第弐次翁覇大戦に於ける欧台翁州之国の敗戦歴史書からの引用似て。

刻に世界基準歴に照らし参照するのであれば其の暦は弐千と弐十八年。
既に敗戦国となり十数年が立つ我が欧台翁州之国のそのままの歴で読めば
狸翁と柳葉魚の歳。其の袋腹猿の月を迎えて参日。
季節と言えばこの土地特有の極寒の風が街を埋め尽くすこの頃。
街を歩けは常に占領国・日出り天昇る倭之帝国に属する民と憲兵が闊歩と埋め尽くす。
件の戦争・・・第弐次翁覇大戦。
我が欧台翁州之国としては苦い所で戦力を誤り勝利を逃したと政治家たちは吐き捨てるが
実際に戦の後の分析を細かくと行えばやはり倭之帝国の圧勝であった言いざる負えないだろう。
結局たかが東の海に浮かぶ島国一つに海猿の輩如に何が出来ると政治家も軍も甘く観たのが
すべての敗戦の理由で有るのは間違いない。
「失礼・・・。
そこの御人。貴殿が吸っているのは禁制品の紙煙草ではないかね?」
「えっ・・・?」
氷雪交じりで外套の襟を真っ直ぐに立て家路を急いでいると向う正面から
確かに倭之御国駐在憲兵がそれと見つけて声をかけてくる。
「否・・・。これは三丁目の角の煙草屋で・・・」
「禁制品でないとしても両手をポケットに入れたまま咥え煙草とは
公衆衛生上に問題がないわけでは有るまい。・・・身分証の提示を求める」
如何にも不機嫌であり同時に葱を背負った鴨でも見つけたとでも言うように
二人組の憲兵の内一人が不躾に手を前に突き出す。
「瓢箪棚餅・・・ひょうたん?たなもち?
随分と変わった氏名で有るな・・・。職業は新聞記者で有るとな?」
嫌々ながらにも差し出した身分証を喰いるように覗き込むと
無理に覚えようとでも言うのだろうか?眼を細めて弐回ほど口にする。
やばい・・・眼を付けられたか?と悪寒が背をぞくりと這い回る。
「まぁ今回は良いだろう。三丁目の煙草屋なら禁制品はないからな。
否然し。咥え煙草のままの歩行は公衆衛生上は確かに良くはない。
灰皿は向こうだ。以後気をつけ給え」
一度眼を細め嫌味を言うと憲兵はぶっきらぼうにコンビニの隅の灰皿を指差す。
寒風吹きすさぶ帰路となれば出来るだけ遠回り等したくないが機嫌を損ねて
公衆衛生管理法違反とかなんとかいちゃもんを付けられても後が面倒である。
決して健全市民とはいえない態度であろうが軽く会釈をして棚餅は通り向こうへと進む。
瓢箪棚餅。
欧台翁州之国の男児にも類して背も少し高い。
少なくても倭之御国の者よりは高いと言える。少しだけでは有るが
一般的に薄白い肌の彼等と違い黄色の強い肌も個の国者と示している。
今では徐々にその需要も減ってきているが未だ勢い残る大手の新聞記者と
言えば少しは聞こえも良いのかもしれない。
最も其の担当は派手な事件でも華やかな芸能でもなく
死亡者記事の担当と成れば地味な部署に席を持つと成れば給料もそれなりでも有る。
背が少し高いと言っても特別な特徴もなく。
顔つきも体格も普通・・・極々と普通であればこそ初対面で覚えてもらえるのは
其の名前位な物であり。いざ。其の風体を思い出そうとしても
果はさて?どんな人であったかを後で思い出すのは中々と難しいだろう。
否然し。それと知れば忘れる事の出来ない特徴が棚餅にはある。
常人であればこそ一つの手に指が五本と決まっている。
棚餅の手には指が六本有る。
親指・人指し指・中指・中々指・薬指・小指。
片方の手に指が六本。左右合わせて十弐本。
これは所謂に奇形ではない。強いていてば遺伝子疾患に近い物ではあるが
それも又と語弊が有るかもしれない。
棚餅の父はそうではなかったが母の手には六本の指があったし
きちんと調べれば六本の指を持つ欧台翁州の民は以外と多いのだ。
全国民の参割強の民の手には中々指が生えている。
確かに他の六割弱の人から見れば稀有な対象に感じられるかもしれぬが
中々指を持つ者にとっては何も特別な事でもない。
生まれた時からくっついている物であるしきちんと動くのだから
特別に違和感もない。なにせ自分の指なのだ。
極々強いていうならば冬場にはめる手袋が五本指しかないと苦労する位だろう。
尤もそれも国民の約四割がそうであるならば需要も多いから
ちゃんと六本指の手袋も売っているから結果的には不自由もしない。
中々指を持つ者は総じてとても器用で有ると言われるし
棚餅もそうであるがそれ以外に何か特徴が有るわけでもないから
棚餅はやっぱり人の印象にあまり残らないと言えるだろう。
トントン。トン・・・トン。
独特なリズムで事務机の上を其の詰め所を仕切る細臍憲兵班長は叩く。
「確かに禁制品は持ってなかったのだが・・・何故か気になる」
事務机を指で突きながらも其の反対の手指で抓み持つ先程出会った漢の資料を睨み観ている。
「六本指でありましたが・・・それ以外特に不審な所などなかったと・・・」
「確かにそうであるのだが・・・」
禁制品と難癖を付けては観たが実際は軽犯罪にも至らない行為であり
態々とその名を覚え記録し詰め所に帰ってから漢の情報を印刷までしてる。
余談ではあるが細臍と言う苗字の元は細々である。
勿論に片田舎の小さい部族村の皆親類だけの地域の地名で有る。
更に言えばほそぼぞと言うものであったが長い時間と村人の言語訛の影響で
本来は細々であったが今では細臍と伝わる。あまり関係のないことではあるが。
路面電車の駅を望む小さな憲兵詰め所で円筒ストーブに身をかざしながらも
暫しの間、細臍班長は得に特徴も目立つ所もない瓢箪の資料をじっと見つめていた。
「なんか気になってしょうがない。
この印象の薄さが気になるんだ。・・・あっちに回して置いてくれ」
「えっ。今からですか?それもこんなやつを?」
ある意味自分勝手な上司の気まぐれに運悪くもうすぐ勤務交代の時間となるのに
残業が確実となった新人憲兵ははっきりと文句を言いつつも仕方なく書類を受け取る。
名の知れぬ漢とやたら神経質そうな憲兵隊員のやり取りを通りひとつ挟んだ向こうで。
こちらは正真正銘の禁制品の紙煙草に火を付け味を楽しむ輩が一人とじっと佇む。
たかが煙草一本であろうとも禁制品は禁制品だ。
だからこそ火を付けてしまった以上其の煙は逃さずに肺の中に収めたい。
印象の薄い漢の見聞が終わるとそそくさと足早に詰所に帰っていく二人組みを横目に
雄鉾村の名字を持つ輩は寒風の中やっと有るき出す。
運悪くも憲兵に眼を付けられ疑いを持たれた瓢箪とは違い彼等が取り締まるべき者は
雄鉾村の方である。当然に密輸された禁制品の紙煙草を公衆の面前で肺に送り込む所か
まっとうな職業を営んでいるわけでもない。
これも又やたらに神経質な目つきで常に猫背であり顔面の大きな鷲鼻が良くと目立つ。
「猫背で大きな鷲鼻の漢だって?それなら雄鉾村さんだよ。
何の用があるか知らないが。関わらない方が見の為だよ・・・」
そう言い切るのは行きつけの立ち食い饂飩屋の店主ではなく
敵軍占領下においても尚に勢い衰えない繁華街に巣食う現役の放蕩者が履いて捨てるの
だから間違いはないのだろう。とにかくやばい。彼奴はやばいと皆が告げる。
カンカンカンと革靴の踵を鳴らし如何にも妖しい雑居ビルの非常階段を雄鉾村は上がっていく。
雄鉾村が鉄階段の途中で脚を止める。只でさえ四十半ばの漢にとって長い階段は脚と腰に来る。
出来ることなら一気に上まで上ってしまいたかったが外套のポケットの中で煩く喚く携帯の
その内容を確かめないわけにはいかなかった。
自分が抱える顧客からかも知れないし何か問題でも起きたのかもしれないからだ。
(昨夜の取り立て業務に付いて・・・。
半分の回収は完了した物の残り半分は当人に金が無く。残金回収出来ず。
・・・どう処理しますか?)よくある業務連絡であり雄鉾村にとっては戯言で有る。
(効き腕潰して来月弐倍払わせろ・・・)出来るだけ短い内容を返信すると
又、カンカンと靴音を鳴らして残り弐階分の階段を登ろうと雄鉾村は脚を動かす。
一度かなり高い階層まで上がったと言うのに非常扉を専用の鍵で開けてから
雄鉾村は今度は室内の階段を使い地下の階層へと降りていく。
尤も雑居ビルに変わりはないから他の部屋区切りには別の借り主が商売を営んでもいる。
大抵の場合はやっぱり怪しげな飲み屋で有る事が多い。
エレベータも有るには有るが雄鉾村は使わない。
彼が目指す地下の階層へ通じるエレベータの釦は潰してあった。
仮に誰かがその釦を押しても当然の如く反応なんてしないし結局は動かない。
いくら敗戦国の状況下であっても少々やりすぎで有ると知れれば
如何に雄鉾村の商売が悪事に塗れているかとわかるだろう。
本当に態々と雑居ビルの外側の非常階段を苦労して上がり切り
今度は階段をひたすら降りて地下の階層に向かう。
重く閉じ鎮座する扉の鍵を持つ者は雄鉾村と他に一人でしかない。
其の一人は商品の管理者と言えばよいのだろうが要は世話人でもある。
もっとも最低限の仕事しか許可をしていないからそれ以外の仕事は雄鉾村自身がこなす
必要が有る。それが些細な事あっても自分がやらないと気がすまないと言う性格も有るのだろう。
ガチャリと重い鍵を回し扉向こうに連なる部屋をつなぐ廊下へと進む。
雑居ビルの地下施設。
その扉の向こうは全部で七つの仕切り部屋に区切られている。
一番奥の部屋には色々と器具が置いてもある。
他の部屋の作りは大抵が同じだ。廊下に接する面には重いドアが据え付けられていて
中側にはドアノブらしき物等はない。ドアには今どきに似つかず覗き窓が付いていれば
其の部屋々が監禁する為の物と容易くわかるだろうし時より漏れてくるすすり泣きの声の高さから
囚われているのが女性で有るとも知るのは容易い。
