【構想無くして、小説等賭ける筈も無く】: 弐・空壳人

生粋の漢言之御國の民・兎汉のマンションの部屋には特殊な器械が成らんでいる。
余りにも特殊な器械の為、一般には手に入らない所か目標とする性能を引き出すことも出来ずに
兎汉自身があれこれと手を加えなんとかやっと使えるように改造したくらいである。
一般的には孵卵器と呼ばれる器械である。用途は兎も角、一般的にはインキュベーターとも呼ばれる物である。
どうせ聞き慣れないであろうから説明すれば、卵を人工的に温める器械。
そんな物どうするのかと言うと特定の状況下では非常に役に立つし動物園やら動魔園ではちゃんと需要もある。
産卵を基として子孫を増やす形態を持つ鳥類。当然に自然の世界であれば親鳥が卵を自分の体温で温めるのが常で
あるが、人種人類の手で有精卵を羽化させるのは難しい。人力でやるのが一番簡単ではあろう。
人種人類様々が卵を四六時中弐十と四時間。何日も何日もそれが出来ればである。まぁ無理だ。絶対に。
そこで孵卵器が登場する。自然界でも多々に有るように親鳥の温卵放棄は翌々にある。原因は不明でもある。
そうなると動物園やら動魔園では飼育員が親鳥変わりに世話をする事になるが彼等にも当然営みが有るだろう。
そこで人工的に温卵の環境を作り出す必要がある。それが孵卵器である。
尤も、えらく神経質な性格を携える兎汉が挑む卵は動物園の飼育員が扱うものより遥かに大きくもあり
動魔園の執行官が選別する動魔のそれよりも遥かに大きい。人の半身よりもちょっと小さいが重量も重い。
兎汉が温卵に挑戦するには当然に理由が有るし、それに挑んで既に四年以上も経って入るのにも諦められないのは
其の理由が復讐であるからだ。それも又当然の如くに良くある話である。



「もう、そろそろ羽化しても良い頃何だけども・・・。又、失敗なんだろうか?
否。今度は大丈夫なはずだ・・・。多分大丈夫・・・云々」兎汉は一人自分に信じ込ませるように呟き頷く
ウィンウィンと低音ほどほどに煩くも唸りを上げる孵卵器の前で手元の観察記録に目を堕とす。
述べた理由の是非は兎も角に兎汉が歩か遠くの弐番目の大陸の隅っこの島々の村から小写人族と言う半魔物の卵を
取り寄せるのは確かに苦労したがそれ異常に温卵の方がはるかに大変で有るとは思わなかった。
恨み晴らさずおくべきかと恨み辛みを積み重ねた先に小写人族にたどり着いたのは良いが体の自由も効かぬ身でも有る
ましてや小写人族の事に付いては解らぬ事ばかりであり当初はその卵を手に入れる事も詳細さえも掴み切れもしない。
あれこれと画策の末にやっと手に入れた小写人族の卵も大きなダンボールに入っていたと言うだけであり
説明書等有るはずもないし、御前はこんな卵を焼いて喰うのかと仲買人が兎汉の顔を驚愕の表情で睨む始末である。
大体にして小写人族と呼ばれる恐らくは人形の動魔とは何たるかと問われても探し回った文献にもネットの戯言にも
明確な応えは正しくは見つからない。
有る噺では小写人族は人で有り、空気に溶けると聞こえて伝われば。
ある文献では小写人族は物であり、一切の感情を持たぬ道具であると言い放つ。
刻を遡る事、有史の以前の初期、今ではその製法も知れぬ巨大建造物の建設に小写人族が貢献したとかしないとか
随分と大げさな戯言に惑わされる学者も一握りは入るらしい。どうせ嘘八百であろう。
それでも兎汉が小写人族の卵を羽化させて見ようと思った原因を次にある。

  • 小写人族は目利きが鋭い
  • 小写人族は意識を持たぬが四肢が撥条ばねの様に跳ねる
  • 小写人族は空気に溶ける
  • 小写人族は感覚を共有する
  • 小写人族は四本の脚で狩りを行い弐本脚で歩く

兎汉が強く惹かれたのは小写人族は感覚を共有するという部分である。
真偽は兎も角に本当に感覚を共有するのであれば四肢に不自由のある兎汉にとっては随分と有り難い。
人は執着する。物に物事に夢に伴侶に漢に雌に金に欲にもである。
だが然し。それは五体満足の四肢であればと言う最低条件を満たした上での事だ。
兎汉は歩くと言う事がままならない。言ってしえば事故で両脚を潰し車椅子の生活を送っている。
確かに酷く痛めたが担ぎ込まれた病院が良かったのだろう。見た目だけは脚として見れるくらいは整形されている。
尤もだからと言って動くはずはない。左右弐本の杖を携えれば確かに立って魅せる事は出来る。
あの惨劇からの復活劇は世間の新聞も医者も驚き拍手を送った。だがそれだけである。
弐本の杖を付いて病院の出口から数歩だけでも歩く姿は確かに感動的であったかもしれない。
だが其れだけだ・・・。自宅に返れば一人きりであり家族も惨劇の果てに失っている。
御國が賠償の一貫として派遣してくる介護人の手を借りなければ満足に一人で用を足すのにも散々苦労する。
勿論、車椅子上の生活を営む輩は兎汉以外にもたんまりと入るだろう。
中に生活を営む以上に人生を謳歌し競技などで頂点を極める者もそれもたんまりと入るであろう。
だが然しに兎汉はそれが出来なかった。
外見だけは其れと見える脚が残ったからそれで幸せ万事往来と笑えるほど兎汉は勇気がなかった。
人様が普通に出来る事が出来なくなった。目が冷めたら四肢の感覚がない所かピクリとも動かせない。
立てないから歩けない。歩けなければ走れない。走れ無ければ脅威から逃げられない。
極めて単純な思考であれども兎汉は其れに執着した。
自らの脚で立つと言う事。それと復讐を糧にと小写人族に執着する其の執念は度を越しものだろう。
小写人族の卵を手に入れると言うだけでも相当な浪費を迫られる。それを温める孵卵器もだ。
何しろ卵自体が大きいから大きめの孵卵器を購入しても仕えない。使えないからそれをバラして基礎を学び
構造と機能を確かめるともっと大型の物を購入してもやっぱり十分な性能は得られもしない。
結果的にマンションのクローゼットを丸ごと改造し孵卵器を自作する羽目に成ってしまう。
手先が器用だったのは幸いしても、いざに実際に温卵作業を行っても上手くは行かない。当り前だろう。
温卵羽化と云うのは所詮は自然界の本能的なしくみである。それを人工的に条件を合わせたからと言っても
上手く行くとは絶対に限らない。親鶏の愛情が合ってこその命の誕生で有る。
それを漢親の兎汉がやり遂げるのは至極難しいと言って当り前でもある。
幾ら起用に孵卵器を自作しても自作PCのそれとは違う。何せ仕組みから違いすぎる。
自然界の温卵の行為は親鶏が端正込めて作り上げた干し草の上に卵を置き其の上に雌鶏が腰を下ろし
自身の体温で卵を温める。温卵行為の間、雌鶏は其処から動くことはほとんどしないから
給仕を担当するのは雄鶏だ。雌鶏の為にせっせと餌を狩っては運ぶ。
雌鶏は卵が均一に温まる様に時折その向きを変えてやる。理屈で言えばそれと成る。
割りかしに単純に思える事ではあるが、成る程にそれを人工的に再現するのは難しい。
何しろ小写人族の卵は鶏のそれと比べれば遥かに大きくも殻も熱い。
殻が厚ければ伝わる熱も少ないからそれ異常の温度を継続的に与え続けなければ成らない。
しかも漫勉なくと成れば卵の向きをも変えなければ成らない。湿度だって大事だ。
結果的に孵卵器はかなり大掛かりな仕掛けを要する事になった。
手先が器用であると言っても四肢が不自由であれば車椅子から降りて床に屈んで作業するのも
無理と危険がつきまとう。電話帳をひっくり返し町工場に依頼し大枠だけは作って貰えば
搬入後の調整も人を雇って代わりにやって貰う事で乗り切る。
それでも、早々には簡単に事は運ばなかった。
駄目元で挑戦した最初の時は温卵期間の半分もせずに湿気管理が上手く行かずしぼんでしまう。
湿気水分が必要と知れたのだからこれは良し!次に繋げればと挑んだ弐回目も
今度は水分管理が上手く行かずに腐り果てる。
すこぶるに順調である自身を踏んだ参回目は五十年来の天災と名高い地震のお陰で孵卵器の土台から
卵が転げ落ち成熟途中で殻が割れ、中身を漏らして失敗となった。
幾ら天災神災と嘆いても始まらないからと気を取り直した次の失敗は兎汉自身のせいだろう。
母性宜しく親性とでも言うのだろうか?過保護である。
朝に昼に夕に夜も又丑三つ刻に孵卵器を覗きこんでは世話を焼き過ぎたのだろう。
終いには兎汉自身が倒れてしまい弐日三日と入院を余儀なくされた隙間に以前から無愛想では有るが
そこそこ気まわしが聞く國派遣の看護の女性が節電の為と孵卵器のコードを引っ張り抜いたお陰で又に失敗となる
快気に心踊らせ心配に身を焦がすが後の祭り。看護女性を責めては観たが、まぁそれも一時の怒りである。
何々をしてるから器械の電源を落とさないでと警告しなかった兎汉の失態である。
諦めが良いと言うより自分が馬鹿であったと落ち込む其の後の弐回は運が悪かった。
有精卵と信じて買い求めた卵は結局最後まで違ったと知れるまでの温卵期間のその間愛情と手間を掛けたが無駄である
後で知れれば弐回の無精卵の発送の内、一回は単純にミスであり次の一回は仲買人の策意であったらしい。
この顧客は随分と高い商品を金を転がしポンポンと買ってくれる。上客の極みであればこそ逃して成るものかと
仕入れの時に態と無精卵を買い付けたらしいと付き合いが切れてから老年の仲買人が改めて教えくれた。
まぁ後の祭りであるだろうが・・・。

これで最後とは成らないだろうが・・・・。
それでも兎汉は万感の思いと準備で其の温卵に挑む事にする。
満足に四肢が動かぬ身の上であればこそ手にする金銭と時間にも限りがある。
元の生活に戻れぬとは当に諦めた事であるし、胸に刻んだ復讐の焔も燻ぶるも其れも又消えかけている。
其れでこそ、これを最後に一応の区切りを付けると心に決めると兎汉は車椅子に四肢を埋め
最初に祈願参りと厄災払いと神社に脚を運ぶ。
「こんな寒い時期に態々、外出しなくても良いでしょうに」
顔をしかめる介護女性に返りに蛸焼きを買って上げると宥めれば
「りんご飴と鰯蕎麦もお願いしますね。あと宇治金時のカレーライスも」
車椅子の取手をそこそこの力で圧して暮れる介護女性が当然然りとにんまりと嗤いかけてくる
(宇治金時のカレーライスって何?甘いの辛いの?どっちなの?)と言う疑問を兎汉は喉の置くに飲み込んで済ます。
厄払いが済めば孵卵器の改良だ。何回かの改造で既に懇意の仲となった若い職人とあれこれと意見を酌み交わし
こうあるべきだから個々は直すんだと言う事を散々に繰り返し孵卵器を改善する。
道具が改善されれば次は兎汉自身の問題である。
先ず、必要最低限の事以外はしない様に心懸ける。とは言っても追々孵卵器のガラス窓は覗いてもしまう。
それでも過度に過保護に成らないようにと覗き込む時間を決めたりそうでない時間は他の事をしたりと
自分の気をずらしたりとなるたけ工夫をする事に勤しむ。お陰で其れまで希薄だった介護の女性との関係も悪くは
ない感じにまで親密にも成れた。もっとも一閃を超える事にはいまだ至らずでもあるし互いに望んでもいないだろう。
小写人族の卵が成熟し小写人族とし羽化し其れに至るまでは結構な時間が掛かる。
気長に待てば其れで良いではないかと言うほど安直でもないのであろうが。都合何回目かの挑戦を成しての事。
平穏無事にと温卵の時期が終わりに近づきつつもある。
極度に怯え疑いながらも小写人族たる卵に少し強めのライトを当てて中身を照視して確認すると
確かにそれは小写人族たる形を成し十分に成熟していると示していた。恐らくは雄であろう。
四肢の特徴が其れと示てもいるのは明らかだ。感慨深くもあるが其の鼓動が脈打ち跳ねるのも観て取れた。
これが最後の温卵と成るといよいよに期待と興奮と恐怖が胸を焚く。個々でしくじれば元も子もないのだ。
先ず、個々まで随分と世話になった孵卵器から小写人族の卵を慎重に取り出す。
この時ばかりは車椅子から四肢を抜き降りて床に腰を下ろす。衝撃を与えない様にできるだけ静かに卵を
予め床にタオルをかき集め作った輪の中に置き自立する出来るように固定するがま、周りにもクッションや
布団を敷き詰めて万が一に備える。個々まで来て失敗はしたくないと言う思いで過保護にも成るだろう。
次は温度である。から出せば急激に温度が下がる。そうならないように部屋の温度は調整してあるが
それだけでは足りないだろう。誰も観ていなければ恥もいらない。恥は捨てるも温度が大事となればこそ
兎汉は昔ながらの衣服を着込んだ。所謂雪国街は欠かせない厚手の丼服を着込み腹と胸に湯たんぽを抱え込む。
股ぐらに卵を据え置き抱き抱え自らが親鳥代わりを演じる事に決める。
羽化するまで孵卵器の中で過ごさせても良いのだろうが、其れは親心と言うのだろうか。
こうして極端に厚着な兎汉は小写人族の卵を胸腹にかかえて半日の苦行に挑む事に成る。

兎汉が小写人族を手に入れようとしたのは理由が有る。復讐の為であり其れは兎汉の行動原理でもある。
かと言って幾ら小写人族その物と入手しても無理がある。小写人族は物として扱われる事は多々に有っても
法律上では人であった。それを手に入れると言う事は人身売買に相当し勿論犯罪に値する。
それであれば規制されてない。若しくは規制の緩い卵を入手すれば良いし小兎汉は実際にそれに成功しても入る。
経費に糸目を付けなかったのは賠償金を手にした兎汉だから出来た事であろう。小写人族の卵は高額と知る。
それを成せば次は羽化までの工程と成るがその苦労は過去に列挙したとも言えるだろう。
それでも知識や方法を教え学んだ書の事は書かせずに記さなければならない。
秘匿すべき書物でも有るやも知れないし、兎汉が写しを手に入れたと言うのなら案外容易く世迷い言の類かもしれない
【古老師】と兎汉は其の書籍の著者を呼んでいる。随分と古臭くも失礼な呼び名でもあろう。
古という言葉じりは兎も角に老師は先生ともいみが有るから古い先生とも言えるだろう。
その古老師足る人物が記した書籍が唯一現存する小写人族たる物に付いて書かれた物である。
尤も小写人族については多種多様に記載がないわけでもないのだがどれも的を得ないのだった。
小写人族を物たる所以も者として扱うべき理由もその論争は果てしなくも当たりに届く。応えはないのかもしれない。
応えはないのかもしれないが、唯一に物として扱うべしと強く言及してるのが古老師が記した小写人族記である。
尤も随分と古い物であるし兎汉漢言の街を振る本屋を虱潰しに車椅子で回ってやっとこさ見つけた物であり
確かにその概略に付いてや温卵の事や羽化に記載は合っても中身は薄い。
様は本で得て知識であればこそ実践とは違うと言うことに成る。それでも兎汉はこの人物を古老師と呼んで敬う。

両の脚に不便と抱える兎汉であるがそれ以外は健常である。
健常であればこそ小写人族の卵を厚手の丼服を着込み部屋の温度を上げ胸腹に湯たんぽを抱えて過ごすのは限界がある
意識では成さなねば成らんと気を張ってもゆっくりと体を熱する熱は気力と意識を奪いやがて意識が解けて失せる。

随分と長い間、眠ってたのだろうか・・・?
混濁する意識が戻りつつとあれば無意識に瞼を開けみる。
残念なことに個々に明かりと言う物はないようだ。そんなはずはないと思っても瞳を開けているにも関わらず目に写る
風景は上手く判別出来ない。当然に背筋に悪寒が奔り思わず身振する。続々とそれが止まないなら息苦しく感じ
もぞもぞと四肢が強張り反射的に伸ばそうとする。それも直ぐに何かに打つかり跳ね返ってくる。
ごぼりと口を開け空気を求めれば喉に入って来るのは空気ではなく何かの液体のようなものだった。
夢の中なのだろうか?何かどこかに閉じ込められているような閉塞感に心臓をギュッと掴まれ恐怖に呑まれる。
藻掻くべきであろうし事は早々に対応しないと窒息するかもしれない。肺には空気が満たされていない。
ばたばたと手足を動かして藻掻くと天井と打つかる手の先の固い物に罅が入った様に感じる。
僅かな希望という情けにしがみつき何度も手を壁に打ち付け付けて罅を広げ殻を破る。
それでも十分ではないから壊れた殻の隙間に両手を入れてばらりと打ち破る。
両の脚に力を込めて伸ばすとぐらぐらと殻の壁が揺れバランスを崩してごろんと転がる
「ぶはっ」揺れすぎた殻塊は傾き床に転がるとitそれは半身を床に曝け出す。尤も未だ残りの半分は卵の中で丸まって入る。
「ぐふぁ。ぶはっ」自分が生きるために必要な空気を求め肺が広がれば空気を吸こみ縮まれば吐き出す。
「すぅ~~はぁ~~。すぅ~~はぁ~~」肺の収縮が整うとやっと一息付ける。
「なっ。何が・・・どうなって・・いる・・・」人として心に浮かんだ言葉を当惑したまま吐き出しては観るものの
自分の耳に届く声も人の言葉としては未熟でもあり聞き取り辛い。手脚に力を込めても脆弱であり体に纏わりつく
べとつく液体が床に滑る。どうにも成らない脱力が四肢を緩慢にするから力が入らいない。
それでも必死に手を床に付いて四肢を支え膝を立てればなんとか四つん這いの格好になる。
たったそれだけでも随分と力を容したし、其れだけですまないともしれば気も滅入る。
それに何より何がおきてるかと不安と絶望が恐怖を生み出し離してくれない。
其れこそ必死の思いで四肢を後ろに方向け膝に手を当て膝を立ててもる。ぎこちなくても其れが出来れば次も出来る。
ぐいっと勢いを付け満身の力を四肢に込め立ち上がる。
視線が高く上がる。其の高さまで視線が上がったと云うのは数年ぶりだろう。随分と忘れていた感覚だ。
弐度参度と床の上で脚指を馴染ませ足踏みをしてから当たりを見渡す。それは住み慣れた自分の部屋とも認識出来た。
暗闇にも目が慣れて来たのだろう。妙に暗かったのは電灯が堕ちてるからであり卵を温めたタオルも転がっている。
そこが自分の部屋だと認識出来たのは嬉しかった。何やら事故に合ったわけではなさそうだ。
四肢に纏わりつくぬるりとした液体は不快だが取り敢えず大事でもなさそうだ。
ぐるりと体を回すとゴツンと何かが膝に打つかりそれはドスンと床に転がる。
「あれ・・・?あっ」itの目に写った光景は信じられない物で有った。
確かにそこは自分の部屋である。部屋の隅には移動に使う車椅子も畳んでもあった。
だが其れに座る主は分厚い丼服を着込み胸腹に湯たんぽを抱え込み汗だくで床に転がっている。
何とも部様な格好で有るが小写人族の卵を温める努力様々の姿である。
「あっ!」itはそこで気がつく。やっとの事で。
兎汉という人物の四肢は情けなくも丼服と湯たんぽに塗れて床に転がって入る。
it自身が打つかり蹴飛ばしたし元々兎汉は歩けないから其の勢いで情けなくも倒れている。
タオルや布団がクッション変わりに衝撃を緩やかにしたのだろう。怪我はないように見える・・・
無様とも言える兎汉の様をitがじっと見つめる。その意識は兎汉の物で有る。
「う・・・羽化したと言うのか?本当に羽化したと言うのか?本当にそうなのかっ?」
頭の中に浮かぶ先人・小老師が書き残した書簡の知識が浮かぶ。
今の状況は確かに小写人族が羽化した状態を示していたが信じられないと言う思いより
意識を失って惚ける自分の姿を兎汉は何とも言えぬ気持ちで見つめ苦笑する。

「苦節何回目かも忘れたけど上手く言ったのは本当に嬉しい。
こうやって自分の意思で床の故に立っていられるのだから。だが然しである」
すっ裸で意識は兎汉であり四肢はitの其れは嘆く。
老師いわく小写人族は物であり器である。基となる人。基人の意識を小写人族に移し
基人は小写人族の四肢を自分の意思で自在に動かせる。
自分の意志を小写人族の其れに移し小写人族の四肢を動かす事が出来る。
それを小写人族操作術とも言い捨てる。弐脚を痛め歩く事が出来ない兎汉にとってはこの上ない喜びである
真逆それが出来るとは思ってなかったが、情け無い感傷に浸るのはしょうが無いのだろうか。
自分の脚で自由に歩けるのは素晴らしいのであるが、其の感傷に浸る前に後始末が必要であった。
何より生まれたばかりの小写人族はさっきまで卵の中にいたのだから所謂しろみと言う液体がまとわりついている。
それを洗い落としたいがその間、兎汉の体を部様な格好で放っておくのも不味いと思った。
意識を持つ小写人族の自分を温める為に随分無理したんだろうしこのままでは脱水症状にでもなりそうだ。
先ずはそこからだと考えたのは良いがなんとも奇妙な感じが否めない。
「僕ってこんな顔してたんだな。然し四肢に力ないとこんなに重いのかよっ」
丼服を脱がし一応にと汗を拭き取り寝台に運ぶ。可愛い女性であればこそ楽しみが有ると言うのに
それがなにより自分自身とあれば一種不気味でもある。それを済まして安全を確認してから今度は部屋の掃除だ。
それでま包まれていた卵の殻を拾い集めて重ねる。見事に割れているが何故か愛着さえ持てるのも不思議だ。
守ってくれていた物と言う何か変な哀愁に囚われもする。部屋に有るタオルをかき集めしろみを拭き取ると
床と当たりに飛び散ったそれも拭い拭く。あとは丸めてゴミ袋に詰めて纏め置く。
それからやっと風呂場に駆け込み自分の四肢を洗い出す。
「なんか自分に似てると言うか。良く見ると結構違うのか?
印象だけが似てるというか雰囲気が似てると言うだけで別人かな。どっちにしても僕の方が美男子だな」
どちらの事を美男子といったのか当人も分からない。どちらも兎汉自身であるのは変わりないからだ。
寝台で口を開けて眠る。若しくは失神したままの兎汉を個体として老兎汉と呼ぶとして今その時に動かしてる個体を
小兎汉と名付ける事にした。ややこしくなりそうではある同時に自分でもあるからだ。ややこしいとは認めるが
兎汉が温めた小写人族の卵からかえった小兎汉。それが端的な言い方であるだろう。
もうちょっと明確にすれば脚が動かぬず車椅子の個体を老兎汉。自由に動ける方が小兎汉とする。
意識は一つで有るにしろ区別が付かぬのは大変でもあるからだ。
その小兎汉は顔つきも体格も老兎汉に良く弐てはいるが相違点もある。
どちらも兎汉であるから内面的な物は同じだろう。要は兎汉であれ一般の生活に置いて趣向とか性格は一緒だ。
相違点が有るならば外見とその四肢であり、顔付きなどは兎汉と良く似た印象雰囲気であるが良くと観ると結構違う。
老兎汉が二重であるのに小兎汉はスッキリ一重。鼻の形は同じに見えるが嗤うと笑窪と八重歯が光るのが小兎汉。
生まれたばかりだから肌の張りもあり全体的に若い印象を醸し出すのが小兎汉。渋く眉を潜めるのが老兎汉。
徹底的に違うのは老兎汉は自分では歩けず車椅子に身を預けるが小兎汉は弐本の四肢で仁王にも立てる。
筋力が違えば単純に腕力が有るのは当然に小兎汉。小写人族の特性であろうか筋力は人種より有るのだろう。
老兎汉と小兎汉・・・。
二つの四肢を扱うと云うのは利点も多いが不都合も多いと実際にそうなってみてやっと分かった。
小写人族の四肢を持つ小兎汉は飽く迄も入れ物であり物である。だがその四肢は生きている。
物であると言い切れない部分がそれを示している。意識はないにしろ四肢の細胞は活動してるのだから
生きる為には生活を営む必要があり食事と言う栄養を接種する必要も当然有る。
日に三食にと食事が必要でありしかも燃費が悪いのか大食いでも有る。食事をとれば排泄もするし
四肢の休息も必要であるから睡眠が必要である。それは当然であるが老兎汉も同じである。
兎汉の意識は不便な体の老兎汉で日に弐度の食事を取り意識を移して今度は小兎汉の体で日に三度の食事を取る。
なんとか時間の配分をすり合わせに苦労する。単純に兎汉の意識として兎汉と小兎汉の四肢を交互に扱うのは
色々と大変でもあった。

習うより慣れろ・・・。明言では有るだろう。
否然し、そう簡単に行けば人はもっと幸福に慣れるだろう。
以外にも直ぐに襤褸ぼろも出る。何が置きてるか露見するのも早かった。
御國の役所からやって来る看護人への対処は簡単で有った。予め来る日が解ってるし時間も明確だ。
其の時間だけ小兎汉をクローゼットに座らせしまい込み毛布を掛けて隠し通すのは簡単でもある。
それで安心して気が緩んでいたのだろう。色々と世話を焼いて貰ったその夕方に事が起きる。
兎汉の部屋の右の隣は老年の夫婦が住んでいて多少の付き合いが合っても敬遠されている。
結局は老いた身の上で非健常者の相手は大変であると言うわけだ。左隣り向こうの部屋の住人は結構面倒で
癖のある漢である。既に壮年の年齢に脚を突っ込むが世間世情が忌み嫌う浮気がてらに離婚を経験し
未だ慰謝料に給料を持って行かれる身となれば世を憂いいつか自殺でもしてやろうと企むもらしく。
つまりは此方も兎汉とは関わりを持ってはいない。それは都合の良いことで有るが問題は起きる。
何時か自殺して元嫁に迷惑をかけようと考え狙う漢の一件更に左隣りの夫婦の妻。
良く知る名は李欣怡シンイー。夫婦といえば一つまで有るが一風変わっても居る。
夫の身で有るのなら夫に尽くすのは当然であるはずであるが時間と暇を態々見つけては兎汉の世話を焼いてくる。
世話を焚くところか灼きすぎる。朝に夫を送り出したかと思えば兎汉の部屋に顔を出しあれこれと世話を焼いては
昼に台所に勝手に経って昼食を作って一緒に食べる。小学生の子供が帰るまで堂々と兎汉の部屋に居座るのが常であり
時には子供が自宅に返って来てから慌てて兎汉の部屋から飛び出して迎える事も有るくらいだ。
それでは流石に不味いだろうと話し合い個々暫くは大人しくしてくれていたのではあるが。
(ぴんぽ~~ん。ぴんぽ~~ん。ぴんぽんぽん)
煩くもすごく煩くも呼び鈴が部屋に成って響く。偶然と間が悪かった。
その日、そろそろ外の空気でも擦って観たいと思い。兎汉は小兎汉の四肢に収まっていた。
老兎汉の時には自分の顔に見つめられるとは不気味でもあるからクローゼットにしまって有る。
今度は小兎汉に意識を注げば自由に動いけるから思わずはしゃいでしまう。
なにせ久しぶりの外出だから嬉しくもあるが準備を必要だ。流行る気持ちを圧して着替える。
部屋外に呼び鈴が響いたのはその時だ。それも運悪く時間の感覚を失念し同時に宅配を頼んでいたのも思い出す。
「はぁ~~い。只今。お待ち下さいなっ」小右殻の声は良く響く。
「とっ・・・。とっ・・・」まどろっこしくも脱ぎ捨てたボクサータイプの下着の変わりにバスタオルを腰にまきつけ
ドアの世情を弐個と外す。宅配であれば問題もないだろう。扉を半分開けて除く位なら恥の一つとも笑って済ませる。
「こっ。今日は。風呂上がりですいませんっ・・・あっ」兎汉が履いたあっと人妻欣怡が二つに重なる。
「あっ。兎汉さん・・・。どうして」呆然と兎汉が右殻を見つめる。
「えっと。これは。その。えっとですね。いろいろと事情があってですね。つまりその・・・えっと」
正体がバレるとか不詳の自体に陥るとか、未だそんな状況に対応する準備は出来てなかった。
慌てて狼狽するのは兎汉だけではない。数日前にちょっと顔を観た時でも兎汉は車椅子に身を沈め気だるそうだった。
訪ねた時はいつもそうで不機嫌な態度で仕方なくとでも言うように兎汉の相手をしていた兎汉。
その右殻がシャワーでも浴びた後なのだろうか漢肌に水玉を濡らして立っている。
静かに膠着した時間が流れる。
先に動いたのは人妻兎汉である。ゆっくりと宙に細指を伸ばすと腰に巻き付いたタオルの裾を摘んで引く。
抵抗すべき時に抵抗しないのはそれほどに狼狽してる証拠であろう。
「兎汉さん。どうして自分の脚で立っているのです?嘘だったのですか?
私奴に嘘を付いていたと言うのですか?どういう事でしょう。・・・こんなに立派な漢陰嚢をぶら下げて・・・」
はらりと音もなく奪われたバスタオルに隠れていた漢陰嚢をじっと見つめて兎汉が睨む

「兎汉さんって・・・・。
確か大きな事件に巻き込まれて弐度と歩けなく成ったんでしょう?
それなのに自分の脚で立ってるのは何故です?こんな立派なのぶらぶらさせて」
まるで新しい玩具でも見つけた様に目を輝かせて欣怡が股間からじっと目を離さずに問い詰める。
「いや、これには深い訳が有るのです。僕はその兎汉であって兎汉でなくって。
その観ないでくれます。そんなじっくり観なくても・・・」
突然に降って湧いた状況にどう対処して良いか解らずに兎汉は狼狽し取り敢えず手で股間を覆う。
「兎汉さんでないってどういう事です?ちゃんと説明して下さいなっ。
今更、恥ずかしがる年でもないでしょ?人妻に観られるのがそんなに嬉しいですか?」
「否っ。ちょっと待って。人妻の癖に力強いし。ひっぱっちゃ駄目。ひっぱっちゃ」
股間を抑え部屋に逃げようとする兎汉の手首をグイと掴んで兎汉が引き剥がそうと力を込める。
「だからどうしたって言うんですの?歩けない所か、こんなのぶら下げてっ」
「漢ですから。ぶらぶらするんです。刺激を与えちゃいけません。とっとっ・・・とっ」
「あっ。あれ・・・?・・・・兎汉さん?兎汉さんがお二人?」
勢い余って三段飛びの如く押し込まれる形で部屋にたどり着いてしまえば最悪の状況に至る。
「否。その・・・これには深いわけがいろいろと・・・」
「説明して下さい。ちゃんと。説明してくれないと千切りますよ!これ!」
股間の上から確りと抑え込んだ手首を千切るわけではないだろう。
ぶるりと戦慄が背筋を走れば後は自白するしかないだろう。
股間を両手で秘す兎汉の横には車椅子に身を沈め黙々と只、人形の様に眠るもう一人の欣怡が入る。
「仕方ない・・・。誰にも言わないでくださいよ」二人の兎汉を目にされてはしょうが無い。
兎汉は仕方なくも事の生業を未だ股間から目を離さない欣怡に話して見せる。









天鼠 蛭姫ノ壱

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