【女装男児】其の新兵喰らうに困って腹を叩けば依ってくるのは女難成り

「第参十弐美少女美魔女及び女装家小隊・・・朝の点呼で有る。
近藤縷々ヌ美琉香班長代理・・・うぬ。私だ・・・ハイっ。
次・・・大きい橋と描いて実の読みは小林京子。云々。御前の先祖は何処に住んでいたのだ?
大きい橋と言うなら大橋だろう?ちょっとした詐欺だぞ?難読地名を名字にするなっ。
何?大きい橋の横に小さい林があったからだと?そんなの何処にでもあるわっ。
御萩渋子・・・御萩好きかと思えば甘いものは大嫌いな渋子。其の癖大食いを何とかしろ。
貴様のせいで小隊の食費が倍に成っているんだぞ?少しは恥じらいを持って御櫃を抱えろ。
次。佐々木さん家の花古ちゃん・・これもややこしい。
佐々木が名字でさん家の花古ちゃんが名前とは貴様の親は酩酊しながら役所に名前を提出
したのか?・・・何?本当にそうなのか?ふっ。不憫だな。恨むなら親を恨め」
朝叫鶏が朝を呼んで叫んだ頃。つまりは早番の出なのだろう。
小寒い甲板で有るから当然に寒い。近藤縷々ヌ美琉香班長代理に其の名を呼ばれるたびに
態々と声を張り上げるのは自らの体温を上げるためらしい。
寒々と凍風吹きすさぶ戦艦の甲板で列を造り小隊班長が自分の名を呼ぶのを待つ小隊員達。
「おっと・・・忘れる所だったな。
狸馬鹿氏魯斌・・・。
貴様・・・?ちょっと化粧濃くないか?
棚から御餅堕ちてくるの下で口開けて狸腹さすってる櫓斌子の癖に
しかも先週より可愛くなっているぞ?」近藤縷々ヌ美琉香は訝しげにその顔を覗き込む。
「はっ。ちょっと頬紅の色を濃い目に・・・。あと眼筋がきりっと視えるように工夫も・・・」
直属の上司に顔を間近に寄せられるも名を呼ばれた兵士は臆面も無く言い切る。
有る意味堂々とした物言いであるがその風体は奇妙と言える。
「小悪魔風だな。それで漢共を誘惑しておかずの数を増やそうとしてるのか?。
小癪な真似を・・・。このウスラトンカチ食辛房櫓斌子の癖に・・・。
ちょっとその頬紅の色いいな。後で私も少し分けてよこせ・・・以上。点呼終わり」
女性特有の香りが直ぐにかげる距離まで近づけてくる縷々ヌ美琉香の顔を
極端に仰け反り気をつけの姿勢を崩さずに狸馬鹿氏櫓斌と言う兵士は必死に耐える。
それを見て同僚の女性兵士はクスクスと笑うが当の櫓斌はそれどころではない。
先ず、第一に近藤縷々ヌ美琉香と言う上司は天敵である。
方角で言えば鬼門。厄介事・災い・不幸・不憫・重労働等々に其の全てを全部押し付けてくる存在
暗黒の歴史に照らし合わせれば高校の生活指導の鯨崎教諭の虐めにも匹敵する。
ましてや出会って半年。其の内の此方弐ヶ月は同室暮らしの仲と成っている。
大体にして櫓斌は不憫である。同時に面白くもあり良く食堂の暇つぶしの噂にも登る。
その小隊に属しない兵士から見ればなんと哀れな奴と成る。
狸馬鹿氏櫓斌が兵士教育を優秀な成績で終え
倭之御國帝国海軍・中型戦艦・天麩羅海老之頭に配属され乗船し部隊の配属の刻に起こる。

初夏と言えどもまだ春風よりも冷たい風が吹き桜花も雨に散ったばかりの其の頃。
倭之御国。其の帝国海軍中型戦艦天麩羅海老之頭は埠頭から幾度目かの戦さ場へと
向かこう事になっていた。先の戦闘で適正潜水艦の魚雷を土手っ腹にまともにうけた
戦艦天麩羅海老之頭は実に八ヶ月の間も修理修繕が必要であり
幾らに長く戦さが続いているとは言え戦力にならない船に余計な尽力など掛けられるはずもなく
その船汽笛を声高らかに吠えるまで必要以上の時間がかかったのは致し方ないのだろう。
当然に長い間沈黙せざる負えないとなれば兵士共は他の場所へと回され
今回の出港には新兵の補充を余儀なくされる。

「貴様っ。其の格好はなんだっ?何処へいくつもりか?名乗れ」
意気揚々の心意気と不安を抱えながらも埠頭桟橋から戦艦天麩羅海老之頭の甲板へと
上った櫓斌にいきなり罵倒が投げつけられる。
呼び止めた兵士の腕には紫色の腕章をしていると見れば案内係とも知れる。
「じっ。自分は狸馬鹿氏櫓斌二等兵であります。
本日、戦艦天麩羅海老之頭号へと砲撃手見習いとして配属されました。
第参十弐美少女美魔女小隊へとは何方へ行けばよろしいのでしょうか?」
「第参十弐美少女美魔女小隊・・・?
それなら・・・あの参番目の主砲の所に集まっているが・・・?
貴様?本当に第参十弐美少女美魔女小隊の配属か?」
軍帽を風に飛ばされないようにと手で無理に抑える上官は訝しげにも櫓斌を見つめる。
そそくさと慌てるも突き出して見せる配属表には確かに第参十弐美少女美魔女小隊とある。
「それなら・・・きっとそうであろうが・・・」
最後の言葉を飲み込んだのは理由が有るのだろう。
この刻確かに予兆はあったのだ。
これがそれで有ると言うのは重々とその後に実感することである。
憧れとは言わずとも一大発起の意思を胸に秘め本来のぐうたらな性格を戒め無理をしてまで
やっと乗り込んだ倭之御国・戦艦天麩羅海老之頭。
冒頭から躓くわけには行かないとその体躯に似合わずともほとんど全速力で
示された第参主砲の前へと櫓斌は走る。

いざにそれそれとばかりに第三参主砲の前に屯し列をつくる同僚の兵の横に並ぶ。
寒風吹き遊ぶ中短くも束ねた髪が棚引くと視えるならそれは漢性兵はないとも気づく。
それが隣の兵だけならはなっとくも行くがその列には女性だけでもある。
髪を纏める背の高い女性。小太りであるが口の周りにおやつ代わりに食べたお握り飯の
醤油垂れの跡を付けたままの女性。随分と田舎から出てきたのだろうに落ち着かない女性。
その他にも行幾人かの女性が屯するなかやたらと目立つのはやはり櫓斌である。
「自分は第参十弐美少女美魔女小隊・近藤縷々ヌ美琉香班長代理である。
件の逸話の美人魔女と其の名が似てると言わるが気の所為でない。
何しろ私も美人だから。むふふのふ。
さて・・・今日から貴様等を預かる身である。宜しく・・・?
ところで・・・御前は何だ?漢に視えるが・・・?」
観るからに容姿端麗美女スタイルも良ければ正に美麗な顔つきの上官が
晴れてめでたくも部隊配属と成った面々が作る列の前を通り過ぎる。
通り過ぎるが・・・傍と棚餅櫓斌の前で急に立ち止まりしかめっ面に成ると問い正す。
「はっ。第参十弐美少女美魔女小隊・近藤縷々ヌ美琉香班長代理殿。
自分は狸馬鹿氏櫓斌と申す一兵卒です。
海軍司令部からこの部隊に配属を命じられ・・・」
未だ漢としても未熟であればこそ端正な顔の女性上官に顔をグイと寄せられては言葉にも詰まる。
「貴様?漢か?否。それはないな。あってはならんことだぞ」
「はっ・・・と申されましても。自分は確かにこの部隊に・・・」
「御前?分かってるのか?それとも私をからかっているのか?
この部隊は女性兵の部隊だぞ?男児禁制の特別部隊だぞ?そこに漢が入ってくるはずがない。
とりあえず、司令指示書と身の上証明書をだせ。早くしろ。このウスラトンカチ」
軍であればこそ上から目線で罵倒されるのはよくある事であるが何か様子がおかしい。
世情に巷に逸話物語の主人公と名前が似ても匹敵するほどの美人であると
自他ともに風潮して言い切る近藤縷々ヌ美琉香班長代理。
その端正な顔のまま細く整えた眉を寄せ眉間に皺を寄せながらも
櫓斌が差し出す幾枚かの書類に眼を通す。
「えっと。どれどれ・・・御前。龐悳の生まれか?
龐悳地方の者は耐えて忍のが美徳と知ると聞くぞ?
柳葉魚もしっぽまできちんと食い散らかす食辛房であるともな。
云々・・・。氏名はあってるな。狸馬鹿氏櫓斌とな。名字はふざけてるが名は今風だな。
御両親に・・・。性別が女になってるぞ?櫓斌子よ。しかも二重丸だな。
云々・・・。つまり貴様は女性と言う事だな・・・。それなら確かに我が部隊に・・・」
「えっ?そんな僕は男性です。何かの間違いでは?」
自分が差し出した書類であるが正直にそんな細かい所までは眼を通してはいなかった。
元より自分で記載したものではなく提出された書類を軍事務担当者が清書して印刷したものだ。
「そんな事いってもだな。確かに私は少々目が悪いのだが・・・
うぬ・・・やっぱり女性の欄に二重丸がついているぞ。狸馬鹿氏櫓斌子二等兵」
「だから何かの間違いですって。僕は・・・」
弐十と数年間を漢性として生きてきてるし学校も男子校であれば軍の宿舎もそれである。
正式な書類であろうとも間違いは間違いである。櫓斌は一歩前に強く間違いで有ると主張する。
「たっ隊長殿。自分は間違い無く漢であります。胸は出っ張ってませんし下の方には・・・」
「貴様。上官に歯向かう気が?
胸が出てないと言うのは嘘だろ?ちゃんとでばってるではないか?
それを御胸と呼ばずなんと呼ぶのか?隣の佐々木さん家の花古ちゃん一等兵を見てみろ?
女性としてつつやましかな胸の者からみたら羨ましいくらいではないか?
普段から貧乳に悩む乙女の熱い思いを無下にするのか?」
軍で有るから部下が不要に上官に逆らうのは得策ではない。上司の命令は常に絶対である。
「それが乳房を言わずとなんと言うのだ?
ちょっと巻き尺持って来い。私が直々に測ってやる。こら暴れるな。櫓斌子。
逃さんぞ。者共ぉ~~~。龐悳生まれの櫓斌子を取り押さえろぉぉぉぉ~~~」

事の顛末はやはり倭之御国・帝国海軍のそれらしい結果と成る。
「ちょ。ちょっと待って。貴殿達は兵士であろう?同僚の服を剥がそうと・・・。
そっ。底は駄目。変な所まさぐらないで。あん・・・底は違うから
絶対、御胸じゃないから。ちょっと眼鏡の副官の人。黙って見てないで。
御願い。見捨てないで・・くすぐったいから。そこはいやん。おへそだからん
ふっ・・・褌ひっぱちゃだめ。食い込むから。色々食い込むからぁ~~~いやん。許して」
「ぜぇ~ぜぇ~。御名子の癖に馬鹿力すぎるぞ。
恥ずかしがらずにさっさと計測させれば皆も汗を欠かなくて済んだと言うのに。
それで・・・櫓斌子の乳房の大きさは?・・・なっ。なんだと壱メートル超えだと。
きょっ。巨乳ではないか?私より大きとな?これは許せん。折檻してやる。
甲板に蹲ってすんすん鼻を鳴らすな。みっともないぞ。櫓斌子よ」
「ぼっ。僕。お嫁に行けない。女性兵に剥かれて胸囲図られるなんて・・・ぐずん」
寒風と潮風が未だ吹きすさぶ戦艦天麩羅海老之頭の甲板の上に上半肌着一枚所も残さず
必要もないのに軍服一式に脱がされ。基いに剥ぎ取られ蹲る櫓斌。
あられもない姿であるがこれも又帝国海軍の洗礼でもあろう。
「胸囲が壱メートルを超えるとは立派な乳房である。
うむ。それなら貴様が我が第参十弐美少女美魔女小隊に・・・。
否。第参十弐美少女美魔女及び女装家小隊だな。配属されたのも納得出来る。
今日から御前はこの船に乗船してる限り狸馬鹿氏櫓斌子である。
云々。万事めでたしだな。では・・・次の命令まで解散」
一騒ぎして気もおさまったのか近藤縷々ヌ美琉香班長代理は騒動の果に
本来は長く伸ばした髪のほつれを軍帽をかぶり直して纏めると次の場所へと
軍靴をかつかつと鳴らし尻を振って歩いて行ってしまう。
元よりも・・・。
無茶振り甚だしい上官が無理に計測したと言う櫓斌の胸囲のそれは正確であったが
それを女性の乳房の大きさに当てはめるのは無理がある。
多少なりとも体格の良い、つまりは恰幅の良くも太り気味である櫓斌であればこそ
その上半身に出っ張る乳房とは只の駄肉である。
太り気味の男性特有の胸の駄肉を乳房と良い切るのは当然に無理が有るはずだが
それはそこで倭之御国帝国海軍である。
上官が右を向けといったら兵士は黙って頷き右を向く。
其の右に敵の主砲が此方を向いていてもである。
「なんてこった・・・。憧れの戦艦に乗船出来たと思えばものの十分で恥を晒すとは
母上様・・・御免なさい。・・・とりあえず服を着なければ・・・」
潤々と涙眼で寒風吹きすさぶ甲板の上から這い上がり鼻を啜りながらも軍服を探す。
「えっと。狸馬鹿氏櫓斌子一等兵殿・・・?
近藤縷々ヌ美琉香班長代理殿が御認めになられたので正式配属が決まりました。
それですね。命令は命令ですので・・・。色々必要な物も有るでしょうから
とりあえず倉庫から持ってきました。私気が利くんです。
あっ。駄目ですよ。櫓斌子さんは女性ですからこちらの制服を着て下さいな」
「へっ・・・?」涼やかな声に促され鼻を啜りながらも顔をあげると
あの名前が少々可愛そうである佐々木さん家の花古ちゃん成る女性が制服を差し出している。
確かに彼女は気が利く性格を活かし事ある度に櫓斌の世話をあれこれと焼くが
当の本人としては全くもっていらぬお世話である。

「本日はお日柄もよく・・・ぷぷ。
海風が肌に程よく感じる朝で有る・・・ぷぷ。
それでは本日も元気よく第参十弐美少女美魔女及び女装家小隊朝礼である・・・ぷぷ
だっ誰だ?櫓斌子に化粧したのは・・・まるで狸神社のお多福ではないか?ぷぷのぷ」
「じ・・・自分であります。恥ずかしながらこの年まで化粧などしたこともなく。
その・・・道具は佐々木さん家の花古ちゃん一等兵殿にお借りして・・・」
「そうか・・・どっ努力は認めるがもうちょっと何とかならんのか?
館内の暗がりでばったりであったらそれはもう吃驚仰天。幽霊にでもでくわしたのかとなるぞ」
「えっ?そうですか?自分は上手く出来たと・・・」
「それで上手いだと?お多福だ。お多福。我が副官を見てみろ。
普段はお硬すぎてどんな冗談でも笑わない鋼鉄の秘書と呼ばれてるんぞ。
それが観ろ。ふるふると肩を小刻みに震わせそっぽを向いて咽び笑っておるわ。
入隊二日目で笑いを取りに来るとはさすが龐悳生まれの主砲撃ちだな。櫓斌子め」
そこまで言うと自分も我慢していたのだろう。声を出して縷々ヌ美琉香自身も笑い始める。
自分では初めてにしては上手くいったのではないかと言う櫓斌の化粧とその姿は酷いものである。
世話焼きの佐々木が用意した道具と言っても元よりそこは戦艦である。
戦に必要な物はあってもそれ以外はないに等しい。
それでも何処から見つけてきたのか知れずも結構まともにも視える女性用の鬘。
おさげ結びで有るのもチャームポイントであるしその先っぽには紅いリボンも付けてある。
問題は白粉のという物を塗った事がない櫓斌は加減がわからない。
頭の何処かで芸者芸子のイメージでもあったのだろう。とりあえず塗れるだけ塗ってみる。
出来上がるとそれは当然白塗り一面の顔となる。
次に頬紅であろうがそれも又指で適当に肌になじませただけだから妙に目立つ。
口紅は女の命と言えども漢櫓斌には難易度が高い。
何度も挑戦している内に色も濃度も重なって行けば、そろそろ時間がせまると急げば
お多福顔の櫓斌子の出来上がりである。
ちなみに当人はきがついてないが真っ白に顔を塗りたくったために眉はない。
白塗りでやたら口紅が濃いお多福櫓斌子で有る。
慣れない化粧に手こずるのはともかくも身分証明書の誤表示で
男子禁制の部隊に配属された櫓斌は服装の自由も許されない。
無理やりにお下げの鬘をかぶらされた思うと化粧道具も押し付けられ
勿論にその軍服も女性用である。しかも割と丈の短いスカートと来てる。
大体にして上着のサイズも弐周りも小さいから当然パッツンパッツンである。
それは乳房であると言い切られる旨の駄肉にはブラジャーならぬさらしをきつく巻く。
漢の駄肉の形に合わせたブラジャーなんぞこの世に存在しないのだ。
最初は下着で誤魔化せば良いと思えば何ともきびしくも
「年頃の女性なんですよ。そんなことじゃ垂れちゃいますよ」
と余計な佐々木さん家の花古ちゃん一等兵のチェックが入ってしまう始末である。
もともと戦艦乗りの兵であればあまり恰幅の良くも太った者は少ないから
身の丈6尺。およそ180センチあまり。体重は米俵一個と一斗缶弐個くらいだから
大体にして軽く100キロを超えるおでぶちゃんの櫓斌ある。
其の姿で女性兵とおなじ上着を着れば駄肉で上着の釦ははち切れそうだし
何より短めのスカートから覗く大根足にはすね毛がびっしり生えている。
「そ・・・その格好ですね毛びっしりとか。
ましてや黑の網タイツとか。貴様職場をまちがってないか?
幾ら男子禁制の部隊だからって・・・もうちょっとなんとかならないのか?
観ろ!二度見したお硬い銀縁眼鏡の副官が。目に涙を浮かべてゲホゲホいってるではないか?
ほっとくと笑い咳で呼吸困難になるぞ・・・。喘息の発作持ちなんだぞ。
笑い死にする前に医務室に連れて行ってやれ・・・ほんとに倒れるな・・・副官」
いくら女装とは言えあまりにも酷いその姿に銀縁眼鏡の副官は咳き込み発作で倒れかける。
自分の性だとばかりに申し訳ないと櫓斌が駆け寄れば。
迂闊にも又目があってしまった副官はゲホゲホと尚に一層激しく笑咳に咽び泣く始末である。
他の同僚に肩を支えられ逃げるように医務室に運ばれる銀縁眼鏡のお硬い副官。
その後ろ姿を自分の情けない姿が原因であると重々わかって入る故に余計に消沈する櫓斌。
「まぁ~~~。その姿も来週までの我慢であろうしな。
誠に残念ではあるが礼の書類が訂正されればそれで見をさめである。
少しの辛抱であるから・・・。こら。わらうな。横目で盗み見てこっそり吹き出すなっ」
海風副甲板の上で情けなくもお下げを揺らし何処か心配げな櫓斌を同僚がコソコソと笑う。

それでも・・・。
今少しの辛抱であろうと知っていても実際に櫓斌は苦労する。
何しろ書類が訂正され手元に届くまでは男子禁制の美少女美魔女及び女装家小隊の
一員として暮らす必要がある。生理学的には確かに漢性であっても
此処にいる限りは女性として過ごすのが命令である。
軍勤務とその訓練はともかくに一般生活には努力と配慮が必要であった。
先ずは風呂と生理現象である。用を足すのは以外と困らない。
確かに女性兵用のトイレに入るは勇気がいるが一度入ってしまえば
その後は個室だ。
勿論にタイミング悪くも他の女性兵士が先客として手洗い場所にいることはあっても
櫓斌。否に櫓斌子は有名人である。何しろ命令でもあるから当人も周りも同しようもない。
相手が本当は漢性であってもこの戦艦に乗船してる間は女性である。
少々違和感や気まずさやともすれば不気味であったりしてもそこは互いに我慢である。
何しろ一番つらい思いをしてるのは櫓斌自身であるのを察するべきでもあろう。
お手洗い問題は気合と勇気で乗り切るとしても風呂が問題である。
戦争中であってもそこが戦艦であっても倭之御國の風呂好きは有名である。
裸の付き合いも大事といってもすっぽんぽんで肌を晒す風呂場に堂々と
押し入っていけば変態である。
自分は命令に準じていると言っても気まずいのは変わりないから工夫がいる。
基本的に風呂の時間は決まっている。この部隊はこの時間まで。
次の部隊はこの時間からという具合だ。其の隙間を櫓斌は狙う。
先ず自分の部隊の入浴時間になると談笑しながらも楽しそうな同僚を後目に
脱衣所の済で壁の方を向き衣服を脱ぐと胸下当たりからきつくタオルを巻く。
別にもっと下でも良いのだがそこはこだわりと淑女の嗜みとも言えるのだろう。
しばらくもそこで壁を見つめながら念仏まがいにブツブツと呪文を呟き過ごし
「おう。そんな所で突っ立ってると風を召してしまうぞ。櫓斌子よ」
嫌味混じりの縷々ヌ美琉香班長の言葉に軽く会釈して誤魔化してやり過ごす。
風呂仕切りとの向こう上司や漢兵どもの噂話や女同士の猥談を念仏を唱えでたえれば
やがて交代の時間が迫ってくる。几帳面な性格を持つ倭之御國の民と軍規の中で生活すると
なればこそ少々早めに風呂から上がってくるのも常であるから
その隙間を櫓斌は狙いすまし皆があがると猪突猛進とばかりに風呂場に突進し
頭から湯を被り慌てて石鹸で体を擦りながすとドボンっと湯船に浸かる。
それでもゆっくりともしてられないから体が温まったと思う暇もなく
急いであがり脱衣所に次の部隊兵がやってくる前に風呂から上がり
それも又大慌てで衣服を纏って風呂場から逃げす。其の時間およそ5分とかからず。
鴉の行水か野菜芋の丸洗いかと言う勢いで毎日の入浴を櫓斌は済ます。

次の問題は就寝場所だ。
これには櫓斌も色々と悩む。
急な事であったし無理やりと半分は冗談から出た噺でもある。
それでも女性ひとり否と女装家一人が増えたとなると生憎と部屋も満杯であった。
もともと乗船勤務する女性兵の数は予定よりも多くなった為に割り振りにも無理があったと聴く。
結果的に枕と布団一式を押し付けられ個室どころか相部屋もないと成れば何処に身を置べきか。
最初は男性部屋練の廊下に布団を引いて見たがそれも問題であった。
戦艦戦艦・天麩羅海老之頭は24時間有無の上を航海している。動いているのだ。
勿論乗員もで有る。例え櫓斌自身が勤務時間を終えそそくさと廊下に布団を敷いて
潜り込んでもそこは廊下である。日勤帰りの兵士が布団の上を跨いで行けば
今度は夜勤の兵が櫓斌の脇腹を邪魔だと言うばかりに踏んでいく。
まんじりともしない内に最後は自分の出勤時間が近づき化粧の為に手洗いに駆け込ねばならない。
これでは軍務にも影響が出ると成れば一応に兵を預かる班長としても黙してもいられんとなる。

確して不慮の縁で近藤縷々ヌ美琉香班長代理と同室となった櫓斌である。
「寝る所がないんだからしょうがないだろう?
女同士、何を恥ずかしがる事が有ると言うのだ?
さては貴様。他人には言えない性癖でも有るのか?自分の腕脇の匂いが好きでたまらないとか?」
「どうゆう性癖なんですか?それ。
例えそんな性癖があっても僕はそんなの興味ないです」
「それなら良いではないか?ほら着いたぞ。此処が私の私室だ。
あまり広くはないし寝台も一人用であるが。床にお布団位は敷けるだろう」
なるほどそこは確かに他の海軍兵よりは広い一室である。
もとより小隊班長代理を努めると言ってもその性格な軍位は櫓斌も知らなかった。
一人用の寝台と言ってもそこそこ広いし床にお布団一式を用意出来る空間もある。
何より眼を引くのは簡易台所があったりシャワーやトイレなどが個人用として有ることだ。
櫓斌としては色々ありがたい事ではるが同時に縷々ヌ美琉香と共用となるとこれも気を使う。
なんとかなるだろうし世話になる身であれば贅沢も言えない。
「お邪魔します。お世話になります」有り難みを感じながらも声に出してみれば。
「云々。私は料理も洗濯も掃除も一切しないから。御前の仕事だぞ。
手始めに掃除と洗濯からだな。同室の馴染みで宜しく頼むぞ。櫓斌子」
女の癖に腰に手を添えガハハと笑い見事に言い切るのは何処かの中年親父にも観えてしまう。
尤も家事一般は御前の仕事だと押し付けられた櫓斌はポカンと口を開けたまま入り口で佇む。
そこそこに広い部屋ではあるがひどく散らかっている。
とても淑女の部屋と言えないのはもとより当番兵が洗濯したものこそ籠に入っているが
一旦着込んで脱いだものはその辺に脱ぎっぱなし。女性の下着やら靴下が山と積み上げられ
若しも当番兵で風邪でも引いて3日も休めば変な茸でも生えてくるかもしれない。
料理もしないと言うのも本当だろう。簡易台所は手つかずであるがその周り床においてある
ゴミ箱は食い散らかしたカップ麺の残骸と炭酸水のボトルが渦高く詰め込まれている。
「こっ。この人駄目だ。残念な淑女ってこの人の事だ・・・」
壮絶とも言える部屋の散らかりように櫓斌は愕然とする。
同室のよしみで掃除洗濯家事全部をおしつけた縷々ヌ美琉香が何処かに消えたのを見て取って
櫓斌は肩をガックリと落としてその場に蹲る。
それからの櫓斌の生活は主婦である。
「お~~い。櫓斌子ぉ~~。それとって。紅いラベルの栄養缶。
ポテチとドーナツもね。それから下着の洗濯もやっといてねん♪」
外見だけは美人であればこそ軍務が終わると真っ先に制服を脱ぎ捨て
黑のキャミソールと下着姿になると携帯ゲームを握りしめ寝台の上に転がる。
「近藤班長代理。ご飯食べたばかりで寝台の上でゴロゴしてると牛になりますよ。
ポテチところかドーナツまで食べたらふとりますよ。せっかくの美人がだいなしですよ」
「いいの。私は太っても美人だから。結婚なんて興味ないし。
あっ。お風呂沸かしておくれよ。櫓斌子。それから肩もんで」
まるで姑並の櫓斌の小言などまったくもっていに返さずに携帯ゲームの画面に没頭してしまう。
「あんっ。それ。だめ・・・いやん。もっと。・・・もうちょっと・・・あん・・もっと」
軍の食事の他に菓子を貪ったと思えば寝る前に必ず夜食と称して小腹を満たす縷々ヌ美琉香の為に
狭い簡易料理場に大きな体を無理に詰め込んで餃子の餡を皮に詰める櫓斌。
「細い体の癖に何処にあんなに食べ物が入るのだ?
しかも色っぽい声で喘いでいると思えばゲームに没頭してるだけって。
軍兵の漢共が聞いたら間違って突進してくるにちがいない。
本当に残念なお人だ・・・」そこにも愚痴る暇なく上司の命令が飛んでくる。
「櫓斌子~~~。夜食まだぁ~~~。餃子は野菜入ってないわよね。野菜嫌いだしぃ~~~」
「はいはい。ちゃんとひき肉と馬肉の餃子ですよ。
野菜嫌いな癖になんでそんなにきゅっとしたお尻してるですか?班長」
「良いでしょ?可愛いでしょ?色っぽいでしょ?思わず欲情しちゃうでしょ?女同士だけど♪
手離せないから食べさせてよ。櫓斌子。あ~~ん」
寝台に寝転がったまま色っぽい格好で顔だけ向けて縷々ヌ美琉香は餃子を強請る。
「何処をどう間違ったらこんな美人に残念な性格がくっつくんだろう。
美人な癖に中身は中年小父様さんって・・・。
何か悔しいかってそれに自分が慣れてきてるのが一番怖いのです」
文句も愚痴も絶え間なくもれてくるがそれでも縷々ヌ美琉香の可愛さには根負けするのか
上官には逆らえない一兵卒の性なのか櫓斌は仕方なくも口元に餃子を差し出してやる。

「大体にして貴様は性格が細かすぎるのだ。
やれ。脱いだ物は洗濯籠に入れろとか。食べ終わったポテチの袋はちゃんと輪ゴムで止めろとか
まるで小姑ではないか?こんな不細工な小姑を持つ取っても可愛い私の身にも成ってみろ。
あっ。お塩取って。お塩」
「小姑とはなんですか?こんなに可愛いぽっちゃりおさげの僕を捕まえて。
大体にして班長はズボラすぎるのす。勤務時間ギリギリまで携帯ゲームに熱中しすぎて
今日なんてほとんどすっぴんじゃないですか?それでよくもまぁ班長がつとまりますね。
あっ。醤油取って下さい。副官殿。有難う御座います」
櫓斌が其の戦艦に乗船して五ヶ月。不本意ながらも上官の縷々ヌ美琉香との同室生活も
何とかこなれてきたがもはや定例と成った朝食時の喧嘩騒乱も儀式となってくる。
「おい?今日の御飯。ちょっとベッタリしてないか?料理班に新人でもはいったのか?
これなら小姑櫓斌子が御夜食に作る醤油おにぎりの方がまだましだな。
「小姑って誰ですか・・・。小姑って。いつもいつも夜食ばかり強請ってるくせに。
あっ。どうもです。副官殿。」互いに非難轟々と相手を罵倒愚弄して鍔を飛ばす。
その合間に頃合いをみて銀縁眼鏡の通称・堅物眼鏡の鋼の淑女と異名を持つ副官が
態々と好物であろう梅昆布の粉を混ぜたお茶をさり気なく勧めてくる。
「あっ。私のお茶には弐杯しか梅粉はいってなかったぞ。
小姑櫓斌には参杯もいれたぞ。この銀縁副官め。さては惚れてるな?」
滅相も御座いませんと苦笑いを口元に浮かべると他の兵士にも梅昆布茶を勧めて回る。

・・・其時そのとき
警報が食堂になり始める。
直ぐに館内放送も怒鳴る。
【敵性艦影有り。おやつ迄あと三十分の九時半の方向。
(今日のおやつは大坂老舗名店の醤油垂れに浸したずんだ餅です)
敵影弐つ。巡視艇と駆逐艦の模様。総員戦闘配置に付けぇ。総員配置ぃ】
脱兎の如くと我先に朝食の席と椅子を蹴り上げ走り出す兵員達。
それでも細かい性格が災いするのか縷々ヌ美琉香班長や同僚が捨て置いた茶碗と湯呑を
手早く卓の上に纏め後を片付ける当番兵の負担をかるしてからどずどすと
お下げ鬘を揺らして櫓斌も急ぐ。
戦艦天麩羅海老之頭に乗り込んで既に数ヶ月。
これまでの実践が参度であればその日は四度目の戦である。
最初こそ死ぬかもしれないと言う恐怖に駆られて主砲室で念仏を唱えたものだが
今となってはそんな暇もないと知る。
櫓斌が女装を強いられてまで所属する第参十弐美少女美魔女及び女装家小隊。
彼等が籠もるのは第参番主砲と言う戦艦の要である。
戦艦天麩羅海老之頭には数々の兵装があるが其の主砲は三台。
壱番砲と弐番砲は弐連砲であり。これはほぼ完全に自動操縦に近い。
電子機器任せで司令室からの操作で発泡が可能である。
然しその代わりに主砲としては威力が小さい。大砲であってもである。
対する三番砲は癖がある。
もともとに戦艦天麩羅海老之頭は旧型戦艦の類だ。
先日の改修作業で壱番砲・弐番砲をすげ替えたのではあるが
いざ使ってみると操作性は良くも肝心の破壊力が満足行くものではい。
近藤縷々ヌ美琉香班長代理が指揮を取る参番砲。
半自動半機械式のものでありつまりは実際に砲室の中に兵士が篭る。
噛み砕いて言えば戦車の砲台部分を巨大にして船に乗っけたと思えば良い。
ともあれ極太の参連砲身の上の部分には操作室がありそこには近藤縷々ヌ美琉香と
他の数名が陣取る。実際に砲身を操作し照準を合わせ引き金を引く。
床仕切りの下には参連砲身がどんっと鎮座している。
あれこれと操作部もあるから決して広いとはいえぬ其の砲身の後ろに仁王と立つのが櫓斌である。
分厚いエプロンとこれも又火傷防止のごわごわした手袋を嵌める姿は最近では様に成ってきてるが
それでもこんな時位はお下げの鬘をとっても良いじゃないかと苦くも思う。
櫓斌の仕事は上の操作室で引き金が引かれるとどんっと耳を劈く轟音激しく砲弾が飛んでいく。
それを確認して操作桿を引いて砲身から馬鹿でかい砲身をはじき出し隙間からモップを突っ込んで
余計な火薬の粉を拭き取る。残すと次の砲弾を詰めようとした時に事故がおきるやもだからだ。
薬莢口をしっかりと締めて留め金を掛けた次に砲身の後部の鐵の蓋を開けて砲弾を詰める。
又、蓋を締めてから上の合図にと紐を引き鐘を鳴ら次弾が装填出来たと皆に知らせる。
参連砲であれば本来に数人がその作業を行うのが常識であるがなにせ女性部隊である。
初陣こそ最初は皆が力を合わせていたが何せ砲弾は米俵一俵を超える。
それなら櫓斌が巨躯と馬鹿力を生かして自分ででやったほうが遥かに早い。
有り難いと皆に言われたが其時ばかりは漢の出番とも思っただけでも有る。
参連砲ともなれば重労働であるが元より体を動かすのは得意でもあった。
確して・・・。
四度目の戦でも敵性駆逐艦に砲弾が打ち込まれる事に成る。

「巡視艇と駆逐艦と成ればそれほどでも有るまい・・・」
今の若者の間では疎まれるほどにも伸ばした髭も老兵豪将となれば許されもしよう。
既に旧式戦艦と称される戦艦天麩羅海老之頭の指揮を預かるも又老兵猛将の其の一人である。
過去の世界大戦の際には其の剛腕を振るった伊集院六郎司令官にしてみれば
新しく搭載した自動式の主砲には信頼を置いてもいない。
どうしても手の届かない所で戦をしているような気分から抜け出せないでいる。
実際にそうではなくも感覚的にとでも言うのだろうか。
人がてその手を汚さない戦など戦とは呼べんとでも腹の底でおもっているのに違いない。
「あんなものに手こずるとは・・・。
参番主砲にやらさせろ。少々馬鹿共の集まりだが機械仕掛けよりまともな戦をしてくれる」
朝起きて直ぐに取り掛かる習慣でもある髭の手入れそれも怠らずにいじりなら言い捨てる。
「敵影弐艦のみ。偵察巡回のようですが・・・」
遠距離望遠鏡を覗き込み佐々木さん家の云々が声を上げる。
「壱番・弐番砲は手こずってる様です。思ったより速度早しっ」
「発射命令及び許可出ました。近藤縷々ヌ美琉香班長」
「やっとか。機械仕掛けの砲に任せておけるはずもない。
装填作業開始。これより主砲参番砲稼働する」
普段のおちゃらけた声等微塵もなく短くも緊迫した声が上がる。
上の操作室で縷々ヌ美琉香班長代理が下知を飛ばすと
下の砲室で櫓斌が動き出す。
主砲の砲身筒の操作桿を引き下げ予め要した砲弾を腰に力を入れ屈んで持ち上げる。
その間に御萩恭子が一度砲身筒の中を覗き込み異常がないと見れると態々と大きな動作で頷く。
合図が出れば櫓斌は抱えた砲弾を砲身筒にどっこいしょと詰め込む。
再び操作桿を引いて鐵扉を締めると更に薬室の溝筒の中に火薬袋を突っ込んで又蓋を閉じる。
それを参度繰り返した後に息継ぎもせずに砲身の横に回り身の安全を確保してから
天井にぶら下がる紐を強く引いて上の操作室の連中に砲弾が装填されたことを知らせる。
「遅いぞ。櫓斌子。そんなに遅いと巨乳の御胸が垂れてしまうぞっ」
「誰の胸が垂れるですか?これはでぶ故の駄肉です。脂肪です。そっちこそ」
「当てる。絶対当ててやる。数字読め!」櫓斌の胸の脂肪などどうでも良いとばかりに激が飛ぶ
「左角。弐十七。上角度拾壱。偏差補正参。砲身稼働宜し。いつでも」
「伊達に携帯ゲームやってるわけじゃないんだからな。この為の鍛錬で有る
戦艦天麩羅海老之頭参番主砲。射っ」
どんっと衝撃の後に轟音が主砲室の中に響き渡る。
さすがに大口径の主砲大砲が砲弾を打ち出すと先に振動が体を襲う。
頑丈な防耳当てを嵌めていても振動と音は体を揺らす。
捕まり取手を拳で握り脚に力を込めて仁王と立っても時に体が振動に持っていかれる事もある。
否然し。それが戦であるのなら体も勝手と動き出す。
「敵駆逐艦。僅か後方に着弾。早いです。かなり。修正値出します」
「櫓斌子。次だ次!。駄肉揺らして遊んでるな。次弾込めっ。本当に胸が垂れるぞ」
「言わずもがな。やってます。胸は垂れないから。脂肪だからっ」
口が動くよりも体が先に動く。未だ熱い砲身の操作桿を引き空薬莢をはじき出すと
モップを突っ込んで中を掃除する。
「新型エンジンを積んでるらしいと司令室から伝令。
壱番弐番砲とも追いつけずお手上げだと。・・・偏差修正出ます。
左角同じ。上角弐度追加。偏差修正七。兵十合わせっ」
操作室が慌てて砲の照準を操作すと下の砲室では台座が周り指定値まで砲が動く。
やり辛い環境であっても櫓斌は操作桿を動かし蓋を開け砲弾を詰める。
「未だか?未だか?櫓斌子。おやつの時間が過ぎてしまうぞ」
「こんな時までおやつですか?どれだけ食辛房なんですか?装填済。いつでもどうぞ」
御託を飛ばしながらも天井の紐を引き準備が出来たと知らせる。
「当てる。今度は絶対当てる。伊達にゲームで鍛えた腕じゃないのよ
参番主砲・・・射撃っ」
再びドンっと主砲室が振動し櫓斌達の体も激しく揺れる。

「さすが近藤大将の孫娘という所か。見事なものだ」
「はっ。さすがですね。当人いわく日頃の鍛錬の賜であると豪語してますが・・・。
何処か怪しげでもありますな。否然し見事と言えましょう」
倭之御國帝国陸軍の大砲撃ちは参回の砲撃で二回は外すが最後の一発で全部仕留めると
逸話が有るが帝国海軍の主砲撃ちはそれにも勝らずにもっと酷い。
参回打って四回外す。五回目にやっと当たれば砲身が焼き付くから戦果に期待成しと
声高らかに堂々と言い張る主砲撃ちの中で縷々ヌ美琉香の腕は確かなものだろう。
それが日々の修練。携帯ゲームの成果だと知っても又然し立派な戦果である。
敵性駆逐艦のどって腹に開いた穴は確かに大きく爆発炎上の跡は浸水沈没と決まってる。
自分が打った砲弾が駆逐艦を鎮めると解ると満面の笑みで縷々ヌ美琉香は声を上げる。
「どうだっ。ちゃんと当てたぞ。当ててやった。これでおやつも心行くまで・・・」
「敵弾来ます。直撃コースです。全員退避っ」
縷々ヌ美琉香が放った砲撃の戦果を望遠鏡を覗き確認する銀縁眼鏡の副官が金切り声を上げる。
当然であろう。我の仲間を沈めた船と其の主砲。
許すまじとばかりに小さいながらも巡視艇が撃ってくる。
戦艦の主砲とは違い単発砲であるが巡視艇に取っては必殺でもあった。
おまけに船体自体も小さいから小回りも効く。
縷々ヌ美琉香達が敵駆逐艦の相手をしているのなら本来残りの巡視艇の処理は
壱番弐番砲の役目だろう。どうやら司令室の輩はそれを怠ったらしい。
天麩羅海老之頭の懐近くまで潜り込んだ巡視艇の単発砲は
この恨み晴らさずおくべきかと参番主砲室に真っ直ぐに飛んでくる。
「退避っ。退避。退避ぃ」望遠鏡を投げ出し身を動かすが逃げ場は少ない。
元より主砲室は外壁は密閉され搭乗するには船内下部しかない。
戦果を上げた縷々ヌ美琉香さえ一瞬の後には覚悟をも決める。
此処で人生が終わると知れると自室の冷蔵庫に残したクリームプリンが走馬灯と頭に浮かぶ。
(昨日の内に食べて於けば良かった・・・)
後悔無念が湧き上がると床に転がる体の前で床の仕切りが弾けて飛ぶ。
床下から太い丸っこくも逞しい腕が伸びると縷々ヌ美琉香の細腕をぎゅっと掴んでくる。
其の次に目に映るのはお下げ鬘で白塗りのお多福顔となればこそ。
我は御名子に在らずと女装家で有る。とでも言いたげにベッタリと塗った口紅をてかられせも
真一文字にぎゅっと結んだ達磨顔。
(倭之御國男児で有ればこそ其の身焦がしても焔中に飛び込み
御名子・子供は必ず庇い救うのが意地で有る。
その後子供は肩に乗せて愛で。御名子の尻を手で撫で回して愛でるのを忘れるな。
曾祖父・狸馬鹿氏六兵衛殿の遺言で有る。ならばこそ女装家・狸馬鹿氏櫓斌推参で御座る)
断末絶命に流れる刻の中でやけに野太くも大きな声が聞こえたとも感じる。
それが現実じみた走馬灯であるやもしれぬとも次の瞬間には太い腕に掴まれ
やけに硬い床に転がったのは薄っすらと覚えてる。

「はて・・・白顔のお下げ達磨の顔が迫ってきたのよ。
まるでキッスでもせがんでせまってくるような・・・。悪夢だわ・・・ムギュ」
確かに敵の砲弾が主砲室に直撃したのだろう。
何か視界の半分を陰と塞ぐ物があるが其の脇の上には真っ青な空が視える。
どうやら参番砲の外壁に穴が愛たらしい。
「ぶはっ。ちょっと退けなさいよ。白塗りお下げ顔で涎垂らして
私の上にのっかってるじゃないわよ。このウスラトンカチの櫓斌子」
自分の上に乗っているのが櫓斌であると解ると思わず悪態がくちから飛び出る。
よいしょとばかりに腕を伸ばして巨躯の間から滑り出る。
「ごほ。ごほ。えっ。衛生兵。衛生兵。早く」
何とかやっとこさと倒れ込んだ櫓斌の体から這い出ると直ぐと隣に銀縁眼鏡の副官がいる。
どうやら彼女も櫓斌の下敷きになったらしくも自力で抜け出たのだろう。
自分の事は何とか成ったと思ったが直ぐに縷々ヌ美琉香も声を荒げる。
「佐々木さん家の花古ちゃん一等兵。
バケツだ。水を汲んで来い。それとあの医者もだ。
貧乳の癖にやらた態度のでかい上から目線の女医だ。走れっ」
主砲を打つ其の掛け声さながらに縷々ヌ美琉香は声を荒げる。
恐らく遂にさっき。
敵の砲弾が参番砲に直撃する前に自分が見た走馬灯の景色は本当だろう。
後悔の念を禁じえないクリームプリンはともかくも床下から伸びた手と
白塗りお下げ顔の怪物は間違いなく櫓斌だ。
戯言に抜かした台詞は真実とも言えずとも伸ばし掴んだ手は本物だろう。
敵弾直撃と其の間際に白塗りお下げの櫓斌は自分の事を脇に置き
態々と砲弾室の仕切りをこじ開け半身を無理にねじ込んで
縷々ヌ美琉香と銀縁眼鏡の二人と其の仲間を下へと引張ったに違いない。
それでも危険は去らずと思ったか。
仲間の上に御自らの体を盾と蓋をして覆いかぶさったと見て取れる。
さすがに主砲室を半壊させるほどの砲弾の衝撃を喰らえば意識も有るはずもないが
未だに其の大きな背に破片が突き刺さるも未だ燃える焔火に痛みも感じず失神してるとは
それはまた鈍感なのか小太りを通り越すさすが漢六尺米俵一俵の漢が為せる技なのか。
いやはや只の馬鹿なのかと言わずもがなに。
もっとも水を掛けて背の焔を消したは良いがそれでも起きない櫓斌を引きずり出すのは
実に十人掛かりの大仕事となってしまう。

「そろそろ十日も立つのだから退院なさい。この白塗りおでぶのおさげちゃん。
火傷の軟膏はともかく。脂肪吸引剤は多めに出してさしげますから」
「白塗りはしょうないでしょ?命令なんだから。僕だって好きでこんなの。
あっ。御免なさい。太ってます。おでぶのおさげちゃんです。僕」
貧乳女医と艦内でも名を馳せるが医療の腕は確かに良く。
それ故に小言悪口も多い女医も又櫓斌は苦手で有る。
何しろ怒らせると御飯を抜かれるのである。食事が唯一の楽しみを成ればそれは辛すぎる。
件の顛末は櫓斌自身の目が冷めて回復に至る数日は伏せられていたが
「おう。櫓斌子よ。怪我の具合はどうだ?
脚の小指の先をちょっぴり火傷したそうじゃないか?
美人の私が軟膏塗ってやろうか?直々にだぞ」うっかり漏らしたのも縷々ヌ美琉香である。
「あれ?知らされてないの?あっ。余計な事いっちゃったかも?」
体中に包帯を巻いて静養を余儀なくされるも脚の小指は何ともないと覚えた櫓斌に
余計な事を言ったのはこれも又縷々ヌ美琉香でもあった。
当然に訝しげに問い返され渋々と知らされるのがその真実である。
漢の体の傷は勲章とも御国では言われるがやはり親御さんにとっては気に病む事でもあろう。
海軍兵士として同僚を救った代償としては櫓斌が負った傷は大きかもしれない。
敵軍の砲弾の直撃が主砲室を襲い仲間の盾として体を張ったが良いが
当然其の反対側はむき身である。普段は気にしないであろう其の背中に
結構酷いとなる火傷を負う。
確かに腕の良い貧乳の女医の力添えも大きく有り痛みが消えるのは早かったが
肌を焼いた焔の跡は消えることは先ずないとも宣告される。
「背中とか自分じゃ見えないし。診察所の御飯美味しいし。
肌を晒す風呂は行水だし。えっ。結婚相手が嫌がる。僕もてないし。おでぶだから。
う~~~ん。それは困るかもしれないけど。その時考えます。
入れ墨でも入れれば格好も尽くし。否。班長代理の顔は絶対入れません。
まかり間違って入れでもしたら僕は一生疫病神背負って生きて行くんですよ?
それは無理です。御免被ります」
普段あまり言葉を並べて言い訳を良しとしない櫓斌も
個の時だけは魅せたと言えるかもしれない。
まぁ~~~。漢の意地であると皆もそれ以上追求しないのが華であるとも言えるだろう。

刻にそれで終われば全て良しとも行かず。
戦艦乗り女装家狸馬鹿氏櫓斌の苦難と女難は尽きずも初めを迎えたばかりである。

天鼠 蛭姫ノ壱

天鼠 蛭姫ノ壱

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