【異世界調教】


長く列を作る入街検査にやっと自分の順番が回って来る。
意外な事でもなく入街検査事態は極々単純な物であり通行証と幾枚ばかりの賄賂で事が済む。
メルディジア・ソープと言う名を親から貰った旅人の漢は困惑する。
確かに風噂にこの街がどんな場所かと聞こえては居たがそれ以上に異質な街だとメルディジアは感じてしまう。
何が異質なのかと言うと観るもの全てと言って良いだろう。
列挙するには其の数は多すぎるが先ずは街を囲む街壁の高さは貴族が籠もる城のそれよりも高い。
屈強と言える剣士や槍師が街壁の周りに屯し不義に街の外へと逃げ出す雌共を捉えるべきに構えている。
当然彼等が握る剣は剥刃であり脱走を心観る雌共を問答無用で切り捨てる。
革長靴の靴底の裏で踏む地砂が赤く染まって居るのは染み落ちた雌血でもあろう。
それでもそれはまだましな方だとも良い。治安も悪くないとも聞こえる。
「旅の御方・・・。観光でいらしゃったので?それとも仕事ですかい?
どちらにしても雌馬に乗って行かれたらどうでしょう?今なら安くして置きますよ」
自分に掛けられた声であろうとメルディジアは其の方向に体を向けると
確かに底には馬従者の格好をした漢が愛想良くこちらを観てる。
山高帽子に従者服を着込み細く骨ばった手には馬鞭を握る。ところが肝心の馬が見当たらない。
街に入ったばかりではあるし結構強い日差しと成れば馬車の一台も雇ってと
言いたい所では有るが肝心の馬が見当たらない。
「街に付いたばかりで右も左もたんと解らぬ田舎者であるが。
貴殿の言われる肝心の馬とやらは1頭も見当たらぬが・・・」
あまり目も良く無いから単眼鏡を良く使うがそれを使うまでも辺りに大きな体躯の馬等は1頭も居ない。
「おやおや。この街を訪れるのは初めての御方ですかい?
馬なら眼の前に居ますよ。れっきとした雌馬が。黒肌の者から茶肌のものまで選り取り見取りで御座います
さっ。近くに寄ってお好きなのを選んで下さい」無遠慮と言えるし商売っけが強いとも言うのだろう。
街に来たばかりの御上り客であればこそ良いかもだろう。当然ぼったくるつもり満々でもある。
少し大きな革鞄を勝手にもぎ取られ仕方なく馬従者に付いて行くと確かに彼が言う雌馬が駐馬場に繋がれていた。
それを馬と呼んで良いものか憚れる物ではあるが。
「さぁさぁ。お好きな奴をお選び下さい。
どれもこれも上質な雌馬でちゃんと躾けてありますからご安心を。
目的地までの片道なら銀貨2枚。往復は4枚。一日貸しなら10枚で手を撃ちますよ」
「こっ。これが・・・馬?これに乗るのか?乗るって言ったって・・・」
如何にも商売人と言うような漢が自慢げに翳した手の先に目を向けメルディジアは驚愕する。
馬と言う動物は体も大きく人を乗せる騎乗動物だ。尤も野生の馬は人間に近づこうともしないから
長い時間を掛けて調教し手懐ける必要も有ったろう。
馬従者は牝馬と言い捨てるがメルディジアの瞳にはそうは映らない。

そこには地面に貧相な木杭が打ってある。
木杭の上の部分には鐵輪が取り付けられておりそこに鐵鎖が括られてもいる。
鐵鎖はそれなりに長く伸びてその先の首枷にしっかりと繋がっている。
鎖の先にくくるられるのは馬ではなく。人であり女性である。
これを雌馬と呼ぶのは倫理的に大きな問題であろう。
首枷をくくる女性は地面に座り込み誰かが自分に乗ってくれるのをじっと待っているのだろう。
顔全体には皮の兜が据え付けられ目の周りと呼吸の為の鼻と口しか視えない。
元より馬と言う動物の視界は人のそれを凌駕し観え過ぎると言われて居るから
それを模しているのかもしれない。顔が観えれば人に見えて罪悪感も有るのだろう。
其の上半身は裸であれば乳房もさらけ出している。逆に腰には皮の板が括られても居れば
無用な交尾が出来ない様にも成っているのだろう。鉄鋼と足甲が嵌められて居るとすれば
本当に人を背に乗せ四つん這いで地面を這って歩くと言うのか?
如何に其れが現実であったとしてもメルディジアには到底受けれ入れる事の出来ない物で有る。
信じられない現実にクラクラと目眩が催し頭を巡らせる。
その先にはこの街で起きている日常の世界が映し出される。
カラカラと馬車が奔るがそれを引くのは牝馬と呼ばれる半裸の女性。
足早に奔れば乳房も揺れる。胸に布を巻き抑えている者も居ればそうでない物が大半でも有る。
人として言うよりは自分は馬や動物として割り切っているのだろうか?
馬車を引く者は立って奔って居るが一人客を運ぶ者は者は皆四つん這いだ。
メルディジアの眼前の牝馬は地面に座って客待ちしているからそうでないが
街角を行く牝馬は背中に鞍を括りその上に客を乗せて歩き這う。
ともすればその歩みは遅くも鈍く自分の足で歩いたほうが遥かに早いだろう。
本来であれば移動の速度が早いから馬に乗るのであるが。この街の人々はそうではないらしい。
道を逝く馬が雌馬であるなら。街に済む女性はどうなるのだろう。
それは雌と呼ばれ其の大半が雌奴隷である。
酒場で給仕として雇われる者でさえ奴隷であり牝馬同様に殆ど全裸である。
彼女等に取っては雇い主と言うものではなく持ち主となる。
体の何処か。大抵はふくよかな尻肉の肌に烙印を刻まれ持ち主と主人に仕える。
求められれば全ての事を受け入れ尽くし生涯をも捧げる。
この街では全てが主従関係を基礎として行われる男尊女卑の世界其の物でる。
富は所持する奴隷の数に換算され其の数が多ければ多いほど裕福ともされる。
当然奴隷の質も問われれば質の良い奴隷は高くも売れる。
否然し。奴隷が富の糧と言っても全ての漢がそれを所持する事は出来ていない。
基本的に奴隷の値段は高くもあり一度買い付ければ其の一生を面倒観なかれば成らない。
街に流れてきた悪党一人が奴隷を買い付けるのは多少成りの無理がある。
この街の奴隷制度は厳格でもある。公式な奴隷販売を通さなかればそれも出来るかもしれないが
其の場合は奴隷も逆らうことも多く手痛い目に会うことも多い。
彼女らは決して弱いわけではない。街壁をまもる戦士とも対等に剣を交えることもその生命を奪うことさえある。
確かに半裸を晒し漢を背に乗せ安酒場で給仕を営み夜に漢に跨っても力ない者に諂い媚びる事は無いのである。
奴隷制度・主従関係を基礎としていてもそれはこの街の根底を流れる宗教的な美的感覚が強い。
誰でも彼でも奴隷を買うことは出来ないし闇雲にそれを求めても手には入らない。

メルディジアの眼前で愛想を振りまく馬集者だって自分の雌馬を持ってはいない。
奴隷主から借り受けて人を背に乗せて歩く牝馬業を営んでいるだけだ。
「あまり気乗りはしないのだが・・・。何分初めての土地でもあるし。
とりあえず借りて見よう。済まないが此処へ行ってくれるだろうか?」
自分で言ったように気乗りはしなかった。人。しかも女性の背の上に乗ると言う行為が不快でもあった。
それでも業に入られば業に従えとでも言うのだろうか。尋ねる場所もよく知らないなら迷いたくもない。
「毎度あり~~~。お代をいただきますね。雌馬は此奴でいいですか?」
手渡した銀貨を素早くしまうと少しばかり華奢な体躯の雌梅の鎖を引き仕事だと伝える。

人の背の上に乗って道を征くという行為は確かに不愉快でも有った。
他の街ではありえない事でもある。それでも少し時間が立つと感覚も麻痺してくるのだろう。
確かに華奢で有る恥ずの女性の背に乗って街を征くのは自分の足で歩くのは違う。
否然し。思ったよりも其の速度が遅くはないと感じるには自分を乗せる雌馬が慣れて居るからだろう。
実際に馬の背に乗るともも確かに違う。四本の足で地面を蹴って歩く馬とは違って当たり前でもある。
馬がコツンコツンと上下に体を突き上げて歩くならこの街の雌馬は這いずり尻を左右に揺らして歩く。
思ったよりは早い速度で有り乗り心地も悪くはないかも知れないが。今はまだ罪悪感の方が遥かにも大きい。
あの馬従者に上手く乗せられたなと感じ初めたのは目的地までおそらく半分位の道行を過ぎた辺りだろう。
人をの背の上に乗ると言う行為に例え罪悪感がつきまとっても慣れて余裕が出来て辺りを見渡せる様になる。
すると確かに一人一頭の雌馬の背に乗る者もちらほらと目につくが大抵は人馬車が多い。
尤もこちらも粗に半裸姿と成る雌馬が二人一組で引いて奔る物が多いと視える。
なるほどこちらの方が正解なのだろう。鉄製の座席車を雌馬と呼ばれる者達が引いて奔る。
メルディジアが背に乗る雌馬とは速度は比べ物に成らない。
恐らくはこちらは近場への移動や時間のある時に何となくまったりとした移動に使われる物と言う事だろう。
普段使いよりも趣味趣向を満足させる為の物と知れれば余計に背徳感が胸に突き刺さる。
馬従者に上手くやられたなと苦く思うが目的地に付き自分を運んでくれた雌馬に礼の言葉を掛け
少々とばかりの金銭を無理に渡してやる。黒皮のマスクの向こうで驚いた様に目を見開いたようだが
メルディジアは構わず無理に礼金を多く渡す。
彼女に取っては仕事の一つかも知れないが人の背に乗って道を進むと言う背徳感を拭い去りたい。
思い掛けずも手に入れた金銭を馬従者に見つからない場所にしまい込むと丁寧に頭を下げると
雌馬の女はこれも又四つん這いに成り尻を振って着た道を這いずり歩いて去っていく。

何とも背徳感の募る街に来てしまったと強く後悔しつつもメルディジアは鞄一つを持ち街家屋の前に立つ。
見上げれば其の家屋の上には看板もある。【メルディジア会計法律仮事務所】と刻んでもある。
「やれやれ・・・。こんな所で暫く缶詰仕事と成るとは先が思いやられるぞ」
土埃舞う街角で深くため息を吐き出すと木造りの扉の鍵を開けて中へと身を滑らせる。
メルディジア・ソープ・・・。
巡回会計法律士を営むと言えば格好も付くが要は流しの会計士だ。
ちゃんとしたした会計士とも言えないのは当然脛に傷を持つ故でもある。
勿論若き日の彼は志高く帝国王都の会計修士の学校に通い勉学にも励み帝都会計士と誉も高かい。
それも今は昔と苦く嘲笑うのは例の事件に巻き込まれたからで有り運が悪かったと言っても悪評はついて回る。
帝国歴史の中でも前代未聞と謳われた詐欺事件に関わったと成れば刻が経っても仕事は満足にも出来ない。
元々は貴族の生まれであっても今は没落してるから位もまともにないと言える。
何年も服役し不味い飯を喰らう羽目にも成ったが才能だけは有ったとも言えるし免許も剥奪されてもいない。
それだけが救いでもあり。事件が起こる前の評判も良かったし其の腕前を狩ってくれる輩も時々は居る。
そしてそのお陰でメルディジアは人を背に乗せ道を這いずり歩く牝馬が闊歩する街でしばし仕事をする羽目に成った。
確かに暫くは此処が根城と成るとは言えメルディジアの趣味には合わない造りの部屋でもある。
一応は会計士の事務所らしくも有るがやたらゴテゴテとした貴族好みのする受付卓が有るかと思えば
其の向こうも又豪華すぎる接客用の今と成っておりそこで商談を済ませろと言うことだろう。
窓と反対側にも絢爛すぎる扉が有り中へと入って行けばそこが執務室と成るのだろう。
此処も又に貴族好みのするような大きな卓が据え付けられて居る。
勿論と其の向こうにある椅子も豪華な物であり一介の会計士には似合わない。
事務卓の上には書類入れと羊皮紙の束。インクと羽根筆もきちんと用意してある。
確かに見栄えは貴族然りとして居るが会計の仕事をこなすには効率的に作業環境が整えられている。
メルディジアの目を引くのはやはり最新式の計算器と成る。
少々大きさは大きいかも知れないが左片手で扱うには十分であり据え置いて使うなら其の勝手も良さそうである。
尤もメルディジアは自分で作った計算尺を使うことが多い。
決まった式で動く計算器を叩き数字を導き出すより自分で好きな形の式を組み入れて仕える計算尺の方が好きである。
一通りと仕事部屋を観て歩くと一度客間に戻り別の扉を開けて二階へと上がる。
「やっぱりこんな感じに成るのだろうなぁ~~~」私室へと登りきった先でやっぱりとメルディジアはため息を付いた。
事務所の入り口を入ったときから如何にも貴族然としてる場所であれば私室もそう合って当然だろう。
あまり広くもない部屋に無理やりにと詰め込んだ外套付きの寝台。
一人で座るにはあまりに大きな椅子と装飾の施された椅子。無理やり詰め込んだで有ろう台所にさえ装飾がついている。
「住めば都と言うが・・・。少々やりすぎなのではないだろうか・・・」
先が思いやられるとばかりにメルディジアはどっど大きなため息を付いて肩を落とす。

「先が思いやられると言うのは撤回だ。もう泥沼にはまっている」
貴族然とした会計事務所にこもって数日と成るもメルディジアの体調は最悪で合った。
籠もり仕事に離れているはずであるが何しろ物理的な作業量が多すぎる。
食い扶持に紛糾してメルディジアは嫌々ながらもこの街に来て仕事を受けた物の
会計士一人でこなしきれる量では到底なかった。
おそらくは何とか成るだろうと踏んで受けた仕事は2つ。
この街の領土財閥とも言える貴族の主人が病死した為に其の財産の処理。
言い換えれば財産処分と遺族への正確な分配である。
尤もそちらは後妻である人物意外に身寄りもないからすんなりと行くかもしれない。
メルディジアが書類の山と格闘した後に成るだろうが。
寧ろ問題と成るのはこの自分が油鉱山を所有し運営して居ることである。
この鉱山は会計的に失敗して居ると思われた。
その運営にメルディジアが関わる事はないのであろうがあまりにみずさんな経営と成っている。
毎朝に鉱山から書類の山を携えてやってくる使者の書類に軽く目を通すだけでかなり可笑しいと思える。
山と積まれる書類の一番上を手に取って覗き込んだだけでもずさんであると直ぐ分かる。
先ず坑道の中に鉱夫が潜りつるはしで油石を掘り出す。
それを坑道内に設置されたトロッコに乗せて運び出す。
トロッコは列と繋がれ小型機関車に牽引されるとそのまま精製所に向かう。
そこで粉砕され素石と加工されると次の精錬所で幾つかの工程を経て油に製品化される。
作業工程をおおまかに述べればこんな感じであろうが。
取れる鉱石は良質であるのに生成される油の純度があまり良くないようにも視える。
油鉱石から取れる油の量も質もあまり良くは無いとも思えて仕方がない。
鉱山であるからこそそこに携わる人々も多い。大半は身を粉にして働く真面目な物達だろう。
否然しと刻に其の所有者が病死と成った今であればこそ。
自分の財布を温めようと画策する者が出て来て当たり前でもある。
本来であればこそきちんと管理するべき自分さえも誰も観ていなければ好きに勝手にやり放題で有ろう。
何より夫を失った後妻が油鉱山の経営等出来るはずもない。
メルディジア自身も鉱山の会計処理を一時的に任されただけであり運営に口を出す権利もなかった。
「それにしてもずさんすぎる。その前に僕の生活が破綻しそうだ・・・」
経った数日であると言うのにメルディジアは仕事に忙殺され生活が乱れている。
何しろ目を通さなければ成らない書類は多く。其の大半が言い加減である。
掘り出した鉱石の計量に誤魔化しがあるかと思えば鉱山の出口から精製所迄行くまでに
トロッコの数が減っている。横流ししてる輩がいると言う事だろう。
精製所に運び込まれた鉱石は後の工程がしやすい様に粉砕されるがその量が少ない。
恐らくは大きな物だけ粉砕はするが後は適当なのだろう。
最後の精練所で圧縮加工されるが此処でも手抜きが見受けられる。
公然と手抜きと横流しが横行しているのだろう。其の犯人はおそらく仕切る鉱山管理人から
末端までの殆どが関わってるに違いない。
これではいくら真面目に会計事務を行おうとしても絶対に無理である。
そしてそれ以上にメルディジアの生活が紛糾している。

鉱山から毎朝に届く書類入の木箱は直ぐに会計事務所の床を埋める。
それはメルディジアの私室空間まで押し寄せたかと思うと寝台の上迄埋め尽くした。
簡易の料理場なんて鍋の上にまで木箱が積まれてる。
私室で食事なんて出来ないから通りを挟んだ向かいの安酒場で食事を取る事になる。
これも又メルディジアの趣味には合わない。所詮は酒場であるから荒くれ者や労働者向けに味は濃い。
揉め事も多い上に会計士などひ弱なメルディジアが脚を運ぶ場所であろうはずもない。
出来るだけ短い時間で簡素に食事を済まし。又事務所に戻って書類と格闘する。
二週間も経てば生ける屍会計士が出来上がる。

街に根付く宗教と営む人々の思いは切り離せない。
それ故に街の半分は奴隷として生きる人々とそれに関わる商売にも数多い。
「いらっしゃいませ。御客様。本日はどのような者を・・・」
午後の日差しも高い時間に店の扉を潜る青年の姿を弐番番頭のピケルは訝しむ。
警戒するべきかも知れぬと脚を前に出して声を掛ける。
「あぁ~~~。僕はこうゆう所は初めてよくわからないのだけど」
何処からみてもそうであると言っている風体の青年でもある。
一応は貴族が好む燕尾服を着込みブーツを履くがそれほど立派なものでもない。
胸ポケットからは単眼鏡の鎖が漏れぶらぶらと揺れている。
朱毛の髪と眉が赤いのは珍しいが。ないやら何処かぼんやりとでもしてるのだろうか?
否。疲れてる。付けれきっていると言う印象が垣間視える。
あごひげの手入れも満足に出来ぬほど疲弊してるとも言えるだろう。
態々にと奴隷店に脚を運ぶならその瞬間から辺りを見渡し質の良い奴隷を物色する物だ。
然し疲労困憊を隠さない青年は黙って弐番番頭の顔を覗き込んでもいる。
どうしたら良いかと迷っているようでもあり。番頭としては少々手を灼く客筋でも有ろう。
「こちらは奴隷を扱う店で御座いますし。其の素質がない方にはお売りする事は出来ませんの。
先ずは身分証と簡単に素質を確かめさせて頂きます」
「云々。解りました。身分証はこちらで・・・。素質を確かめると言うのは?」
少しばかりまともに頭を動かしたのか赤毛の青年は胸元から垂れる鎖をたぐり単眼鏡をきちんとしまうと
会計士の身分証を差し出す。
「帝國國家公認会計士・メルディジア・ソープ様で御座いますね。
失礼しました。では簡単な素質検査とご要望等を確認させて頂きます」
疲れ果てた風体の赤毛の青年ではあるが予想以上に身分はしっかりしていた。
尤もメルディジアに言わせれば没落した貴族であるしきちんと調べれば脛に傷もあるとも知れると判ってる。
それでも身分の保証確認位は出来る免状があるのはかなりに助かる。それくらいにしか思ってもいない。
つかつかと踵音を鳴らし番頭の後ろに着いていき到着したのは何とも奇妙な場所である。
「こちらで御座います。御客様。
奴隷を従えると言う事は主人と立場を示すと言う事で御座います。
刻に粗相を犯す者もおります故に罰を与えるのも主人の努めで御座います。
その力量もない者に商品をお譲りするわけには行きません。
とは行っても難しくなありません。こちらの道具からお好きな者を選んで頂き・・・」
番頭が示した先には幾つかの道具が並んで居る。
その筋の趣向を持って居る者に取ってはどれも馴染み深い品であるのだろうが
話や知識だけとましてや其の世界にも疎いメルディジアは困惑しか無い。
黒紫色の布を掛けられた卓の上には革鞭が並ぶ。種類違いの幾本が並べられる。
細い紐状の物を編んで仕上げた短鞭。いつくかの先が枝分かれしてる物は玄人好みなのだろうか。
馬の尻を撃つ先端を潰した棒平の物もある。同じ鞭でも長さも形状も違うなら使用目的も違うのだろうか。
自分に素質があるとは思わないがそれでも確認するべきであると知れれば適当に選ぶしか無い。
メルディジアは皮編みの物を手に取り柄を握る。
意外と其れが手に馴染む事に驚くがそうと言っても鞭を使うなんて初めてだ。
「御客様・・・?」
成るで何かに魅入られたとでも言うように鞭を振るっても辺りに影響が
無いほどに広く取られた空間に赤毛の青年が一人立つ。
メルディジアが握った鞭は細皮を編み込んだ物であるが癖の有る物で有る。
柄からその先端迄が短く長さで言えばせいぜい人の腕よりも少し長いくらいだ。
たごませ丸めてもせいぜい一回が限度でありそれを振るい奴隷を鞭撃つには技量が居る。
長くなれば振り上げる力の加減次第では大きな痛みと快楽を与えることが出来るが
短いとなると使い手の加減が難しい。とても赤毛の青年が扱える代物ではないと感じる。
それでも自身の言葉を最後まで聞かなずに試撃場に踏みれたとなれば黙り込むしか無い。
案の定。
赤毛の青年の最初の一振りはみっともない結果に終わる。
単純に腕を振り回しただけで有ってもその立ち位置からは的と成る麦人形には届かない。
ぴしゃんと成った鞭音は虚しくも床を叩いて跳ねただけであり粗末な物だった。
「やっぱり難しい。素質ないかも?否。無くて当たり前だよね。僕。会計士だし」
試撃場に誰と無くと経てば周りで身をくねらせ踊る奴隷達も自然にそれを盗み観る。
若しかしたらそこに立つ人物が自分の主人となるかもしれないのだ。
そしてどうせなら上手に鞭を撃てる主人の罰を背に受けたいと願うのが当たり前である。
一度はそこに立し一度は短鞭を振るった朱毛の青年の一振りは街角の小童の遊びの如くと
音も良くもなく的も外す。当然の如く誰もが期待外れと視線をそらし他の客に愛想を振りまきに戻る。
「大変残念ですが。御客様・・・」申し訳無さそうにそれでも威厳を込めて発する番頭の声を青年は無視する。
握った鞭柄を振り上げて見せるがそのままでは今度も又何処か無い。
否然し其れと観ていた周りの思惑とは違い青年が放った鞭先はピシャリと麦人形を打ち付ける。
ピシッ。バチっ・・・。
雷鳴閃光が堕ちるように弐度参度と閃光を放ち宙を切り裂いた革鞭は麦人形を撃つ旅に其の肌を切咲いてみせた。
麦人形と言っても確かにそれは麦枝を仕込んではあるが奴隷の姿を模した樫木作りで有るし
其の周りを麦枝で囲み動物の皮で包んで有るから本来はそう簡単に皮が破れることはない。
朱毛の青年が打った鞭は音を響かせただけではなく適格な強さで正確毅然と麦人形の背を撃ち痕を残す。
「おっ。御客様?経験がお在りなら初めから仰ってくだされば・・・」
「嫌々。職業柄でも私的にでもこんな物に馴染みがあったら変態だよ。
少し細剣術の嗜みが歩くくらいだよ。出来ればもうちょっと長い方が踏み込安いけれど」
「変態と申しますにはあまりに鮮やかな手捌きで御座いましたが・・・。
本日のご入用の者はどうしましょう?」瞳を見開いたままメルディジアから鞭を受け取りながら番頭は訊く。

置字

 

天鼠 蛭姫ノ壱

天鼠 蛭姫ノ壱

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