佐殿」
自宅の安アパートの駅から少々遠いのと惰眠を貪り過ぎたせいで噸麟が指定された
詰所にたどり着いたのは約束の時間を弐分ほど過ぎた刻時である。
熊堂と呼ばれた中佐とやらはそれが気に食わなかったらしい。
「なんだと?儂はまだ四十半ばで有るぞ。
そっ。それなのにこの薄毛だぞ?これが自然現象とか老化だと言うのか?貴様。
倭之御國・帝国陸軍霊媒諜報科所属の霊媒師の癖にこれが霊災と見抜けぬとは何事か?」
「人の抜け毛は主に漢性ホルモンの低下が原因でして。
それが早く起こるか遅く起こるかは個人差の問題ですから・・・。
決して一概に塊霊の仕業とはかぎらないですよ?」
「嘘つけっ。そんなの俗説である。科学的証明は成されておらんぞ。
例えそうであっても儂は信じないぞ。絶対に信じないからな。
とっとにかく。儂の薄毛は老化等では断じてないぞ。早く霊視をせぬか?この若造めぇ」
只でさえ薄毛なのに頭を振り回し顔を真っ赤に怒鳴る陸軍中佐の姿はなんとも滑稽で有る。
其の縁定命の者持たざる技もちい塊霊打ち倒せば。
その一文が全てを示す。
婿取り村の主家の出身のものは皆一応にある種の力を持っていた。
俗世で言えば霊力とでも言うのだろうか。
尤もその力には差異があり五番家の漢児ともなれば其の力はないに等しい。
特に噸麟はそれが弱かった。噸麟が村を出た理由のほとんどがそれであった。
番号の少ない上番家の者が其処だと言い当てた場所も噸麟の目にはほとんど何も見えなかった。
上番家の者が塊霊を払えば霧散する跡が気配としてやっと知れるほどの力成さで有る。
故に村に身を置いていても形見が狭い。自分の家の者にも仕家の者にも結局は
役立たずの次男坊と罵られるのが関の山であった。
然しそれも持つ者が集う村の中の話であっていざに外へ出てみると多少に事情が違う。
先ずにそもそも霊とは霊魂を観る事を出来る者が少ない。若しくはいない。
所謂に霊媒師とやらに祓われる事がないから霊自体には正に天国である。
そこでもともと霊力著しい家の出の者である噸麟が在られれれば俗世の者は頬ってはおかない。
人に見えない物が見えるなら厄災違わず皆がその正体を知りたがるのも当たり前である。
確して噸麟は最近新設されたばかりの帝国陸軍霊媒諜報科所属の媒師を務めることに成る。
「言っておきますがあまり当てにしないで下さいよ。
僕の力なんて大したことないんだから・・・あら・・まぁ~~~」
「おっ。見えるのか?やはり霊か?
大事な人の頭の毛をむしり取る妖怪抜け毛婆婆でも取り付いているのか?」
自分では見えない何かに取り付けられていると硬く信じる薄毛の中佐は座る椅子から
躙り立つ勢いで噸麟に迫り寄る。
「落ち着いて下さい。中佐殿。
妖怪抜け毛婆婆って何ですか?そもそも妖怪なんて専門外です。
抜け毛激しいのは確かかもしれませんが。毟ろ逆ですよ。これは・・・」
「え?逆?何だと??抜け毛が・・・逆だと?わからんぞ。ちゃんと説明しろ。馬鹿者め」
よほど切羽詰まっているのだろう。鍔ところが涎まで飛ばす勢いで中佐が喚く
「これは又。お綺麗な御婦人ですね。御美しい。それに夫想いの御方でもあるらしい」
煩くも鍔を飛ばし喚く中年漢の背後ろの何もないはずの空間に噸麟は目を向け眉をひそめる。
其処に虚ろにも儚くも淑やかな倭着物の女性が佇んでいる。
今では珍しい倭結の髪を結び其の白い手には何やら小瓶を握ってもいる。
何やら小瓶を逆手に降るとこぼれ出た液体が薄毛の頭に降り掛かれば。
其の反対の細く白い手でピタピタと頭の皮を楽しげに叩いてもいる。
其の姿を噸麟が見てると悟ると美しい女性は事優しげに微笑み会釈さえ返してくる。
「中佐の奥様は倭結の髪がとても似合う御方で御座いませんか?
恐らくは肺の病で現世をお立ちになられたのかと?
それでも心残りがあったのでしょう。
奥様の生前に髪が薄いと散々と漏らしていたのではないですか?
夫の髪が薄くなるのが心残りとなれば成仏も難しいのでしょう。
今も薄毛の頭に増毛剤をふりかけておりますよ。
「なっ。何だと。確かに我妻は二年と前に肺炎で亡くなったが
増毛剤を儂の頭に・・・?弐年間ずっとか?なんと優しい妻である」
「その通りで御座います。
もし奥方様が増毛剤をふりかけるのやめたとしたら
中佐の頭の毛は一本残らず抜け落ちるでしょう。滅しても未だ夫の髪の毛を気になさるとは
立派な倭女性の鏡で御座いますね」
目の前の光景がなんとも珍妙であるとしても其の想いに少々感動する噸麟は静かに告げる。
「妻よ・・・愛しい我妻よ。有難う。帰りに好物のカステラ買って行くからな」
四つん這いになるも妻の行為に感動しする中佐が咽び泣く。
其の後ろでいまだ増毛剤の小瓶を握りしめたままカステラを備えて貰えるらしいと
嬉しそうに微笑み噸麟に亡き妻は会釈する。
余談を語って良いと成ればこそ
髪の毛の薄い熊堂中佐はその後齢八七で現世を離れるが
噸麟の見立てに間違いなしと信じ生涯後妻を娶る事は一切無くも
自分の頭にぴたぴたと増毛剤を振りかける妻に感謝し好物の菓子を日々仏壇に備えたお陰で
桶の中に収まる時には毛根逞しい黒黒とした艶髪を蓄えたまま長く待たせた
その妻と熱く抱擁したと噸麟は噂話に先祖累々の家の者から伝え聞く事に成る。
「あっ・・・熱い。舌火傷するってば・・・お鵺さん」
「御免なさいませ。噸麟様」
村の仕来りを頑なに守るこそであれ狭い安アパートに共に暮らす様になって丸3日。
噸麟の生活は散々足る物である。
主の家の者らしく仕の家の者にお茶を所望すれば出てくる粗茶は熱すぎる。
声を荒げれば隙かさず何処から取り出したのか湯呑にぽちゃんと氷が放りこまれる。
「こっ。今度はぬるいよ。お風呂。風邪引くってば。お鵺さんってば」
寒い風呂場に急いで駆け込めば肝心の湯が湯けむり所か未だ水である。
「まっ・・・未だ。炊いてません。お風呂」と声が帰ってくる。
「仕事から帰ってきたらまずお風呂っていったじゃん。教えたじゃん」
結局は一度溜まった水を排水し湯の蛇口を捻って熱いお湯が貯まるまで
風呂桶に膝を抱えて座り込むしかない。
「何分。未熟者で御座いまして。村では五右衛門風呂でしたし・・・」
困惑して眉をひそめるのは小顔な鵺であればこそ可愛いとも取れるが
少々度が過ぎる。
「やったね・・・。今日はハンバーグじゃん」責めて衣食住の食位はまともで有ると思えば
「出来合いで御座います。駅前横の惣菜屋さんの。大層美味しいと聞きましたので」
都会暮らしとは言え食事くらいは情の篭もった物と願えこそ
おかずも惣菜屋の出来合いを家電でチンっと温めただけ
白飯くらいはホカホカと思えばこちらもコンビ二のパックのやつで
好物の味噌汁のそれさえも碗に移しはしたもののインスタンの味噌汁に目の前で
お湯を注がれるとなればさすがに呆れるばかりで有る。
「たんとお召し上がり下さいませな。噸麟様」
頂きますと元気よくも碗に箸をつけるお鵺の姿は可愛げがあっても
肝心の食事がそっけない。
これではなんとも言い難く。誰に文句を言えば良いのかと悩んでも自分の勝手で
村を出た身となれば家長衆に文句ひとつもまともに言えない噸麟でもあった。
(漢だよな?・・・否。漢で有るべきだ)
一応は二人が潜り体を温める位には大きな布団の中で噸麟は考え込む。
向こう背にも反りと動くお鵺の体は小柄でも温かい。
然しそれ以上に触れる事を噸麟は躊躇した。
噸麟が村を出た幾つもの理由のそのひとつ。
自分の恋愛対象と趣味趣向が常人とは違ったのである。
それが五番家の肩書を持つ次男坊であっても仕来りは有る。
当然に幼き頃から仕と仕えてくれる者はいたが災いにも噸麟は次男坊で有る。
行く先に家の長を務める兄がいれば当然に仕える家の者々からよりすぐった人材が充てがわれる。
其の次の漢児など言葉通り弐の次と片付けられる。
ともすれば漢児の側に仕えたのは弐歳も年上の女性であった。
乳姉と言う役職と地位を持つ女性と長く暮らすのは噸麟は何時しかそれが苦痛になる。
その女性の性格もかなりきつかったのも有るだろう
流行り言葉で言えばヤンデレとでも言うのだろう。それが正しいかを言えば分からぬが
乳姉は噸麟の世話を良く焼いた。病的なほど溺愛したと言って間違いない。
その束縛と烈情の果に身を焦がした噸麟は漢に奔る。
限りなくぶつけられる狂気じみた愛情から逃げて避ける相手を漢性に求めてしまった。
受け入れてくれた者も少なからず居たもののそれが露見すれば立場が危うい。
さずが五番家の次男坊はやることが違えば愛でるのも漢色と噂風が立てば村にも居づらい。
乳姉から逃げられるならこれ幸いと嬉々として村を出たのは良いが
其の追手は勢い知らずと押し付けられたのがあの斎藤であった。
(だから・・・漢で有るべきだ)
先日まで一緒に暮らした斎藤であればこそ布団の向こう肩ですぅすぅと寝息を立てるお鵺も
必ずそうであると噸麟は信じる。
疑うべき所はある。
その容姿を見れば確かに倭着物の女性姿ではある。
否然しその逆に着物帯の上の膨らみ。女性であれば乳が有るから必ず膨らむはずだ。
それがない。台所に立つお鵺の姿をぬるく成りすぎたお茶を我慢して啜りながらも
何度も盗み見てもぺったんこ。ぺったんこである。
卓を向こうに挟んで向かい会いながらも出来合いの夕食を口に運びながらも
真っ直ぐに視姦・・・基、観察してもお胸はぺったんこ。
今度こそはと着替えの時にそれとなくと狙えば丁寧に部屋の置くに仕切り布を用意し
その向こうでいそいそと着替える始末である。
此処は主の家の者として断固強気で見せろと言えば良いのだろうが
何せ未だひとつ屋根で暮らし初めて三日となれば日も浅く他人同然と気が引ける。
洗濯物に女性物らしきものがないの気になる。
(あ・・・あれは褌だった・・・。確かに褌だった・・・)
「恥ずかしい御座いますからご勘弁を・・・」と拒んで一人風呂場に消えたお縫の姿を
こっそり追いかけ仕切り戸の向こうに耳をすませば女性が下着一枚脱ぐよりも
シュルシュルと長い布を脱ぎ捨てる音であればこそ
自分でも村に居た頃は愛用していた白褌の布音である。
(やっぱり漢に違いない。云々。そうでなくては僕が困る)
暗い深淵の其処に落ちていく意識のそこで噸麟はそうであると確信に満ちた想いで眠る。
主の家の者に仕える者としてその精度があまり良くなくても・・・。
基。散々苦い思いをさせられるとしてもその意気込みだけは良しとすべきなのだろうか。
かなりの我慢を強いられてはいるが献身的に役目を果たそうとするお鵺の頑張りは
褒めるべきなのだろうかと思う時も玉には有るかもしれない今日この頃。
帝都の雪は未だ深い其の季節に噸麟は致し方もなく帰郷を強いられる。
蒸気列車の車内の中でいそいそと駅で買い求めた駅弁の紐解くお鵺は脇に置き去りにして
噸麟はこれも又不機嫌極まりなく車窓の向こうに苦い想い出を映し出して長い旅路をやり過ごした
「お縫さんにはそうでないかもしれないけど
僕にとっては随分と長く感じるな・・・。禄年か?七年か?どれくらいだろう?」
「七年と九ヶ月と二十日と十四時間参十二分ぶりで御座います。噸麟御坊ちゃま
お鵺さんもお元気そうで何よりで御座います」
「しずゑ姉・・・こんな所で何を?」
やたら正確な時間をつらつらと示して魅せるその声の主は噸麟の乳姉しずゑであろう。
涼やかでも何処か冷淡で棘の有る声が響きあの頃と変わらずどきりと見が縮むと
同時に背筋がピンと凍る。
「何をと言われても御坊ちゃまのお迎えで御座います。いけませんでしたか?」
「いけないもなにも・・・今は・・・その・・・あの・・・」
それをはっきりと口にすれば息が詰まると良く知れば噸麟はひとつ咳をはいて誤魔化す。
「少しは暖かく成ったとはいっても都会に比べればまだまだ冷える田舎風で御座いましょう。
冷え込む前に邸宅に参りましょう。御坊ちゃま」にこやか噸麟の元乳姉しずゑば皆を促す。
「ちょっと離れないでくれる?お鵺ちゃん。一人にしないで」
なるべく周りには聞こえない様に脇に控える仕人お鵺に噸麟は哀願した。
事情をそれと無くても良くと知るお鵺もコクコクと首を立てに振って返事とする。
古臭くも懐かしい貧相な村駅を出て当たりを村並を見渡し歩けば随分と昔に思える景色は
その頃の記憶と寸分変わらずに時が止まって只に風が吹いているだけの様である。
主家の者が住む場所は大きな神社の周りと決まっていて其処へ続き囲うように仕家の家屋がある。
軒先には野菜や果物。時に魚が干し物とされ野良猫が餌と狙えばお使い稼ぎの小僧が追い払う。
自分も菓子代欲しさに乳姉しずゑと遊びながら賢い猫を追い払った物だと苦く思い出してしまう。
あの頃は楽しかったなぁ~。いろいろ世情にも疎く純粋でいられた良き時代を同時に懐かしむ。
今ではすっかり色々と変わってしまった虚ろ世情を憎みながらも
あいからずに美しいしずゑの姿を盗み観る。
弐歳しか違わないとはいえ主家の者と仕家の者。
其の関係は物心付く頃には互いに其の意味を知る事になる。
尤もそれと知った頃は未だ未熟すぎて意味も分からずであったから噸麟は
しずゑを精々に姉様としか見ては居なかった。
又それも成長早い子供時代にしてみれば極々短い時間でしかない。
漢女其の歳の差二つと成れば当然に先に育つのは当然しずゑであり
坊ちゃまと呼び大層可愛がる噸麟の体を抱き座布団を枕に惰眠を貪れば
「観ろ。山だ。あれは山だぞ。縄を持って濃い。縛って吊るして・・・
コホン・・・否。縄を掛けて登らねばならん。御富士の山に違いないぞ」
こっそり覗き見に拭ける年頃の漢の視線鋭く刺さるほどの大きな胸を寝息混じりに上下させる
しずゑの姿に皆が全くもってと激しく首を振ったのも事実である。
勿論それと言っても夢と叶わずのは村の仕来りで少し遅れて家柄の力と性に見ざめたばかりの
噸麟にそれを教え又自らも溺れたのもしずゑ自身であった。
「ようよう~。
村番五番家の次男坊。噸麟よぉ~~~。随分と久し良い村戻りじゃのぉ~~~ガハハっ」
どうだ?久しぶりに見た元自分の乳姉の山の如きの胸はぁ~~~。
顔をうずめたくてしょうがないだろう?
尤も今は儂の女房だがな・・・。毎晩儂の上で山の如き乳房を揺らしておるわ」
五番家の実家に変える道すがらの大路地の途中に態々と仁王の如くと立ち塞がり
真っ昼間から猥談混じりの暴言を堂々と吐き出すのは
村番号二番家の次期家主・土竜土蔵である。
「これはこれは。二番家次期家主・土蔵殿。
こんな寒空の外に態々格下家の次男坊の顔を観に来ていただけるとは光栄然りで御座います」
特に丁寧にそしてきちんと噸麟は頭を深く下げる。
自分の主人に習い隣でお鵺も頭を下げる気配も悟れる。
「おっ。おう。貴様も息災そうだな。何よりだ。
しかも貴様も不文だな。長く共寝した斎藤は婿に取られ恋した乳姉は儂に嫁入りとわな」
「いえいえ。村の仕来りを破って外街に逃げたのは私自身で御座います。
罰と言うには身から出た錆で御座います。
二番家主・土蔵殿と奥様の幸せを遠目に羨ましくもお二人の幸せを願っております」
「おう・・・」
狭い村界隈で有ればこそ恋路噺は直ぐ漏れる。皆が当然知る事を隠し誤魔化しても意味はない。
二番家次期家主・土蔵にしてみればそれと見初めた女の相手が当時素手に噸麟の乳姉と決められ
家番も違えば手出しもできなかった。
その後の数年に二人の営み噺を風噂に聴くたびにどうしてもしずゑが欲しくなる。
勿論何度も手籠にしようと画策したのはどれもこれも功を奏する事はなかったが
棚から牡丹餅が堕ちてきたのはやはり噸麟が村をでたからだ。
その後に今日に噸麟が帰村してくると成ればこれみよがしに見せつけてやろうと言うのだろう。
それを噸麟はある種謙ってまで礼儀と通す。
土蔵にしてみれば拍子抜けで。地団駄踏んで悔しそうに唇のひとつも噛んでみせるかと思えば
あっさりとばかりにおべっか混じりの綺麗言葉が帰ってきた。
村の外に出て長ければ面の皮一枚も厚くなるとでも言うのだろうか?
「つまらないやつだな・・・御前」態と聞こえる様に吐き出すが噸麟は顔色ひとつ変えもしない。
(しずゑ姉・・・本当に結婚したんだなぁ~~~。)
自分の旦那の姿を視界に納めると一歩二歩と足早にその後ろ背の位置に身を置いたしずゑの
その姿を改めて見ると確かにほろくも苦い思いが湧き上がる。かなり辛いのも本当だろう。
それでも顔にも態度にも一切出なかったのは軍属勤務のおかげである。
田舎村の者の戯言など軍属派閥の魑魅魍魎累々の上官の罵声・嫌味・暴言に比べれば
幼子の稚技遊びにしか過ぎない。鉄面皮とでも言えば良いのだろうがそれだけ
噸麟も世俗の波に揉まれていると言うのだろう。
二つほどに付け加えるものがあるべきなのは噸麟のその趣向が女性との営みより
漢性のそれとの方が遥かに心地よいと感じはまっているからであり
土蔵の言うしずゑの体にあまり未練がない事。
(土蔵殿のそれにしずゑ姉さんは満足してるのだろうか?
そうでないと困るけど・・・無理だろうなぁ~~~。我慢してるに違いない。しずゑ姉さん)
ぼんやりと浮かんだ思いに土蔵の吐いた台詞が半分も頭に入ってこなかったのが理由でもあった。
婿取り村。
其の五番家の次男坊縊犂桶噸麟は家の仕える者達が進める家系和装を拒む。
「自分は一度村を出ているのだから今更と家系和装の着物に袖を通そ資格を持たずである。
大体に其の役目は兄様・正噸の役目で有る」
噸麟としてはさほどきつく放った言葉つもり出なかったはずだがどうやら軍口調が
この身に染み付いているらしい。仕える者達は噸麟の堂々としたものぐさに
偉くと驚愕し畳床の上に額を擦りつけて平伏までする勢いであった。
噸麟は頑固として勧めを断り結局帝国陸軍その軍礼装のままに通す。
「さっきも言ったけど。こんな場所になんで僕が呼び出されるの?お鵺さん
祭りなんて僕の出る幕なんかないでしょ?霊力なんてほとんどんないんだしぃ
大体にしてこうゆう事は兄様の仕事じゃん。何処で道草食ってるんだよ?」
「兄上・正噸様は・・・」
婿取り村でも壱番と大きい社祭屋敷の畳床の上。
そこそこ分厚い座布団の上で正座する噸麟は落ち着かない様子を隠さない。
上座に陣を構えるのが村の仕切り役壱番家の猫股寿蔵であれば
その左に二番家の現家長・土竜華次。其の後ろに控えるのが当然と息子の土蔵。
其のまた後ろに静かに妻として身を置く妻しずゑの姿も嫌でも目に入る。
壱番家猫又家の右を固めるのが若くも美男子参番家の一条一節。
村人に苦手な者が多い噸麟に取って其の彼が壱番の天敵で有るのは間違いもない。
何しろしずゑとの夜営みの果に疲れ温もりを求めた相手が一条一節で有るが。
噸麟を受け入れ自分でも求めた癖にそれを他人に伝えばらし
結局、噸麟は村を出る羽目になった諸悪の根源でもあった。
時折此方を盗み見ては目を細めるのは何の思惑が有るのだろうか。
それさえも噸麟は不快でしょうがない。
二番家参番家と脇を固めれば四番家五番家と対面の畳に屯し
其の後ろに禄番家七番家と末席を温める。
対面する壱番家と末番家の間に置かれる何やら重箱らしい箱を指さし
壱番家猫又寿蔵が何やら口上めいた言葉を並べているが噸麟の耳には遠くぼやけて溶けて消える。
先ず第一に二番家家長土竜華次の向こう後ろから
我の敵とばかりに息子・土蔵が眼力鋭くこちらを睨む。
幼漢の頃は恋い焦がれたのは確かだし互いに求めあったにしても昔話で有る。
想いは苦くても過ぎた事であるし終わった事。
なにより正式に女房として無事に娶ったのだからそれで良いはずだ。
夜な夜な女房の乳房を存分に堪能できるのだから至極の毎夜であろう。
それなのに何が気に食わないのか土蔵は視線を一瞬たりともずらそうとしない。
何か恨み辛みでもあるのだろうか。
もっともその更に後ろに目を閉じて佇む土蔵の妻となったしずゑの姿が静かすぎて
余計に気になる。時折に顔に掛かる髪を細い指で耳へと掬い退けて魅せる。
あれは誘っている時のしずゑの癖とも噸麟は知っている。
(他人の所に嫁いだくせに・・・人妻の癖に・・・)
恐らくそれは本音であろうと分かって居ても心内の中に押し込める事が出来るのは
此れもやはり軍属経験の為せる技なのだろう。得意技は鉄面皮と言うわけだ。
それで済めば未だに事足らるが・・・。
突き刺さる怪光線成らぬ土蔵の視線から目をそらせば
今度は漢情事相手の一条一節の姿が目に入る。
噸麟の物より更に分厚い座布団の上にきちんと正座を組んで座る。
外は寒風雪混じりであっても祭場の中は十分な暖かさで保たれてる。
(それにしても一節の奴。妙に涼しそうな顔をしてやがる。こんな時に扇子なんて)
幾度も肌を重ねた相手であればこそ胸内で罵っても許されるだろう。
噸麟が思った通りに熱いと言うほどではないはずなのに細身の体でこそ
優雅涼しげに分厚い座布団の上で一節は扇子を揺らす。
(噸麟君だ・・・。久しいな。随分と逞しくも見える。あの腕にもう一度・・・)
若気の至でその身を任せついつい嬉しくて仕えの者に漏らした情事噺が思わずに大事に成った。
一度そうなれば家の面目もあり被害者面を通すしかなかったが。
涼しげに揺らす扇子の風を受けながら噸麟が横を向いた隙きを狙ってその体を視姦する一節である
要するに噸麟は針のむしろの上に正座しているのだ。
正面を見れば親の仇とばかりに土蔵が睨むと思えば
後ろでしずゑが昔ながらの癖で欲しいと強請る。
横を見つめれば意味有りげに漢情事相手の一節が何やら物言いたげに扇子を揺らす。
挙げ句の果には隣座の四番家の女家主近藤勇子までも向正面を睨むとつくろって
座布団の角を態と摘んで気を引く始末で有る。
「全くっ。何なんだ?こんなところに駆り出される言われはないぞ?
兄上はどうしたんだ?兄上は・・・?」
ついに我慢出来ずに噸麟は膝を崩しかけて身じろぐ。
静粛粛々と進む村の儀式の最中であれば当然に壱番家の猫又が手をかざし噸麟を諌めてくる。
傍と我に帰った噸麟が慌てて膝を合わせて背筋を伸ばしすと後ろからお縫の声が届く。
「兄上・正麟様は・・・。村を出たのです。脱村で御座います。つまりは漢と逃げたのです」
それはある意味宣告である。
「お・・・漢と逃げた?あっ・・・兄上が漢と逃げた?誰と?」
投げ付けられた言葉の意味を噛みしめる間もなくただ機械的に疑問が口から漏れる。
「斎藤で御座います。・・・噸麟様の仕人の斎藤で御座います」
問いかけられ其時まで言い切れなかった言葉をお鵺はやっとの思いで安堵混じりに吐き出す。
「えっ?斎藤?あの寡黙に参を弐回掛けてもまだ足りぬ位に寡黙な斎藤と兄上が・・・?」
噸麟はそれ以上の言葉を口に出来なかった。不憫である。自分の境遇があまりに不憫である。
時に完璧とも言えた斎藤の仕え事の其の裏で斎藤の想い人は自分の兄・正麟で有る。
最初に湧き上がる怒りは寝獲られたと言う思いである。
五年・・・五年も寝食をともにし時にその先もずっといっしょに暮らしていくのだと
信じきっていた斎藤を自分の兄が裏で躾けて寝獲ったと言うのだろう。
一変も其の気配微塵も気取らせぬとは如何にも兄・正麟のやり口だと言える。
「脱村・・・?脱村だって?出村ではないのか?確かで有るのか?」
図らずも口から漏れる軍口調に慣れぬお鵺は首を縮め一言やっと答える。
「確かで御座います。噸麟様」
これも又何処から出したのか一冊の縦書状を噸麟の脇へと差し出て来る。
噸麟は直ぐには受け取らなかった。そうすれば道が決まってしまうからだ。
差し出された縦書状を細い目を更に細めて睨むだけだ。
噸麟が受け取らないと解るとお鵺は手をひらひらと動かし促してくる。
しょうがない致し方ないとばかりに嫌々に噸麟は縦書状を受け取り
未だ口上長く聞こえる祭場の催事の中で中身を改る。
「兄上の馬鹿野郎っ」
開き観た縦書状にはただ一言に【後を頼む。我が弟よ】と綴られておりそれだけだ。
あまりの所業に思わず書状を床に投げ付け罵倒したが先程とは違い口上が続くだけだ。
垂れる猫又もこう成る事を事前に知って居たのだろうし周りの者も予測していたのだろう
長く続く時に飽きるやもしれん祭儀式の良い余興と言うわけだ。
「脱村。・・・出村じゃなくて脱村となると厄介だぞ?
えっと。ひ、ふ、み、よ、いつ、む、や、こ、と、とをまりひとつ とをまりふたつ・・・」
「十と七で御座います・・・私も含めて」
改めて数える噸麟に正確な数をお鵺が告げる。勿論ちゃんと自分の事も忘れない。
「十七?十六で無くて?十七人?」
「漢衆を混ぜて良いなら弐十と弐です。噸麟様は漢も行けるので弐十と弐ですね」
土麟は悪い意味で棚から堕ちてきた岩の数を数える。
「漢はいいよ。取り敢えず・・・選ぶ権利は僕にも有るだろ?それでも十と七とな。
少々・・・いやむしろ厄介だぞこれは・・・」
噸麟が数えたのは自分が今日から務める五番家が預かる仕える者の其の数だ。
今までは兄・正噸が成してきた五番家の家政を今度は自分噸麟が成さなければ成らない。
道理で先程、仕え人達が強引にでも家和装を着せようと押し付けて来た意味が此処で知れる。
家主が家政を仕切り仕え人が支えれば当然に家族でもあり面倒も見ないと成らない。
当然で有る。
何より脱村とは村と縁を切ると言う事である。
村の一切と縁を切り出生を捨て新たな人生を送ると言う意味である。
形同じ様に村を出た噸麟であるがこちらは出村で有る。
きちんと村の仕来りを守り挨拶まわりと手続きを済ませ
見聞を広げると言う名目有りきで外の世界に営みを求める事である。
当然に村外に営んでも村の仕来り通りに暮らすと言う確約が求められる。
「あ・・・兄上って・・・結婚してたよね?・・・確か・・・?」
「はい。私の姉様と夫婦の契を交わして折ります」坦々粛々とお縫が答える。
「え?姉様なの?お贄さんの妹?」朧げ曖昧な記憶を弄り其の名を言葉にした途端。
ドンっと背中に圧力が掛かる。
土麟もその身にはっきりと分かる霊圧と言っても等しい強い物であり
言い直せばそれは乳圧とも語って良い代物である。
我此処にあればこそと霊圧乳圧の持ち主が低く強く言葉を投げて寄越す。
「やっと想い出して頂けるとは嬉しくも情けないで御座います。
兄上正麟様との夜情を障子の隙間から覗き込み慰み事に励む姿は哀れむも可愛くも有り
いやはや。兄が漢に走れば弟もそれに習うとは仲睦まじく。
挙げ句に気づかずに寝盗られるとは情けなくもいい気味で御座います。
されど同時に私も夫に逃げられた身で御座います故。
恨み辛み晴らさず臆べきか?存分に可愛がって頂きます故。御覚悟を」
乳圧凄まじく屈辱混じりの覇気を背中ぶつけられてたまらない。
その主と言えばお贄。婿取り村でも壱番弐番をしずゑと競う乳房の大きさを持てば尚のこそ
嬲り愛でる方も体力の限界の山を軽く超えると言われるほどの強欲の持ち主である。
「無理だ・・・絶対に無理だ・・・恥ずかしい・・・障子の陰から観てたのばれてる。
自慰してたのバレてる。兄上が漢に逃げたのも解る。すごく解るぞ。
だって。朝までとかじゃなくて昼超えて時に夕方までまじわってたんだぞ。
僕には無理だ。軍で鍛えてもあれは無理・・・」
以前、夕方に小腹空かせて廊下を彷徨き障子隙間のその奥で泡を吹いて髄弱この得ない正麟の上に
未だ足りぬとばかりに跨がり腰尻を打ち付けるお贄と目が合えばにたりと口元歪め嘲笑われたと
にがくも辛い想い出が閃光と頭に浮かび身を縮めてしまう。
「御安心下さいませな。五番家家主・縊犂桶噸麟様。
存分に色々教え鍛えて差し上げます故。何卒宜しくで御座います」
ピンと背筋を伸ばせば乳房がぐいと前にでる。噸麟よりは少々年上四つと言っても
未だ女盛り衰えずと成れば漢と逃げた我が兄を馬鹿野郎すとこどっこいと罵るのも許されよう。
「我こそが其の役目適任と存じると御座る」
お贄の乳圧に未だ気取られ背体を圧迫される噸麟をよそに野太くも荒々しい声が祭場に轟く。
態々にと喉を膨らませ大きく低く声を吐き出したのはあの土竜土蔵で有る。
「おお。垂らして五寸。勃ってて一尺に届くやもと唄う二番家の嫡子殿が
やってくれると言うなら心強いぞ。云々。これは楽しみ至極と存分に祓って魅せろ」
村仕切りの猫又が楽しそうにポンポンと膝を叩いて喜び勇む。
婿取り村に連なる番付家の者は霊力を持つ。
祓うべき塊霊が悪さ欠かさずとすれば祓うのは彼等の役目であるが
その払い方も多種に万別違えば作法も相違する。
得意不得意もあればそれぞれに相性あれども我こそはと名乗ったからには
土蔵には当然勝算が有るのだろう。
村仕切り役の下知が堕ちれば我の出番間違いなしと二番家次期家主土竜土蔵は
膝に太く丸い手を付いて踏ん張りのそりと体を起こし仁王と立ち上がる。
「垂らして五寸。勃ってて一尺に届くやもって盛りすぎだろ?」
それは言い過ぎの見栄っ張りであると分かっていても確かに土蔵の霊力は凄まじいのは皆が知る。
土蔵の霊技は其の巨躯と体力を活かし悪霊呪者と化けた塊霊と交わり快楽の果に成仏に導くと
言うものである。
「お贄さんもあいつに面倒見てもらえば良いのに・・・痛い。痛いって」
小声でぼやけば乳圧弾け同時に尻肉がぎゅっと拗られる。
「実物は言うほど立派では御座いません。人の体で一尺もあればそれこそ化け物でございます。
大きくしてるのは霊力あっての物ですの。それにあの分厚い唇は生理的に受け付けませんの」
一度は離した噸麟の尻肉を何が気に食わないのかもう一度ギュッと絞ってからお贄は告げる。
「痛いから。痛いってば・・・それにしても・・・」
尻をつねられる痛みに耐えられず念仏でも唱えたく成りながらも
噸麟は妙に寒く感じる気配気取られる。
これ以上厄介事が増えるのは困るのでは有るが何やらとひたひた背筋を撫でる悪寒が止まらない。
生れ持った自慢の体躯をこれ見よがしにはだけて魅せつけるように衣服を脱ぎ捨てる土蔵。
「おお・・・さすがに凄いな・・・あんなの立派なもの咥えるならしずゑ姉さんも
きっと満足してる違いない。云々これは良いな。頑張れ土蔵殿」
背後にギラギラと乳圧成らぬ欲望を刃物の如く突きつけられているのにも関わらず
いつまでも引きずるのはよくないと良くと知ってもいるのだが
初恋相手のしずゑ姉が土蔵の股座の前に四つん這いで尻を突き出すしていると思うと
息苦しくも又興奮も抑えきれない感が噸麟の心を嫉妬を熱く焦がす。
「あいも変わらず人様の情事を覗き見たいと言うのは噸麟様の悪い癖でございますよ。
あんな女のより私奴の密壺の方が遥かにしっとりとしておりますと言うのに」
「誰が覗き魔の変態だって言うんだ。だって気になるだろ?人様の営みって。
自分の物だった女が他の漢に嬲られるって唆るに決まってるじゃないか?」
思わずも意外に大きな声でもあったのだろうか。
隣座布団の上で四番家の女家主近藤勇子が。
変態がいる。此処に変態がいるぞと言うように口に手を添え噸麟の顔を睨み観て来る。
噸麟の再三の横槍が入っても構わずに祭場の中央では
土蔵が塊霊の入った箱を前に仁王の如くと睨み立つ。
「ようとぉ。ようとぉ~~~。村皆の衆。
鶴谷の街の其の半分の性を吸い尽くしたと噂高い参化け霊の其の者を
二番家嫡男土竜土蔵が狩って祓って沈めて魅せよう。いざ。出て来るが良い。化け物め」
威勢良くも声高く張り上げる口上然りに合わせ仕える者の手に寄って小さな箱が開けられる。
途端に黙々と更に黙々と煙まがいに霊煙が雲と上り屯すれば当たりは煙幕の如くに惑わされる。
毎度の事であればこそ指して気にせず呼吸整え土像が白褌を剥ぎ取り全裸一体と構えれば
当たり一体の霊煙が一切に霧露と消えて解ける。
果たして其処にはどんな塊霊がいるかと皆が目を凝らす。
幼女で有る・・・。
幼くもうら若い少女。性の何かと知るその前ところかまだ世の断り営み知らず
精々と六つか七つかと言う所の未だ処女どころか少女幼子の子供其の物である。
「おお。何と可愛げの有る塊霊も居たものである。よほどの霊力を持って然りと知れるな。
あの鶴谷の性の半分吸い尽くしたと成ればこそ。さてはどうする?二番家の嫡男殿。
相手は未だに幼子ぞ?それでもおかすか?いやはや悪行三昧好き放題だな。土蔵よ」
最初から知っていたのかもしれない。壱番家の猫又は胡座膝をバンバン叩いて喜び勇む。
「これは・・・見物甲斐が有ると言えばそうであるが・・・そもそも技がなされるのか?」
土蔵の霊技が塊霊と肉体的に交わりそれに快楽を与えこの世との縁となる心残りを
断ち切ると成ればこそ。先ずは経験自体は無くても漢女の交わりを知識と持っているか
どうかもそれも又大事であろう。
知識も禄にない幼子・子供に手を付けると成ればそもそも村の仕来りに触れてしまう。
「これは気になる。あの巨躯で幼子幼女に襲いかかると成れば正に獣の如き所業だぞ?」
他人事見物と成れば何とでも言えるし蚊帳の外だと知れば気も楽である。
眼の前で棒立ちに全裸で構える土蔵の姿を何とも面白げ噸麟は見つめる。
「変態!変態!世情俗世も良くと知らぬ幼子幼女の妾に全裸で嬲ろうとするのは
婿取り村の霊払いの方法とな?短いそれは霊の力で伸ばすのか?
それにしても・・・どうやって妾を嬲って魅せると言うのだ?巨躯の漢よ」
畳の上で女座りに脚を崩すも怯え震える幼女姿の塊霊。
良くと考えれば言葉の端々に営み事の知識は有ると言ってはいるが
見た目自体が幼子幼女と見て取れれば鼻息荒くと構えた土蔵のそれも萎えて縮まり二寸と留まる。
体の割に土蔵は気の小さい漢で有った。
村の仕来りの示す道の上を外さない様にと叩いて道を渡る人生を歩んで来ている。
つまりは人の道を真っ直ぐ歩む人生でありその道筋の外を歩く事もなかった。
二番家と言う肩書きもあればこそ実直な生き方を好んで来たとも言える。
さもあらんと・・・。
異性の温もりだけでなく漢肌の味も知る噸麟でも幼子の相手と成れば少々手を焼くかもしれない。
「どうなさるのです?噸麟様であればこそ?」興味があるのか後ろ隣でお鵺が解いて来る。
「どうせ正体位見切っているのでしょう?噸麟様の事でございますから・・・」
噸麟なら何とかするという確信でもあると知るのかお贄が不機嫌に漏らす。
そろそろ飽きて来たとでも言うのだろうか?
「結構頭の良い奴だ。
ちゃんと噺を聞けば営み知識を知っていると聞いて取れるし
何より最初に褌一丁で挑めば手の内を魅せてるのと同じ事。実直すぎるな。
土蔵殿は.それよりあれ。思ったよりも結構小さいぞ?あんなのが良いのか?
しずゑ姉さんはあれくらいが良いのか?」
塊霊のやり口を褒めて魅せるが未練たらたらと未だ尾を引く想いに後ろ髪を惹かれてしまう。
脇でごちゃごちゃ文句を垂れる噸麟の言葉は聞こえずとも果てと困るのは土蔵自身である。
子は愛でて抱きしめるものであり嬲るものではないと教えられ自身もそれと従って来た。
幾ら街の半分の人の精気を吸い付くした悪塊霊と言っても幼子姿で怖がられば
おいそれと手出しするのも気が引ける。何より一度萎えて縮んだそれが猛るはずもない。
「くっくっくっ・・・。若いのぅ。初だのう~~~未だまだじゃの。
どうするのじゃ?祓って魅せるというたではないか?初な若造よ。
流石に萎えたか?この姿では。趣向を変えても良いのだぞ?」
よっぽどの自身があるとでも言うのだろう。
幼子幼女の姿の其の口で如何にも怪しく誘ってさえも悪塊霊は魅せて来る。
「たっ・・・頼む・・・」
太く野太く声を吐き出すが自分は幼子幼女の相手はできないからなにか別の者に
その姿を変えてくれと頼み込む姿は何とも情けない。
「甘菓子の一つも配ってやれば少なくとも箱に戻るかもしれんのに。
意地を張るのも程々にですよ。土蔵殿。それにしても・・・あれくらいが良いとは・・・」
少しばかり大な声で聞こえるよう嫌味混じりの野次が跳んで来る。
声の主は先刻自分が辛かった噸麟と当然に知れる。
されど今の姿が幼子となれば当然次は年頃か将又熟れ頃の女姿かと睨めば縮んだそれに
霊の力と血流が股座に流れ込む熱さがそれと知れる。
よし。今度こそはと鼻息荒く構える土蔵。
其の目の前に一度黙々と霊煙が激しく屯しそれも一瞬に晴れれば何とまぁ。
「うひゃひゃ。これでどうじゃ?お若いの?
御主を宿した母よりも寿迎えた我の成ればこそ抱いて魅せるか?若造よ」
安々と祓わせてやるものかとばかりに其の姿を老婆と変えればそれなりの力を持つとも知れる。
「そんな・・・卑怯だぞ?幼女の次は艶乗る頃合いの女姿と決まっておろうが・・・
卑怯すぎるぞ。悪塊霊のくせに。さっさと年増女に化けて直して儂に嬲られろ」
半年に一度の村の大祭りの儀式として時に災い齎す塊霊を祓うのは慣例となってはいるが
未だ未だ土蔵には荷が思いらしい。
「全く持って身勝手な。これ見よがしに褌まで剥いで魅せたのは
真逆・・・。しずゑ姉様の気を引く為だったとか?真逆・・・己の虚栄心を満たすために
土蔵殿はあれを祓うといったのか?何と馬鹿で愚かな・・・
それにしてもあれに満足してるとは・・・しずゑ姉様も・・・」
「煩いぞ。五番家の次男坊の癖に。そこまで言うならわが術の真髄みせてやるわ
目ん玉見開いて特と観やがれ。次男坊」怒髪天とばかりに頭に血がのぼり霊力全てを解き放つ。
其の刻空気変わる。
婿取り村其の五番家の家主の座を無理やり押し付けられた噸麟の口車に乗せられたのが運の付き
体の芯で練り込りこみ貯めた霊丹を一気に吐き出せば。
二番家嫡男土竜土蔵の体がドンと膨らむ。
普段から他の者より大きな巨躯を抱える土蔵の体が内側に貯めた霊丹の力でドンと膨らむ。
鬼人と言えば正にそれで仁王と構えれば風神と身が違えるだろう。
鬼面崩さずニヤリと嗤いドンと畳を踏んで前に出れば最初からこうするべきであったと拳を丸める
面倒くさくも楽しみな女姿の塊霊を嬲るよりもでかい拳で潰した方が楽で楽しいに決まってる。
「あっ。それは悪手だぞ?土蔵殿。まな板に自分からのたうちあがった河豚同然」
いちいち煩く口を挟むのはやはり初恋の姉を獲られたからだろう。
つまりはみっともない漢の未練と嫉妬で有る。
「河豚がどうした。まな板が何だと。それごと叩き割ってくれるわっ」
一度頭に血が登れば止まらない。単細胞の嫡子と言われる由縁でもある。
固めた拳を天井高く振り上げた途端に。
村一番に大きな祭場に白く濁った風が奔る。
「うはははのはっ。もう一つおまけにうははのは。
待ってましたとは正にこれ成り。全くもってうまそうな霊丹で有る事これ然りに。
小箱の中で腹を空かせて待ってた甲斐が有ると言うもの。頂きますぅぅぅ~~~」
祭場の其の中心にて仁王とばかりに拳を固めた土蔵。
其の周りを靄の如くと白煙が取り囲み稲光の様に瞬けば其処に映るは白大蛇。
大きく開けた蛇口でゴオオと息を吸い込めば煙に混じって土蔵の霊丹もそれに習う。
みるみるあっという間に縮む霊体仁王の土蔵の体のそれも小さくに萎む。
「やばいぞ。あれ・・・あれはやばい。喰らい蛇ぞ。我らの霊丹を美味しく頂く蛇霊だぞ?
あんな奴を村に入れるなんてどうかしてるぞ。知らなかったとでも言うのか?」
無惨にも体しぼんで果てる土蔵を捨て置き周りの者も座布団の上から腰を浮かす瞬間。
「軍刀を持てっ。お鵺。軍霊刃を此処へ持て・・・」
「はい。親方様。こちらに御座います・・・
親方様の愛刀。倭之御國帝国陸軍専属刀鍛冶・井上無礼斎殿の遺作。
軍霊刃・菊丸。確かに此方に御座います」
確かにそれは噸麟の愛刀菊丸であるが此れも又確かに五番家宅の床の間に置いてきたはずである。
いつの間に其処に持って来たと言うのか何処に隠してたと問い詰めるも
確かに此処にと両手を黑鞘に添え頭を垂れるお鵺を褒める間もなく。
利き手とは逆に鞘を握ると分厚いサブトンを蹴って飛ぶ。
タンと畳に脚を付けば既に其処には愛刀の鞘を腰に添え
今この刻こそ抜刀せしと刀鍔に右の手を軽く添える。
開いた脚の左右を更に開けばガニ股不様にも見えるがその構えこそが刃を抜くのに丁度良い。
何せ帝国陸軍専属刀鍛冶・井上無礼斎は背が高くその作品には一切の妥協も許さずに
尚且つ我儘な漢であった。その遺作であればこそ当人の高い背丈で抜けると成れば
柄と刃合わせて6尺と半分を超える長刀で有る。
常人如きに易易と抜けるもはずもなければ背丈が自慢の噸麟であっても
無様にも大きく股を開いて頭を垂れ構えるのは致し方ない。
グチャリグチャリと異様にも蛇の口中で霊丹を咀嚼する音が聞こえれば
その眼下こそに倭之御國陸軍礼服の漢が刀を構える。
其の隙きあればこそ切り込んでやろうと言うのではない。
畳上に大きく脚を開き腰に黒鞘を抱え添え、刀柄に利き手指を触れるか触れぬかと構えれば
それは一刀両断。剣道刃道に良く知れる古くも必殺居合抜きの型で有る。
「僕にはこれしかない・・・。これしかないんだ・・・。
村の中末番の家の次男坊生れ。逸材と呼ばれた兄の残り滓かすなんだぞ・・・。
霊力霊丹なんてまともに有るはずもない。だから磨いたんだ。
乳姉しずゑが僕を見初めてくれたのも。これがあったからだ。
溺れた僕を一節が受け入れたのも。出村した後だって斎藤が付いてきてくれたのも
唯一、この技があったからなんだ・・・。だから鍛錬は欠かさない」
愛刀を腰に抱き畳床に向かってぶつぶつと念じる噸麟。
「姉上様。あれ・・・口上ですかね?まるで自分の人生の不文さを歌ってるだけのような?」
「しっ。お黙り。お鵺・・・・そうであっても五番家の家主様だよ。
不憫と嘆く人生であっても此処で魅せるこそ粋なのよ。
あのがに股は何とも言えないけど・・・ぷぷw」
それまでの家主が兄・正麟であれば其の家に仕える者でも実際に噸麟の霊技を観たものは少ない。
軍に入る前から祖父の元で剣の教えを受けていたのは良くと知ってはいるが
それに霊丹を乗せるとでも言うなら驚きと期待をも隠せない。
何より必要以上に低く構えた様はガニ股すぎて滑稽だ。
「先程のおでぶよりは出来るようだが・・・主の霊丹は薄すぎる。
遂にさっきにおでぶの精気を食らったばかりの妾の牙に叶うと言うにか?
愚弄するにも程がある。霊丹どころかその肉まるごと喰らってやるわっ」
畳の上に戸愚呂を巻いたかとおもうと一気に鎌首持ち上げ顎まで外して喰らい蛇が襲いかかる。
剣の道において居合の型と言うには守りの型で有る。
少なくてもそう見える。
刀柄を握る者に取って最初の壱の刀で相手を仕留める。それこそが真髄で有る。
だからこそ立会いにおいて最初の一振りを見極める見合いという動作が存在する。
最初の一太刀で仕かけ両断できればそれで良し。
相手が上手で交わされ弾かれれば弐の太刀を振るう必要が有る。
自分が弐の太刀を振るう時は相手は壱の太刀に万身の力で奮ってくる。
一の太刀を弾かれ仕留めそこね体制を崩したところへ相手の壱の太刀が跳んでくれば
刀柄を握った利き手はドサリと地面に落ちているだろう。
その上で居合の型は壱の太刀を捨てる技である。
自分からは決して切り込まずに自分の間合いに滑り込んで来た所を
闊歩と奔り一刀両断する技で有る。
故に刀戦ではどうしても不利になる。相手の壱の太刀が自分の太刀筋より疾ければ
切り落とされるのは自分の首だからで有る。
「倭之御國帝国陸軍塊霊諜報科・縊犂桶噸麟。
幼き頃から不憫に恵まれ。責めて人並みの温もり欲しいと願っても
最初の想人乳姉の体に溺れるも覚えた情事は病魔所業の成れの果。
逃げた先で此れも又。初めて知った漢肌と情事の秘事は暴露され
飛び出した帝都で七年暮せば籍は入れずも長くづづくと信じた漢妾も
実の兄と絆陰で結べば又一人。代わりにより付く者は漢とも女とも良くと知れずに。
嫌だ嫌だと喚くも数年ぶり村に戻ってみれば乳姉は何処ぞのでっぷり腹漢の人妻とは。
これを不憫不幸と呼ばず何と言う。
不甲斐ない不憫ばかりの寝取られ漢と嗤うが良い。
不憫不幸のこの気持を万感必死の霊丹込めて。おまけに恨み晴らさで臆べきか?
いざっ。寝取られ将校・縊犂桶噸麟・・・圧して参るっ」
口上と言うより只の一人愚痴である。
それでも先程から低く腰を落とすと長刀が傾きぐっと鞘が下方に堕ちる。
その柄を更に近くえと手の平が包む。
「ながっ。口上長いですよ。噸麟様。
それに自分の恋愛遍歴ばらしてます。それも結構やっぱり不憫です。同情しちゃいます
あと・・・私奴は女の娘ですよぉ~~~。お胸はさらしまいてるんですよぉ~~~」
「見事な・・・口上だわ。
否むしろ恋愛遍歴ばらして喜ぶ変態だわ。自分で寝取られ将校って言ってるし。
あとあのがに股。ちょっとかっこいい。もっと側で観たいわ」
口々に好きに勝手に野次が飛ぶ。それでも興味半分出来るものかと皆が観入る。
幼子姿から婆女と最後に白大蛇と变化した喰らい蛇は躊躇するべきだった。
人の恋路の思いは知れず時に塊霊の力のそれを持ってしても叶わぬ事もあると
良くと侮ったのが仇である。人の情こそ世にも怖いと心のり久しく化けたのが
自分自身と思い出すべきだった。何しろ相手は烈情激しく不憫嫉妬に狂った輩である。
ぐいっと大きく避けた蛇口がぐらりと弾けて寝取られ漢の眼前寸前に迫る刻。
閃光煌めき疾風一閃。
パチリと刀刃が黒鞘に戻る。
ドサリと蛇肉の塊堕ちれば更にドサリ。
又にドサリと堕ちれば喰らい蛇の肉塊が畳上に転がり霊血がだらりと染み込む。
既に鞘中に収まった菊丸の刃は血の一滴も染みもせず。
転がる肉塊は五つと成った。
其の太刀筋は一閃で在らず。菊丸の使い手は一瞬きらめく其の瞬間に五度も刃を振るうと成れば
その太刀筋の全部を眼に収めた者おらず。
婿取り村の仕切り役霊丹極めた猫又さえも眼開いて霊視してやっと其の参太刀を認めただけで有る
されど確かに転がる蛇の塊は又確かに五個の輪切り肉であった。
ふぅふぅと未だ鼻息荒くも構えを閉めて解き。一度コホンと咳を放つ縊犂桶噸麟。
「斬り捨て御免で候・・・」
一言漏らして上座に鎮座する村の守り掛け軸の先祖に一礼と軍礼を捧げて余興の終いと後去る。
「お見事・・・よっ。寝取られ噸麟。
されど私奴を忘れてございますよ?あんなに尽くしたのに。忘れるなんて酷い。
この変態逝けずの薄汁野郎」誰と無く聴衆の黒頭の向こうから甲高い声が投げかけられる。
云々。そうだそうだと誰もが喚けばそれがいくつも重なると成れば
縊犂桶噸麟の情事遍歴はまだまだ奥が深いと観て取れる。
「人妻ですのよ・・・。
貴方の実兄の嫁で御座いますのよ。さぞに至極に背徳でございましょ。
ああ・・・気持ち良い・・・」
「いつも障子の向こうでの沿いて慰めていたのに。
兄さんの嫁。兄さんの嫁・・・その密壺が僕のを咥えてる。ああ・・・」
「良いでしょ。私の壺味は良いでしょ。もっと激しく。突き上げてっ」
布団の上に寝そべれば見上げる視界のほとんどが実兄の嫁・お鵺の乳房で埋め尽くされる。
その向こうで汗と涎に塗れても噸麟に跨がりのを止めず尻を打ち付け喘ぐお鵺の顔が有る。
村の大祭りの神事。
半年の一度の大霊払いは何とか無事に収束に漕ぎ着けたもの
その功労者はさっさと祭り場を離れてしまった。
意図せずも見事に喰らい蛇を祓って魅せたのは良いが自分の情事遍歴をばらしたのを
気にしてるらしい。狭い村界隈ではすぐに知れる事だし当に皆が知ってるとあっても
当人が眼前にいるのに態々口上混じりに垂れるとはやはり気恥ずかしくて仕方もないのだろう。
問題は本来に村の上番付けの家の者が塊霊を祓ってこその祭である。
春の大祭りで壱番家の猫又の家の者がそれを成す。夏盆祭は略式であるからそれはない。
屋台巡りとぼん踊りでお茶を濁し楽しむのであれば年の瀬の〆は二番家の土竜の家に
連なる者が塊霊を渾身と祓って歳を超すのが常であった。
それがどうしたと言うのだ。相手が悪かったとでも言うのだろうか。
尤も任せた愚息が本当に馬鹿だとでも言うのだろうか?
中末番の畳を温めるだけの五番家の次男坊に獲物を譲る羽目になるとは
己の技を過信に溺れ相手の出方を見る前に最初の一手を踏み間違えたのか。
嫌々。あれでも我が息子。頭は回らずとも霊丹だけは人一倍強く逞しいと知っていたが
やはり五番家の次男坊。村にいた頃よりも鍛錬を積んだと言う事なのだろう。
あの程度の霊丹で喰らい蛇を五つの肉塊に堕としたのが事実なら手練強者と認めざるは負えない。
もっともそれが霊丹と言うよりも磨きいた鍛錬の賜か。
それとも不憫寝取られ体質の嫉妬心の成せる技なのか?
婿取り村二番家家主・土竜華次は居間の上座に座を構え愚息・土蔵の嫁しずゑに酌を
強請りながらも熟考の闇に心を静める。
何しろ愚息土蔵は重症で有る。
迂闊にも喰らい蛇の霊煙にまとわり付かれたのだ。
それは霊丹を奪われる事を意味する。それも激しく。
寝取られ噸麟が始末を付けた後やっと仕える者が駆け寄った時には
白目を向きつつ泡を吹いて畳に倒れる所か巨躯を誇ると威張り散らす大男の陰はなく
筋肉は何処だとばかりにほとんど骨と皮の病人の如くであった。
当然に村の仕える者では対処出来るはずもなく態々村外の交番詰所まで人を走らせ
救急車を向かいれてまでやっと街の病院に運び込んだ始末である。
あれは一月二月では戻れまい。四月半年で戻れば幸い。壱年弐年かかっても不思議ではないだろう
全くもって愚息では有るがはてさて家の政りはともかく悩みの種が尽きもしない。
噸麟の初恋人・乳姉を努めたそのしずゑ。
しずゑは事が起こった今日を妬ましくと恨む。同時に覚悟もするべきでありそれも又良しとも
心の内で睨み思う。
弟如くとともに溺れた噸麟との情事は今でも肌に痣と残るが少々に激しすぎたのだろう。
一つ間違えば心の病の果の情事とも言えたのかもしれない。
我慢を重ねるも耐えきれず最後には漢肌へと逃げるも逃した魚を追いかければ
村の外へと跳んで去り年頃となれば仕える家の出となれば強引な縁談は断れるはずもなく。
嫌よ嫌よも好きの内とか漢心の慢心に諦め体許して数年経てば
やっとみた姿に心踊りどうやって魅せつけてやろうとかと案ずればこそ
当人がさっさと塊霊を屠って払う。さてとどうするとでも・・・。
しずゑはそこまで頭を巡らすと考えるのを止める。
顔にかかった長髪を邪魔だとばかりに細白い手指の先で耳に掛け
座して酌啜る自分の義父の耳に吐息をそっと拭く。
「私奴の夫は少々に早く終わってしまうのです。御義父様ならそんな事ないでしょう?」
分かっているのでしょうとばかりにあぐら座に座る義父の太股をなぞって奥へと滑らせて行く。
「御前・・・。」
元より夫土蔵より歳の離れた漢が好みのしずゑは解き時より無理に酌を強請られる事を
楽しみにしもしていた。
何より一時でも噸麟が村に居るのだ。此処で虐めてやらねば楽しめない。
長年の思いの果にやり込めた相手の親とちぎって居ると知れば噸麟の戀いの焔も
再び燃え上がるだろう。何より毎夜の情事相手が廃人のそれと成れば
代わりに親にでも手を付けなければ寝るに寝付けぬ火照りが収まらない。
「ぬぅぅぅ~~~。
少々寒々風が染みると言えど・・・。
久しく忘れた肌の温もりはやはり良いものだ。云々。これからの数はちょっと怖いけど
今は忘れてお天道様に感謝感謝の朝の木漏れ日である」
言葉通りである。久しぶりに柔肌と何より実兄の嫁を寝取ってやったとばかりに
清々しくも誇らしげに裸一貫のままに家屋の縁側で腰に手を添え仁王成らぬ裸王と立つ。
実兄の嫁お贄との情事は甘美でも有り激しかった。
それでも朝まで持ちこたえたのは軍属経験の訓練の賜か
昨日屠った大蛇の霊丹のおかげというのだろうか?無事に乗り切ったのは誇りでも有る。
「その他に何人隠していらっしゃいますの?噸麟様。
えっ。二人?嘘おっしゃい。三人?四人?もっといるくせに。言わないと捻りますわよ?」
顔面に圧力甚だしい乳房を押し付けられ苦しさに悶えて全部は苦情させられると思わずとも
其の大半が今では誰かの者だと分かってるから尚の事に情けなさと悔しさに塗れて
一層激しく腰を突き上げたのは良く覚えている。
まぁまぁ色々過ぎたことだと頭を掛けば広くもない生け垣の向こうから
くすくすと声が幾つも漏れて来る。
冬空の朝に全裸で縁側に立てば外から丸見えだ。
それが祭りの功労者となれば注目の的だろう。数年ぶりに帰村した珍しさもあればこそ
「お・・・お早う。皆の衆。
こっこれは帝都でも流行りの朝沐浴と言ってな。帝都では皆普通にやってることなんだぞ。
決して変態ではないのだ。ちょっと待って。交番にかけ込むの止めて!通報しちゃ駄目。
ふ、褌。褌頂戴ってば。お鵺さ~~~ん」
普段ぐらしであれば安アパートで全裸で過ごす事も多い噸麟でもそこか出身の村では
勝手が違う。何よろ縁側の向こうの生け垣にはひょこひょこと
黑頭が並んでると成れば尚更だ。
何処に潜んで居たとでも言うのだろうか。村の仕える者は皆大江戸時代の忍び風情かと
言うように黒々頭が並ぶとその筆頭いつの間にか小さい手が腰の周りを行ったり来たり
それがお鵺の手であればこそ。すっと気配が消えると右手に湯呑が握らせられる。
「有難う。お贄さん・・・昨夜はすごく・・・」
「心してお聴きなさいませ。噸麟様。
乳姉しずゑ様はどうやら土竜華次殿の妾へと堕ちた様で御座います。
それも自ら股座に手を入れて誘ったと。
それについさっきまで縄で括られ天井に吊るされ二つの穴に張り子を咥え
尻を叩かれ悦楽に溺れ。是非に観てくれと噸麟様の名を呼んで叫んでいたと・・・」
指の力が抜け落ち縁側にがちゃんと湯呑が砕けて弾ける。
帰村し久しぶりに観た乳姉しずゑの姿は美しも恋しかった。
何より時が立つのも早く最早に人妻と成っていたのも相当に心苦しいが
これ見よがしに今度は其の義父の元へ自ら体を許すとなればどれだけに
自分を虐めたいというのだろう。
何よりそれを知らされたのが朝に村の者が集う中縁側で褌一丁で立ちすくむとなれば
なおさらに屈辱恥辱に塗れ堕ち噸麟はガックリと膝を負って涙咽ぶのが関の山であった・・・。
