いろかにほへとに、政事家墓飾之武鎮、

ちゃんと言えば結構のい字数で紙に書かなければならないほどに長い其の國の
其処のたどり着くまでに五百と弐拾の石階段を毎朝登るのは太って無くもかなり辛い。
格式高くも漢供が十年一度は通ってみたいと唾を飲み込むば浮世首の長坂通りの御華子遊び。
言ってみれば区切られた座敷の敷居を跨げばそこを再び跨ぐまでは仮初めであろうが御夫と宴妻。
其処にいる間だけはいっとき仮初の夫婦と宴が繰り広げられる。
もっともその代金は一端の市民町民にはおいそれと手が出せるものではありえない。
弐刻遊んで月稼ぎの壱ヶ月分、半日遊べば参ヶ月分。床を温めでもしたらいくら掛かるか知りもせずである。
もっとも十分すぎるでいざに床に潜り込むとも成れば先ずは宴妻となる御華子の気持ちありきの事であり
漢と華の甲斐性観ぜずにはむりであり、如何に顔が良くでも御華子の心乱すには程遠いものである。
其れに仕来りが絡めば尚の事、御華子の素肌にふれるには文武ともかく金である。
したがって贔屓御華子を宴妻と呼べるのは斯々然々一握りの客だけである。

浮世首の長坂通りの夫婦茶屋には殆全てに仕来りがある。
御華子達が朝に起きる時間、食事の時間、御華子の位、それを世話する丁稚の年齢、食事の献立、
行事祭りの仕切り方、石岩階段に並ぶ饂飩屋の数と団子屋の品揃え、その他、色々魑魅魍魎でもある。
殆の場合、浮世首の長坂通りに脚を踏み入れる漢は客であり夫婦茶屋に営み務めるのは女性である。
例外もある。それが伸ばした髪を毎朝一種独特の形に結い上げる結衣髪人と一日の終わりに風呂で化粧を落とし
その四肢を洗い尽くす丸洗いの桶人、大抵の場合は双方を掛け持つのが常であり丸めて結桶人とも呼ばれている。
腐豆腐一平太、夫婦茶屋の廊下を参歩進めば堅木柱に頭をゴツンとぶつける程の近眼である。
一応に眼鏡は掛けているから朝のに御華子の髪結はそれほどに苦労はしない。
問題はやっぱり夜の風呂である。お風呂であればまだしも湯気上がるとなれば眼鏡曇る。
外してしまえばまともに何も観えないが、寧ろ御華子に取っては安心とも取られているらしい
女所帯で過ごす浮世首の長坂通りの世界で漢性に肌を晒すどころか四肢を洗われるのだ。
気恥ずかしくも羞恥にまみれて当然であろう。

墓飾之武鎮、新進気鋭の若い祭事家である。
地方寒村の出身でありながらも幼年間もない時に父に帝都に連れてこられもそこで観た祭事家の街頭演説のそれが
妙に眩しくも輝いていたのを皮切りに少年を迎えると祖父と父に無理を言って借金をし、帝都の祭事家が集う
エリートの学校に自ら挑んで合格し以降、持って生まれた才能と努力で著名大学にも合格し通学する。
一度は医学の道に進み大きな病院に務めるもやはり眩しく観えた祭事の世界へと脚を踏み入れる。
最初の数年はやはりと有名祭事家議員の世話に成り雑用かかりから選挙の手伝いとやがては鞄持ちと専任の秘書を経て
時期尚早、後十年は儂の下で働くべし、と言う随分と腹の出た親父議員の元から独立する。
祭事の世界は大体にして汚い。己の利益と利益と利益だけを求めるやり口に辟易していたのが正直なところだ。
とは言って政治家議員に成るには派閥もあれば党もある。己の心情一つでのし上がるも
今日から自分は祭事家議員と吠えても誰も相手にはしてくれない。
最初の選挙はやはり与党の末席から選挙に出たが、年功序列と狸の馬鹿しあいでは墓飾之の人柄良しと庶民の紙票を
集めても、結局ニンマリ笑って議員の椅子に尻を置くのは上の者である。
二度目、三度目とは与党を離れ小さな祭事団体に身を置いた。若手を中心に集まるも其の大半を墓飾之自身が脚を棒にと
声を掛けた同志と仲間である。数を集めれば祭事党として認められるし活動費も支給されるがそれでも当選議員の数が
規定に満たなければ只の祭事研究会でしかない。議員として認められるまでは、つまりは選挙に勝つまでは墓飾之と仲間の
持ちよりである。医師として努めた貯金を切り崩し祭事研究会に回せばその日の昼飯は掛け蕎麦一杯である。
油揚げ一枚乗せれば万々歳と至福の一時を楽しむのが精一杯である。

「ですからっ。何故故に改築する必要が有るのですかっ?
あの魚市場は戦前からの棚店も多い。帝都の台所だけでなく帝國全土に食を提供する場所でもある。
それをいとも容易く更地にする等軽々しくも口にするものではありません。先輩議員の方々殿」
時と場所を弁えるべきであろうが墓飾之は国会議事堂でのやり取りと同じ様に声と唾を張り上げる。
「戦時中である。浮世の民も重々知っておろう。
戦となれば喰い物の流れが悪くも、剔れに勝るのが軍事兵站である」
座敷上座にどりと胡座を掻いて座る古今東東権三郎が腹から声を出して唸る。
このやり時は既に半月ほどに嫌と言うほど古今東東と墓飾之の間で怒鳴りあって来た案件でもある。
戦時において広い土地とそれをつなぐ鉄道と言うのは非常に有益な基準である。それが港も近いと成れば尚更だ。
当然、軍部でなくても庶民の胃袋の要とは言っても其処に目を付けて当然であろう。
この國の祭事のほとんどを数で責めきり動かすのは最大与党の民民党の一派でれば大臣の座を握る古今東東権三郎の
選挙公約でもあった。古今東東権三郎としてはなんとしても実現させる必要があった。
要は今も現在に其処にある銀漁市場と言われる帝都の台所と言える市場を更地にし、其処に軍事兵兵站基地を作るのは
正に古今東東権三郎としては念願の課題でも有る。
されどその眼前に若造にはもったいない位いに豪勢な飯御膳の向こうで胡座も欠かず正座し吠えるのは
古今東東権三郎が推し進める計画の真っ向反対側に立ち塞がる漢である。
帝國議国会で法律を定め祭事事をなすには、先ずは第一に数で押し切るのが上等手段である。
確かに権三郎が俗する与党は数だけは多く、議会の中で権三郎等が右だと避ければ皆も右を見る。
それは確かであったが、幾ら戦の為であっても庶民の台所のその場所を一時的にでも更地にしてしまうとなれば
与党同胞にも渋るのも多ければ野党の者共は息を蹴って鼻息を荒らし国民三億大反対の先鋒を切っている。
普段数で押し切る権三郎与党もこの案件だければ手を焼いていた。
正論正しくも声を上げる墓飾之武鎮は其の旗振り役と言っても良いだろう。
それこ昨年までは山の竹の如くとある祭事研究会の一若造であったはずでもある。
事実、この件が議会の上がるまでは議事堂の隅で椅子を温めるだけの小者であった。
それがこの与党が銀漁市場を軍の為に更地にすると与党が宣言した途端に声を上げて吠える。
たかが若造議員の戯言と誰も相手にしないと思えば武鎮が持出したの正論だった。
正確な数字と正当な理由。丹念にもより丁寧に精査された確かな数字に裏付けられた上での反対意見。
先に創設時から現代までの銀漁市場の歴史と其処連なる歴史も有る店々の歴地と営み。
そこでやり取りされる経済的効果と社会的効果、市場に営みを求める人々への影響。
上げたら切りがないとも思われる諸々の件を武鎮は簡素にも目に見える形で纏め反対意見を述べた。
数で無理やりに押し切れば直ぐに通ると口元を歪めて笑った権三郎与党の面々は驚愕に顎をぽかんと開ける。
相当な覚悟で反旗を掲げる武鎮に他の野党も納得し共闘し、対する与党は窮地に陥る。
正確無比な武鎮の意見とその攻撃に権三郎与党は切り返しがままならなかった。
確かにそれは権三郎の選挙公約であったが、それさえも戦と戦時の真っ最中の選挙であり当時は旗色顔色も悪かった
権三郎が苦し紛れに勝手にほざいて公約としただけであり、それならば拍手喝采、入用の票と言うのを集めてやろうと
軍の上層部との口約束がその法案の発端だ。肝心の選挙の直前に与党で大規模な汚職事件が発覚し権三郎も甘い汁を
吸ったのも事実である。政治腐敗はいつの夜も新聞の見出しを賑やかに飾るものである。
煩くも騒ぐ世間の追求を嘘と方便で何とか誤魔化しやり過ごすも窮地には陥る。
それ故に其の歳の選挙には苦戦したし、救いの騎手となったのが朝食時にたまたまTVに写った銀鱗市場の話題であり
其処を更地に軍事基地に置き換えるなら政策としても軍の助けを借りて与党議員としても安泰と踏んだ。
一度首の皮が繋がれば今度は恩を返さねばならぬが正面切って反対の騎手を上げるのが墓飾之武鎮で有る。

墓飾之武鎮は恥を欠かされた。
祭事家としても漢としても。
その日の議会もやはり大荒れに荒れまくり、結局は又の次と結論がはるか向こうに追いやられ
午後も遅くもやっと祭事事務所に戻ってこれたと思えば訝しげにも黒塗りの公用車が待っている。
何用だと問いて正せば古今東東議員が会食に誘っていると言う事であった。
そんな急に言われても予定もあれば昼食もまだだと言い切れば、それなら美味しい御膳で腹を満たせば良いと
使いの者は確かに言い切った。
百戦錬磨の狸ばらを突き出した老兵然りの議員でも全くもってない若造が付いた所は五百と弐拾段の石岩の階段。
其の先の浮世首の長坂通りの妾茶屋で古今東東等は待つと言う。今から其処を登るのかと苦言を申しても
使いの者は手を突き出してどうぞ、お登り下さいと言うだけであり仕方なくも石岩の段を登る。
やっと、やっとと五百の階段を登れば、先ほどの使いの者が声を掛けてくる。
どうやらこの時点で墓飾之は誂われたらしい。自分がえっちらおっちらと五百の石段を踏んで居る間に
訝しげな黒塗りの車はおそらくは浮世首の後ろ手にある車道を登ってきたのであろう。
おそらくは浮世首の妾茶屋に通う常連は涼しい風ででも浴びながら裏の通りを車で登るのだろう。
随分と舐めた真似をしてくれる物だと呆れるがたどり着いたのが浮世首の妾茶屋となるとそれは不味い。
こんな場所に脚を運んだ事等ないし、ましてや浮世首の御華子と座敷遊び等した事等ない。
この場所は浮世と離れた別世界であり、図分と仕来りと決まりが多いと聞く。
知らねば御華子遊びも六に知らぬ青二才と今後一切に馬鹿にされるだろう。
そして、全くもってその通りと古今東東狸親父の思惑に嵌る。

今にこの時、声を張って銀鱗市場の件を振られ反論しても格好がつかない。
古今東東の右には小綺麗な御華子が静かに頬笑み古今東東の猪口に酒を注ぐ。
古今東東の左ではむっちとした御華子が着物の襟を緩めて肩を晒し既に赤ら顔の古今東東を扇子で仰ぐ
自分は御華子遊びの粋も華も良くと知り一人所か二人も脇に贔屓御華子を侍らせているぞ。
え~~と、御前はどうだ?若造。女の濡肌もよく知らぬであろうお前如きが御華子座敷に上がる等
十の歳所か弐拾の歳でもまだ足りぬ。ぶはははのはっ。とでも言うように嘲笑うのが伝わってくる。
それですばはまだ良いが、墓飾之を囲む左右の列にも古今東東の可愛がる身内の輩がぐるりと囲む。
皆、それぞれにに一人とそれぞれの色香漂う濡肌を晒し贔屓旦那の気を引くのに身を捩る。
それに対しも墓飾之は右も左も只の畳があるだけだ。御華子一人も強いては女中一人も側にはいない。
力の差と漢の甲斐性を見せつけられてもいれば、無知の無知識も晒す格好に成っている。
浮世首の御華子遊びと洒落込めば、店に予約を入れた所で一見様であっても御華子が突く。
贔屓や指名が無くても店女将が客の希望に合わせて御華子を用意する。
それ以外であっても、例え当然の来訪出会っても浮世座敷に客が上がる前の廊下を進めば
その途中で襖の置くに控える御華子が客に声を掛け互いに気にいれば其の日の仕妻と成る。
否然し、図でに五百の階段を昇り上がった墓飾之は其の余裕も仕来りも知らなかった。
座敷に上がるまでに廊下をめぐり襖の置くからその日の御華子仕妻を借娶りする等
知識も無ければ知る良しもない。何しろ急に呼ばれてこの場に推参したにしか過ぎない。
その日の昼飯も結局抜いた墓飾之の前には若造議員には勿体なくも豪華な御膳が据え置かれているし
脇には好物の酒の徳利も盆に乗る。
確かに敵と刃と口論を戦わせても議会の外であれば鉾を収めて飯を食らうのも悪くはないだろう。
だが然しに、墓飾之武鎮は恥を欠かされた。
漢として・・・・。

古今東東議員と其の取り巻きも随分と食も酒も進んでると視える。
幾ら全うに墓飾之が口を酸っぱくと唾を飛ばしてもどうせ噺の半分も耳には届いていないに違いない。
自分の脇の贔屓御華子に脇をつつかれ鼻の下とズルズルと伸ばし笑うのに忙しい。
総じて大将古今東東さえも酒が回ってまともに噺も出来そうにも無くに
只に自分の思惑どおりに若造に恥を欠かせてやったとばかりに悦に浸る。
「随分とお楽しみの様で御座いますね。皆々様・・・・。
議会の中で喧々諤々と意見交わしの大喧嘩なら、其れも帝國議員の立派な仕事で御座んしょう。
されど、外に一歩も出れば大漢狂人民大帝共和國の漢であります。
此処は確かに浮世離れの長さ通り。仕来り知らずは確かであれど、誰でも初めは知らなくて当然。
それを恥とは呼ばぬとも貴殿等の酒の魚に嘲笑われる所以は微塵もありません。
此処は浮世首夜の長坂妾茶屋。芸の一つも出来ぬ癖に酒喰らい腹突き出す狸親父め
眼こじ開け特と観やがれっ。囃子太鼓を頂戴候」
恥を欠かされよっぽどに我慢出来ぬとばかりに天井に届くかと言う勢いで座布団の上に立ち
眼下の御膳を跨いで座敷の畳縁を踏んだと当時に紺の背広を脱ぎ捨てると白シャツの片袖を剥いて
愛用の一本扇子を天空にかがげ、囃子の準備をじっと待つ。

いつもであればこそ、宴の頃合いを見て芸の一つとして御華子が座敷で踊る。
定番の遊びであればこそ座敷の衝立の後ろで囃子達が控えているが
いつもと違いやっと出番と合図を投げたのは座敷努めの御華子ではなく
その日の座敷に遅れてきた随分と若も頼りなげに視える若造だった。
否然し、囃子くれと強請られ答えないのも又に玄人の恥である。
慌てて三味線を構え囃子太鼓の打ち棒を二人三人と握る。
されど其の曲選びに囃子頭は一瞬迷う。
一瞬迷うが一枚畳の縁を踏む墓飾之の立ち姿と見定めると、これは本気でかからねばと
姿勢を律して口に当てた竹棒笛に息を吹き込む。

小さくも息風が笛の音と取ると太鼓囃子が一つとふたつと重なり三味線の弦が弾ける。
酒をあおり喰らう古今東東議員も若い議員が突然に唾を飛ばして口上垂れたと思えば
すくっと立ち上がり上着を投げ捨て半身裸に成ったと思えば本来、御華子が舞うお囃子が聞こえてくる。
これは馬鹿げた事でありとんだ茶番もあったもんだと嘲らう。
だが然し、脇に控える贔屓御華子の酌する手が止まり仰ぐ扇子がパタリと堕ちる。
御華子達はヒョロリとした若者が他仕上がり口上を垂れた時こそ口元を抑え笑って見せたが
御囃子衆が鳴らした笛音の最初の音を聞いて驚き身構える。
其の曲は浮世首の御華子踊りの中でももっと難しい曲であり、容易くも踊り切るのは難しくも
それこそ毎日芸を極めんと修行に明け暮れる御華子であっても何年も掛かる舞である。
古くもかつてにの戦故事を綴る詩舞であり悲しげでも儚くも流れるしらべに合わせ脚下の畳縁に
脚を常に這わせると言うのは以外にも確かに難しい。勿論にその縁を目で追い確かめる等持って他だ。
芸を極めると決めた御華子でさえ数年も掛かるなら今にこの座敷で踊り切れる御華子も何人もいないだろう。
ましてやその四肢も御名子に比べれば硬いであろう漢児の墓飾之が踊るとなれば尚更である。
「あっ・・・・」迂闊にも声を上げたのは古今東東である。
この時上げたたった一つの唸りを古今東東議員は後にも随分と長い間後悔する事になる。
あっと上げた感嘆符の理由は容易い。
扇子揺らし細くも切れる目を流しくるりと回った刹那に見える入れ墨。
ヒョロリとした背中は以外も大きく広く、其処に居るのは刺さ流れるも登る赤い鯉と黒い金魚。
鯉が咥える一輪の華は茎の取れた牡丹花。黒い金魚が咥えるのが串の通った白玉団子。
幸いにも半分が背広に隠れて良くは観えない。それが祟りを半身と示す。
牡丹を咥える鯉が紅ければ、白い団子を食らう黒の大金魚。
確かに其れは若造で、口も煩い若造議員である。然し目の前で漢伊達等にも御華子踊りを舞って魅せるのは
並の才では出来るはずもない。其処かで聞いた事あれば今より昔に浮世首の御華子立ちは古踊り歌舞伎の家元に
教えを乞うて芸としたらしい。若し其れならば、本当に其れならば、目前で芸の極みと舞う漢の実家は
少なくでも古踊り歌舞伎の家に違いない。そうで無ければ踊れない。
なるほど。懶怠者に視えるあの背の入れ墨も芸を極める仕来りであるとも知れる。
これは随分と相手が悪いと踏んだ途端にどんっどんっと畳の上を踏んでつまらぬ余興が終わったと
若造議員の墓飾之が告げる。

「随分と恥を欠かせて頂きました。
御大将、古今東東議員殿とその取り巻きのお方殿。
今宵はつまらぬ芸で恥の上塗りとしましたが。いずれこの借りは返させて頂きます。
件の件は黙ります。弐ヶ月もあれば十分でしょう。その間に好きに為さるが良いでしょう」
手の平がう撃たれる前に墓飾之は声を張って言い捨て身支度を軽く整えると畳の節を踏まない様に
気を使いながら大股で襖を歩き座敷を降りて消える。
「随分と威勢が良い若造だな。見事とは言えずとも多少は見れた。
以外にも折れたのも応えた証拠だろう。これだから最近の若者は・・・」
確かに自分が見惚れた事を咳払いで誤魔化し笑う古今東東議員。
「いや、我等の負けでしょうな。あの若造に恥をかかせたんですからな。
粘ってくれたほうがまだ、良かった。弐ヶ月。弐ヶ月で事が終わると思いか?
予算が通ると思うのかね?古今東東議員。まぁ、我らの負けであるな」
折角にも悦に浸る古今東東に誰かが苦言と釘を打つ。
それがどうしたとでもいうのだろうか。さて、これからがお楽しみと言うところでも
あの舞の後では場が白けたと言うのだろう。古今東東の言葉を誰も聞かず脇の御華子と密談に勤しむ。

ドスドスと座敷廊下を渡って歩く墓飾之。
其の眼の前に理由も事情も知らぬ小僧丁稚が慌てて駆け寄り朱色盆を掲げて突き出す。
勿論、其れはその日の座敷仕十八番遊びの料金の支払いである。
言ってみれば随分に乱暴な事であるが丁稚小僧は単に言いつけられた自分の仕事をこなすだけである。
が、否然し。
墓飾之武鎮は御膳に手を付けて酒を喰らったわけでもない。
ましてや煮魚一匹箸を付けたわけでも椀飯の米粒一粒も口に運んだわけでもない。
当然に脇に御華子を華と添えて仮初の恋の駆け引きを楽しんだわけでもない。
ただ、そこでいらぬ恥を散々に欠かされただけであり、浮世首茶屋の接待を何一つ受けた理由でもない。
確かに理不尽ではあろうが口を真一文字に結んだ朱色盆の上の木札を取り上げちらりと覗くと
エイッとばかりに懐に手を突っ込んで多少折れ曲がった札束を重ねて小僧が掲げる朱色盆の上に乗せる。
実のところ結構な金額であるし当然の如く盆の上に裏返した値札紙の数字より多い金額であった。
御華子遊びの座敷料と豪華すぎる逸品御膳、旨い酒とつまみと御華子仕妻の代金其の二人分と祝儀
挙げ句には盆を掲げる小僧丁稚の小遣いとその全部よりも更に弐割程多い金額であった。
廊下角の隅でどれどれどうなることやらと様子を睨む古今東東の使いの者は厳つく風切る墓飾之と方が触れる。
予期せぬ事と慌てるが耳打ちされた言葉がずしりと腹に響いた。
「嘸かしに楽しいであろう。古今東東殿の鞄持ち。
浮世首の妾茶屋で酒も喰らわず御膳米粒口に入れず、何なら御華子借り妻に舞の一つも興じて魅せる漢など
前代未聞の嘲笑物だろうよ。観ていて楽しかったか?だが・・・お前。それで漢が立つというのか?
所詮は腹黒狸の鞄持ちだろう。妻と子供になんというのだ?今日の鞄は重かったと愚痴を溢すのか?
覚えておけよ。墓飾之の家に連なる者として借りは返してもらうからな」
ドス黒くも到底に國の祭事を預かる者とは思えぬ恫喝交じりの太い声に鞄持ちの漢は墓飾之の逆鱗に触れたと思い知る。

怒りと恥に身を焦がし長い廊下をドスドスと歩けば棒に当たる・・・。
正確には人影である。
廊下の木板ばかり観ていたので思わずにも棒に観える人影に打つかりそうになる。
「おっとっ。失礼。少しばかりに心頭に怒りを抱え込んこみ、前を観てなかった。失礼」慌てて弁明を口に吃る。
「おやおや、夜も浅く浮世首の宴もこれからと言うに御座いますのにぃ。お若い旦那はお帰りですかぁ?
さては、贔屓御華子を誰かに寝取られ申しました?お可哀想な和歌旦那。何なら私奴の乳の山でもお貸ししましょかぁ~?」
妙な節に乗せて何処か色艶の乗る声は堅物一辺倒の墓飾之にはやりにくい。調子が狂うとても言うのだろう。
「嫌々、其れには及ばず。大丈夫です。
少々、浮世首の十八番遊びの仕来り知らずでして自分で恥を書き上げただけです。それでは御免」
つきものが落ちたとでも言えば拍子抜けしたとでも言うのだろう。
眼の前で四肢豊かに身を揺らす御華子の色香に溺れかけそうにもなり
墓飾之は軽く一礼すると五百と弐拾ある石階段を疾走って降りる。

其時、其の場所に居るち云うのは全く持っての偶然であり、言ってしまえば運命の悪戯で有る。
浮世首妾茶屋で古今東東にいらぬ恥を掛かられた墓飾之は其の約束を確りとまもり黙り込む。
これで銀鱗市場の改築移・移転がサクサク進むかと思えば其れにあらずとなっているのは両手を叩いて喜んだ古今東東議員殿も
時短だと踏んで腹を揺らす。一歩進んだと思えば弐歩も参歩も後ろに下がるのは世の常であろうか。
とにかくも件の件から凡そ壱ヶ月と十と弐日が過ぎた夕方間近な頃合い。
弐度度登るまいと誓った五百と弐拾と石階段のちょうど三百迄登って墓飾之は脇の饂飩屋の暖簾をくぐる。
あの日の一件はさすがに腹に据え兼ねたが、後に腹の蟲がぐぅと泣き我慢できずにくぐった暖簾の饂飩屋は美味かった。
二度と登らないと決めたが最後まで登らなかれば良いだろうと自分を騙し、あれから度々に参百段の石階段を上がってくる。
饂飩屋の女将が顔を覚えてくれるならば、小童丁稚も其れに習うも、刻に若い御華子達も墓飾之の顔を観覚える。
ちょくちょく浮世首の石階段を登って来るくせに三百を数えた所で右に回って饂飩を啜る背広姿の若い祭事家と
なんとなくも顔をみれば噂ににも成る。地元住民との交流は大事と声を掛けられれば挨拶し、育ち盛りの小童丁稚に
強請られ袖を轢かれれば渋々にと団子を奢る。こばらが空いて団子でも口に入れたければ丸に渋柿じるしの饂飩屋
暖簾の前で待っていればヒョロリと背の高い背広姿の祭事家風情が奢ってくれるとも噂になる。

いつもと変わらぬ今日も其時、竹の笛を吹かせたら右に出る者あらずと和態を極めて囃子衆の漢。
皆が呼べは竹笛の笹之木と耳聞こえも悪くない。竹笛に息を吹込む技にすれば間違いなくも玄人である。
だが然し、其れだけである。名を示しても褒めてたたえてくれるのは精々浮世首坂に関わる者立ちだけである。
毎夜に集って騒ぐ客達も別にその竹笛吹きの漢の笛音を目当てに来てるわけでもない。
御華子遊びのついでにと舞って腰をくねらす御華子の後ろで拍子を取る為だけのものだ。
そろそろ四十代の半ばを過ぎてそろそろ先の事を考えでもしないと裏方家業でずっと過ごす羽目に成ると焦りが募る。
其の日も、僅かな休息時間に油玉と伽石をカチカチ鳴らし唯一の楽しみの蛙煙草に火を付け焼ける煙を肺に送る。
蛙煙草と呼ばれるそれは随分と独特でも有る。程々に長い鉄の筒に干して煎じた煙蛙の脚を刻んで詰め込み
火を付けて煙蛙の皮膚が苦すんで燃えあがる煙を吸って楽しむといささか稀有な代物である。
壱吸い、弐吸い、参と四。笛吹の漢は其処で辞める。必ずである。一種麻薬にも似た高揚感に包まれるが
大体にして焼ける蛙の肌煙を吸って肺に入れる等、どっか頭の螺子でも緩んで無ければ出来ないものだろう。
芸の肥やしと若い頃の外他國で覚えたが未だにやめられないとは情けなくも悪癖と笑う。
そろそろ頃合いで、後壱吸いでもすれば丁稚小僧が呼びに来るだろう。漢は慣れた四肢を捩ってかがみ
石上に鉄筒をこつんとぶつけて燃えかすになった蛙の残骸を捨てる。
「そんな所で何やってるですか?笹之木さん。今日は三つも座敷があるんですよっ。早くして下さいってば」
「ああっ。今行くって」予想通りに小僧丁稚が喚びにくれば慌てて草履で蛙の残骸を側溝に落とす。
少々、頭がぐらつくがそれも又気持ちよくも芸の肥やしであると良い聞かせ笛吹の漢は表通りへを草履を運ぶ。

さて・・・。
蛙煙草の煙草とは禁制の品である。
理由は簡単で麻薬の類にも入る。否然し其れだけではない。
そもそも、可燃性の蛙の脚を干して煎じもすれば良く燃える。その昔こそは火お越しの道具でもあったのだ。
しかも結構扱いが難しく良く燃えるが燃え上がる。しかも内側に熱を貯める性質が有るから火が籠もる。
それ故に一件ちゃんと消したと思ったも実は中でくすぶるも熱を溜め込むと云う厄介な代物で扱いは十分に
気をつける必要がある。その時代に置きた都一体の天下一片大火事祭りで都がま丸ごと厄災火で失われたのも
この蛙煙草桶売りが扱いを損ねたからと言われてもいる。
そして又、偶然は繰り返す。

置字

天鼠蛭姫

天鼠蛭姫

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