【異世界女装漢児】弐の噺【変怪】

小餓鬼族の洞窟。
外界の世界に出てからあの洞窟をそう呼んでる。
外に出てからいつく事に驚く。
突然に洞窟の中で目覚めて更に小餓鬼族とも言える化物と遭遇したのだから
思いつく限りは其処は異世界だと信じこんでいたが・・・。
どちらかと言えば國違い。外国へにでも来てしまったと言う方が正しいだろう。
其の方がしっくり来るかもしれない。
洞窟の風景も何処か自分に馴染みがあったと言える。
記憶の中に其れはあったと言う馴染みがあるし小餓鬼族を除けば
洞窟の外に広がる世界は何処かの山の中と言うべきか。
見かける動物も小餓鬼族よりは異型の姿はしていない気がする。
兎らしい物は耳は二本ちゃんとある。手は弐本脚は四本あってもだ。
天空を飛び回る鶏類もさして変わらないように見えるが
時偶、やたら大きな龍が飛んでるくらいだ。
云々。異世界ぽいっと言っても外の國に来てしまったという方が
自分には馴染みやすいだろう。
人種人類に属する輩も其れに類する自分とさして代わりない気さえする。
飽く迄も目で観察する限りではあるが・・・・


異世界転生・・・。
若し其れが本当にあって。誰か神様がいて幸運を恵んでくれたとでも言うのなら
随分と助けてくれてるのだろう。
小餓鬼族の洞窟から半日も歩き回ると比較的大きな街らしい場所を見つける。
野道の脇を慎重に身を隠しながら近づいて行くと人や馬車が行きかい。
街の入り口には門が有り番兵が入街希望者を吟味してる。
これでは自分は入れるはずもないと気づいて思うと
自分がこれは決定的に不味いと初めて気がつく。
全裸なのだ・・・。
生まれたままの一糸まとわぬ姿であった。
小餓鬼族さえ上半身は裸を晒してはいても腰巻は巻いていた。
なのに自分は一糸もまとわず股間にぶらぶらとぶら下がっている。
それと知れると突然恥ずかしくなる。
何匹も小餓鬼族を倒したと言うのに全裸であった。
もしかしたら小餓鬼族にしてみれば異形の人種に見えても全裸であれば
と鉄もなく変態に思えたのではないだろうか?
急に羞恥心が芽生えてしまうなんとかしなかればと焦りが生まれてくる。


 

数日後。
手間と断腸の想いを得てやっと人心地をつける宿の寝台に身を沈める夜。
その数日間を振り返ってみる。
結構散々な目にあったと思うし今も其れは継続してるかもしれない。
苦境に立ってるのは代わりない。
馴染みの無い異国言葉でウルケンバルムと呼ばれる街。
それも勿論、耳で聞き覚えた名であるから発音はあってても実は違うかもしれない。
其の街に入街するのも結構苦労した。
何しろ一糸まとわぬ股間にぶらぶらな漢一人。
検問の門番に其の姿を見られば変質者と睨まれ参枚に下ろされるかもしれない。
正攻法では街には入れないだろう。
時間を掛けて街を囲う石屏を回ってもやっぱり駄目だ。
数えて観ると3つの大門と4つの中くらいの門と7つの小さな門。
どれも昼間は憲兵が屯し人々を関ししてる。
股間ブラブラのままでは到底入れないだろう。
小餓鬼族を襲っても人種は簡単に襲えない。同族であるし知恵もある。
迂闊に揉め事でも起こせば牢獄へまっしぐらであろう。
だが此方にも知恵はある。
粘った・・・。我慢強く粘った・・・。夜まで。夜遅くまで粘った。
何かを見張ると言う行為。又は仕事と言うのは暇である。
何事もなければ余計に暇を持て余す。
暇と時間を持て余せばひはりとは言え人である。
当然、眠くなる。うとうとと。
言葉の綴は兎も角、眠くもなれば隙が生まれてくる。
此方も散々欠伸を噛み殺して瞼を擦って耐えた丑三つ過ぎに
門前に二人いた門番の内片方が眠りこける。
もう一人はあらぬ方向を向いて煙草らしき物を弄りだす。
(此処だっ!)
若し見つかったらその時はその時だ・・・。
意を決して走り出し岩門の壁にピッタリ体を押し付けて移動する。
そろりそろりひたひた股間ぶらぶらと猫脚で門に近づき
眠りこける門番の相方が弐散歩向こうに歩いたタイミングで門中へと奔る。
上手くいった。これは上手く言った。
綺麗に整えられた文明の証、道路となる岩床をあれこれ見ながら歩けば
どうやら市場にも見える広場に出くわす。
文明の高さは中世くらいなのかもしれない。
建造物は木造りであったり石作であったりもする。
市場の中心当たりには噴水もあった。
行儀が悪いとは思ったがまさかそれを飲水とはしてないだろうと
勝手に思い込みあたりを気にしながらも噴水の水で体を洗う。
自分は文明人だと思ってはいたのに噴水の水で行水とは。
情け無いような気もするがそれでも汚れが堕ちるのはありがたい。
隅々まで体を洗う事は叶わない。人の話し声が聞こえたのだ。
慌てて身を屈めすりすりと抜き足差足で広場の片隅まで逃げてから
振り返れば聞き慣れる言葉が早口で聞こえ人影が見える。
街の門番とは違う出で立ちではあったが腰に剣鞘を括ってもいた。
夜の市場を守る巡回兵とでも言う所だろう。
今、見つかるのは不味い。しかも此方に近づいても来る。
人の姿はしていても股間にぶら下げていれば変態だ。
不審者として捕まれば牢屋に打ち込まれるのは確実だろうし
法律によっては極刑も有りるのかもしれないのだ。
【この者。公共の面前で股間をぶらぶらさせた為に極刑に処す】
まさかとは思うがそれがあり得ない事と思えるのは無知かもしれない。
なんとか股間ぶらぶら極刑からにげなければならない。
今は遠くでも二人の巡回兵共は此方に向かって来てるのだ。
そそくさと場所を屈みながら移動しながらも何かないかと頭を巡らす。
市場であってもさすがに腐敗を恐れて食べ物は片付けられている。
それでも鉄製の道具や衣類は商台の上に置かれ布で覆われていても
物色は出来た。それでも時間はない。なんとなく衣料であるとわかる
商台を見聞もせずに適当に漁り盗む。
布屋らしきところで行くまいが布を抜き取り衣服が積み上がっていれば
選びもせずに抜き取る。木靴がな並ぶ棚を漁ってみるが脚が痛くなりそうで
ガタガタとひっくり返しなんとか自分の脚の大きさにある革靴をも見つける。
天幕から吊るされた編棚に手を突っ込んで漁り掴んでも観る。
兎に角時間がない。
迫る二人を露店の棚に身を固めてやり過ごし誤魔化し通り裏にやっと逃げる。
なんとか成ったとしても未だ市場から出て逃げたわけでもないし
路地裏の影に身を顰めるのがやっとだ。驚異がさったわけではないだろう。
誤魔化さなけれなならない。極刑の可能性は今もある。
慌てるべきであり実際に慌てていた。集中はしていてもそれはまやかしである。


まず股間ぶらぶら問題に対処する。
これは程よく長い布を書き付ける。成れぬ事では有るししっくりはこないが
戦時中の世界時代では極々普通の褌結びにする。
ぶらぶらと揺れるそれがピタリと定位置に収まるとやっと心が落ち着く。
威厳が戻ってきたとでも言うのだろう。
次は上着だ。
それらしき布の服を広げ肩袖をつまんで広げてみる。
自分にはサイズがちょっと小さいかもしれない。
何せ女物である。
んっ・・・?
女性物であった。
知る知識を弄れば体にピタリと吸い付く布地で長く裾が伸びる
薄い赤を基調に多彩な色数で模様が奔る服。
ロングドレスと言えばわかりやすいのだろうが少々派手であり
やはり女物である。
躊躇すべきであるし実際に身が固まる。
それでも・・・時間はない。巡回兵の足音が迫る。
仕方がない。仕方ないのだ。
股間ブラブラは避けても裸である。全裸ではなくても裸で有る。
覚悟を決めるしかなかった。
今だけ誤魔化せれば何とかなる。又服を都合すればそれで良いのだ。
そうと決まれば対応は早い。
漢児でありながら女装を営むとなれば抵抗もあるが
どうせそうするなら正しく有るべきである。
少なくも観えなければならないだろう。
いかにもそれらしいと言うような漢目を引く服を腕に掛けて
戦利品を吟味し細長なの布を胸板に巻きつける。
納得は出来ないし違和感もあるが仕方ない。
他の布を丸めて胸板に巻いた布に突っ込んで所謂、山を作れば
女性の証と乳房をつくる。其の上に先程のドレスのような物を
あたまからかぶりあちこち引っ張って装丁を整えそれらしく見えるかと
思いも直ぐに足元に目をやり靴に脚を突っ込む。
これも女物であった。くすねた時に自分の足裏に充てがい大きさを
確認したのに真逆女物を当てて大きさを合わせていたとはなんとも言えない。
失笑を隠さずにも光る金物を付けていくがそれは指輪であり腕輪であり
とても男性が身につける物ではなかった。
兎に角、焦っていたし考える暇もない。
取り急いで作った女装姿であれば旗からみれば滑稽だろう。
それでもふと思って長く伸び放題であった髪を小餓鬼族から奪った
飾りの付いた紐留具で結い上げ止める。
なんとか成ったとしても不本意で有るし不美人でもあろう。
目の越えた漢共からみれば異型異形の人物に見えるだろう。
それでもなんとかまにあったと言うべきだろうか。
巡回の二人組が前を通り過ぎていく。
岩壁に身を預けそれらしく見えるようにと気を使い。
胸板のちょっとした。慌てて持った偽乳房の下で腕を組んで持ち上げる。
その仕草が漢共が好きだと知ってるし、自分も其の類でもある。
其処に目が行くようにともう一度ゆさりと持ち上げ代わりに頭を垂れて
顔が見張り共に観えないようにと伏せる。
万事休すであろう。
眼の前を通りずぎる巡回の二人組の脚幅が緩く遅くなった気がする。
絶体絶命となれは人の感覚は引き伸ばされ長く感じるのだろうか?
恐らくは四・五秒であったはずなのに体感では何倍もの時間に感じた。
事実二人組の内、其の一人は十分なきょりと離れたにも関わらず
何回か振り向いて此方を振り返っても来た。
ごわごわと薄めを開けて覗き見ても態々と此方を観てくるのがわかれば
不味いやばいと心臓の鼓動がずっと跳ねていた・・・。


なんとか二人組をやり過ごしたのは自分にとって幸いだったと見える。
拉致監禁投獄極刑を逃れたと同時に安心が極まったのだろうか。
いつの間にか寝入ったらしい。
当然、目を覚ましたのはぐぅぅ~と言う自分の腹の蟲が鳴いた音であった。
立ったまま寝るっと言うのは随分器用だと自分でも思う。
とは言えやはり筋肉は強張ってから手足を振って体を解してみる。
こほんっと声に出し咳でも吐いてリラックスしてみるが
なにやら体に異変を感じてしまう。
「あぁ~確か女性物の服を来てるだっけ?」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて観るとそこでやっと違和感を感じた。
あろうことか急ぎ誤魔化し作った左の乳房がズレていた。
よく知らないが女性の乳房と云うのは左右とも大体同じ大きさであろう。
それが左の乳房(偽物)の位置が少し上にずれていてその大きさも
一回り小さくなっている。
「なっ。なんと言うことだ。清らかな乙女の柔乳を揉みしだくとはっ。
不届き千万!万死に値するではないかっ?」
数瞬間、何が起きたかもわからずに当惑したが衣服の首元に
個の地の紙幣らしきものが挟まれて射るのに気がついて察した。
既に夜は開け朝を迎え市場には商人達が商売事の準備に忙しい。
雑踏人混み行き交う場所で女一人(女装ではあれど)岩壁に身を預けて
眠りこけていては娼婦とでも勘違いした悪党もどきがいたのだろう。
すうすぅと寝息を立て深く寝入ってもいるのなら
どれどれちょっと悪戯でもしてやろうかと何処かの下賤な輩がいても可笑しくはない
好きに勝手に乳房を弄った後に気後れと罪悪感に苛まれでもしたのだろう。
ちょっとだけ乳房を弄った代金にと金札を胸元に挟んで逃げたという所か。
「それにしても乙女の隙を付いて悪事を働くとは・・・。
やはり漢って言うやつは下賤な野郎が多いのだな。許すまじ」
強姦・レイプとまでは言わなくても自分の体を知らずに弄られるとは
嫌悪感と怒りがこみ上げてきて堪らない。
怒り心頭ではあるが我を取り戻し岩壁に向かってコソコソと服の上から
自分で乳房の位置と大きさを調整する。
恐らくは女性で有るならもっと自然に出来たかも知れないが
こちとら即席の偽物であいにく新米女装漢児である。
出来るだけ急いで整えたつもりであっても少々手間取ったのは言うまではない。
なんとか左右の大きさと形を整えると次は腹ごしらえだ。
幸いな事に自分に意識がなかったとしても金銭を握る事が出来ている。
それに腹も空いてる。
数日前は文明社会に身を置いて金銭を得る手段も心得え致し
うっすらと覚えているだけであるが子に恵まれずにも妻はいた。
家族を持って営みを続けるくらいの金銭と就労方法は身につけてもいたのだ。
それがない。
この世界、若しくは個の國にたどりいて食料を得たと言えば
小餓鬼族の干し肉と得体の知れない肉団子だけだし、呑んだ水は岩壁の水だ。
野蛮人と言えばそうだし小餓鬼族共と大差ないだろう。
置かれた環境がそうであれば致し方なしではあるが状況が変わる。
胸を勝手に弄られると言う恥辱の代償に多少なりとも金銭を得たのだ。
それにやっぱり腹が減って餓えている。餓えは満たすべきでもある。


其処が市場であればこそ・・・

 

個の國、この土地ならではの食物が所狭しとずらりと並ぶ。
其の内の大半は観た事も実際に口にしたことのないものだ。
雑多に並ぶ屋台と其の店先に山とうず高く積まれる食べ物。
瞳に映り込む何もかもが目新しく鼻腔に刺さる匂いも堪らない。
最初に目についたのはなにやら蛇のような生き物をぶつ切りにして
櫛に刺し焼いた物である。奇妙と思えたのは其の肉に皮がついている事と
肉を刺した櫛の一番先に蛇の頭も一緒に刺して有ることである。
妙では有るが風習なのであろうか?口を開いたまま木櫛に刺された蛇顔と
云うのはなんとも恐ろしげにも見えるがこの國の人々はそんな事
気にしないとでも言うのだろうか?
「Psst. Hei, acolo, drăguță.
Vrei să cumperi niște frigărui de șarpe la grătar?
Îți voi face o reducere.(ちょっと。そこの美人さん
蛇の串焼き買って行かない?安くしておくよ。)」
「僕っ?否、私・・・」やたら恰幅の良い叔母さんに声を掛けられる
自分の顎を指さして聞き返すが至極当然に相手の言葉は分からない。
「Vă mulțumesc. Trei sticle, nu?Îți dau o sticlă în plus.
Ești o frumusețe, chiar dacă ești.(ありがとう。三本だね。
一本おまけしておくよ。それにしても美人だね)」
意図せずに軽く返事をしただけなのに何か勘違いされたようだ。
恰幅の良い叔母さんは手早く薄い布を手に取りそれに蛇の串焼きを
包んでぐいっと突き出して来る。
此方としては単純に聞き返しただけなのに其れで商売が成立したと
でも言うのだろうか?そうで有るのなら対価を支払わないとならないから
胸元の奥から紙幣を取り出して魅せる。
何枚かある紙幣の内、ちょっと怪訝な顔をしながらも一枚を
さっと抜き取り、反対側の手で銅製に見える見える貨幣を握らせてくる。
「有難う・・・」ついつい自分の言葉で返してしまったが
当然に相手もわからないだろう。それでもニコリと笑ってくれたのは
取りえず笑みを返すのは商売の鉄則と言うのだろう。
未だ、暖かく熱を放つ頭付きの蛇の串焼きが手に入った。
直ぐにでも意に納めたいところではあるが初めての食べ物である。
蛇の肉など食べた事もないし、櫛の先端には堂々と口を開けた頭が
くっついてもいる。これは食べても良いものなのか。
それとも何かの飾りで一緒に焼いてあるのかもわからない。
心して挑む必要があるのかもしれないし、水も欲しかった。
何しろ見知らぬ土地で得たいの知れない食べ物を口にするのだ。
今思えば小餓鬼族の肉団子を一心不乱に食べたのは随分と無謀で
おろかであったかもしれんと思い悔やむ。
特に腹痛も起こさず餓えを満たせたのは幸運な事であろう。
頭蛇の串焼きの入った麻布を抱え市場をもう少し巡り歩き
水代わりの何かの動物の乳らしきものが入った革袋。
それから紫色の穀物を握り青い葉っぱで包んだ物。
故郷で言えばお握りに近い物を買い込む。
気分は見知らぬ土地で買い食いを楽しむ修学旅行の学生とでもあろうか。
それらを大事そうに抱え市場一角に据え付けられた休憩所らしい場所の
石作りの席に腰を下ろす。
きょろきょろと当たりを見渡し周りの様子を観ながらであれば
心もとないお上りさんにも観えようがそれはしょうが無いだろう。
少し離れた場所に座る一団の様子を伺うと同じような串焼きを
談笑しながら食べているし、どうやら串焼きの先に刺さった頭も
そのまままるかじりして良いとも観えた。
「頂きますっ・・・」
胸前で手を合わせて感謝と祈りの習慣をやってしまうが
周りの物はさっさと包みを解いて喰らいついているから
此処では其のような習慣はないのかもしれない。
ちょっとだけ気恥ずかしさが胸に湧くがそれも一瞬だ。
櫛の先端で大きく口を開けたままの蛇の頭を指で摘んで閉じてから
大きく口を開けて喰らいつく。
普段ならまったくもって気にしないが今は女性で有る。
なにかの拍子に溢れて衣服を汚すのを避けるために手を添えるのも
忘れてはならない。女装と言っても女であれば仕草はしとやかで
有るべきである。衣服一枚、出で立ちが変わるだけでも
人の心はそう有るべきだと自然と仕草さえもともなう。
肝心の蛇の頭は心配事と裏腹にとても旨い。
見た目は兎も角もパリパリとした食感に歯で噛むとジュワリと
肉汁が広がり砕ける頭の味も苦いような甘いようなそしていて
ちょっと辛いようにも感じる。これは中々旨いと思うと
手が勝手に動き串に刺さる肉塊に喰らいつく。
「こっ、これは濃厚だぞっ。弾力が有る皮は噛みごたえが有るし
中の肉は汁が滲み出て口に広がる。尚且つ。尚且つにだ。
二度三度と噛む度に肉が解れて舌の上で踊る。
其れも溶けて消えるほどだ。最後には甘みが残って引く。
これは旨い。旨い。云々・・・」
気がつけば当たり憚らず結構な声を張り上げ感嘆に唸ってもいた。
一気に全部を食べきりたい衝動を抑え、一旦水浴代わりの乳水筒を
手に取りゴクゴクと喉を鳴らす。此方は乳というよりは少し薄めである。
動物の乳には変わりないのであろうが元々に乳自体が薄いのか
それとも屋台店主が水増ししてるのかは分からない。
それでも程よい甘さと濃さで飲みやすいのはそれがそうゆう
飲み物であるからなのだろう。薄い濃いの基準はきっと好みなのだろう。
喉を潤し蛇串焼きの味を洗ってからお握りもどきに手を付ける。
此方は正直いまいちだった。
米の味が引き立っていないとでも言うのだろうか。
何処かパサパサで何にかひと味もふた味も足りない。
この世界の米食と云うのは皆こうなのだろうか??
あまりそっけない味のお握りをもぐもぐと口を動かしながら
当たりと観察してみるが。どうやら周りの者も同じらしい。
お握りもどきを頬張りながら談笑する詐欺師風の漢も。
器に入った汁米を啜る戦士風の女も話に夢中ではあるが
口の中の飯米をもぐもぐと噛んでは入るが何処か虚しい滅目つきである。
自分自身ももぐもぐと口を動かしているがぱさぱさであまり味もせず
其の癖にけっこう固くて飲み込むのにも苦労する。
ほとんど空になるまで水乳を飲み込んでなんとか胃に落とし込む。

市場の片隅・・・。
雑多な屋台通りをぶらぶらと歩く漢。
観るからに裏稼業の漢だろう。
腰に括るのは重鉄を加工して伸縮するように加工
された棍棒。長めの衣服でかくしては入るが
必要な時にいつでも取り出せるように訓練を怠る事も
ないだろう。

ぶらぶらと屋台の商品の山を物色して歩いている様にみえるが実際に物色してるのは
女、若しくは雌だ。
此処数日、上玉な獲物はみつけられてないから結構焦ってもいる。
悪党業を営んではいても所詮は雇われ人だ。
雇われていれば当然上役は入るし。大抵は嫌な奴が多い。
それでも今日は悪事の女神が運を恵んでくれるらしい。
市場食堂の一角。
常連客の一団とは少し離れた石椅子の上で上手くもない握り米を
もちゃもちゃと口を動かしながらも頬張る女がいる。
あんな米飯を喰らうなんてよっぽど田舎育ちなんだろう。
身なりはやっぱり娼婦の其れに近い。
紅色を基調とした脚裾の長い一枚物の衣服。
細く見える腕の手首には鈍く深る銀の腕輪。中途半端に伸ばした髪は
この街に来て間近なのだろう。娼婦を初めたのも最近に違いない。
もちゃもちゃと頬を膨らませてるが其の瞳はすっと切れて睫毛も長い。
女と雌にしては少々鼻が大き過ぎるが愛嬌と言えば其れに見える。
個人的な好みであるが厚ぼったい唇が良いし。
自分ではきがついてないのか其の横に米粒が付いてるのも唆る。
あれできちんと化粧でも施せばかなりの上物だ。
何より大きな乳房が又に唆る。時より手を添えて位置を整えてる仕草は
癖なのか、それとも態々と漢客を誘う魂胆なのかは分からない。
大きな乳房の下の腰はキュッとしまり其処から視線を落とせば
ふくよかとも言えずとも逆に閉まった四肢がよく見える。
街に来たばかりで・・・。
未だ商親方を持たぬ娼婦。
右も左も欲知れずにこの当たりの商い約束もわからぬ野良娼婦。
漢は、漢達はそれを獲物と狙い拐かし純度の高い薬を無理に与え
虜にしては夜な夜な客を取らせて利益を貪る悪党一党の手先であった。
獲物と目つけた前を通りすぎて、向こう側に消えて歩くふりをしながらも
仲間に日引く口笛を拭いて其の旨を告げる。
小さく胸下で手指を結び開いては獲物を見つけたと知らせてやれは
大柄な相方が頷く。
適当な場所を回ってから元の道筋に戻り頭を垂れてゆっくり進む。
地面を舐めて観るように顔を伏せても獲物から目を離さない。


後七歩・・・後禄歩・・・後・・・。
獲物の女を拐かす時の手順はこうだ。
単純極まりないとも言える。
巨躯自慢、体力自慢の相方の奴が獲物の女の肩を力任せに抑え込む。
相手にとっては突然出し刺して体力のない女はそれだけで動けなくなる。
吃驚して顔を上げた女の視線は押さえつけた相方の方に向けられる。
その隙を付いて痩せた漢が女の腹めがけて拳を打ち込み問取り打って蹲る所を
どっこいしょっと相方が肩に担ぎ上げ後は一目散に逃げていく。
白昼堂々、人を拐い拐かすのだ。
これくらい手際が良くなかれば直ぐに憲兵が駆けつける。
何度も個の手順で女を拐かしているし、逃げ道もちゃんと確保してる。
アジト代わりの屋台店天幕に運び込めば後はもう一度殴って大人しくさせ
檻か袋に詰めてしまえば仕事が終わる。それだけであった。

 

後四歩・・・後三歩・・・後弐・・・
もにゅもきゅと米飯を口に含み噛んでると日の恵みの光がふと影となる。
誰かの手が肩に乗り重さが加わる。
否然し、完全に手が肩を抑えこみ重さで体が動かなる前に女は身を乗り出す。
まるで予めそうなるとわかっていたかのように肩に乗る大きな手を動きで払い
ずいっと前に踏み出ると前に迫ってきた痩せた漢の手首をぎゅっと掴んだかと思うと
骨ばった指に自分の指を絡ませる。
「ぎゃ~~~~っ」奇声が上がった。奇声でもあり悲鳴でもあろう
女が悪党に絡めた其の指の形は異様である。
相手の中指の上に人差し指を曲げる形で交差させ、四の字型に自分の人差し指と
中指に突っ込んで相手の中指の関節を逆関節状態にて絡めて攻める。
そのままで手首を軸にして左に体を振ってから思い切り地面に投げつける。
どざりと地面に転がる悪党であるが手首と指の関節がぎっちりと決められている。
「何するんだっ。この売女野郎。痛いっ痛い痛い」
のたうち回り悲鳴を上げるが女が手首をグイグイと引き上げる度に力が込められ
指の骨が締め上げられ悲鳴を上げるしかない。
「貴方!か弱き女に何するのよっ。蛇の串焼き落としちゃったわよ。
最後の一本だったのよ。お金もないのに。胸を触られて嫌な思いしてまで
やっと買えた串焼きなのよっ。私はお腹すいてるの。ご飯は美味しくないし。
どうしてくれるっていうのよ。大体私の前を通る時、視姦したでしょ?
私の体を下賤な目つきで舐めて視姦してたでしょ?
態々ぐるっと回ってきても、其の瓢箪顔は忘れないわ。この変態野郎」
言葉は通じない。随分と田舎から出てきたばかりらしい。
それでも声の抑揚で怒っているのは悪党にも伝わる。
「待ってくれ・・・。俺が悪かった。串焼き代なら弁償する・・だから、痛いって」
瓢箪顔の悪党は企み虚しく指を四の字に固められて悶えるも慈悲を乞う。
それでも細身の女は許さなかった。慈悲など恵む気などまったくないのだろう。
細くも端正な眉を釣り上げ怒り心頭でぐいっと指に渾身の力を込める。


天鼠 蛭姫ノ壱

天鼠 蛭姫ノ壱

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