【女装男児】女装家且来素子闊歩歩いて候:其の壱
「今日もうけなかったぞ?寧ろ確実にすべってた。
やっぱり御前の筋書きが下手なんじゃないか?このままじゃ舞台にあがれなくなるぞ?」
漫談と言う戦時中のこの國のご時世の中。多少は不謹慎であっても人々の小さな娯楽となる舞台。
毎週そこに立つ旦来(あっそ)は舞台帰りのバスの中で相方に詰め寄られる。
且来と相方が友の漫才師を目指し地方から帝都に上がって来なのは七年前。
その後きっちりと一年後にはその才能を認められ舞台に上がる事が出来る。
否然し。鮮烈とも言える新人の登場は毎年の様に現れ且来達はと竹に詰まった心太のように
段々と押し出され舞台の数も少なくと成っていく。
且来自身もちょっと古くなって来たのかもしれないとおも思える二人の漫談のスタイルは
男児と知ても美男子とも見て取れるスラリと背の高い相方と
これ又どうしても醜漢に見えてしまう且来が顔に白粉をこれでもかと目一杯塗りたくり
派手な化粧と肉の付いた腹を突き出し笑いを呼びこむ夫婦漫才である。
相方が先に振る話題に且来が素っ頓狂な呆けで惚け更に相方が容赦なくツッコミを入れる。
其の掛け合いが面白く舞台下の客の笑いを誘う。
それでも人の笑いの種は移り気でありあっと言う間に且来達の人気は坂を転がる。
大体。若しくは少々に且来達の漫談は好きと嫌いがはっきり別れてもいた。
巨躯を誇る且来が態々と化粧して舞台に上がる其の姿は一部の人には受けるものの
「派手な顔と衣装で注目を引いてるが漫談の腕は何時も今一だ」と師匠が指摘するように
気をてらった容姿に頼りきり噺技は後からくっついて来るものである。
証拠と言えば一度だけ旦来は素顔で一人舞台に立った事があった。
舞台の当日にしかももうすぐ出番と言う時に相方が腹痛を起こし
化粧も仕込みもままならないと言うのに無理に一人で客の前に立たされる。
舞台は且来も客も混乱の極みに堕ちいる。
一人で漫談を噺し演じた事もない。精々地方の実家で漫談家になろうと思い立ち
TVで観た師匠の漫談を暗い部屋で練習していた時以來であり
その時も噺ネタも容易出来ずでいたから其の時も頭の中に浮かんだその噺を演じる。
結果は散々たるものであり演噺が終わってもパラパラと拍手が成っただけである。
元より舞台下の客は且来が誰とはわからない。当然で在る。
舞台演者の順番は確かに相方と且来のそれと成るが
心配事でも在るかのように頼りない巨躯の漢が無理に笑顔を作り手もみして
中央に立つとすうっと頬を膨らませマイクに向かって噺しだすのが
皆も良く知る古臭いも古臭くも噺の落ちも知れ渡った物であれば笑いもまばらで有ろう。
且来は落胆する。当然であろう。
相方もこりたのだろう。寧ろ且来を一人で舞台に立たせる事に不安を覚えたのだろうか
舞台が在る先日に酒を呑まず姫遊びを控え弁当を喰らった後には胃薬を呑むように心かげてもいるらしい。
それはそれで心強いが才能のなさに且来は打ちひしがれる。
翌々考えて見れば漫談の師匠に呼び出され叱咤頂くのは常々且来一人だ。
相方が取り巻きの女性立ちと夜な夜な酒を喰らって遊んでいる時に師匠の拳骨を貰い
目に涙を浮かべながら噺稽古を幾度となく強要される。
なんで何時も自分だけど心の中で嘆いても師匠の拳骨の数が増えるだけだった。
舞台に上がる且来のオバサン姿は年季が入ってる。
単純に大きな体躯を活かしてると言えばそうも見えるが
その筋のものから見れば玄人仕込である。
生物学的に見れば確かに且来は漢性であり其れがオバサン姿と成ればそれは女装となる。
更に言えば且来は女装して舞台に上がり漫才を唱え演じると成れば言わば職業女装で在る。
職業女装と成ればそれなりの水準を満たしてなければ成らない。
趣味趣向の一貫として一人密かに通販で購入した女性物の下着を既婚で興奮する輩とは違う。
又もこれ。親から頂いた五体満足の体のそれに違和感を感じその性別を違え
漢の体で有りながら心は女性として生きる人々ともこれまた違う。
且来は拘りと誇りを持ってもいる。
基本的には舞台演劇場までは素性素顔のままで通う。
割当られた控室にも必ず相方よりも早く入り其の扉の前に支度中の紙をぺらりと張り出し
太った体で床に腰を落し脚を開き体を前に倒し柔軟をしその日の体調を確かめる。
其れが良ければ少々と運動し悪ければ時間を掛けて体をほぐす。
演劇場で有れば皆も知るがたまにTV局の漫才コーナーに出る時などは
良く知らずに若いADが勝手にドアを開けて中を覗く事も在るから
それから先は開くかもしれないドアに背を向け衣服を脱ぎ捨て全裸と成る。
一応は腰にバスタオルを巻くが余り意味ない。
何故ならば且来は良い言葉を仕えば巨漢。悪く一言言えばただのデブ。
本来女装と言っても外見がけでも良いのだから。下着くらいは普段を同じものでも・・・。
其れも且来の拘りでもある。もっともデブだからその体躯に在る可愛い下着なんてないし
大きな尻に無理にはくのだから伸びで肉の間に挟まるだけだ。
言ってしまえば気持ちも問題で。それを観たがる輩はいない。
女性が乳房を覆うブラジャーもきちんと嵌める。
最初の頃は気にせず裸の上にワンピースを来ていたが舞台の上で動けば乳首が擦れる。
それが結構痛くてたまらない。気を取り直してアンダーシャツを着込んでみるが
大きく開いた襟元から其れが垣間見えてしまいどうにも様にならない。
結果諦めと思い切りと覚悟を決めて特大のブラジャーを買い込む。
結構の値段のする特大ブラジャーに自分の胸肉とあれこれと詰め物をして其れらしく整えると
給料の三分の一は食費に消えるが次の三分の一は女性用の衣装とアクセサリーに消えるのだが
その日の舞台と演じる内容に合せ今日は桃色と明日は黄色と選んでワンピースを着込む。
それから漢のサイズに合うこれも又特大の赤いヒールを足に履き。
腰に手をそえ二度と三度と軽く跳ねて調子をあわせる。
其れが終われば控室の扉の向こうに貼った紙をぺらりと剥がし今度は大鏡の前に座る。
此処かからが職業女装の冴え渡る技と言えるだろう。
過去には勿論女性との関係を持った事もあるから漢としての甲斐性のある顔であると思うが
その上に女性としての化粧を施す。自分の顔が女性であるならもてる所か醜顔であろうが
それでも個の顔が女性であるのならどんな化粧を日々するだろうと多々の時間を掛けて勉強し
それなりに可愛くも可憐な・・・きっと多分そうであろうと願いつつもきちんと化粧を施す。
以前。出番時間を告げにやってきたADが且来の顔を観て弐歩下がり三歩前に出れば
「お嬢さん。僕と付き会って下さい」目を輝かせて迫り手を握り告白してきた事も在る。
「冗談は良いから自分の仕事して・・・」と軽く一蹴するも当人は随分と本気であり
余りにしつこいのですね毛もキチンと処理した大根足で蹴飛ばし追い出しが事も確かにある。
兎に角も。
一度きちんと化粧を施した上に今度は白粉をべったりと塗りたくり白顔にした上に
大げさに太く眉を描く。最初のうちはちょっと太いだけだったがそれでは芸がないと思い立ち
その日の気分で両方の眉をつなげたりやたら太いと思えば肩ほうが細く書かれる。
今日こそ普通の眉だと思うば片方が口紅で赤く書かれたりと創意工夫の芸風となる。
その日眉毛は片方こそ普通であるが片方はかつらの髪を切って眉の代わりにしたものである・
「御前。今日の眉げどないしたん?」毎度漫才噺の客掴みの最初の一つがそれであり
「昨夜な眉を整えようと脱毛クリーム塗ったんや。私って毛深いやろ?
思わわず気合入れてしまってな。片方だけで全部使ってしもうたん。ついでになんかまちごうてるし」
「それ親父の毛生薬じゃないのか?」
「あっ、そうや。お父ちゃん。探しておったわぁ~~~~」
少々とわざとらしくも古風でも在る噺から始まる眉毛芸は且来達の定番ネタでもあった。
且来がオバサン姿の素子として件の歌姫と初めて出会ったのは庶民に人気のバライティー番組であった。
その日に呼ばれたゲスト人がMCを務める大御所の反対側のひな壇に座り進行知ていくよく見る形の物である。
余り一人で舞台に立つことも多くない且来は確かに緊張していたので余り周りにも目を配らる余裕もない。
ただ右隣にとても美しい女性がいて左側には自分より人気の在る何処かのコンビのツッコミ役が居たとは知る。
ガチガチに近況するもひな壇の前列ほぼ中央にドンと構える太眉の女装芸人で有れば中々と出番もない。
どうしても人気の在る歌姫や他のコンビに話題が振られる。
多少話題が色ネタに流れある意味業界でも敬遠されセクハラMCの大御所が堰を切る。
「そういえば歌姫夏戀さんは最近熱愛報道もあったばかりだよね?
随分と胸も大きいしやっぱ彼氏に揉んでもらってる?それ何カップ?」
此処数日の昼の番組でも話題になっている歌姫夏戀の熱愛報道は兎も角としても傍から観ても
大きな乳房は誰もが気になる所である。
とは言え本業は歌手家業で在るからそれを態々と公言する必要もない。
それでもカメラが回り生放送と成れば歌姫夏戀も答えないわけにも行かない。
半ば嫌がらさせでもある問いかけに夏戀が恥ずかしそうに身を捩り息をのんだ瞬間。
「Gカップでっす」
野太くも大きくそして凛とした声がスタジオに響く。
音声担当が慌ててその音量を調整したくらいでもある。
「いや・・・君に聞いてない・・・」苦く嘲笑うも苦言が帰る
「Gカップでっす」
歌姫夏戀へ投げかけられた問に対しひな壇前列ほぼ中央で漢座りで足を開き膝に手をつく
太眉の女装オバサンが野太い声を張り上げる。
相手は番組の看板MCであり業界でも力秘めると成れば左に座るツッコミ役が心配そうに
且来素子の顔を見つめて覗く。
其の気配を察したのがくるりと左に顔を向け唾を飛ばし声を張り上げる。
「Gカップ!!はみ肉を寄せたら・・・Hカップ!!!」
親の敵とばかりに他のコンビの漢に怒声とばかりに張り上げた声に
スタジオの中も御茶の間も拍手喝采に笑いの渦が巻き起こる。
確かにタイミングと状況が作り出した物ではあったとしても
隣に座る歌姫夏戀へのセクハラ紛いの行為をするりと見事にやり過ごし
笑いに変えて打ち返すと言うのは中々出来る物でもない。
しかも其の放送で且来が発した言葉数はたった三つであり
その三つの言葉だけでTV業界とお茶の間に笑いの旋風を起こすとは誰知らずである。
尤も歌姫夏のバストサイズをカメラの前で無理に言わせようと目論んだ大御所MCの怒りはたしかに買ったし
舞台を跳ねて終わらせ自宅で晩酌を楽しむ且来の師匠が弟子且来の番組観て
あの女装はひどい物だと苦言を申すも「Gカップでっす」の声が上がる度に
自分が笑いの専門家であることも忘れバンバンと膝を叩いて大笑いしたのも且来は知らなかった。
かねてより極度のあがり症で緊張もすれば周りもよく見えない癖に口が勝手によく回る且来。
放送がすんだ控室に歌姫夏戀が訪ね礼を告げる。
尤も女性との関係において尤も且来は女難の相が付きまとえば何時もタイミングが悪く。
「且来さん。今日は有難う・・・きゃっ」
且来の控え室の扉を開け声をかけるもすぐに閉じて背を向ける。
運が悪いのは且来か歌姫夏戀か。
その日の仕事が上手く言ったかどうかは兎も角。貧乏芸人のご多分に漏れずにバイトを掛け持つ且来。
となれば当然着替える事に成り、歌姫夏戀が顔を出したときにはほぼ全裸で伸びた女性物の
パンティの縁に手を掛け尻を突き出した所である。
怪我の巧妙と言うのなら歌姫夏戀が顔を出したのが一瞬であり且来は部屋を覗いたのが誰とは
良くもわからなかった事でも有るが歌姫夏戀は尻を突き出す且来の半裸が夢々毎度現れる悪夢にうなされる。
刻として才能の在るものや一芸に秀でるものは存外自分の其れには気づかない物である。
何せの身の回りに起こる事は且来に取って厄災かやっぱり其れは厄災ばかりで在るからとなる。
昨日のバイトシフトがダブルであった事もあり多少成りとも疲れを引きずっても
これは本職で有ればこそと何時もよりも多めに柔軟を熟し白塗りに眉毛を極太に書き込んで
それでも何か体が動かぬと控え室の床にを土俵に見立て相撲稽古の四股を踏んでいれば。
バタンと扉が開いて相方の声が投げつけられる。
「オイ。且来。
俺。今日から事務所変わるわっ。このイケメン面を気に入って大手事務所から引き抜きあってさ
そっち移るから。コンビ解散な。精々女装オバサンで頑張れや」
「えっ。ちょっと待てよ。今日の舞台どうするんだよ。オイ。待っててば」
最後の四股は踏み切れず、ぺたんと床に脚をついたまま既に閉じられた扉に虚しく声がぶつかる。
「そんな・・・後10分しかないじゃないか。ずっと此処まで一緒にやってきたのに」
突然にぶつけられたコンビ解散の宣言に且来は呆然と我を失う。
且来と相方の事情など古く伝統ある演芸場の演目順には全くもって関係ないもない。
予定よりも早く呼子がやってくると控室には乱れた髪と半泣きの女装姿の且来が立ちすくむ
「且来さん。出番ですよ」の声には項垂れてもコクンと頷く所をみると意識は在るらしい
心配する呼子の後に赤いヒールを履き忘れ裸足の前にズリズリと付いて廊下を進む。
もみクシャの茶髪かつらで頭を垂れ巨漢癖の癖に情けなくガックリと肩を落して歩く姿は
さしづめ。寧ろ土左衛門か幽霊かと周りの者も一歩下がって見守る始末と成る。
「あの・・・マイク何本にします?且来さん」
其れまで二人で舞台袖で出番を待つ且来と相方。
それが土左衛門如きの且来一人と見て取れれば呼子の漢もなんとなく察し確認する。
頭を下げた儘に指を一本と立てて答える土左衛門且来。
前の組は芸も達者と成れば人気も高い。其の後に且来が出ていけば客受けも悪くなるだろう。
そして出番の呼び口上が高く唱えられる。
何時もなら顔か腹を叩き気合と願をかけドスドスと一気に奔る相方と且来。
否然し。
その日の舞台は空気も雰囲気も暗く。
のそのそズリズリと演場の中央に歩きたどり着けばマイクに向かい立つ。
声を張って客を引くべきこの時の数秒に且来は黙り込む。
マイクを前には頭を下げ床を睨む。その数秒に全ての過去が詰め込まれた。
演者であれば声を張り客に噺を聞かせるのが仕事である。
客が最初に耳に聞いたのは恥ずかしくも憚るべきに鼻水を啜る音で有り嫌悪を覚えると
女装白塗り顔の素子オバサンが顔を上げる。
「え~~~。拙い芸を楽しみにして態々と此処に脚を運んで頂いたお客様には申し訳なくも
真とに個人的なことですが・・・。
私。且来素子はつい10分前に夫に三行半を突きつけられ離婚しましたぁ~~~~」
空に届けとばかりに演技場の壁を壊さんとばかりに声を張り上げる
「結婚してたのかよっ!」堪らず客のヤジが飛ぶ
「おにいさん。何言ってますねん。このウスラボケ。
こんなうら若くも中年の熟れたGカップの体を世間の漢が放って置くはずないで御座いましょ。
ほな。黒子さん。そこの離婚届に判子押しといて。
気が付かない子やなぁ~~~。別れた開いてに未練たれるのは漢だけでしょ?
女がするりと忘れて次の恋と華を咲かすのです。
どうでっか?そこのお兄さん。今ならお買い得に安くしときまっせ」
女装オバサンに言われ黒子が演技場の演目者の名前を筆墨で罰と描く。
云々と頷くと詰め物を仕込んだ胸に手をやりむんずと掴んで揺らしながら
白塗太眉顔で当たりを見回し赤く紅を指した唇を舐めて当たりの客を吟味する。
目があった漢客は首を縮めるて目をそらせば
「そこの兄さん。今アタシの胸みてたやろ。このスケベ小父様さん。逃さへんでぇ~~~」
べろりべろりと舌を舐める音が届くと笑い声が起こる。
「なんで離婚したんだぁ~~~?そこ詳しく」客の声がとどくと
「人の不幸は蜜の味っといいますからね。お兄さん。性悪でござんすね。
良いでしょう。皆様の後学と円満な夫婦生活と正しい夜の営みの為。
この且来素子の半生。ご覧にいれましょう」
白塗眉太オバサン且来素子の演技は確かに最初こそ成り行き任せであったかも知れねど
演台脇に書かれた演者札を離婚届と例えて黒子にばってんさせた事で事態を理解する。
後は声を張り上げ詰め物をした胸をゆらし。時に客の野次にも粋に返す且来に客は呑まれて行く。
「うら若くも中年の熟れたて何だ?若いの熟れてるのか?どっちだ?
「女はいつまでも若く美しとう生きていたいものなんや。
お兄さんも奥さんもそうやろ?ちなみに奥さんより大きなGカップや」
如何にもと言うように胸を掴んでアピールする。
「そんな夫の何処かよかったんだ?今日のぱん・・・」
「私身みたいな女は引く手あまたなんや。
だからこそ悪い漢に引っかかるのが恋っていうもんや。
え?今なんていったん?其れはセクハラやで。おじさん。
む・ら・さ・きのTバックや。このスケベ親父殿
駅前のスーパーで買った三枚で二百円のお買いどく品でっせ」
セクハラ紛いの野次にもサラリと交わして振り返り大きな尻をふっても魅せる。
噺の流れが偏りすぎる前にやんわりと話題をかえ女性客にも気を使う
「御嬢さんお姉さん。いつまでも恋は大事ですよ。例え夫がいてもです。
結ばれない恋もどんどんしましょ。御相手いなければ私でどうです?
恋は女を磨き華を咲かせるもんで御座います。
えっ。悪い漢が寄ってきたらどうするって?
私に告げなさい。私が胸にはさんで窒息させてあげます」
大げさにも肉を寄せて強調し笑いをさそう。
京上をして七年と半年。
共に芸を磨き肩を並べた相方は且来の前からこの日さって行く。
突然に一人となった且来はなんとか演目舞台をこなすがやはり其の評価は本人には届きもしない。
悪い癖の一つであるが舞台をこなしてもあまり実入りが良くもなければ食費と女装衣装に大半を
持っていかれ切羽し舞台を降りれば足早にバイト先へと奔るからである。
それから暫くの間も且来は舞台に立つ機会はめっきりと減る。月に一度なんとか立てるかどうかであった。
コンビを勝手に解消したのは且来ではないが古い習わし続く漫才界隈の仕来りとなれば
二人の師匠が癇癪を起こしたのも原因である。
兎にも角にも演者としての仕事が激減し消沈する日々が続けば性根も腐る。
段々と怠惰な生活にも成れば鬱憤も貯まるしやっぱり呆然と頭も惚ける。
其の日は久しぶりに演芸場に上がれた物の女装し噺をしても今一と客の反応が悪く思える。
笑いが飛んでるとしてもそれはうけているとは限らない。
どうしても且来の頭の中には相方と二人で漫才していた頃の喝采が渦を巻き
今の自分の噺と腕とを比べてしまう。二人で演じる技有りての且来の存在はないかと疑ってもいる。
そうとなればも余りに悩むでしまう日々が続くけば且来は結構やらかす。
要はたまに女装していると自分が女装姿であると言う事を忘れる。
何がが起きるかと言えば演芸場で仕事をした後しばしば女装で街を歩き
次の仕事場で気づき着替えるも顔の化粧を落とすのを忘れる。
白塗りで胸に詰め物をしたまま警備員姿で深夜の工事現場で警備したり
一人暮らしも長く食いしん坊であり腕を買われて深夜食堂で働けば
「はい。大盛りカツ丼一丁ね。お漬物おまけしといたから」
ぬうっと厨房の奥から顔を出す妙に気前の良いオバサンが白塗り極太眉で在る。
共に働く者は且来が芸人でありそれを売りにしてるからと何も言わずですますが
カツ丼とお漬物を受け取るタクシーの運転手はビクリと首を縮め二度見する始末となる。
一月ぶりの演目の帰り。
其の日もやっぱり女装をしたまま演芸場から駅へと向かう。
偶々、其の日はバイト先が休みとなり久しぶりに少しの余暇を楽しめる日でもある。
妙にクスクスと笑いを堪える店員を訝しげに思いつつも弁当を二つ買い求め
缶ビールも三本四本と多めに買い込む。どうぜこの先数日は予定もない。
衣装と着替えの入った袋とビニール袋を握りしめ馴染みの繁華街を奥へと歩けば
チラリと目の奥に何かと気になる光景が映り込む。
そのまま脚を進めて流せは知らぬ存ぜぬ他人の営みと成るそれは
裏の広場へと続く路地で御嬢様御用達の学園制服を着た少女の手首を懶怠者崩れが握り締める
大方にも美形な優漢に声を掛けられ褒めて口説かれ悪い気は知ないと影へと付いて行けば
本命の懶怠者が現れ腕を掴んで口説き視姦する。
怯えて声を上げても表通りには届かぬ聞こえぬと成れば後は好き放題に嬲れると成るだろう。
且来はそこで気づく。
自分は漢であるが女装もしてる。演芸場から化粧も落とさず着替えもぜず。
何処から観ても由緒正しき女装である。言い換えれば変態だ。
これでは余りに目立ちすぎるし。早く自宅に帰るべきである。
止まっしまった脚を自分を騙し見知らぬ振りをすると決めた其の後
何故が女装白塗太眉の顔がぐるりと裏路地へと向かって動く。
「素子オバサン。助けて。お願い・・・」
何処かのTVか在るいは手近な園芸場で且来の顔を知ったのだろうか
目が会った且来に助けを求めて声を上げる。
「素子オバサン。助けて。オバサン・・」届かぬかも知れぬ思いを重ねて弐度めに声を上げた。
其の瞬間。素子の頭の中でぶちりと紐が切れる。
「誰がオバサンだって言うだいっ」怒髪天を貫き空に怒声が吠える。
手荷物鞄を袋を投げ出すと猪突猛進・猪の如く。
真っ直ぐに裏路地を疾走すると野太い腕を振り上げ懶怠者に迫る。
気配を察して少女の手を離し声のがする方に顔を向けた瞬間。
これ以上ないと言う位。若しくは又本業のプロレスラーが拍手して頷く程のラリアットが懶怠者の首に決まる。
「グエっ」何が起きたかわからない懶怠者がふらつき倒れ込む其の腕を再び取ると
体を入れ替え其の腰に腕を回して背後に回る。
「誰がオバサンで変態だってぇぇぇぇ~~~」
それは誰が観てもプロの演舞と成る美しくも綺麗な孤を描きお手本とも言えるバックドロップが炸裂する。
数秒前迄、悦に浸り罠に嵌めた美少女の頬さえ舐めようとしていた懶怠者は猪とも熊とも言える漢。
その十分に勢いの乗ったラリアットとプロが褒めちぎるバックドロップを喰らう。
幸いな事に道路上ではなく小さくても芝生と土の上なら神の恵みだろう。
「今日のアタシはHカップぅぅぅぅ~~~」
サバ読みする必要があるのか詰めたタオルが多いのかよくわからずとも
少女に声をかけた優漢の手首を掴み遠心力をつけて振り回してから手元に引き寄せ
怒声叫びて顔面にラリアットが打ち込まれる。
騒ぎを聞いて駆け寄ってくる警官と民衆。
買い求めた弁当が大地に転がり無惨に散らばる。
それも又気に喰わないのかもんどり売って倒れる懶怠者の髪の毛をむしり引く。
「お姉さん。素子おねえさん。
止めてあげて。首の骨折れてるから。絶対。あとハゲるから禿げちゃうから」
最初におばさんと呼んだ張本人が慌て訂正しその場を止める。
お姉さんと呼ばれ納得したのかそれとももう殴る相手がいないと悟ったか
はぁはぁと生き荒くも白塗太眉素子はやっと崩れた弁当を見やる。
長年に且来とコンビを組んで来た笹上輿光は其の後順風満帆の春を迎えていた。
持ってい生まれた容姿。消して親から頂いた体とは一片も思ってもいないが
スラリとした体型に女好みのする顔。誰もが聞き惚れるちょっとハスキーが声質も魅力である。
三拍子揃ったといっても良いし寧ろ才能が溢れて困るとばかりに引く手数多と仕事が舞い込む。
輿光はなんでもっと早く道を変えなかったのかと悔やむ。
今となってはつまらない漫才のツッコミを良くぞ我慢してあんなに長いあいだやっていたものだ。
少し前迄漫才師となるから本業でやってる輩とは毛色も違うし付いて回る女達も種類が違う。
それでも特により好みさえしなかれば自宅に連れ込み色々と楽しむ事も出来し
程々の金銭なら黙って貢いてくれる馬鹿な雌犬もいてくれる。
相方の且来は元より漫才を教えてくれた師匠もこれきっぱりと縁を切り
自分は歌手としてやって行けると心に決めるし才能を認めてくれた事務所も後押し知てくれる。
「出番まで少し時間が在るのでそこで待っていて下さいな」
何時も自分に声をかける度にそこそこに大きな胸とそれより大きな尻を振り
はっきりと輿光を誘っているはずのマネージャーが衝立でしきられた休息所を指で示す。
いつかその尻を撫で回し股ぐらに手を突っ込んでやると嫌らしい目線を送るも頷く。
最初の5分10分は手持ち無沙汰でも我慢出来たが更に其れが長く成ってくると
もともとせっかちだから漫才のツッコミ役をやっていたのであり
特に何もする事がないと成れば気が落ち着かない。
待っていろとは言われたものの我慢出来ずと席をたち自販機の場所までぶらりと歩き
適当に冷たい抹茶ラテの缶を買う。
これで少しは時間も潰せると元の休息所に戻る。
傍と目に止まったの若い女達が仕切りの向こうで固まり談笑知ていた。
輿光は何故か興味を唆られ最初に座った仕切り席のひとつ奥にするりと入る。
抹茶ラテの蓋を弾き開け。特に興味もなさげ何処か宙を観て惚けて起きながらも
仕切りの向こうの女性たちの声に耳を澄ます。
「最近さ。素子のオバサン見ないよね・・・」
「漫才コンビの且来素子でしょ?」
「云々。私ファンでさ。好きなのよね」
「厄災不遇に合ったらしくてさ。少なからず干されてるって聞いてるわ」
「そうなの?知らなかった。残念だわ」
「残念と言えば一番残念なのは。ほら。鮫鰹先輩でしょ。
それと会社の上司連中も失態を抱えたって騒いでるわ」
「何?其れ?詳しく。興味津々雨あられ」
「とね・・・。
一番最初に会社が目を付けて鮫鰹先輩に面倒を見させようとしたのは
漫才師の且来素子なのよ。将来と言うよりすぐ先に人気者に成るって才能を見抜いてさ
あの頃は漫才コンビでやってたしボケてばかりいて惚けた所だけ目に入るけど。
オバサンキャラだけじゃなく一人の漫才師としてもきっちりやっていける才能が在るんだって」
「結構、根強いファンもいるしね。
其れが何故。うちの事務所にいないの?うちって大手よね?」
「断ったんだって。其れこそ一蹴したって。
自分は相方一緒に漫才やってるし、後々一人でやる事はあっても今はその刻じゃないって」
「あら。格好いいじゃない。ちゃんと相方の事も考えてるって流石コンビ愛」
「うんうん。でも鮫鰹先輩、何度も説得したみたい。
それこそ真摯に向かいって個人的にも会ったりしてさ
傾き掛けたみたいだけど。やっぱり今はそうじゃないって。
漢の意地は刻に華。女が通うは刻に恋ってやつよ」
「最後は良くわからないけど・・・。でも其れで黙ってないでしょ?うちの会社」
「云々。欲しいはどんな悪どい手を使っても・・・てのが内の社訓でしょ。
だから最初に相方の方を口説いて引き込み当人を少しばかり苦しめる。
多分少しだけね。徐々に干して仕事がなくなるようにしちゃえば
後は口説き放題ってわけよ。毎度の事よね」
「道理でね。素子オバサンじゃない方はぱっとしないものね。
内の会社の事だから最初だけちやほや持ち上げ欲しい物手にいれたら
後は適当に放っておくのね。毎度の事だわ」
ケラケラと臆面も無く会社の悪口を重ね余暇を楽しむ女性社員達。
それはどことなく知る話しであるし明らかに且来素子と自分輿光の事だった。
業界でもよくある人気役者や才能の在る者への引き抜きは熾烈である。
当然御法度でもあり忌み嫌われる行為で在るから交渉は当人と直接秘密裏に行われる。
輿光は考えも微塵にも疑わなかった。そして知らなかった。
自分より先に相方の且来が引き抜きの対象と成っていた事。
且来はそれを相方と漫才の道と歩むと断固と一蹴していた事。
大手芸能事務所はそれに満足せずに姑息とも言える手段を使い
先んじて且来の相方を煽て持ち上げ懐に収め且来の仕事を減らし困窮させるのが狙いだ。
其のために才能も人気もあまりない輿光に才能が在るからと戯言を吐いて抱え込んだだけである。
能く能くと考えてみれば少々変な所も在るかもしれない。
自分に付いてるのは確かにあの敏腕マネージャーであるが
それも一日ベッタリと言うわけでもない。用事がある時だけだ。
きっとこの会社に入れば鮫鰹のような美人が世話をしてくれると言う
且来へのアピールだろう。たまにではあるが且来と出くわす場面も会った
確かにその時は世話好き女房のようにべったりと側にいるが且来が帰るとそっぽを向かれる。
番組の打ち上げで山と盛り付けた皿を抱えて来てくれるが
会場の隅で女装したままちびちびとジュースのコップを煽る且来へのあてつけだ。
幾度も個人的に食事に誘っていたがそれも断られてる。
要は形だけで且来が居るときだけ都合よくベタついて魅せて頂けだろう。
引き抜き時の条件も随分違う。
歌手をして活動するにあたってのボイストレーニングとダンスレクチャー。
それも週2回のはずだったし専属のトレーナーも付くとも約束された。
確かに最初の一ヶ月はそうだったが日が立つに連れ其れも今はない。
住居もマンションへ移ったのは良いが家賃全額会社持ちと決まっていたはず。
それも最初の二ヶ月だけ。漫才をやってた時より当然実入りは良いが
三ヶ月目以降はしっかりと給料から天引きされている。
気づかなければよかったと困惑する輿光の耳に
「そろそろお仕事の時間でしょ?勝ち抜き歌合戦の観客役?」
「云々。そろそろ二回戦終わる頃でしょ?頑張って拍手しないとね」
人の耳は都合が良い。
聞こえなくて良いことは耳に届かない。
それでも思考が止まり其の耳に届いたのは輿光がその日出演する収録番組だった。
「ちょっと且来さん。何してるのよ。出番よ!出番!」
自分の習慣に習いきちんと扉外に支度中のメモ用紙を貼り
誰も入るべからずと断りを入れた且来の楽屋。
無下に突然。乱暴に断りのノックもなく鮫鰹淺魅が扉を蹴り開ける。
「ほら。且来さん。出番なの出番。・・・あらまぁ~~~」
豊満な乳房と尻を揺らしつつもイイ大人の癖に脚で扉を蹴り開けるが
そこに広がる光景に流石の鮫鰹も言葉を喉にしまう。
その日の且来は多少嫌嫌ながらも確かに勝ち抜き歌合戦が収録されるTV局に居た。
もっとも且来はそんな物に縁もなく。
朝の占い番組の其れの小さなコーナー用にフリップを持ち明るく微笑むと言う。
別に且来素子でなくても誰でも出来る仕事であり。
それも偶々何時もやってる他の誰かが風疹で寝込んだからと言う代役であった。
二回ほど再撮をしたものの10分もかからず済んだ仕事の後に且来は密かな楽しみに勤しんでいた。
それが例え小さな仕事であってもちゃんとこなしたなら出演者に配られる
幕の内弁当を食べる権利は在るはずだ。
其れは正義である・・・多分。
鮫鰹が大声と太腿を高く上げドアを蹴り上げた時。
且来は細やかで密かな楽しみの牛タン幕の内弁当を左手で支え右手に箸を持ち
いま正に美味しくも汁がたれる牛タンを摘む瞬間であった。
正し当然の如くもその日の仕事が跳ねた後で在るから女装姿であるし
その日衣装セーラー服の上着を熱いからと脱ぎ捨てている。
所謂も中年にも見える駄肉のついた体にピンクのフリルのついたブラシャーと
短いスカートの儘で牛タン幕の内弁当に喰らいつく女装姿の儘でいた。
「ちょっと誰ですか?はっ。張り紙貼ってたでしょ?なんで入ってくるのですか?」
「そんなもの。見えないわよ。無視よ無視。こっちは急用なの。窮地なの
それにしてもなんて格好なの。
駄肉のついた胸にピンクのブラジャーって。ちょっとおしゃれだわ。」
「見てください。張り紙。注意事項でしょ。プライベートタイムなんです。
仕事の後の御弁当と麦茶。デブには至福の幸せタイムなんです。
それを覗きに来るなんて。変態だわ。変態。おまわりさん。此処に変態痴女さんが居ますっ」
「仕事って。フリップ持ってにっこり嘲笑うだけでしょ。それは仕事とは言わないわ。
それに困っているのよ。時間もないの。貴方の相方。仕事投げ出して消えたのよ」
「10分ですぅ。二回も取り直したもん。
ちゃんと仕事したから僕には御弁当食べる権利あるんですぅ。
牛タン弁当ですよ。貧乏芸人は超ご馳走なんですぅ。
なんで僕の仕事知ってるですか?他社でしょ?他人でしょ?
別れた夫が何しようと捨てたられた妻に何が出来るんですか?」
先ずにも先に鮫鰹は且来の仕事を完全に把握していた。
寧ろ当然。朝の占いコーナーの仕事も完全にTV局の仕事と縁が切れないように鮫鰹が回したものである。
生かさず殺さずに根を上げたら自分の陣営に取り込むためでも在る。
「なにそこで夫婦ぶっていじけてるのよ。女装じゃなきゃ可愛いし。
兎に角。弁当離しなさいよ。諦めなさい。このデブ。・・・腕力あるのね。
大事な仕事なのよ。アイツがバックレたお陰で窮地なの。
すっごく苦労して捏ね使いまくって今日の出演にアイツを打ち込んだの。
それなのに急にビビって逃げ出したのよ。待たせた所にいないのよ。
会社の存亡に関わるのよ。今日だけでいいから派遣社員契約で貴方が出なさいよ
・・・兎に角弁当離しなさい。さっさとブラに詰め物入れないさよ」
取られてたまるかと巨漢を上手く使い背を反らし弁当を守る且来。
女性にしては背が高くもあり踵に履いたヒールのお陰と手を伸ばす鮫鰹。
「そんな事言ったって知りませんです。僕は一介の漫才師であって・・・
否正しっ。女装漫才師です。でも貴方の会社とは関係ないです。
一人勝手に窮地に溺れてください。変態鮫鰹女史」
「誰が変態よ。漢の癖に女装する方が変態でしょ。仕事だけど。
そうだ。デートしましょ?
アイツの代わりに番組出てくれたらデートして上げる。
私スタイル良いわよ。胸も大きいしお尻も素敵なのよ。叩き甲斐があるんだから。
何より人妻よ。ひ・と・づ・ま。それに子供も居るのよ。2才の女の子。
人妻で幼子持ちの女を好きに嬲って良いのよ。寧ろ私を好きにして。犯して・・・」
極一般的な世間世情の男女のデートと言えば。寧ろ其れが初めてならば。
御茶を飲み会話を楽しむとか映画に行くとかであり、楽屋の外にも漏れるほどの声を
張り上げて淑女であるなら慎むべきである。
「人妻・・・幼子・・・巨乳・・・・・・。間に待ってますっ」
一瞬弁当を抱える手が止まり鮫鰹の豊かな乳房に視線を奪われるも牛タン弁当の匂いには勝てず
我に返った且来は断固とした意志で拒む。
「私の誘いを断る気?これで三回目だわ。女に恥欠かせると後が怖いわよ。
旦那に言いつけてやる。浮気したって。この人が無理に浮気押し付けたって。
旦那、弁護士よ?社会的に抹殺してやるわ。
浮気して楽しんだ後に私を捨てたって言いつけてやるぅ。
良いからさっさとタオル。ブラジャーに入れなさい。」
完全に頭に血が登ったのか、捏ねを使ってまで寝込んだ仕事に穴を開ける恐怖か
ついに鮫鰹女史は手近にあったタオルを無理に且来のピンクのブラジャーに無理に差し込む。
「えっと。どうしちゃったのかな?笹上君」
司会者を務めるなら当然その日の出演者の名前と顔は頭に入ってる。
「昨夜。御神託が降りてきまして。貴方はデブになりなさいと!
五暖重の牛タン御重弁当・ラーメン三杯(こってり味噌餡こ味)
宅配ビザ八枚鱈子混じりの梅鮭焼売のせ・蛸焼き27皿(蛸抜き塩味付けのみ)炭酸コーラボトル4本。
寝る前に食べたら。朝ちゃんとデブになってました。
元笹上輿光の其之事・・・ちょっと胸焼けに苦しむ且来素子二十八歳・Gカップです」
「ちょっとなのね。胸焼けちょっとだけなのね・・・」
本番ギリギリに申し訳無さそうに巨躯を丸めスタイジオに入り笹上の席に座る
且来に出演者も訝しい視線を送るも既にカメラが回り司会者の問い詰めにも
きちんと言い訳とギャクを返したとなれば先へ流すしかない。
其れが自分が出演するはずの番組の収録と知って気づくも刻既に遅し。
どうせ聞いていなくてもその時になればマネージャーが連れて行ってくれるだろうかと
禄に聞いてなかった打ち合わせの記憶をほじくりだしやっと滑り込んむ第二スタジオ。
既に収録が始まり真剣にそれぞれの役割を熟すスタッフを押しやり前に出ようとする
輿光の脚は自分の意志とは関係なく止まる。
肩がぶつかり振り向いたADの顔が一度何かに気が付いたかと見えると
其の顔が暗転し胸元で既に二回戦目の審査を終わり席に戻る且来を指差し
御前の出番はないと肩を押し返してくる。
それでも声をあげようと抵抗すると背後から誰かに掴まれ引っ張られる。
終いにはやっぱりスタジオの暗い隅っこに押しやられそこで黙ってろばかりに睨まれる。
こうなると出来ることはない。
既に輿光が座るべき席に二回戦の歌を歌い終わったのか
デブの癖に激しい振り付けをこなし額に汗を濡らしハァハァと巨躯を揺らす且来が座る。
何故そう成っているのかと後で問い詰めるのは簡単であろうが
人波の向こう影に自分の世話を焼くはずの鮫鰹女史が女子高生の様に
目を輝かせ燥ぎ息を整え深呼吸をする且来を見つめている。
さっきの壁向こうの女性達の話が真実だとすれば
鮫鰹女史は自分の手の中に収めたかった物を手に入れたのかもしれない。
輿光は馬鹿じゃない。当然自分でもそうだとは思ってないし
少なくても物事を考え失敗を受け止める位の判断は付く。
自分の代わりに彼処に座って居る且来を殴りたい気持ちはあっても
何故そうなったかと言えば、待てと言われた場所に確かに自分は居なかった。
手持ち無沙汰に缶ジュースを買い求めに席を立ったのは未だ良いだろう。
そこに鮫鰹女史が戻って来たとしてもすぐに会えたはずだ。
問題は彼女が戻ってくる前に仕切りの向こう側に腰を下ろした事だ。
悪い事に隣の仕切りの向こうから漏れる女性達の噂話に聞き耳を立ててもいた。
つまりは身を丸め息を顰めて居たのだ。
そこへ鮫鰹女史が出番の知らせを持ってくる。
だがそこには誰もおらず誰も席を温める者もいない。
声に出して輿光の名を呼んだかも知れないしそうでないかもしれない。
何方にしても女史が語る戯言に聞き耳を立て其の内容に驚愕し
頭の中でそれぞれに悩んで居たのだから誰かの声もきっと届かない。
番組にタレントや芸人が出演するのは予め決まってる。
金銭事が絡みそれぞれの思惑が最初から絡む。
番組にタレントを出演させるのは芸能事務所であり思惑然り契約が結ばれている。
芸能事務所がタレントを出演させられないとなれば大事であり契約違反に成り得る。
どんな事をしても其の刻その瞬間にその場にいなかればならない。
其れが出来ないなれば面子が潰れ信用が堕ちる。
何としてもそこにタレントを送り込む必要があるならば
鮫鰹女史は其れこそどんな手段も使うのだろう。
其の矛先を向けらたのがかつての自分の相方且来である。
同時に輿光は仕事に穴を開けた事になり、もう会社に必要とされないと知る。
「舟唄はやばいって舟唄は・・・」
第三回戦は決勝であり且来の後に歌うのは生粋の歌手で現役の漢だ。
且来はくじ引きで先行を引き当て先にステージに上がる。
何処から観てもみっともない女装姿の且来がマイクを手に床を見つめ
自分がこれから唄う曲のイントロが流れた瞬間。輿光は追終と声にもらす。
且来の実家は寿司屋で有る。当然調理師免許も親に無理に取らされ
貧乏時代のその頃から旨い飯を相方に且来は振る舞って来た。
其れよりも且来が尤も自身が誇る特技と言い切るのが歌唱であり
何より幼少時代から祖父の寺に修行に出され御経を唱えるのも日課となっていた。
その成果は抜群でも女性縁歌手が歌い上げる舟唄を歌わせると
大御所集う漫才師連中の宴会場でもその場がしっとり沁沁と涙に濡れ
空気が悲しくも哀愁に包まれ堕ちてしまう。
「慰労の為に集まり歓喜を楽しみに集う皆々様の御気持ちを
一介の若手が場を盛り上げる所かしっとりと濡らすとは何事だ。
観ろ!あの頑固一徹一文字に口閉じ怒顔を崩さない猫股師匠が感涙に咽び
喘息の発作が起きてるではないか。誰が且来に舟唄歌わせたんだ!」
大御所の更に上の大御所が激怒し、其れ以降宴会で且来はマイクを持たせて貰えない。
其の舟唄を且来が唄う。時におりしもTv番組の歌唱大会で舟唄を唄う。
余り長くもないイントロが終われば、顔を上げ真っ直ぐと宙を見上げ
腹から空気を吐き出し喉を鳴らして声を絞る。
お酒はぬるめの 燗がいい
肴はあぶった イカでいい
女は無口な ひとがいい
灯りはぼんやり 灯りゃいい
しみじみ飲めば しみじみと
想い出だけが 行き過ぎる
涙がポロリと こぼれたら
歌いだすのさ 舟唄を
沖の鴎に深酒させてョ
いとしのあの娘とョ 朝寝する
ダンチョネ~~~
店には飾りがないがいい
窓から港が 見えりゃいい
はやりの歌など なくていい
時々霧笛が 鳴ればいい
ほろほろ飲めば ほろほろと
心がすすり 泣いている
あの頃あの娘を 思ったら
歌いだすのさ 舟唄を
ぽつぽつ飲めば ぽつぽつと
未練が胸に 舞い戻る
夜ふけてさびしく なったなら
歌いだすのさ 舟唄を
ルルル…
お世辞にも格好良いとは程遠くも有り。
元より巨躯を誇りちょっと腹に駄肉が突き始めたデブとも違う。
そして最後はあり得ないほどピチピチのセーラー服を着込んだ女装漢でも有る。
且来が腹から空気を吐き出し喉を鳴らして唄う舟唄。
それ自体余り長くない曲唄が終わった瞬間にと
審査員が思うがままに体が動くまま卓の上の釦を叩く。
○・○・○・○・○・・・。
五人の審査員が其れぞれに良くと聞き。聞き惚れた結果叩いたものであり
それは万場一致の百点満点をはっきりと示したものであった。
これ以上ないと言わんばかり会場の中に響き渡る拍手喝采に包まれる中
どうだ!観てみろ。唄い切ってやったとばかりに腹を突き出し且来が席へと戻る。
流れを示せば且来の次は新進気鋭実力折り紙付きの歌手がステージに上がる順であり
結論を唱えれば実力熱迫必死の決勝戦を彼は自分の席動かず手を振って辞退する。
日々に鍛錬を営み喉を鍛え客の前で歌を演じる玄人であったとしても
それは精々に此処と何年かの事である。幼き頃から毎日の様に御経を唱え
其れが唄とへと移りも舟唄を唄い朝に夕にと辛い時こそ喉を腹を鍛えた且来の前に
彼は乾杯の白旗を上げる。其れも潔し又と玄人技師の成せる技で有る。
所謂に業界人と成れば癖の強い者が多くもい
ともあれ漫才界で仕来りが重視されるしTV業界は報道も含めて
勢いで突き進み何でも有りを常とす人種が多い。
「これ・・・違いますよ?婚姻届って書いてありますけど。
「あっ。御免御免。こっちが契約社員の書類だったわ。
てへへ。それで デートは何時にする?デート」
カメラの前で舟唄を唄いきり自身も未だ興奮冷めやらぬ状態で
差し出された書類に思わず名前を書き終えてから且来は気づいて顔を上げる。
何処でどう間違って契約社員の書類と婚姻届けを間違うのか知れずも
訂正の二重線を書く前に鮫鰹女史の細い指が届けを取り上げる。
本当に業界に巣食う人間の考える事は全くもって良く分からない。
そもそも鮫鰹女史は夫に尽くすべき妻であり2才に成る女の子の母である。
確かに出演させるべきタレントがなにかに行き違いで番組に出演出来ないと成れば
代役を使うしかないだろう。とりあえず誰でも良いからねじ込んで
書類雑務は後ですますのも良く有る事でもある。
其れにしても婚姻届けが出てくるとは思わずにも名前を書いてしまったが
それでどう有るわけでもないだろうと且来は正式な書類に名前を刻む。
些細な行き違いで勝ち抜き歌合戦に出演出来なかった輿光は
理由を軽く説明しただけで其れ以上の追求を受けることはなかった。
これ幸いとほくそ笑む輿光で有るが唯一担当するマネージャーがかわった。
いつか口説いてベットの縁に手を付かせ突き出した尻を撫で回してやろうと
密かに思いめぐらしていた鮫鰹女史ではなくやたら目つきが悪く
はっきりした物言いをし輿光はよりも背が高いのであれば
上から目線で話掛けてくる男児である。
「四月一日って書きますがわたぬきって読むんですよ。
輿光さんて漢字苦手っすか?もしかして一般常識もだめっすか?」
初対面の挨拶で指しだれた名刺を睨んで覗き込むとあからさまに見下した
言葉が頭の上から飛んでくる。
ところが後に気づいても四月一日は非常に気が聞く男児で有り
見下す言葉の代わりに輿光の好きなドリンク缶を手渡してくれる。
其のドリンクはこのTV局でも三つだけ有る自販機にしかないはずである。
輿光はホットドリンクを好む傾向にある。
否然し。先んじて自販機まで態々と脚を運び此処でまで来るなら
少なくても多少は温度が逃げてぬるく成るはずである。
其れが自販機から買い求めたばかりの熱をもつ。
それでも足りぬかと四月一日が差し出した熱い缶にはナプキンがしっかりと巻かれ
受け取った輿光が火傷しないように気を使ってもくれている。
良く気が利く四月一日は歌も上手である。
「そこはそうじゃなくって。こうやって喉の奥を鳴らす感じで・・・
輿光さん歌手で売ってるですよね?その割には技術ないですよね?
練習しても駄目じゃないですか?ハイ。喉飴っす」
ボイストレーニングでトレーナーが苦言を申すまえに
はっきりと指摘するかと思えば男児の癖に白く細い手に飴を乗せてよこす。
例の歌合戦からこっち。大きな処罰はないとしても回ってくる仕事は減っている。
少ないチャンスをものにしようと脚を踏ん張ってみても当然上手くは行かない。
疲れが抜けない日々が続き項垂れてしまえば
「輿光さん。パーティ行きましょう。パーティ
大丈夫っすよ。業界の人間だけの身内ですから皆わかってますから
輿光さん。人気あるんすから女の一人や二人とやっちゃってもいいっすよ。
あっ・・・ゲイBARの方が良かったっすか?
すね毛の生えたオッサンにお持ち帰りさられて知り振るほうが好みですか?
流石。輿光さん。玄人仕込の遊びしますね。云々・・・」
遅くまでずれ込んだ仕事の後にTV局を出たばかりの路上で
四月一日からの電話が届く。
久しぶりにちょっと位遊んでも良いかと返事を返すと
弐分もしない内にタクシーが目の前に止まり中から四月一日が顔を出す。
「ほらほら。乗ってくださいよ。輿光先輩。
今日は思い切り羽目を外しましょう。大丈夫っす。軽く事務所の許可も取ってます。
ちなみにすね毛びっしりのオジサンゲイバーも手配済みでっすけどどうします?」
四月一日の声がはずんで居れば彼自身も楽しみなのだろう。
手筈は整えたとばかりに誇らしげに胸を張る四月一日にすね毛のオジサンは
遠慮したいと声を張って答えると四月一日は運転手に声をかける。
やたらと気が聞くマネージャーの四月一日が手配し事務所の許可も取ったと
自身有りげに誇ったそのパーティを輿光は楽しみ久しぶりに嵌めを外す事が出来た。
歌謡芸能の世界を外から見れば一種の商品として売り出される歌手やタレントは
過剰な迄のイメージが付きまとう。レッテルと言っても良いだろう。
女性で有れば清純派とかセクシー女優がわかりやすい。
勿論。そのレッテルを一番最初にタレントに貼り付けるのは出資する芸能事務所で有る。
所がレッテルを貼られた当の本人はそのレッテルとは全く逆であったりする。
外からに一見する容姿がどことなくイメージ清純で有るからこそレッテルを貼られるが
実際には淫乱であったり。顔が余り整って無いとしても胸や尻が大きく
どう観ても其れで売り出したほうが売れるとなれは本人が清純潔白であっても
体の線を態々と強調した衣服と仕草を求められる。
当然の事ながら其の貼られたレッテルは剥がせないから
当人達は常に圧迫され抑圧される日常を送る必要を求められる。
それで金銭が生まれるとなれは致し方ないのであろうが所詮は人である。
抑え込まれた生活が続けばいつか爆発するのは必須となる。
だからこそに業界内でもある程度公認として
タレントや芸能関係者。そえと身内と極々一部の熱心なファン。
それらが集まり外に黙しパーティと呼ばれるものがひっそりと行われる。
「ちょっと潜り込むのに裏の手使ったんでこっそり控えめにお願いっす」
会場となる広く外庭にプールさえもある邸宅の前にタクシーが止まる
「くれぐれもルールを守って下さいよ。ほどほどにっすよ」
二度も三度も注意にも似た苦言を漏らすが飽く迄に体裁を整えてのことだろう。
「ああ。判ってるよ・・・」
生返事を返す輿光の目の前には眩しすぎる光景が写り込んでいる。
春もうらら。風も冷たくもなければ人とはプールの回りに集い
互いに牽制し合いながらも好気の視線を送る。
自分の体を揺らし相手の体を視姦する。
あちらこちらに目線を送れば自分のよく知る顔ぶれで有る。
大御所タレントの邸宅にも思われる場所に知ってる顔の男性歌手が居るかと思えば
清純派で名を馳せる女優が漢の手を握り頬を赤く染めてもいる。
屈強な体で鍛え上げた筋肉を誇示し対して面白くないギャクで無理に笑いを取るタレントでも
その実は極度の人見知りで実は今だに童貞でもあり
なんとかしようともじもじと体をくねらせていたりと
一種独特の雰囲気が当たりに広がる。
輿光は自分に興味を引いてくれる輩が居ないかとおもい顔を巡らせるも
どうやらそれはないらしい。
偶然に目が合ったと思うと丸顔ぽっちゃりの女性はすぐに他に体を向けるし
端正な顔立ちでそこそこに胸の大きい女性に声をかけてみるが
「どちら様?素人さんですか?」
歌手としてもそこそこ名の売れているはずの輿光に陰湿な目線が帰ってくる。
これは何処か違うのか。其れても馬鹿にされてでもいるのだろうか
四月一日の野郎は何をしてるのかと探してみる。
直ぐには見つからずうろついた末にプールの奥の天蓋を支える柱により掛かる姿が目に入る。
あろうことか四月一日の回りを二人三人足して四人と女性が囲む。
其れも愉しげに互いに見つめ合ったりグラスを持つ反対の手で互いの体に振れたりと
輿光に見せつけるような視線さえも送って来る。
自分だけ楽しみやがってあの野郎。軽い嫉妬に塗れる中にそれまで談笑を楽しんでいた
四月一日の手をどうやら新人歌手らしい小柄な女性が強く手を引き
又べつの女性が背を押し出す。まるで仕方がないかと言うように
長い脚を進めるその先の天蓋の奥は本宅であり、どうやら其れがルールらしい。
互いに見初めた男女やグループがプール回りから本宅の奥へ姿を消していく。
その本宅の奥には寝室や家具があるのだろう。
そこで互いに心を交わし体を重ねて快楽を貪るのだろう。
なるほどこれは楽しめそうだと得心を得る輿光。
合点が言った輿光でも肝心の相手が見つからない。
時に本当に自分は歌手であり人気も結構あるはずなのにと意志消沈にも成るが
其れこそ此処は業界の輪の中である。
業界の身内内輪でこっそりと行わねるパーティなら当然仕込まれてるはずだと
輿光は睨む。だって此処はパーティでありあって当然なくてどうするの世界だ。
それを見つけるのは容易い。
輿光はプールサイドのBARカウンターに忍び寄り一杯の酒を注文すると
「あれって入荷してる・・・?」多少は気を使い声を潜める。
「いえ。ないですね。」顔の下半分に髭をはやしたバーテンはゆっくりと答える
「そんななずないだろ?あるはずだって」輿光は粘る。
「ないですよ」髭面のバーテンは尚も言い張る。
「そんな事ないだろ?此処は業界のパーテイだぞ。
君が持ってないなら誰が持ってるって言うだよ?教えないと大声だずぞ。
髭面のやたらゆっくり話すバーテンは眉を潜める。
輿光が履いた言葉は明らかにも脅迫にも取れる。
バーテンの顔を横目に睨み態々と大きな声を出すぞと胸を膨らましてみせると
髭面のバーテンは渋々と小さなビニール袋をカウンターに乗せてくる
「有るじゃないか。最初から出せば良いのに。代金は事務所につけてくれ」
何か言いたげに髭の下で口を動かすバーテンを無視し小さな袋を握りしめ立ち去る。
業界の輩がこっそり何かを楽しむとすれば必ずと言うほどに仕込まれる物がある
薬物である・・・。そうと言っても決して強い物ではなく。
違法のギリギリの所で調合された物で極めて嘘くさいが確かに合法と言われる代物である。
強い覚醒剤とか言うものでは到底なく何方かと言えば幻覚作用をもたらし
多少では有るが性欲を促進する程度の物である。
言ってみればと成り。
常習薬物中毒者は見向きもせず。その中級使用者と初心者の中間当たりの物が好んで使う。
まぁあまり強くもないそんな薬物はずである。
何度か試してみた輿光の感想は時には強すぎて翌日頭痛で仕事が出来なく成る時もあれば
酒と一緒に何錠飲んでも効かない紛い品程度の物もある。
「御嬢様方。よかったら。僕と・・・」
既にプールサイドには疎らとなったグループの中から
出来るだけ自分の好みにあう女性達を選び声を掛けちらりと手に握った薬物を魅せる。
輿光の顔を観た女性は最初こそお呼びじゃないと断ろうと口を半開きにするが
手の中に握られる透明のビニール小袋の中の赤い錠剤を見つけると互いに頷き
嬉しそうに輿光の手を引き背を押し本宅の方へと小走りに歩く。
思ったよりも薬の効果は強かったのかもしれない。
一番気に入った女性が赤い錠剤を酒と一緒に飲み自分もそれに習う。
怪しげに微笑み輿光の手をとり自分の胸に運び輿光は其の乳房を揉みしだく。
他の女性が口づけを強請り答えた後に無理に頭を掴んで股ぐらに押し付ける。
多少の抵抗はあったとしても薬が聞いてきたのだろう。
やがては快楽を欲しがり素直に輿光の股間を舐め回す。
何時にか脚を開いた女の股ぐらに腰を合せ無理にいれてやり
喘いだ声に合わせて乳房に爪を立てる。
別の女を床に突き倒し高く上げた尻を叩き穴を犯す。
混濁と酩酊の中で朧げに白くも暗い風景が流れるが湧き出る快楽は
何時もの何倍も強く激しい。
輿光は久しぶりに女の体を貪り快楽に溺れる。
「起きてっ。起きて下さい。輿光先輩」
ピシャリと頬を張られその痛みで意識が戻る。
「何やってるですか?変な物迄おっ立てて・・・」
重い瞼越しに差し込む光が眩しすぎる。
二重にも三重も見える四月一日の顔の前に手をかざし
「パーティを楽しんでるだよ。御前もいったろ?
乱交パーティを楽しんでるんだよ」
「はっ?乱交パーティって何ですか?誰もそんな事してませんよ?
大体何でそんな格好してるですか?可笑しいでしょ?」
矢継ぎ早に飛んでくる四月一日の声も耳には雑音にしか聞こえず
「だからちょっと薬を飲んでさ。
ぱっぱっと女の脚を開かせてやったんだよ。いつものようにさ」
道化師にも見えるようなおどけた態度でニンマリと嘲笑う。
「薬?女の脚を開く・・・?よくわからないんですけど。
誰か水持ってき来てくれます?」
輿光と四月一日の間で意志の疎通が出来てないようでもある。
昨夜密かに行われた芸能人とその身内の通称パーティ。
抑圧された日常の鬱憤をそれぞれに晴らす為に集う輩。
最初こそプールサイドに集い屯し互いに見初め息が会えば本宅へと脚を運び
密かに身を寄せ合い欲情を満たす。
確かにそうであり四月一日自身も複数の女性と密かに楽しみもした。
然しそこには歴然としたルールがある。
主催者が言わずもがな。そこには守るべきルールが存在する。
あくまでも密かな楽しみであるが故に完全に全裸となって性交等してはならない。
これは参加する芸行為人やタレント当人だけではなく関わるスタッフも多いと成れば
業界やタレントのイメージを害する事を目的とする輩が紛れ込むかもしれない
肌の全てを晒して性交紛いの行為を盗撮されるかもしれないのだ。
勿論に主催者も存分に気を付けて配慮もしてはいる。
それでも何がおきるか分からないのだ。
このルールを踏まえ参加者達は衣服を来たまま互いの体を貪っても
互いに肌を晒さない。
本宅の中の柱に背を預け衣服の上から乳房を弄らせても
熱い抱擁の影で漢の股間を弄り弄んでもあからさまにそれを取り出したりしない。
それで満足するかと問われればそんな事ないのであるが
それ以上先に進みたいのなら後で個人的に何処かに籠もって勝手にやれば良いのだ。
このパーティの主たる目的は出会いを求めるタレント達が集うのであり
節操とルールを守れる者たちが集い楽しむ物であった。
それともう一つは一切の薬物の持ち込みとそれを使用しての性交の禁止である。
これは完全に順守されるべきの物で有る。
タレントに取って薬物の使用は職業生命にかかわる事は
誰に聞いても首を立てに振って頷く。
なのになんだこの様は・・・。
足元でだらしくなくもせっそうもなく全裸で一物をおっ立って惚ける輿光。
普段からだらしなく馬鹿な奴だと思っていたが本当に馬鹿だった。
なんとなく状況が読めてくる四月一日の耳に
「あの変な人が誘ってきて・・・薬を見せたんです。
私達ちょっとした興奮剤位に思ったらすっごく強くて・・・あの人が無理やり・・・」
結構長い下積みを送り最近やっとデビューしたばかりの新人アイドルの声が届く。
「冷たっ。冷たいってば。何しやがるだよぉ~~~」
何処ぞのスタッフが抱えてきたバケツ一杯の水を頭から掛けられる。
それでもまだ薬が抜けてないのだろう。
ひらひらと手をかざし振る様は何か幻覚でも見てる中毒患者だ。
「薬って何です?なんでそんな物持ってるです?
それを女の子にも使ったんですか?薬は何処に有るんです?」
啄木鳥が木を突くが如くに鋭い言葉が飛んでくる。
「どこに有るって?その辺だってば。
女の子にも使ったよ。脚を開かせて入れてやったんだ。悦んでたぞ」
自分のやった事を自慢げに輿光は叫ぶ。
その辺に有ると輿光が言いった戯言に四月一日は素早く反応し
脱ぎ散らかした衣服の山の下に小さなビニール小袋を見つける
幸か不幸かにもそこには小粒の紅い薬剤が一錠残ってる。
「これって・・・現物じゃん・・・やばっ・・・」
小袋の中身を誰かに見られる前にポケットにしまうと
四月一日に言いつけられ小走りに走り込んで来たスタッフからバケツを受け取り
頭からと言わず嫌味の如く輿光の顔目掛けて水飛沫をぶつける。
「冷たいって言ってるだろ。この野郎」先輩風をふかし文句を叫ぶと
其の同時に少し頭の中がスッキリし当たりが見えてくる。
胸板熱く厳つむあり黒いTシャツを着込む漢が達の姿の向こうに
昨夜に輿光の一物を咥えこんだ女が泣きじゃくり毛布に包まる
能く能くみれば女性と言うよりは結構に若く幼い。
それに対し自分は全裸であり未だに股間の一物は熱く猛る。
どうやらこれは随分と嵌めを外してしまったらしい。
「撤収ぅ~~~。輿光君。撤収しまっす」
一際明るく元気な声を四月一日が上げる。
とんだ醜態を晒したが何処か明るい四月一日の声に輿光は安堵もする。
声を張り上げて一応の区切りとするが其の前に四月一日は
持ち味の気使い気配りを発揮する。
輿光が薬を呑ませたと言う複数の女の子に腰を直角に曲げて謝罪し
当然御付きとなる会社の担当者とも深々と頭を下げ名刺を渡す。
勿論、名刺の裏には幾ばかりではあるが札折りを忍ばせ
この場を先に去る事を納めてめてくれと了承を取る。
主催者側の担当者にも同様に名刺と札折りを渡し
何が起きてどうなったかは必ず後でお教えしますとも約束する。
それらを出来るだけ手早く済ますと未だ薬が切れず満足にも立てない輿光の体を
毛布でくるんでやり付き人らしく自分より背の低い輿光を支えてタクシーに乗り込む。
丸に一黙と書かれたタクシーは輿光も四月一日も給料を頂く芸能事務所の子会社である。
最初に奥の席に乗り込んだ四月一日は輿光の体を引き寄せ体裁を気にしてか
乱れた毛布を直し優しくも輿光の体を温める素振りをみせる。
こいつやっぱり俺の事好きなんだなと根拠のない思いに浸る輿光
行き先を告げる代わりに四月一日は厚めに折りたたんだ札折りを
前の座席に無造作に突き出すと運転手は黙って受け取り車を出す。
「これ何処で手に入れました?覚えてますか。輿光君」
昨夜までは輿光先輩と親しげに呼んでた癖に今はそれもない。
「おぼえてないな・・・そんなの・・・」
子犬に餌を与えるように目の前に紅い錠剤のはいった小袋が突き出される。
「本当に覚えてないですか?よく考えて」
「おぼえて・・・」
最後まで言い終える前に強くピシャリと頬を叩かれる。
「良く考えろっていいましたよね?輿光君
もう一度考えてちゃんと思い出して下さい」
確かに丁寧であり諭すような口調では有るが正しく答えれなけば張り手が飛んでくる。
「いや・・・その・・・よくおぼえてないかも?」
激しくも大きな音と痛みが頬を打ち鳴らす。
「昨夜。ちゃんとルールを守ってくれってお願いしましたよね?」
「云々。言われた。それは覚えてる。ルールってアレだろ?
パーティで致した事は一夜限りの情事の華。
翌の朝が開けば他人行儀の乱交パーティって奴だろ?」
輿光君は昨夜の情事と快楽を思い出しにんまりと口元を歪める」
ボコリと音がして目の中に星が跳ねる。
「それ?何処の業界の話です?本気でそんな事有ると思ってるんですか?
少なくても内の業界はコンプライアンスがきついからそんな事絶対ないっすよ」
四月一日の真面目な物言いと殴られた痛みで輿光は以前よりも頭が冴える。
「えっとそれはこの業界のじゃないの?何処で聞いたのかな?
あれ?本当に違うの?パーティって乱交出来る場所じゃない?」
輿光の言葉は何処か要領を得ない。薬が残ってるのか人を小馬鹿にしてるのかわからない。
同意するようにバックミラーを覗く運転手が頷く。
「何か輿光君で僕が考えているよりもっと馬鹿なのかも知れません。
質問を変えますね。えっと・・・何処で手に入れたかも良くわからない
覚醒剤の錠剤を故意の意を持って複数の女性に進め飲薬させた後
性行為に及んだと言う事に間違い有りませんか?
肯定若しくは否定でお応え下さい」
ちょっとした子供が犯した悪戯を諭す様ではない。
凛然と明らかに殺意を持って人を殺めた殺人犯に最後の判決を言い渡す物言いで有る。
何度となく頬を張られ顔面を殴られ目の回りには痣が疼く輿光のその頭でも
今度ばかりは確かに四月一日の問いかけの内容を理解する。
同時に自分が何をやらかしたかをも良くと悟る。
四月一日が責めて確認しようしてるのは薬の出どころではもはやなく
其の薬を複数の女性達に任意であれ強制であれ輿光が呑ませ
混濁する意識の状態に陥った女性達に性交を強要したかどうかを問うている。
輿光が撰択出来る答えは一つしかない。
「こ。肯定する・・・」
業界のルールと皆が呼ぶのはそれぞれ違いそれがどうであろうが
輿光一人がそうだと言ってもとしても今更通じるはずもない。
大体にして一番最初にどうやって薬を手にいれたか肝心な所に
頭の中に靄がかかり答えもでない。
輿光の差し出した薬に女性達が興味を持ったのは事実であるが
それがもたらした結果はイメージダウンに直結するもので有る。
それは輿光にも降りかかるかもしれない事である。
「はい・・・解りました。
そういう方向で進めます。けど・・・良いんですか?それなりに手間掛けてのるでは?
はぁ?腹の出た漢が回収知てくれる?よくわかりませんが承けたまります」
薬の恍惚感と高揚が切れると反対に罪悪感と吐き気が輿光を襲う
しばしの間むせ返していたし隣で携帯を握り会話する四月一日にも気づかなかった。
「あの辺の裏路地。目立たない所で止めて下さい
全く恥を欠かせてくれる奴だ事。せめてもの情けは武士の高楊枝」
決して正しくもない諺の一つを唱えると四月一日は脇腹に手を添え
自分のトレーナーを捲し上げて脱ぐ。
少し寒そうに身をよじると今度はジーンズをずり下ろす。
「これ高かったんだからな。恩に着ろよ。この馬鹿輿光」
文句を言いながらも輿光の顔にトレーナーとジーンズを投げつけ
代わりに輿光が包まる毛布を剥ぎ取る。
四月一日に指示された通りにひと目につかない裏路地にタクシーが止まり
頼みもしないのに運転手が勝手にドアを開ける。
「解雇です。輿光君。
一昨日の日付を持って当社は輿光君との契約を破棄とします。
その後の行動の一切は輿光君の自由意志の結果であり御自分で責任を持って対処して下さい。
例え当社の関係者との接触や随行があっても全ての行為に当社は責任を持ちません。
それが解雇を言うものです。
・・・・それから豊満な乳房を持つ人妻鮫鰹女史から伝言です。
・・・・自分の尻穴に指突っ込んでその指舐めて慰めてろ。この変態野郎・・・だそうです。
あの人綺麗な癖に結構淫猥な事さらりと口にするんですよね。
それではさようなら。
歌も下手で顔も平凡な癖にどうして歌手になろうとなんかしたのか
よくわからないどっかのおじさん」
自分の財布の中から自前で出したジーンズを餞別代わりに輿光に
くれてやるのがよっぽど悔しいのか嫌味の一つを投げてから
長い脚で輿光を蹴り飛ばしタクシーの外へと追い出す。
季節は春を通り過ぎようとはしているがそれでもまだ風が冷たい。
何処をどう間違ってどこで地雷を踏んだのかよくもかわらぬ儘となるが
少なくても見知らぬ場所で下着すらない状態に陥った輿光でも
四月一日が餞別として投げてよこした衣服の有り難みくらいは理解出来た。
