【異世界女装漢児】参の噺【変食】

大熊のような巨躯を誇る悪党マルカヌ。
以外にも其の朝は早い。寝蔵としてる娼館の寝台から大きな尻の娼婦を押しのけ
起き上がるとまずは顔を撫でて擦り大きく欠伸を一つ吐き出す
それから全裸のままで姿写鏡の前に立ち背伸びをしてから軽く上半身を捻り屈伸も
こなす。朝の運動と言うには程遠いがまぁこれくらいがちょうど良い。
昨日はさんざんな目にあったと口には漏らさす愚痴を捏ねる。
何しろ相方の瓢箪顔の馬鹿が選んだ獲物は豪胆過ぎる奴だった。
異国帰りの言葉を話し、細腕の癖に妙な軽業を使い瓢箪顔の手指を折って魅せた所か
喧嘩自慢の自分でさえも相手にならぬとばかりに股間を蹴り上げられる。
腰骨が砕けたとばかりに苦しんだ物のなんとか痛みを堪えて魅せた。
それでも二度と会いたくないとも心底に願う。


否然し、大抵の場合はそう上手くはいかない。
「遅いじゃない?悪党の癖に私を待たせるなんてどうゆうつもりなのよっ」
案の定、昨日の細身の女が商い市場の徒党天幕の前で待っていた。
歌うような抑揚の強い言葉では有るが相変わらず語意は分からない。
分からないが軽く突き上げた眉。細めた目筋。乳房を支える様に
組んだ手と握る鉄扇の動きを観れば、ああっこれは起こってるのだとも知れる。
やれやれ、困った物だとぽりぽりと頭を掻いて恫喝でもすれば凝りて
どこかに消えてくれるかと思えば。
「お早う御座います。鉄扇の姉さんっ」
徒党天幕の脇から顔を出した若造が元気よく声を掛けてくる。
そういえば市場もそろそろ開く時間でもある。
「んんっ。お早うさん」
バサリと鉄扇を開いて横目に若造の顔を観ると顎と軽く下げる。
ちょっと気恥ずかしそうに鉄扇の扇で隠すも掛けられた言葉に挨拶を返す。
上に立つ者でも形はどうであれ礼儀は知っていると言う事だろう。
「お早う御座います。鉄扇の御婦人様。本日も麗しき姿で御座います」
マルカヌの大きな背中の影から会計係の背の高い輩が出てくると
これも又、丁寧に頭を下げる。
「お早う。美男字だね。云々。眼福眼福」
鉄扇を仰ぎながらも顎を落として頷いてくる。
語意は伝わらなくてもきつい顔が僅かに緩み柔らかく成れば好意と取れる
壮年に差し掛かる会計係の漢もまんざらではないとでも頬を緩め一礼して
徒党天幕の中に姿を消せば最後に奥から女中が顔を出してくる。
「鉄扇の御夫人様。所望なされた河馬牛の乳で御座います。
砂糖を多めに入れてまりますし。人肌に温めて起きました」
慣れた手付きで乳筒を掲げ細い指を差し出すヒルヌヌの前に差し出す。
「有難う。ペリルちゃん。云々、美味しいわね。
何観てんのよ?熊坊。幾ら私が美人だからって朝から呆けるのは只の馬鹿よ?
あっ。視姦してるのね。私の乳房を視姦してるんでしょ?この変態野郎っ」
女中のペリルに優しげに声を掛けると思えば此方をじろりと睨み
きつい目つきで此方を睨む。
いつの間にか同僚部下の心を掴んだらしくも会話と雰囲気に飲まれ
気がつけば豊かな乳房をじっと観ていたのに気づかれたとでも言うのだろうか
それになんとなく昨日観た時よりちょっと大きいと思えるのは気の所為か?
「助平なのは漢の甲斐性とも言うけどほどほどになさいよ。熊坊。
・・・朝ごはん未だでしょ?皆。買い出し行くわよ。買い出し。
朝御飯は一日の活力を養うのよ。あんなお米じゃ元気もでないわよ」
既に勝手にマルカヌの名前を熊坊と名付け鉄扇でぽんと胸を叩くと
プイッと背を向けて有るき出す。ふるふると鉄扇の先が動けば
どうやら付いてこいと言う事らしい。
どうやらしょうが無い。部下も手下も懐いてるのは不思議でも有るが
ここで自分が苦言を漏らしてもしょうが無い何せ醜態を晒したのは自分であるし
今更、威厳を示しても誰もついてはこないだろう。
この市場の徒党天幕の主はどうやら鉄扇の御婦人・ヒヌヌルが仕切るらしい。


右に左に細くとも丸い尻を振りながら市場の商天幕の合間を縫って歩くヒヌヌル。
其の後ろを何処か面白くないようにぐっと口をつぐんで歩くマルカス。
屋台天幕に並ぶ食べ物を物色し指させば下働きのトングルが口早に説明する。
昨日、鉄扇で張り倒されたのがよっぽど答えたのだろう。
ペコペコとへつらい手もみしながらもついていく。
ヒヌヌルが蛇頭の串焼きを勝手に取れば慌ててペリルが慌てて代金を支払う。
何ともちょっと変わった一団でもある。
市場に客が集えば揉め事も出てくる。市場警護の輩が巡回すれば
商人と客の揉め事を丸めて収め。商人同士のイザコザは市場役人が仕切り直す。
雑多多種の人種と商売人。其処に隠れて悪事を働く悪党徒党。
マルカスは市場の一角に縄張りを持つ悪党であるがあまり表には出て来ない。
悪事は悪事で悪党は悪党だ。
表に顔を出せばそれだけで揉め事も起きるやもしれん。
だから仕事以外はあまり市場に姿を現さない。それが妥当であるはずだ。
「熊防。熊防。鍋って有る?鉄じゃなくて陶器の奴よ。
出来れば大きい方が良いのよね。それから石炉を作りたいの。
分からない?面倒ね。こう言う形に石を組んだ奴よ。其処に薪を入れて
火を付けてね。それに土鍋を置いてお米炊くのよ。
それから味噌汁も欲しいからお味噌よね。やっぱり。葱はあるかしら?
倭之御國の朝御飯はやっぱり鮭よ。鮭知らないの?魚よ。魚だってば」
突然、此方を振り向いたと思えば口早に異国言葉を並べ捲し上げる。
後ろ歩きに言葉を並べながらも素っ頓狂なマルカスの顔を観て言葉が
伝わらないと分かると細い指で宙になにやら描き出すがやっぱり分からない
「もうっ。熊坊ちゃん。無口な上にお馬鹿さんなの?
助平な癖に食に拘り解かないの?あんな御飯で満足してる割にお腹出っ腹して
只のおでぶちゃんなのね。えっと・・・お米が炊きたいのよっ」
悪口を言われたのは分かる。恐らくは自分の顔の事だろう。
マルカスがムッとして脚を止めるとヒヌヌルも脚を止める。
脚を止めると地面に転がってた棒切を拾い上げ、何かを描き出す。
「だからねっ。この國の御飯は不味いのよ。とっても不味いの。
あれは御飯とはいわないわ。食感ももきゅもきゅ固くて美味しくないのよね。
態々、早起きして料理人さんに見せてもらったの。あれじゃぁ全然駄目なのよ
全然成ってないの。私が正しい御飯の炊き方魅せてやるって言ってんの」
早口で謳うヒヌヌルの言葉は分からない。必死に何か喋ってるとしか理解できない。
だが然し・・・。
「あっ。それなら知ってます。あっちに売ってますよ。俺買ってきます。」
若造トングルがパチンと手を叩いて顔を明るくすると直ぐに走り出す。
トングルがそれを知ったのは土鍋だ。ぱっと身を飜えし疾走って言ったと思うと
直ぐに脚を止めパタパタと此方に帰ってくる。
「はい。トングルさん。お代はこれですよ」
思いついたのは良いが代金を持ってないらし。しょうが無いとばかりにペリルが渡す
「坊や。蓋忘れないでよっ。蓋。大事なの。分かった?蓋付きの土鍋だからね!」
ツンツンと木の枝で地面に書いた土鍋と蓋を突いてヒヌヌルが大きく声を上げる。
地面の上に書かれた絵を観ると細腕の女が何をしたいかやっとわかる。
どうやら何かの食事を作りたいらしい。態々飯を作るために買い出しを
していると言う事である。
尤もそれが分かったからと言ってもそれから大変だった。
ヒヌヌルが所望したのはまずは大きな土鍋。
若造雑用係が探してきたのは以外に小さかった。
「駄目じゃない。若造君。
内には大食いの熊がいるのよ?観なさいよ。このでっぷりと出たお腹。
おまけに助平で変態なのよ?性欲爆発の変態さんなのよ。
このお鍋じゃ足りないわよ?全然たりないわ。もっと大きいのがいいわ」
ぜいぜいと息を切らして疾走ってきたトングルの鼻先に鉄扇をグイと突き出し
首を振って駄目だしをすると手振りでもっと大きな奴を所望する。
鉄扇の御婦人と云うのは口が悪い。事ある度にちょくちょく悪口を挟んで来る
マルカムもなんとなくそれが自分の悪口だとも知れてきた。
二度目にトングルが陶器屋に疾走っていくと今度はマルカヌの番だ。
「熊坊はお米。それと味噌と葱ね。お芋とかもあると良いわ。
お米は質の良いやつね。どうせ大食い何だから俵一俵位買って来ちゃえば?
私とペリルはお魚とお水を探すわ。お水は大事よ。薪も忘れないでね。」
ふんふんと地面に書かれた絵を覗き込むペリル。
米飯と知ってあまり気乗りしないマルカヌは首を下げただけであまり真剣ではない。
其れに気がつくとむっとして鉄扇が飛んでくる。
「ぐはっ。」
「ちゃんと買い出しないと御飯抜きだからね。
働からず者、飯与えず。市中引き回し三段腹の刑なのよっ」
只でさえ、くるくると表情を帰るヒヌヌルは怒るのも早いし手も疾い。
発した言葉が耳に届く前に痛みが先に体に伝わる。
何とも今日な女である。


 

はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火をひいて、
赤子泣いてもふた取るな、そこへばば様とんできて、
わらしべ一束くべまして、それで蒸らして出来あがり


徒党天幕のそれほど広くない場所に属する一団全員が顔を並べる。
市場のあちこちを駆け回ったがヒヌヌルが欲する物の全部を揃える事は出来なかった
トングルが用意した土鍋は結局に手頃な大きさの物は揃えられなかったし
やたら大きかったりちょうど良くであっても蓋がない。あるいは小さかったりだ。
上質な米は手に入れたが量は半分だ。大体米がよくても飯にすると不味いと決まる
旨い芋は手に入ったがヒヌヌルの目利きには叶わずという所らしい。
この日は魚の仕入れが少ないらしくあまりいい物もなかったのは残念でもある。
自分で言った手前だろうがヒヌヌルとペリルが買い求めた物は確かだった。
品物が揃うと天幕の外に木組みの腰掛けを用意させ鉄扇を振りまし
あれこれと指示を飛ばしてくる。
「それを丸く組んで・・・そうじゃないでしょ?
ちゃんと火が通る様に空気穴も作ってよ。それじゃ駄目でしょ。
空気所か火が出てきて火傷するじゃん。熊坊ってもしかして不器用なの?
それじゃ女にもてないわよ?そうそうそうやって!」
悪口混じりにも鉄扇を振り回し指示を吐き出し岩釜を組みあがる。
其処に予め言いつけられ水溶きを済ませた米が土鍋に入れられるが
驚いたのは米が入った土鍋の中に河馬牛の乳を水で薄めた物がたっぷりと注がれる。
この國。この地方では米飯と言うものはパサパサである。
マルカヌ自身は全く料理はしないのであるが作り方位は頭の中にある。
平たい鉄鍋に米を入れて少量の薄水を注ぎ、さっと炒めて仕上げる。
「あれじゃ生煮えなのよね。お米が水分を吸収する前に出来上がるから
半沸えで硬いままなのよ。噛んでも味なんかしないしさ。
あのお米が美味しいなんてちょっと変なのよ」
水を注いだ土鍋の中に何処で見つけたか知らぬが干した煮魚をパラパラと
落としながらヒヌヌルは文句を垂れる。
石窯に勢い良く巻きを投げ込み火をつけようとすると又、鉄扇が風を凪ぐ。
「イテッ。」流石に二回目は避けたと思えば敵もさながら弐発目を放ち
結局。頭に痛みが奔り涙目になってしまう。
「くくっ。お馬鹿の熊坊」鉄扇の影に顔を半分隠し肩で笑う仕草に
一同も体を揺らして苦笑する。
くそっ。面白くないっとむっとしてるとヒヌヌルは厚めの唇を開き謳う。
はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火をひいて、
赤子泣いてもふた取るな、そこへばば様とんできて、
わらしべ一束くべまして、それで蒸らして出来あがり~~~。
いつもの抑揚の乗った言葉と話方よりも声の高さが一段あがり
声の調子と言葉の種類が違うと知れれると詩を歌っているとわかる。
この地にも仕事詩と言う物はある。流石に悪党稼業にそんな物はないが
畑を耕す者。革職人が皮をなめす時、戦に挑む兵共が猛る戦詩。
それぞれに意味が有り古くから民者に親しまれて来ている。

只でさえ普段の話方も流れる風の様に謳うのに其の声で歌うとなれば
周りの者にも感銘を植えつける。
元々、出で立ち姿も顔も整って入るのであれば尚の事。
黙っていれば入れば良い女であるとマルカスも認めざる負えなかった。
ゆっくりと流れる仕事詩を歌い終わると一呼吸付いて土鍋の蓋に顔を寄せ
蓋つまみに指を添える。
「はてさて。おたのしみ。これぞ倭之御國仕込の白飯御飯で御座います。
味付けは淡白なれど味の染み込む小魚の御煮干しで御座います。
皆様。たぁんと召し上がれっ。」
悠長に口上を垂れると細い指で蓋をぱかりと開ける。
「おおおおおおおお~~~~~~」いつの間にか誰もが土鍋に顔を寄せ覗き込む。
真っ白は湯気が上がり其の向こうには鮮銀に輝く白飯。
釜から下ろしたとは言えぼこりっと泡が膨らみ弾けると甘い香りが鼻腔を擽る。
仄かに海の香りがするのは味付けの小魚の出しがしみているからだろう。
途端に鍋の周りに椀が突き出される。気がつけばマルカヌは出遅れたらしい。
「こらこら。がっついちゃ駄目でしょ。順番に並びさないよ。
ちゃんと全員おかわり出来るくらいは炊いてあるからね」
指先に摘んだ鉄扇が動いて並べと示すと皆が一斉に体を寄せて我先にと列を成す。
しまったっ。出遅れたとばかりにマルカヌも慌てふためくも天幕に奔り
ゴソゴソと棚を探す。もっともいつも使ってる椀では小さいと一番大きな奴を
ひっつかんで列に戻るが時遅し。一番最初に陣取ったペリルの椀には
ホカホカの白飯が装われ隣で鍋から味噌汁と言う物を別の椀に注いで入る。
雑用斥候を担うトングルもピンと背筋を伸ばし真っ直ぐ椀を突き出してる。
「むぅ~~~」自分より細くとも背が高い会計のプリグランさえも然りと
椀を二つ携え最初からお変わりを狙ってもいる。
「くっ。長であるはずの儂が最後とは・・・出遅れた」
「徒党か何か知らないけど悪党非道に順あれども
人の食は平等疾いもの勝ちとは世の決まり。
食い意地張ってる熊坊も型なしね。ぷぷのぷ」
悔しそうにも兎に角に列に並ぶしかないマルカヌを口元を上げてヒヌヌルが誂う。

「頂きますぅ~~~。ちゃんと手を合わせて挨拶なさいよ。
い・た・だ・き・ま・すぅ~~~よ。感謝よ。感謝なのよ」
無造作に椀に匙を突っ込むと怒声が上がる。言ってる事は分からないが
なにやら食事の前には儀式が有るらしい。この地にも似たような物もある。
「頂きますぅ~~~」
徒党全員の声が合唱と重なる。情婦を抱く時も言葉を離さないマルカヌさえも
この時ばかりはきちんと腹から声を張る。
もぐもぐ・・・しゃかしゃか・・・もにゅもにゅ・・・ずるずる。
「お代わり!お代わりを所望します。鉄扇の御夫人様っ」
「俺も俺もです。こんな飯初めてでっす。旨い」
「私奴もお代わりを頂きたく存じます」
「ずるいではないか?皆の者。儂より速く並んだくせに。今度は儂がっ」
難癖をつけるのが悪党の常であっても今回ばかりは本心である。
こんなにふっくらとして甘い米飯はたべた事がない。
この世界に米を炊くと言う調理方法はなかった。だからこそ初めて食べる白飯である
「まだ有るから大丈夫だけど。味噌汁もあるのよ?
そっちもちゃんと食べるのよ。せっかく腕をふるったんだからね」
白飯だけでも幾らでも食べられると言うものであるが味噌汁と言うのもまた美味い。
魚腸味噌に湯を注ぎ溶かした汁に具材が浮かぶ。
味噌は塩っぱいのであるが反対に具に入る芋は甘い。
ずるずる汁を啜るとなんとも言えぬ風味と味が口に広がる。
「太っちゃう。私太っちゃうのぉ~~~~」
「美味し良いですからね。しょうがありません。
妻と娘に怒られてしまいます。明日は一緒に出勤させて頂きます」
「旨い。旨い。俺。悪党に成ってよかった。おかぁ~~ちゃん~~」
「ガツガツ。旨いのだ。旨いのだ。これが米とは思えない。旨いぞ!
だがあの鉄扇は痛い。鉄は痛いのだ。」
「御飯食べる時くらい。喋るか、話すかのどちらか一つになさいな。
行儀悪いわね。節度と礼儀が大事なのよ・・・・あらん」
でかい体躯のマルカヌが五杯目のお代わりを所望しヒヌヌルが椀に注ぎ
脇に退けるとその背中の向こうに少年が一人立っていた。
ご丁寧に自分の身丈には合わない少し大きな椀をしっかりと握りしめている。
「ぼっ。僕にも。御飯を下さい。これはお代です」
ぴんっと背筋を伸ばし真っ直ぐにお玉を握るヒヌヌルの顔をも詰め
小さな手を突き出してお代と銅貨を突き出してくる。
「ぼっ。坊やも白飯食べたいの?困ったわね。お代をもらうほどの物でもないし
そんなに量もないし。大体、貴方は気質でしょ?
むさい漢もどが集う悪党輩の所に来ちゃ駄目よ。でもまぁしょうが無いわね。
今回だけよ。今日だけだからね。そそって上げるから椀よこしなさいな」
言葉は伝わらぬとも相手が歳はの行かぬ少年であるからか
それとも若年少年好きなのか、渋々であっても微笑み椀を受け取り白飯をよそう。
いつの間にかちゃっかりと会計係のプリグランが代金を受け取ってしまったのもある
「有難う。綺麗なお姉さん」丁寧に頭を下げ大事そうにホカホカの椀を握りしめ
脇にどけると気をつかってペリルが木椅子を譲る。
自分が炊いた白飯を美味しそうにもガツガツと頬張る少年。
其の姿を微笑ましいと口元を緩めるヒヌヌル。

一泊の刻が進むとざざっと人影が動く音が当たりに奔る。
「お嬢さん。俺にもそれをくれ」
「お姉さま。私にもホカホカ白御飯を下さいませ」
「代金はいくらで有るのか?銅貨参枚?否、四枚でも五枚でも出すぞ」
あっという間にヒヌヌルの土鍋の前に人列が出来る。
あまりに素早い人の動きにヒヌヌルが吃驚して体を引くと低い声でマルカヌが告げる
「こっこれは身内の飯半だぞ。貴様等は気質衆であろう?悪党稼業の天幕に
気軽に来るもんじゃないし。金を払えば良いと言うより。
大体椀の一つもないではない?」凄み睨んでみても思うように効果がない。
「悪党だって、気質だって。うまいめしはたべたいわよ」主婦が声を上げる。
「そうだぞ。悪党稼業だからって美味そうな飯を自分達だけで食おうってのか?」
「それこそ、悪行じゃないか?憲兵役人に言いつけるぞ!」
「体ばかりデカいくせに。それ以上喰ったら動けなくなるぞ」
「太っちゃうの?そんなに美味しいの?かまわないわ。
この際。太ってもあのホクホクの御飯が食べたいのぉぉぉ」
口々に文句を叫んで拳を突き上げられては流石に堪らない。
「うぐぐ・・・。分かった。分かった。
良いか?此方の姉さんは異国から来たらしくてな。
我等の言葉は話せぬし、反対に土地の言葉を理解出来ぬようなのだ。
怒らすと怖いが器量もいいし。拵えてくれる白飯は今生の物とは思えぬほど旨いのだ
礼儀と筋を通すなら馳走してやるが、量はそんなにないからな。
それから椀は自分で用意しろ。お代は一杯銅貨参枚でいい。お代わりは二杯までだ」
低くドスの声が響くと云々承知したと群衆は頷き脱兎のごとくに走り出す。

「何があったの?どうしたって言うのよ?説明しなさいよ。助平熊坊。
えっ。売るの?白飯よ?只の御飯なのよ?えっ?美味し良いから良い?
お金とれるのかしら?もう遅いって。ちょっと何?あの人混み。
あんなに材料ないわよ。どうしろって言うのよ。御飯たけっていうの?
無理よ。時間かかるわよ。二十人は入るわよ。鬼っ悪魔っ。働けっていうの。
か弱き乙女に労働を強いるって言うの?このウスラトンカチの変態熊坊っ」
身振り手振りで状況を伝えると半泣きでヒヌヌルが文句を垂れる。
それも其のはずで倭之御國の白飯は夏風涼やかとばかりに市場を巡り
徒党天幕の前には黒頭の列がぐるりと囲む。
最初に手違いで買い求めた鍋に米と乳水が注がれ釜に火がくべられるが
そもそもそれだけでこなせる客数ではない。
「お前が言ったんだからね。責任とって土鍋買ってきなさいよ。
こら。未だ疾いから蓋開けちゃ駄目。
はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火をひいて、
赤子泣いてもふた取るな、そこへばば様とんできて、
わらしべ一束くべまして、それで蒸らしてなの?
ちゃんとやりなさいよ。お味噌多すぎだって不器用なのね。貴方。
どきなさいよ。私がやるから。全く。乙女使いの荒い悪党どもだわ」
幾つか増やした岩炉と土鍋。ついでに味噌汁の鍋も増やしたが到底追いつかない。
客の列は長く成るばかりだし、皆それぞれに自分の椀を持ってるし。
それがないものはなにかの布を握りしめ椀の代わりにしようと言う者も入る。
元から調理法をきちんと汁物が言葉も満足に話も聞くもままならないヒヌヌルである
見よう見まねでペリルとトングルが手伝っても結局はヒヌヌルが
仕切り仕上げるしかない。大体にして悪党天幕の手狭な広場で作業するのだし
客が座る卓もないのだ。
それでも客は初めて食する白飯と味噌汁を堪能し舌鼓をタンと撃つ。


「ぶはぁ~~~。つかれたわぁ~~。何なのよ。あの人だかり。
ちょっと足揉んでよ。坊や。ずっと立ったり座ったりでぱんぱんよ。
今日のお宿は風呂付きにしてよ。絶対。わかったわね。変態熊坊」
よくわからぬも扇子の先で脹脛を叩けば、了解したとトングルが駆け寄る。
「確かに疲れましたが・・・。
これはいい商売に成るのではないでしょうか?
我等もそれぞれ訳あって悪党稼業に身を落としておりますが
御婦人のお陰で全うな商売ができるかも知れません」
やっと客が引けた徒党天幕の中で膝を付けわせてプリグランが提案する
「そうだろうか?我等悪党にそんな事出来ると思うか?」
「まっとうな商売が出来るかどうかは別としても
あの御飯はおいしかったです。毎日食べたい。太るけど」
「云々。オレっちも毎日食べたい。元気でるしさ」
「ふむ。あの白飯が毎日食べられるなら悪党稼業等、屁でもくらえだな」
「そうですけど。色々問題も有るかもですよ」
「ふむ・・・・、まずは材料の調達と料理場の問題だな。
此処では狭すぎるし。立ち食いと言うのも気になる。」
「広い場所に映れば良いでしょう?
大頭へのしがらみも或るかもですが。それはそれ。
悪事にも資金は必要ですし、当然蓄えもありますからね」
「はいっはいっ!賛成ですっ。どうせなら料理屋やるの楽しそう」
「料理屋かぁ~悪くない。面白いだろうなぁ
場所は変えても人の問題もある。料理人も入るし接客若しないとならん」
「未だ海の物とも山の物とも付きません。
なるべく身内で初めて見るのが良いでしょう。
僭越ながら私の妻は料理好きでも御座いますので手伝わせましょう」
「うぬ。身内でよければ通いの娼館から幾人か引っ張ってこよう。
娼館仕事が肌に合わぬ者もおるだろうからな。
なるほど。なんとかなるかも知れぬな。どうだ?ヒヌヌル姉さん?」
「へっ?どうしたの?私の顔になんか付いてるかしら?」
込み入った話についていけるはずもないヒヌヌルは脚を揉んで貰いながらも
豆鉄砲を食らった顔で一同を見つめ返してくる。


腰を摩り昨日は少しばかり働きすぎたと苦く思うもマルカヌが取ってくれた宿の
風呂は中々に良かった。今日もあの宿にしてくれるといいなと思いゴネたら
鉄扇で殴ってやろうと目論見ながら例の徒党天幕の手前まで来ると目を丸くする。
「お早うっ。みんなどうしたの?私が一番遅かったのかしら?何かあったの?」
鉄扇で風を仰ぎながら声を掛けるがそもそも人数が増えている。
「お早う御座います。鉄扇の御夫人様。
昨晩に皆で話し合いこれから料理屋を営む事になりましたのはご存知かと
其の為の人手を増やす必要がありまして。まずは我妻。アピレルと娘のソーイ。
共に料理が好きで得意で御座いますの御婦人様のお手伝いに。
それからマウカヌ殿の手配で接客などにと数人を。
仕入れはやはり御婦人様のお手を煩わす事になりますが私達も誠心誠意
お手伝いさせて頂きます」
「えっと、よくわからないんだけど。うぬ。善きに計らいたまえ」
状況は伝わってこないけど何か始まるらしい。面倒くさい事になるかもとは
思ったがだからと言っても出来ることはないのだ。
御飯を作る事は出来ても腹を満たす身金が懐には全くないのだ
禿頭髭面の巨漢熊漢の財布を当てにするしかない身の上でもある。
「皆さん。ヒヌヌルで御座います。宜しゅうお願いしますです」
初めて顔を合わせると成れば挨拶は大事。それでも適当な言葉を並べると
「此方こそ宜しくお願いします。鉄扇の御婦人様」
名前らしき言葉聞こえその人と分かる以外にも言葉が重なり驚いたが
それからはもっとだった。
示され天幕の中に入ると雑多な品物は片付けられている。
多少なりとも丈夫な木造りの椅子に座らせられると朝飯代わりの麺麭らしい物と
河馬牛の乳筒が用意される。しっかり砂糖が入っているのは好みを知られてるらしい
周りにはせの高い会計士の妻と年頃の娘が付きそうあれこれと世話を焼いてくる。
外で物音がしてなんとなく顔を出してみると其れまでと徒党天幕一つだったのに
幾つか周りの天幕がなくなったと言うか空間が生まれマルカヌが声を上げ
指を指して人足共に指示を出している。隣では羊皮紙を挟んだ板を覗き込みながら
マルカヌの肩を叩いては何かと告げてる。何が始まるかと思えばなんとなく。
人足共が石窯を組み上げ女達が薪を実際に焚べて火加減を確かめても入る。
「其れじゃ弱すぎるじゃん。そっちの味噌汁の釜は火が強すぎるわよ。
大体、昨日のお客の数を裁くのはまだたりないじゃない。
ああん。私やる。私やるから。どきなさいよ」
調理すると言う事に拘りが或るのか単純に好きなのか結局は天幕から飛び出し
声をあげ身振り手振りを示して指示を出していく。
隣の天幕があった場所では料理の下拵えができるような作業場が組まれ
数人の女達が道具を整えてる。雨風を避けるようにも天布も拵えてる。
まだま質素ではあるが数席であるが木造りの卓も運び込まれる。
「なんとか形には成ったけどまるで客でも取る勢いだわね。
それにしてもどっからお金もってきたのかしらね」首を傾げてると間もなくに
客らしき者が遠巻にでも此方を観て集まっても来る。
「姉さ~~~ん。昨日言ってた魚買ってきましたぜ。
米もこの通り。参俵もあれば今日一杯は持ちましょう。
それから女どもがこれも食べたいあれも食べたいと言いましてな。
適当に見繕ってきたのです。どうでしょうねぇ~~」
「何よ。貴方。買い出しにでも言って来たって言うの?
魚は良いけど。食べられるのこれ?目ん玉ひん剥いて此方睨んでるわよ?
此方は蛸かしら?脚が15本ってどんだけ吸い付くのよ。
小麦粉は或るかしら?こ・む・ぎ・こ?わからない?
良いわ。とりあえず茹でるから。後、大鋏の海老はないの?
もしかして高級品なのかしら。私二十匹くらい食べちゃったけど。
それはこっちに。うわっ。猿の生首だわ。干し猿の顔ってどうしろって言うのよ」
マルカヌと女達が脇に抱えた笊籠を尻を振りながら覗き込んでは品を定めると
汗癖と動く女達に声を上げて指示を出していく。


恐らくは昼時が少し過ぎた頃にヒヌヌルは自分が騙されたと気づき思う。
なんとなく察する事はあってもこうなるとは思わなかった。
昨日の事も合ったからなんとなくは察しは付いたものの。
白飯用の石窯が六つ、味噌汁ようのが四つ。あれこれと惣菜用の物もあれば
到底一人で仕切るのは大変である。それぞれの石窯に担当が付いてるし
皆が体を揺らしながら例の拍子を取って詩う。それでも何しろ昨日まで
この國にはなかった調理法である限り頃合い具合の見極めはヒヌヌルの仕事である。
「全くいつの間にかお店になってるのよ。
大体あの看板にはなんて書いてあるのよ?変なこと書いてたら承知しないわよ」
薪が燃える釜穴を扇子で仰ぎながら天幕の片隅にドンっと置かれた立て看板を
盗み観ても、角張った線を組み合わせた文字は全然読めない。

鉄扇御婦人の異國飯屋(品書き)
●白飯・・・椀一杯銅貨参枚。(但し椀は各自持参)
●味噌汁・・異国の汁物銅貨弐枚・本日の具材は人参芋(塩っぱい汁)
●白飯と味噌汁・・・銅貨四枚(四角かぶの漬物付き)
●多足蛸の五右衛門釜茹で・・・銅貨4枚
●頭蛇の串焼き・・・銅貨1枚。(当店特性甘たれ仕込)

正直言ってしまえば飯屋としては品数が少ないだろう。
釜番頭を務めるヒヌヌルにしてみてもちゃんとした料理の修行をしたわけではない。
ましてや他はずぶの素人でもある。昨日までは悪党稼業に観を染めていた者である。
それでも忙しく体を動かすのは楽しいし観たこともない食べ物が目の前で
仕上がって行くのは楽しいのだろう。
むしろ余裕が無いのがヒヌヌルでもある。
「ちょっと。貴方、詩はしょったでしょ。早口過ぎるの。もっとゆっくり
そっちの味噌はいれずぎなのぉぉ。こら!味見は小さじでいいでしょ
なんでお玉一杯すすってるのよ。どんだけ食べたいのよ。
ちゃんと賄出すから。まずはお客に出しなさいよ。
えっ?蛸がないの?ちょっとぉ~~~、熊坊ぉぉぉぉ~~。
蛸が売り切れだって。う・り・き・れ。売り切れだってばぁ~~~」
顔の前で腕を交差させ✗をつくってもマルカヌには伝わらないようだ。
ズカズカと厨房から大股で歩いてくると看板の上に墨炭坊で大きく✗を書き捨てる
当然。客からは落胆のため息がでるがしょうが無い。
「しょうが無いわ。御飯だけじゃ物足りないだろうし
大体、仕入れを熊坊に行かせたのが間違いだったわ。
明日は自分で行かないと駄目ね。早起きしたくないのにぃ~~~」
ズカズカと厨房に歩き戻りながら愚痴るが客の大半は細めでも以外に大きな尻を
振って歩く店の主人・鉄扇御婦人の後ろ姿に観とれてもいた。


一息付けたのは釜番の女達が段々を慣れて来たからだろう。
その日初めて飯を炊いたとは言え、客の黒山はずっと途切れないのだ。
飯を炊く釜の前には今か、今か、未だなのかしら?
と常に人が杯を抱えて並び列を作る。幾つかと席を用意したつもりでも
ほとんど意味もなさずに皆、白飯を椀に装っても貰うとちょっとだけ動いて
直ぐに椀に匙を突っ込んで啜り食べ。其れが終わると又、列の後ろに並び
お代わりを買い求める。老若男女大人も子供も皆がその調子だから
石窯の番の女達は手を止める暇もないし会計を預かるプリグランは
額に汗を流して客とやり取りしているが脚元麻袋は金銭で膨らみぱなしである。
揉め事が起きないかと看板の横に腕を組んで睨みを効かせるマルカヌさえ
米や味噌が無くなりそうに成ると慌ててドスドスと買い出しに奔る始末だ。
そんな中でも多少は余裕が出来ると今度は賄だ。
「全く誰がこんな事を初めたって言うのよ。面倒じゃん。
でもでも。みんな頑張ってるだし、此処は人肌ぬがなくっちゃね」
自分もそこそこに疲れてるはずなのにヒヌヌルが声を上げて惣菜用の天幕に近寄る。
何を思いついたのか、幅狭い布切れを捩りぐるりと頭の上に巻き付けて結ぶ。
倭之御國の習慣の一つであり捻り鉢巻であるが本来は用途も違うだろう。
それでも気合一閃入れる時には欠かせない物でもある。
捻り鉢巻一本頭に巻くと蛸茹での釜の鍋を退け、さっきの買い出しの時に
マルカヌに言いつけ買い求めさせた黒鉄の一枚板をどすんと乗せる。
釜の下穴に多めに薪を入れ炎を上がて黒板を温める。
その間に態々探せて来た小麦と蛇の卵を適当な器に入れ棒でぐるぐるとかき回す。
所謂、種という奴である。其処に一口で食べられる位の蛇の輪切り肉と
季節の野菜を混ぜて更にぐるぐると捏ねて混ぜていく。
何を作ってるのかと食いしん坊のマルカヌにお前をもやっても見ろと
器をもたせるとマルカヌもなんとか真似して種を込め始めるが中々難しい。
鉄鍋が程よく熱くなった所で猿肉の脂肪から絞った油をざっと引く。
油が黒鉄板に広がり染み渡る頃合いになると
「よいしょっと。これが以外とむずかしいのよね。熱いしさ。
こうやって種をこぼしてお玉で広げて形を整えてぇ~
頃合いになったら。ほいっほぃとっ。ひっくり返して。ちゃんと火が通るように
押し付けてね。又ひっくり返してっと最後は卵をわってのっけて
はぃ。ヒヌヌル特製、異国風味のお好み焼のできあがりっと」
じゅうじゅうと煙が上がる黒鉄板の上で又も世界で初めての料理が出来上がる。
鉄扇御婦人の異国風お好み焼である。
「まずは味見をお願い。アピレルさんとソーイさんお願いね。
果実の黒汁を掛けて召し上がれなの」
世界で初めて食することを許された幸福な親子は目を丸くする。
今まで小麦から作るのは麺麭と菓子しかない。
全くもって観たことない食べ物、お好み焼とは・・・。
「おっおっおっおっおっおっ美味しい!美味しゅう御座います。御夫人様」
「美味しいの。美味しいの。こんなの食べたことありません。
お好み焼き?至福の食べ物で御座いますぅ~~~」
この世界には箸もない。三叉に先が分かれた櫛を匠に使いお好み焼を口に運ぶ。
「云々。口に合ったみたいね。さてさて皆の分も作らないとね
ほら、次の種よこしなさいよ。熊坊主ちゃん」
これは自分の分かと顔を指で刺しながらも器を渡す。
「ちゃんと全員の分作るわよ。賄だからね。良いから次の種捏ねなさいよ。
貴方だけじゃないのよ。皆働いてるんだからね」
後に苦学独学の末に言葉を学び話せるようになってから耳聞した話の中で
この世界、この國の飲食店業には賄と言う物がないと知る。
就業中で腹が空いたら金を払って店の商品を買って食べるのが仕来りらしい。
それでもこの時は其れと知らず。
そしてマルカヌもなんとか賄のお好み焼にありついた物のぞれは随分と
遅くなってからだった。ある程度働き手にお好み焼きが行き割った頃。
むしろそれほどでもない頃に。お好み焼を焼くヒヌヌルの黒鉄板のその前に
椀を持った客が列をつくる。言葉がわからないから笑顔で誤魔化し
もう待てないと速く焼いてくれと満面の笑みで列をつくる。
「待って?待って?売り物じゃないのよ。
賄。ま・か・な・いなの。伝わってない?分からないのかしら。売り物じゃないの。
こっこうなったらヤケよ。焼いてやるわよ。お好み焼き。
ちょっとなに呆けてるのよ。この木偶の坊のうすらとんかち。
捏ねて。種捏ねて。間に合わないわよ。おでぶちゃん」
耳元で怒鳴られはたと我に帰ったマルカヌは合わえて器を持ち直し
種を捏ね始める。体力勝負の種作りは仕入れた小麦が売り切れになるまでずっと続く

●異国風味のお好み粉焼き(蛇卵乗せ銅貨五枚・なし銅貨四枚)
果実の黒汁・人参芋の擦り下ろしのどちらかを選んで下さい。
売り切れ御免!!

いつの間にか会計のプリグランが勝手に値段を立て札に書き込んでしまうと
もうそれは商品だ。やっと落ち着いたと思えば戦が始まる。
「いっ。以外と手間がかかるのよね。これ・・・。
ほら。次を捏ねなさいよ。熊坊主。力自慢でしょ?」
「うぬ。姉様。力自慢の儂も壱度に捏ねるのは一個でしかないのだ。
後。そろそろ手が痛い。限界である。それに腹も減ってきた」
互いに意味はわからずも其れが愚痴と文句であるのはよく分かる。
結局、この日も仕入れた材料が全部なくなるまで体を酷使する羽目に皆が成る


弐日、三日と成ると皆も慣れてくる。
少々、格が上がった宿屋にも結構速くに会計係の妻アピレルと
娘ゾーイが迎え其の脚で早市場で食材を漁り仕入れる。
この市場にも幾つ仕来り決まり事が或るのだが
其の一つに仕入れ置き場と言う物がある。
大物商人等の力の或る者が仕入れる時は割引も大幅に効くが
重宝するのは置き場である。
仕入れ人が商人と商談し其れが成り立つと代金を払う。
仕入れた商品をその場で受け取る事も出来るが置き場にと言う
専用の場所に届けて貰う事も出来る。重宝するのは持ちきれないほどの
商品を店側の者が置き場に届けてくれるから買い付けた側は
好きな時に自分の都合で取りに行ける。
更に置き場には専属の係がいて。壱度、置き場に置いた商品は
記録され次にそれを買い付ける時は係りの者に告れば
当人に変わり買い付けてもしてくれる。後は人足と馬車駄賃を払えば
商品を必要とする場所まで運んでもくれる。
勿論、係りの者達の目利きは確かなものでありいい加減な仕事はしない。
開店間もないヒヌヌルが仕切る鉄扇御婦人の異國飯屋は本来では
直ぐに置き場を確保すること等出来ないのではあろうが
市場組合のはからいで店を開けて四日目には置き場が用意される。
当然に市場組合の衆には例の白米とお好み焼が礼として届けられ
置き場の係の者には特別に賄と称して握り飯の差し入れが届いても入る。

「今日の品書きはどうするの?白飯と味噌汁の具材は何がいいのかな?
お好み焼の味も変えたいし。なんかもうちょっとお腹に貯まるものがいいわね
お肉がいいわ。お肉が食べたいの私。豪勢なお肉がいいわ」
歌うように早口と大げさな手振りで話すヒヌヌル
「お・・にく?で御座いますか?それは猿の干し物の事ですか?
あっ肉物の事ですね。はいはい。高い値段の物がご所望で御座いますか?
それなら牡蠣牛の厚切り肉がおすすめです。お値段が高いですのよ」
ペラペラと煩くも話すヒヌヌルの言葉をなんとか聞き取り
丁寧に言葉を返すアピレル。言葉の壁は高いものの身振りと云うのは
やっぱり助かる。肉と言う単語が伝わらなくても周りの屋台で焼かれる
具材を覗き込み肉を指させば言いたい事が伝わる。
二度目に肉と言えば互いに言葉は違っても意味は伝わるから
意思の疎通は楽になる。これは随分と互いに助かる事に成る。

鉄扇御婦人の異國飯屋・本日のお品書き
●白飯・・・椀一杯梅しそ味酸味強し・銅貨参枚。(但し椀は各自持参)
●味噌汁・・異国の汁物銅貨弐枚・本日の具材は王様玉ねぎと芋(甘め仕上げ)
●白飯と味噌汁・・・銅貨四枚(下し三日月菜の漬物付き)
●牡蠣牛の特上厚切り・・・銅貨八枚(数量限定)
●頭蛇の串焼き・・・銅貨1枚。(当店特性甘たれ仕込)
●賄・異国風味のお好み粉焼き(蛇卵乗せ銅貨五枚・なし銅貨四枚)
夕方から販売開始・一人一枚まで・売り切れ御免。
▲従業員募集。料理人・接客人多数経験問わず。
人足・裏方若干名。脛に傷あっても性根入れ替えるなら問わず。真面目に働け

「今日はこのぐらいかしら?なんかお客さんて日に日に増えてきてない?
疲れるだけども。まぁ今日はお肉がメインだしね。付け合わせの野菜忘れてない?
大丈夫?頑張ろっか。云々」いつの間にか捻り箸巻きが魅せの仕来りになったのか
料理を担当するものは頭に捻り鉢巻を巻きつける。
少し違和感もある風景では有るが仕切り役のヒヌヌルが気に入ったら
皆がそれを真似するように成った。これも又この店だけの仕来りである。

 


その一団は一目見てそれと分かる。

観るからに悪党であり観るからに金持ちでもあった。
大衆絵図に悪党と言う物を書いた様な本当にそのものでもある。
成金で思わず目をそむけたく成る様な悪趣味の貴金属を身に着けまくった漢。
其奴が頭で有る事は間違いない。其の後ろを腰に剣を携えた手下が続く。
これも絵図に書かれた通りに少し離れた所用心棒成る奴も姿を魅せる。
「ようよう!マルカヌぅ~~~。盛況であるな。
云々。今日は儂自ら異国白米とやらを食べに来てやったぞ。
次いでに今月の上納金を引取にもな。ぐははのは」
下品きわまりない位な大きな声を上げこの店も自分の物だとばかりに力を誇示する。
当然の如く建前上は此処の長を努めてるはずのマルカヌがずいっと前に出る。
マルカヌとプリグランは色々頭を鉢合わせ知恵を絞っても行き着く答えは一緒だった
どんなに頑張っても柵で自分達が悪党然の中に脚を突っ込んでる以上抜け出せない。
元々はこの悪党頭が調達した土地の上に異国飯屋を開いたのだ。
当然大主はこの悪党の頭領と成るし当然に上納金を寄越せと言われれば従うしかない
そうするしかないのだ。

いざ近づいて挨拶でもとしようとするマルカヌを頭領は手を振って退ける。
頭領は悪党で有るが同時に美食家も気取っている。
手下が稼いだ金で贅沢三昧の暮らしをしてるのであれば暇も持て余す。
何せ自分ですることと言えば勝手に入ってくる上納金を数えるしかすることが
なければそれ以外に食べる事くらいしか楽しみがないのだ。
故に太る。小柄な体躯の割に小太りを通り越して肥満である。
当然、歩くのも億劫だし杖を付く必要もある。
確かに面倒ではあるがなにやら異国の飯屋が開店し繁盛してると知れれば
それは自ら脚を運んで食して観るしかあるまいて。

思い体を動かして前に勧めば気配と雰囲気を察して客も後退りし道が開ける。
頭領にしてみれば毎度の事であるし優越感を味わえる瞬間でもある。
のそのそと歩けば手下が脇を固め後方に控えた用心棒も前に出てくる。
どうやら結構な手練らしいし、悪党頭領に忠実らしい。
頭領が異国白米を食べに来たのは明白だし一党の手下であるから
自分達も相伴に預かるのが当然である。
しめしめ、旨い飯が只で食えると内心ホクホクと頭領に続く。
のそりと黒山たかりの列をかき分けて進む。
途中、気付くのが遅れた女性客を杖で叩いて退け。
それに習って手下が声を荒らげ他の客をも威嚇する。
気質心が目覚めたのかマルカヌも機嫌悪く目を細めてしまう。
何しろ此処最近自分の仕事は店の秩序を守る事であった。
時として異国飯を速く食べたくて怡々ついついに粗相すつ輩も多い。
そんな奴等に拳骨を堕とすのがマルカヌの仕事である。
(格好悪いな・・・。これでは店の客に示しがつかぬ・・・・)
心の中で呟き唇を噛む。
肩を怒らせ腹を突き出し列を乱して石釜鍋の在前列にたどり着く。
それだけで異国飯の甘い香りが鼻腔を突き刺しぐぅ~~~となる。
「おいっ。てめえ。此方の頭領様に異国飯を・・・ご馳走して差し上げろ」
自分が一番食べたいくせに威勢よく丁髷結ちょんまげゆいの手下が怒声を上げる。
否然しに運が悪いとも言える。むしろ気配を察していたとでも言うのだろうか?
石窯の上に乗る土鍋の中には白飯一杯の量しか残ってなかった。
その最後の一杯を白肌細腕の女がお玉で掬って反対側に持った椀に注ぐ。
椀に注がれホカホカと湯気の白米の上に何処から出したのか蛇卵を
縁でコツンと割ってとろりと流して乗せる。
ホカホカと湯気が上がり蛇の卵がとろりつるりと落ち至極の白米飯となる。
思わず頭領の喉がゴクリと音を鳴らしぐぅ~っと腹がなる。
卵乗せの白米飯から目が話せぬが顔と目線が一緒に椀を追いかける。
当然、其れは自分に渡されると固く信じるが・・・・。
「はいっ。白米飯一丁ね。特別に蛇卵のせたげるからね。
たんとお食べよ。お嬢ちゃん。はいっ。次・・・椀よこして」
自分の物だと絶対に信じた卵乗せの白米飯はあろうことか
隣に退けたうら若い女性の手に渡る。
「こっ・・・この・・・」其れは自分の物だと言い切ろうと声が上がる
「次の人・・・頂戴な」涼やかな唄うよう様な抑揚の付いた声が響く。
「なっ。なんだと言うのだ?儂にそれを・・・」
「椀よ・・・お椀・・・椀頂戴よ」細腕の女は眉を顰めて手を突き出す。
「速く・・・速く・・・寄越せ・・・この売女め」
目の前の給仕女が何を言ってるのか分からない。
抑揚のあった声が一音下がり曇るも手を振りもう一度突き出して来る。
「だ・か・ら・・・。お椀よ。お椀。
ないの?お椀ないの?お椀がもってきてないの?
この店はお椀は自分で用意する規則なのっ。
お椀持ってこない人には御飯食べさせられないの。
貴方、馬鹿なの?馬鹿よね?字読めないの?看板の字読めないの?
地元の人よね?地元民なのに字読めないの?馬鹿よね。お馬鹿さんよね。
誰かぁ~~。このでぶのお馬鹿に椀持って来いって教えてあげてくれるぅ~~?」
給仕女は早口に何か理解できない言葉をまくし立てるとしまいには遠くに顔を向け
何か大きな声で叫んでる。
周りの客もクスクスと笑い出したかと思うと胸に持つ椀を指さしても入る。

「この野郎ぉぉぉ~。頭領様に恥を掻かせやがってぇぇ~~~」
悪党が一番気するのは面目だ。大衆の前でそれが潰されると心底激怒する。
自分の主人が大衆の面前で邪険に扱われたと成れば許せるはずもない。
脇に控えた丁髷結の手下が威勢すざましく怒声をあげ腰の剣に手を掛ける。
「この尼~~~~。・・・うげっ」
威勢虚勢はって前に出た丁髷結の手下の顔に風が凪ぐ。
お玉である・・・。
確かにお玉であるが勢いが違う。
棍棒どころか鉄球如きに丁髷結の手下が殴られると半顔が潰れ
ずさざと地面に滑って倒れる。失神で済めば楽だろう。
荒事喧嘩と成れば悪党共の本業だ。一番先に動くのはあの用心棒。
碧眼に構え腰に括った刀柄に手を載せ引き抜く・・・。
がんっと鉄鍋が飛んだと思うと弓なりに仰け反る。
一つ瞬くと更に大きな鉄鍋がガツンと頭に飛んでぶつかりもんどり撃って
地面にバタンと真っ直ぐに用心棒は倒れる。
腕が立つ証拠に用心棒は意識を失い半殺しであっても剣柄から手を離さなかった。

何が起きてるかともわからずに目を見開く頭頂の眼の前で給仕女が跳ねて飛ぶ。
人の身でそれを成すのは見世物小屋の軽業師くらいだろう。
トンっと地を跳ねて蹴り、天空如く飛べばふわりと衣服が乱れ
淑女有るまじきに捻った褌が覆う形の良い白い尻が観て取れる。
漢であれば眼福と女であれば憧れに瞳を心を奪われれば体を捻って
とすんと広場の真ん中に細身の四肢を堕して立ち上がる。
「貴方、何者?何考えてるの?
此処は飯屋よ?御飯を食べる所なのよ。
其処に徒党組んでお仕掛けて、客皆様に迷惑掛けるってどういう事?
馬鹿な野郎くらいなら良いわよ。でも彼奴は駄目よ。殺気丸出だったわよ。
何の因果が有るか知らないけど、私には関係ないわ。
此処は飯屋なの。私達の飯屋。此処で暴れるのは許さないの。
大体。お椀もってないじゃない。お椀ないのにどうやって御飯装えって言うのよ
どんな理由が有っても店の規則は規則なの。善人気質悪党乞食関係ないの。
店の仕来り守れない奴なんてお店頭様が見逃しても私が許さないのっ」
ゆるりと手を掲げにぎにぎと握って開けば何かの武器でも寄越せと強請る。
示され求められ女中は馴染みの道具を投げて寄越す。
土鍋で炊いた白米飯を椀に掬って注ぐ、お玉である。

この世界に仁王立ちという言葉はない。
有るのは古き戦で劣勢を飜えし最後まで立っていた戦人の伝承だ。
奇しくもその仕草が同じであり勇者の握った剣の代わりに
ヒヌヌルが握る銀色のお玉に変わっただけであり
両者が全く同じで有ったのは奇遇でしかありえない。
それでも、それこそが観るものに畏怖を与え悪党頭領に恐怖を刻む。

「歯っ。食いしばれ!おでぶ野郎っ!」
ずかずかと大股で悪党頭領に近寄ると細腕でむんずと襟元を掴み抱えあげ
気合一閃。お玉が風を凪ぐ!
「ぐへっ」痛鳴声が上がると頬が晴れる。
「ぶはっ」返すお玉で反対の頬骨が潰れ
「どはっ」参ど凪げは骨が砕け
「ぶへへっ」お玉が返れば血飛沫が飛び散る。

「お前なんか出入り禁止だ。禁店だ。
今後一切に私の店に脚を踏み入れる事許すまじ
連なる者も同罪・来店お断り。出前も駄目なら協力した者も又同じ。
私の粥をお前には一生喰わせてやるもんかっ。
歯ぁ。食いしばれぇ~~~。天誅ぅぅぅぅ~~~~」
疾風一閃。
大きくも振りかぶり細腕しならせ渾身然りのお玉が唸る。
勢いましたお玉が悪党頭領の頭を襲い、勢いあまってごろりごろりと
地面の上を店の敷地の外まで転がり捨てられる。
「塩、蒔いておくれ。お塩。塩まいておくれよ」
力持て余しまるで人を切り終え刃に付いた血飛沫を飛ばすように
二度参度をブンブンと振って睨みを利かす。

幸いに塩とおう単語は馴染みの女中も理解できていた。
ちょっと勿体ないとも異国の仕来りはわからぬがヒヌヌルが言うなら
そうすべきと知る。
「消えなっ。貴方等、邪魔なんだよ。唐変木め」
相変わらず唄う抑揚が付いても吐き出す言葉は低く重い。

本日の新商品
異国白飯・蛇卵弐個乗せ・・・銅貨四枚。(数量限定早い者勝ち)

「ふ、増えてるじゃない!なんで増えるのよ。品書きが。
卵のっけただけよ?其れで銅貨1枚分取るなんて高くない?
何で皆。食に貪欲なのよ。もきゅもきゅの煎り飯で我慢なさいよ。
全くぅ。どいつもこいつもみざといんだから。プンプンのぷん。」
さっきの騒動の中で余興のつもりで白飯の上に乗せてやった蛇卵は
食べた女性が悲鳴を上げて失神するほどに美味しかったらしい。
そうとなれば手間もかからぬしせっかくだからとマルカヌが
勝手に品書きの看板に書き足してしまう。
勿論、数量限定であっても客が見逃すはずもなく
その日仕入れた蛇卵がなくなるまで皆が注文する。

余談であればこそ。
店の出入りを禁じられ禁店となった悪党頭領であるが
一人では起き上がれずも手下に抱えられ屋敷に戻る。
その後と言えば人生暗くとまっしぐらで。
此奴の悪党一党に入って入る限りあの異国白飯は食えないとなれば。
一党離脱の憂き目に会い。まずは手下がいなく成る。
囲われる愛人も類にはもれず。一応は怪我が治るまでは付き添った
正妻と子供と使用人も異国白飯の評判噂には結局勝てず。
一財産くすねて縁を切ってしまう。
何しろ本人どころか一党に属しても禁店扱いで有るし
出前とやらもしてもらえないと成ればあの白飯は食べられない。
当然の如くとあの頭領は身を崩し何処かの街へ流れたとしか
噂風に消えて数年となる。

 


 

 

天鼠 蛭姫ノ壱

天鼠 蛭姫ノ壱

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