其の人形心ノ病の故に
「ぐぬぬ・・・お、重いぞ・・・」
「なんとおっしゃいましたのっ?それは私奴の体重が重いと暗に明示してると言うのですかっ」
「暗に明示しなくても貴殿は重いと言っているのだ・・・ぐぬぬ」
「なっなんと言う事を仰るのですかっ?
初々しくも可憐で可愛い淑女に向かって事によりその体重が重いと言い切るのですか?
せっ責任者は何処ですか?強く正式に苦情を申し立てとう御座いますの」
「一番えらいわけではないが・・・儂が班長で有る。しかし重いぞ・・・ぐぬぬ。早く台車を」
「こわっぱ班長の癖にセクハラとは!上司を呼びなさい。上司を!」
この一連のやり取りだけを切り取りきけば確かにセクハラで訴えられるであろうが
三歩さがって状況をよく見ればそれとはちがくも切羽詰まった状況であるとも知れる。
そこは一種の広々とした工場で有る。
室内、若しくは建屋内と言うが思うよりもかなり広いがそこには
雑多と詰め込まれた工材と機材が並ぶ
工場用語で言えば製品に値するが所謂工材となる。
一般の工場であれば工材といえば車であったり電化製品であったりするのであろうが
そもそもしとやかとも言えぬ金切り声で苦情を申し立てたりはしない。
キャンキャンと声を上げる事が出来るのは高度な電子頭脳。属に言うAIのおかげである。
自己が置かれたその状況や周りの人の言葉にも正確に対処して会話が出来ると云うのは
その彼女が機械蝋人と呼ばれる物であるからで有る。
機械蝋人形・・・。
あまり聞かない名称であるがそのはずにこれには訳がある。
日昇る奥に倭之御国のと有る開発者が発明した自動人形に類する蝋人で有るが
それが他の国の発明品となれば 当該の国以外ではその呼称を大声で叫ぶ訳にもいかず
二番煎三番煎じの後発となれば別呼称をも使わざる負えない。
そうなればこそ長き論争の果に個の断頭断首日没ト成るヲ国では彼女らを
機械蝋人形。略して蝋人と呼ぶ。
その呼称がしれたなら次は彼等が落ちいる状況であろう。
そこが広い工場の一角と知れればその一角に比較的大柄な漢が作業服を着込む。
いかにも仁王立ちとも見て取れるがその表情は苦悶に満ちており額に汗が滲む。
彼の周りにも同じような作業着を着込む輩が屯するが皆の顔は狼狽に塗れてもいる。
「ぐぬぬのぐぬ・・・耐えきれぬぞっ」
「漢で御座いましょ?耐えて魅せるのが漢気で御座いましょ?
大体、安全第一おやつはその次なのに工程を省略しようとしたのは貴方達で御座います
儚くて美しくも可憐で途轍もなく高価な私奴を堕とすような事があれば
向こう三年間は不眠不休と無休で働く事になりますわよ」
「ぐぬぬのぬ・・・そうと知ってはいても重いのだ。重すぎるぞ」
「失礼な。二度も三度も許しませんわ。この変態小童班長の癖に」
重い重いと騒げば巨躯の体のその両腕には女性の姿形を模した機械蝋人が抱かれている。
最も女性型の蝋人の体は上半身のみでもある。
正確にいえば頭部と胸部そして腹部の半分のみであり両腕もない。
やたら口が回るが未だ自分自身で直立出来るわけでもない。
変態小童班長と呼ばれた漢の名は馬稚貝丼兵衛
齢を尋れば参十と半ば過ぎだと答える。
未だ頭髪豊かであっても仕事の邪魔だとばかりにきれいに剃り上げる。
背丈も高くもあるが良く言えば肉付きが良くと言えるが要するにでぶである。
一際大きな体肉付きも良くもでぶでもあるが情にも脆くもに道を違える事も嫌う丼兵衛。
勿論に食の道にも煩く拘りも強い。
たまにその腕を古い工場仲間に振る舞えば皆が喜んで舌太鼓を打って止まない。
その丼兵衛が顔を真っ赤にし額に汗を濡らして耐えている状況となれば
工場生産には良く有ることであった。
機械蝋人の生産工場で馬稚貝が支えるのが女性型の蝋人である。
喚き散らす女性型の蝋人が指摘する通りにその制作工程で馬稚貝がチームで動くが
その工程は複雑怪奇でもあり時には間違いや手抜きが置きないわけでもない。
制作ハンガーの中で吊具に固定され組み立てられていたはずであるが
ちょっとした手順の間違いとタイミングのズレが発生し本来は外してはならない
吊具の解除レバーが動いてしまう。
「まっ。不味い!」
本来であれば事故防止の処遇として堕ちる工材に近寄らずにも避けて逃げるべきであるが
あまりに咄嗟の事であったために瞬間的に馬稚貝は前にでてしまい
当人も全く持って予想外となったがしっかりと口煩い女性型の蝋人をその腕で
抱きしめ抱える状況が今のそれと成る。
バタバタガラガラと若い工員が別の部署から大型の台車を転がして来る。
「そっとですよ。そっと優しくですよ。
乙女の柔肌を傷つける事なんて漢として最低の事でございますからね」
「そっそうは言ってもこちらは限界なのだ!もう腕と腰がもたん」
「漢で御座いましょ?脂肪を溜め込んだでぶ班長の癖に踏ん張りなさい」
やっとの事で用意された台車の上に馬稚貝は人形を下ろそうとするが
これが又難儀する。
製作途中でありむき出しの部品は形も様々である。
尖った場所があると思えば繊細な機械部品も多い。
気を使って女性工員が台車の上に毛布を置いては見るがそれでもそもそも
この段階で台の上に乗せるような形状でもない。
更にはそれを支える馬稚貝の腕はその重さに耐えきれずプルプルと震え
顔にもタラタラと汗が垂れる。
何より人形を傷つけないようにとすれば抱えたままにまず膝を曲げ腰を
降ろさないと行けない。
「そっとですよ。そうっと優しくですからね。
私の部品一つは貴方の給料よりはるかに高いのですからね」
「そんな事はわかっておる。人形の癖に口達者すぎるぞ。少し黙っておれ」
渾身の力で人形を支えているだけでなく慎重に少しづつにと膝を曲げ腰を下ろしていく馬稚貝。
周りの工員も心もとなくも心配顔で馬稚貝の腕の中の人形を固唾を呑んで見守る。
あと少し。あとちょっととゆっくりと台車の上に人形が降ろされて行く。
「はっくしょ~~~ん」
息と固唾を呑んで見守る中に轟音の如くも可愛いくしゃみが一閃と響く。
「どわぁぁぁぁ~~~」
緊張の糸が切れたかと思うと馬稚貝の膝と腰が砕け散る。
ドスンと床に大きな音が響き口煩い人形を抱えたまま馬稚貝は床に尻もちをついてしまう。
「うぐぐ・・・ただでさえ思いというのに・・・」
「だってお鼻がムズムズしたので御座います。
生理現象は止められませんの。むしろ可愛いくしゃみと愛でて頂きとう御座います」
「何が可愛いくしゃみであるかっ。人形とあろうものがここぞというタイミングで
くしゃみをしてみせるとはどれだけ精巧なんだ」
「だって。だって。我慢で着なかったんですものぉ~~~」
どこまでも自分のせいではないと言い張る人形であるが状況は先程より悪いと言える。
正しくここぞと狙った可愛いはずの人形のくしゃみは馬稚貝の意表を完全についた
ゆっくりゆっくりと膝を曲げ腰を下ろし恐る恐るにと台車の上に下ろそうとした時に
腕の中で端正は顔つきの女性型の人形が顔を歪めてくしゃみを打つ。
その表情はあまりに可憐であまりに儚くも有るがなにせ抱え込んでいる自分の眼前である。
勢いよく放たれたくしゃみは馬稚貝の顔を直撃し其の勢いでスッテンコロリンと
工場の床に尻もちをついたがそのままに床に大の字にを転がってしまう。
どこまでも工材としての製品を壊してならぬと踏ん張ったのか
人形とはいえ女性としての人形に怪我をさせては成るものかと漢気を魅せたのか
どちらにしても冷たい工場の床上に大の字に転がった馬稚貝の眼前其の直前に
可憐で儚い女性型の人形の顔が迫り観る。
「惚れてしまいました?何しろ儚くも可憐な絶世の美人に見つめられれば
どんなおでぶ小童班長殿もイチコロでございますわね。ぷぷ」
「誰が小童班長であるか?半人前の人形などに情を焦がすほど初ではないわっ」
「まっ。なんですって。どこが犯人前だと言うのです。
小顔美麗な私奴に見惚れてる癖に。半人前とは何ですか?
仕様書を見なさい。私の胸はEカップですよ。もっ勿論これからですけど
お尻だって特注の部品ですよ」
「仕様書は毎日見てるぞ。なに班長だからな。儂が指示して作ってるんだからな
いいから退け。お前らも黙ってないでこの半人前の人形を退けろ」
「誰が半人前の貧乳人形ですって?将来に期待ですの
この唐変木のウスラトンカチおでぶの小童班長の癖に。ぺっぺっ」
床に転がったままで耐える馬稚貝の巨躯の上で今にも噛みつく勢いで
女性型の人形が鍔を飛ばして金切り声を上げる。
それに彼女が夢中になっている隙きに他の工員達が固定吊具を体に回しゆっくりと吊り上げて行く
「やれやれ。やっと開放されたか。腹の脂肪がなければとっくに潰れておったわ」
やっとやっとの事で人形の下敷きから開放された馬稚貝は突き出た腹を撫で回し息を吐き出す。
機械蝋人の制作過程。
一般には良く知られぬがそれは素体工材としての人形に数人の工員と監督班長がチームを組み
数ヶ月の時間をかけて丹念に組み上げて行くものだ。
ハンガーと呼ばれる特殊な固定吊具に素体人形を据付其の周りを工員達が取り囲み
必要な部品を据付調整し組み上げて行く。
標準規格に準じる物であればおよそ二ヶ月の期間で制作が終了するが
カスタマイズ仕様の人形は其の内容によって制作にも時間がかかる。
馬稚貝の制作チームはその腕に定評もあり主に数ヶ月かけて一体の特注人形を作る事が多い。
時に豊満な四肢を誇る人形もあれば地味に本当に地味な癖に必要以上に巨乳で有るとか
それぞれの注文に細かく対応していくのが得意である。
現在のそれも製作途中の段階であるにも関わらずすでに疑似人格が作動してるのもそれである。
ともかくも時には偶然が重なり事故まがいの事も多々に起きる工場であることは変わりない。
どっどっどっどっどっ。
野太くも重い音気を吐き出し一台のオートバイが渋屋の交差点を通り過ぎれば
皆がその疾姿を首を回して目で追いかける。
それを操転するのは馬稚貝丼兵衛その人である。
太い音を通りに響かせ角を曲がり道奥へ消えていくがやはり其の姿もはよく目立つ。
確かに法律的には頭部を守るヘルメットを自己責任の範疇として敢えて被らずに
代わりに紅くも目立つバンダナを被る。
傍から見れば禿頭であるが当人いわくこの歳で髪が薄いはずもないであろう。
剃っているのだと言うし何より紅いバンダナで覆うその頭の形も良い。
太い眉と大きくも顔の真ん中に居座る鷲鼻が目立つ。
分厚くも色よい唇で言葉を発すればやはり其の言声も野太く通る。
時に煩くもエンジンを唸らせ再び角を曲がり公共駐輪場に入っていくがいb
馬稚貝が目指すのは普通の自転車やバイクの駐輪場でなく大型バイクの場所でもなく
普通の一般自動車が止められる広い白線の中だ。
当たり前で有ると言えばそうで有るように馬稚貝のバイクはサイドカーである。
勿論誰が隣に座るわけでもなく誰を乗せる訳でもない。
それでも馬稚貝は愛車としてこのサイドカーを乗り回す。
一般自動車が止められるスペースに愛車を止めると脚を上げ跨ぎ降りる
ドンっと靴音がなればブーツのかかとを鳴らし地下駐車情を出て待ち合わせ場所へと歩き出る。
休日も闌にもなれば若人行き交う雑多に賑わう街角のビルの谷間。
世間一般の風潮を良しとせずにそれは拘りとばかりに流行りの電子簡易煙草など口にせず
手間を掛けても古くからの馴染みの店から取り寄せた紙煙草を口に咥える。
大きくも歪んだ鷲鼻の上に黒いレンズの丸眼鏡をちょこんと乗せる。
巨躯を誇る体格であれども雑多に人多い場所にて人待ちとなれば気をも使うのだろう。
一昔でもあれば咥え煙草の灰殻など風にはらりと地面に放っても文句も出ぬが
昨今はそうは参らずと成れば構えた丸っこい指先にきちんと携帯灰皿を握り灰殻を弾く。
「旦那様・・・。お待ちになりました?」
四歩五歩と未だ距離が有るのにも関わらずにも涼やかにはずんだ女声が飛んでくれば
「否に故。待合せの時間にはまだ早いぞ。
それに人前で其の呼び方は控えて憚るべきではないのか?」
「時間より早く来るのは早くお会いしたいからで御座いますの
旦那様は旦那様で御座いましょう?どこに向かって憚るべきと言うのです?」
くねらせた紫煙の其の根本を携帯灰皿の蓋にこすりつけ炎を消して詰めてから
いくら言っても守らない女の戯言にも指して怒らずに馬稚貝はあるき出す。
「怒ってらっしゃいます?でもそこは曲げませんのよ馬稚貝様は旦那様ですもの」
巨躯であれば其の歩幅も大きいはずで有るが女連れとなれば態々にとゆっくり歩く
馬稚貝の大きな背を見ながらの涼やかな声の女性はくすくすと笑いながらも
半歩身を引きついて歩く。
少々にも又悪く目立つその後ろを楽しげに歩く女性。
今日となれば日進月歩と近代化が進む倭之御国においても流れに乗らか
それともわけが有るのかに並ばずに半歩後ろを歩きつく女性。
背まで伸ばす黒艶髪を横結い絡め垂らすもきっとそれは普段とは違うのだろう。
頭野の先から爪先まで落ち着いた色調の衣服で纏める。
三十路半ばの馬稚貝ともあまり歳が離れてないようにも見えるが
確かに楽しげでそれでいてどこか儚くも憂いも漂わせるのは訳が有る
馬稚貝が人前で態々に旦那と呼ぶなと苦言の釘を指したのも
それ相応の理由があればこそ。それが世間一般の常として憚るべき事でも有るからである。
ドスドスと靴音重くに進む馬稚貝の半歩後ろを付き添う女性こそにも
人妻である・・・。
結婚して数年と成ればれっきとした夫持ちである。
「くっしゅん」道すがら一歩二歩とも背後ろをついて歩く人妻が
杉の花粉の悪戯にくしゃみの一つも発して魅せれば
態々に逞しい太腿に紅いレックポーチから猫柄のハンカチを取り出して馬稚貝が渡してくる。
「有り難う御座います。やっぱりお優しい御方です事・・・」
受け取ったハンカチで口元を抑えつつもにこやかに夫を持つ妻微笑む。
否しかしにと漢・寡婦一人と暮らし営む馬稚貝のはずであるが・・・
其の背後をついて歩く女性は夫を持つ妻となればこれ以下にと・・・
コツンコツンと紅いブーツの足音を進む先は今でも風に影にと逢引の噂に昇る心太茶屋である。
秘事然りの漢女達が時に影のように時に堂々とに情事を営にを紡ぐ場所でも有る。
置字
