種子

コツンコツンと道路の上に成り響く音は自分がそうでなかれば何の音かわからないかも知れない。
鶏郎にしてみれば弐年前に大きな事故に見舞われれてから杖をつかなければ歩けない四肢になってるから
いい加減に慣れて馴染の音である。尤も今日は細雨が天から堕ちてきてるから片手に傘を持ち反対の手に
杖を持ってるから只でさえ歩き憎いのに個のお陰で更に歩みが遅くなる。
やっぱり雨が降り落ちる道は杖を突いて歩くには危険もあるから気をつけながらも足早に鶏郎は歩いてる。
視界の中の半分以上を覆い隠す風景の向こうで何かがつごいた。
鶏郎の目には向こう側から歩いて来て道壁のそばに寄った気配がぼやけて映る。
「どうも・・・」見知らぬ人の善意に甘えるのは未だに気まずい。それでも頭をたれて短く告げた。
「いいえ・・・お気をつけて・・・」何処か人ごとでそれでも礼儀としての気遣いを相手は魅せてくれる。
黒い学生靴と四肢の前に携える鞄が見える。自分の傘影に隠れてそれしかみえないが女学生だろう。
なんとなくそんな所だろうと鶏郎はぼんやり思う。

コツコツと自分の前を歩いていく杖を突いて歩く漢性を女学院生・魅鵺はなんとなく見送る。
杖を付く非健常者への労りは当然の労りでもある。
コツコツと音がなって魅鵺の側を漢が通り抜けていく・・・。
容姿端麗なで級友の間でも人気の有る魅鵺。その首筋にゾクリと何かが触れる。
「御種様っ・・・・?」思わず声に出して慌て振り向くも杖をついて歩く漢は以外にも早く
その視界から消えている。どこかの門を曲がったのかもしれない。

「今晩は・・・親種様・・・・お邪魔します」
「こっ・・・・今晩は・・・えっと・・何方様ですか・・・・?」

外に出かけるのもやっとだからその日の用事をこなせたのに安堵を覚えソファのクッションに観を
預けていた鶏郎の耳を劈くかと言うようなドアチャイムの音にビクリと四肢強張らせた。
「こんな時間に何だって言うのだよ・・・」
そろそろ夕方であるから夕飯が近い時間ではある。それでも隣人が回覧板を持ってくるには早すぎる。
マンションの隣には新婚の夫婦が住んでるが鶏郎は旦那しかあった事はない。
その旦那さえ鶏郎を毛嫌いしているのは確かだ。
煩わしい回覧板さえも嫁には任せずわざわざ自分で持ってきては杖を付く鶏郎を玄関まで歩かせ
嫌味混じりの世間噺を聞かせてくる。時に杖を付き立っているのも辛い時もあるか厄介な存在だ。
ぶつぶつと口の中で文句を良い捨て、よく確かめずにもドアを開けると一人の女性が立っていた。

「親種様・・・・。お久しぶりで御座います。宿体をお変えになったのですね・・・。
新しい御種を頂けるなら身に余る光栄で御座いますの・・・・」
「おっ・・・・親種・・・様って・・・。ちょっ、ちょっと離れてくれないかな?」
「失礼しました。親種様。お会い出来たのが嬉しくて・・・」
杖を付いて生活する鶏郎の生活範囲はやっぱり狭い。
玄関にたどり着くのも面倒だし時間もかかる。
更に突然玄関のドア向こうに現れた一人の女性は低くも歓喜に震える声を張り上げ
いつの間にか数歩とずいと鶏郎の眼の前まで氏を踏み出している。
今時に流行っているのだろうか。
鶏郎の感覚は多分古いのだろう。細く手入れされた眉の上ギリギリにぱっつんと切りそろえる黒髪
おかっぱ神ではあるが反対に脇の方は少し流して伸ばしてる。ショートボブとでも今は言うのだろう。
近いからのけてくれと鶏郎が言うのは当たり前で会社勤めなのだろう。
蒼いビジネススーツをきこむが白いシャツを盛りあげずいっと突き出す乳房は明らかに目に付く。
誰が観ても巨乳といえる乳房を呆然と立ち尽くす鶏郎に押し付けている。
「すまないが・・・帰ってくれ・・」本来、温厚な鶏郎が珍しく声を荒げる。
「それは出来ません。親種様は私奴達に種と養分を与える義務があるのです」
怪我を患うその前にもあまり女性との接触経験も少ない鶏郎は目の前の女性から香る
化粧の匂いと体臭に感覚が眩みそうだ。
「観ての通り僕の体は不便だし疲れやすい。帰る気がないなら好きにすれば勝手にしてくれ。
っと、できればさっきから言ってる親種とか養分とかを説明してくれ・・・・」
少し眩む頭に手を添え女性に背を向けて鶏郎はリビングにむかって杖を付く。

ふと、背後に女性の気配が消えたかと思うと高めの声が屋のごとく堕ちてくる。
「親種様っ!。なんですかっ。この冷蔵庫の中身。
やっ野菜がありません。全くありませんのっ。あとこのエナジードリンクは何ですか?
これから体力勝負だと言うのに!カフェインで誤魔化しても無理ですの!
彼女とかいないんですかっ?全部冷凍食品じゃないですか?ふっ、不健康ですの!
不健康すぎるのですのっ。なんですか!申し訳程度の野菜ジュースが一本って・・
どんな食生活してるというのですか!もうちょっと健康的な生活をして下さい!」
「えっ・・・ああ・・・御免なさい・・・ってか・・勝手に冷蔵庫覗くのは辞めて」
体をゆっくり預ける事が出来るお気に入りのソファに四肢を沈めた途端に甲高い声が飛んでくる。
「なんか・・・怖いな・・・君っ・・あっ。御免なさい。睨まないで・・・」
リビングにつながる廊下を怒り任せにドスドスと歩きながら何度が携帯の画面をたんたんと叩きながも
自分が親種様と呼ぶ鶏郎をぎりりと睨んでくる。
「何かの理由で宿体を変えたとお見受けしますが・・・・。それにしてもですわね・・・」
世情の添えに照らし合わせても美人としか言いようのない顔つきなのにプンプンと頬を膨らます女性は
屈託のない少女の可愛さを残してる表情であるが、やっぱり起こっているらしい。
冷蔵庫の中にまともな食品もないからしかたくとエナジードリンクを鶏郎にわたす
勿論いつでも飲めるようにとドリンクの蓋を細指で弾いて開けてから握らせてくる。
何か規則とか仕来りでもあるのだろうか?
ソファに四肢を鎮める鶏郎の前で蒼いスーツが皺になるのも気にせずに床の上にぺたんと腰を下ろす。
「ありがとう・・・でも、その野菜ジュースも僕が買ったやつだよな?勝手に・・・」
「けちんぼ!けちんぼ親種様ですの・・・・。
さっき説明しろっておしゃったじゃないですか?私奴も全部を知ってるわけでもないですし
長い噺になりますから・・・栄養は大事ですの・・・。ケチンボ親種様っ」
「ぐぅ・・・」
夕方に当然部屋に押しいってきた女性ではあっても無碍に追い出すのが出来ないくらいに
鶏郎は気弱な性格なのだろう。
自分の前にペタンコ座りする美人女性の色香を意識せずにはいられずにはいられない。

「親種様は最早、人ではありません・・・」
「えっ・・そ、、それは・・・人間辞めたって事?そんなつもりも実感もないんだけど・・・」
「はいっ。親種様は既に人間ではありません。ある意味では私奴もそれに類属すると言ってもいいでしょう」
「よくわからないけども・・・・続けてくれ・・・」
「はいっ。親種様・・・・・。ながくなりますし・・・私奴も全部は把握しておりませんが・・・」
そう言って細指で握る野菜ジュースのストローを咥え頬を窄め吸い込むと上目遣いの儘にゆっくりと言葉を吐き出す。

「親種様は最早、人ではありません・・・・
正確には生理学的に人種人類であったとしても今はそれに類族してません・・・
否、半分位はそうなのでしょうか・・・言ってしまえば人主人類に他の生物を宿した寄生体と言う所でしょうか?」
「きっ?寄生体?・・・・それは何なんだ?」女性の美麗な顔立ちと突き出る乳から目を離せずに鶏郎が問いかける。
「この野菜ジュース・・・どこのですか?以外に美味しいのですの・・・。
動物と言うよりは植物に近いのかしら・・・なんとなくそう聞いたような・・・とにかくですね」
時々にちゅ~ちゅ~とストローを咥え野菜ジュースを吸い上げながら上目遣いに話す女性の噺は確かに長かった。
そして思い当たる節があるのも確かであるが・・・。随分と奇々怪々なれど重い噺となる。

人種人類植生型寄生体。
俗称であれども硬い言葉を選んで言えばそうなるらしい。
人種人類でありながら植生型の何かに寄生された人種という事らしい。
つまりは人種人類の四肢を持つ鶏郎の中に何か得体の知れない寄生体が取り付いてるらしい。
肝心なのは規制しているのが植生であり植物であるという事である。
人種の四肢に寄生してる癖にそれ自体にはっきりとした意識というものがない。
世の中に寄生する習性を持つ種もいるが大抵の場合は主としての本能と意志を持って寄生してる。
確かに個の植生寄生体の場合も生存本能と特性はあっても強い形で宿主の意志までには影響を与えない。
その生存本能と特性に従っている状態であれば宿主の意識に殆ど介入はしない。
時にこの現在の状況が今の鶏郎とも言える。
なぜそうなったのかは鶏郎自身にも思い当たる節があったとも言えるがそれは又後で語られる。
床にペタンと座り込み野菜ジュースを啜る女性に指摘されるまで自分の中に寄生体がいるとさえ
鶏郎は一切築いていなかった。只、以前より水を欲するようになり冷蔵庫に一本はいっていた
野菜ジュースも以前は興味もなかったのにあの事件依頼、欲するようになってしまい
実は、意識せずにも何箱も買い置きしている。
眼の前の巨乳を揺らす女性は飲んでいるのは鶏郎が何種類も自分で試して壱番飲みやすくも
美味しいと吟味したメーカーの物である。今までの人生で興味も必要性もないと考えて居たものであっても
拘りを持つようになっているのは植生寄生体の影響を少なからず受けているとでも言うのだろうか。
「僕の事を親種っていうのは何故?親種があるなら子種もある・・・居るってことかい?」
「貴方が親種種ですから・・・子種種は私奴になります。
御父様ですね・・・お若いのに子持ちでございますの!・・あっ妙齢で御座いますか?!。
爸爸様!御父様ですの!ぷぷぷのぷっ」
「何だよっ!それっ・・・結婚はしてないけど婚約者とか・・恋人位居たんだぞ・・・振られたけど」
「親種様は・・・巨乳の婚約者がいたっと!それでもって振られたと・・・ぷぷっ
まぁ~~。以前から乳ばかり愛でてましたしね・・・縄も大好きでしたし!」
「振られたってしょうがないだろ?この四肢では色々大変なんだよ。
大きいのが好きなのは性なの!漢の性なの。縄とか使ったことないし・・・
それよりちゃんと説明しろよ。全然わからないぞ・・・」

「爸爸ぁ~~。アイス取ってきてぇ~。小豆納豆の苺バーの奴がいいのっ」
自分自身ではそれと認められない日々が続いてるし、なんでこうなったと疑問符が頭から離れない。
杖を付く鶏郎に好物のアイスを取ってくれとねだる薊は短いスカートを捲り健康的な太腿を晒し
ソファの上に寝そべり鶏郎の気を引いている。
例のビジネススーツを着た女性に部屋に押し入られてから弐週間程。
以前、事故に見舞われ杖を付いて過ごす生活になったマンションに他人の出入りが多くなってる。
「僕は忙しいんだよ。大体まず小豆納豆の苺バーのアイスとか誰がかってるんだよ!」
「それは私奴で御座います。親種様の好物と聞いたので・・・」
確かにまだ鶏郎のマンションであるものの既にキッチン周りは自分の領域とばかりに
慣れた仕草で冷蔵庫から少女が好むアイスを取り出し、これも又淫猥に腰を振りつつも
白いエプロン姿の女性が歩いてくる。
「有難う。しずゑさん・・・でも今度は普通の味にしてくれるかな・・・・」
「仰せの儘にです・・・・親種様」
最初に部屋を訪れた女性よりも乳房も尻も大きいどうあがいても人妻であるとわかる女性が
鶏郎に小豆納豆の苺バーを渡し、次に太腿露わにソファで寝そべる少女にも配る。

多少に今更感はあっても鶏郎は今の自分の状況を理解しようと最近に知った事をノートに書き留めている。
何度目かと知れずも鶏郎は又、それを読み返して頭を悩ます。
人種人類植生型寄生体。
親種種と子種種・・・・親種と子種。親種人と子種人。幾つか呼び方はあってもいずれも俗称である。

天鼠 蛭姫ノ壱

天鼠 蛭姫ノ壱

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