【女装漢児】いろかにほへと、壱噺


[大漢狂人民大帝共和國]縊犂桶團蔵が其の國を闊歩するのは苦痛でしかない。
それでもその國に営みを置く事を余儀ななくされるのは人生の悪戯でしかないだろう。
其れは毎朝、毎日の事だけではなく今この刻で有っても同じである。
縊犂桶團蔵。其の容姿を述べるなら巨漢の一言に尽きる。身長こそ禄尺に届くであろうしも体重も
軽く米俵を数えるのに値する。つまりはでぶ。でぶでぶのおでぶちゃんである。
日に参度の食事はもとよりもその間に間食も絶やさないから胃袋が落ち着く暇は常にない。
個の國の民の平均的な体つきよりも遥かに大きいから背を丸めて猫背で歩くのが癖でも有る。
体躯が大きいからきっと性格もおおらかと思えば其れが全くの逆であり臆病な所もあれば細かな事に
やたらと拘る所も見て取れる。時に変質的と言う成れば何かに執着する事も多々にある。
食べ物に執着するのは食い意地がはり自腹が出ているからであって当然であるがも、
其れ以外にも一度拘ると大いに没頭し道を極めるとなれば猪の如くに突き進む。

大漢狂人民大帝共和國の其の帝都の街の盛り場と言えば浮世首の長坂通りである。
只の人でさえ其の坂を乗って茶華屋にたどり着くのは結構に大変な事であり当然の如くに
何処ぞの建築屋の印が入った手拭いが欠かせない。肥満児著しい縊犂桶團蔵にとっては
其れが一枚で収まるはずもない。道坂すれ違い降りてくる若い華子達が縊犂桶の姿を観て
夏着物の袖を上品に口に当てくすりと笑うのもしょうがないだろう。
浮世首の長坂通り。
其の國においても結構に高値の華の雌遊びと言われる金のかかる遊びは帝都の町人にもおいそれと
手の出るものではない。言ってみれば戦甚だしい昨今の軍人であってもそれ相当の地位の者か
國祭りを司る帝國議員の一派でもなければおいそれとその長さ坂を登る事は出来やしない。
弐刻遊んで月稼ぎの壱ヶ月分、半日遊べば参ヶ月分。止まりと成れば更にお代が膨らめば町人風情が
遊び倒す為のお代を稼ぐには十と幾らの月では足りぬ。人の営み一生の思い出と破産覚悟で
やって来る輩も拒まず客と華子はもてすが翌朝開ければ借金取りに追われる身にやつすのが決まりで有る。
曲がりくねり狭い石畳の階段坂を何段も登れば肥満児縊犂桶の膝も泣く。
「やれやれ。後学の為に上司に言われ雌華遊びとは漢の誉。
何処が誉だっ!只、長い坂をひたすら登るだけではないか?これは登山か?儂は山を登っているのか?
どうせ登るなら豊かな乳の山でも登ってみたいものだわっ」どっど湧き出る汗を拭くために石階段の上に
立ち止まり息をはいて整えながらも手拭いで汗を拭き取る。まぁまぁかなりでぶには辛い道のりである。
「まだ、先か?先なのか?店の方から歩いてはくれるのか?このままでは干からびて痩せてしまうではないか」
一人愚痴ても始まらないのではあろうが、それでも救いの手は伸びてくる。

「御兄ぃ様。冷たい甘水でもお呑みになって下さいませなぁ~」
小鼻にかかる妙に甘ったるい声と噺方は其の華長坂街の住人で有る事を示す。
「おおぉのおおっ。すまんすまん!ありがとう。御華の御名子殿。
なにせ個の体躯であるからな。汗を掻くのも腹が出るのも食いしん坊の定めであるからなっ」
「ぷぷぅ。御兄ぃ様。面白い御方」若い華子の娘は思わず気を許し声を上げて笑う。
浮世首の長坂通りに有っては仕来りと習わしが多くを縛る。
若い華子の娘のが小さな盆にコップに満たした甘水を差し出したのは縊犂桶がおでぶで汗を
掻いていたからではない。一見すれば確かに気遣いともてなしの気持ちで有るが其れも習わしあっての事である。
石階段を登らねば目的の場所にもたどり着けないとも乳酸の貯まる太腿を上げて登るが長すぎる。
とにかく息も上がれば汗も掻くからと一息止まりに汗を拭き取り大きくも丸っこい手で扇子を仰いで風を送る。
元も丸っこくも大きな手で扇子を摘むがどうも対比がおかしくも視えるがその扇子には丸に牡丹と墨文字が流れる。
丸に牡丹。つまりはその日に縊犂桶團蔵が華遊びと洒落込む御華屋が牡丹屋と言う店であり
その牡丹屋に華子として修行努めと営みを求めるのが甘水を縊犂桶に差し出した若い娘である。
最初こそ、ぜいぜいと息を荒げ石階段を登る縊犂桶を御稽古事の帰りに仲間と観てはくすりとみて笑うも
手拭いで汗を拭き取り仰いだ扇子の牡丹絵柄に気がつくと、熊とも視える体躯の漢が自分の店の客だと知れれば
放って置くのは浮世首の長坂通りの華子の端くれとしては憚る事と近くの茶屋に駆け込み頼み込み
甘水と壱串の四角団子を盆に乗せぜぇぜぇ辟易と息を荒げる縊犂桶に声を掛けた。
「くぅ~~。膝を上げ階段を登った後の水と団子は腹に染みる。
やれやれ、御華の御名子殿。有難う。有難う。助かり申した」
石階段の上で立ち食い団子とは少々に行儀も悪いが致し方なくも感謝に背中を丸めて礼儀を通すも
「御兄ぃ様。やっと半分で御座いますよ?まだ半分残っておりますよ」ぷぷぷと可愛くも微笑む娘
「何、これで半分足らずとは、でぶに長坂の街は余程に遠いと天竺かっ。
饂飩の一杯でも食わねば腹がもたないぞ。何処ぞに旨い飯屋でもしってるか?」
「御兄ぃ様、御兄ぃ様。大層立派なお腹であれば減ってもしょうがないですが、
この辺の饂飩はとても美味しゅう御座います。一度店にはいったら右から左ひだりと品書きを読んでは
唾が溜まって食べ終わるまで出て来れませんよ?それでは御姉様と囲む膳が食べられませんよ?」
「何?流石は浮世首の長坂通りの饂飩屋であるなっ。何よりせっかくの華子遊びとなればこそ
美人と向かい合って膳を囲むとなれば食い物の味も禄にわからんだろう。ここは帰りの楽しみ取っておこいう」
「まっ。御兄ぃ様、御姉様と膳を囲んで食した帰り道に今度は長坂通りの喰い道楽ですか?
随分粋なお遊びで御座います事。ぷぷのぷ」屈託もなく素直に笑みが娘の口角を緩める
「なぁに。貧乏役人の端くれであればこそ役所上役の奢りで後学の為の遊びであるぞ
浮世長坂の御華子殿も本気で構っては暮れもせずであろう。
帰りに饂飩の数杯、腹に詰めてもお天道様も上役も苦い顔しても責めやしまいて、がははぁ」
石階段の途中で腹を擦り声を上げて笑えば少々下品にも視えるが悪気はないらしい。
とにかくも盆の上に甘水と一串団子の代金をじゃやりと置くと野太い声でまた笑い少々きつそうでは有っても
膝に力を込めて縊犂桶はどっこいしょと残り半分の石階段をやっとこ登る。

浮世首の長坂通り。
漢共が群がり雌遊びの相手を務めるの御華子。多栗囃子燐。華子名前とすれば御燐。
浮世坂御華子の御燐。其の御燐は眼の前で厚い座布団を自分の尻で押しつぶし御食事膳の焼き魚を突く巨漢の漢に
結構激しい嫌悪感を心の深層に抱く。正直に言えば身を粉に働く仕事としてで無ければ絶対に関わりたくないと
言うのが本当のところである。
「旦那さんはどんなお仕事をなさっているのすか?」
初めて面をあわせる御客となれば話題も少ない。先ずは当たり障りのない所から初めて見る
「生まれ出るは違うのでは有るが大漢狂人民大帝共和國・自立頭脳研究開発局自動計算促進課に籍はある。
朝から番ま白紙と計算尺を使ってひたすらに数を数えるのが仕事であるな」
何処か掴みどころがない生返事が帰ってくるがそれも当然であろう。
せっかくに大枚はたいて御華子との雌遊びと言うのに熊の如くと体躯の大きな其の漢客は何処か気も漫ろそぞろである。
大きな体躯で座布団を潰し胡座を掻く前にある御膳の上の八脚の川魚の焼き魚を箸でつつくのに忙しいからで有る。
「計算課?で御座いますか?」
あまりに聞き慣れずも接客の玄人であればこそ噺を留めるのも失礼であるから聞き返す
「あぁ~まぁ~。なんだな。つまりは色々と経費の計算とかだな。
有無。この國は今も昨日も戦の真っ最中であろう。軍力を持って他国と戦と営めば軍事・兵器・兵站・作戦等にだな。
やっぱりどうしても免れるのが金で有る。御金という奴であるが、経費とも言う。その経費をあれこれ計算するのが
儂の仕事である。もっとも目は付かれるし、腹も減るのであるが・・・」
ボソリと何かを思い出したように一度は手を留めるが直ぐに短い箸を動かし川魚の焼き魚を突くが
やはり御燐との噺には身が入らない。
全部で五百と八十段は有ると言う浮世首の長坂通りの御華茶屋・牡丹屋。
確かに上司に無理に言いつけられ脚を運んだ物の所詮はお役所仕事の経費なれどそれでもである。
女と雌の観察眼も鋭ければ美食家も舌を丸めて唸ると言う食事と美麗な御華子であるが
其の相手としては御燐は申し分ないとしても其の目が自分を嫌いと影顔に睨めば、
膳の上の食事もそれなりとしか思えない。
おそらくは縊犂桶が役所の上役の紹介有れど一見様であるのは明白であるし夕方早くの座敷となれば
その日の主客が後に控えるのは当たり前である。それにしても目にあまるのは気遣いのなさとも言える。
縊犂桶團蔵は大熊の如くの体躯を誇れば、若しに戦に出れば前線で武器等要らずに敵兵の首を引っこ抜くだろう。
当人が少々、臆病な性格故に軍役所に無理を言って籍を置いているだけである。
その体躯が人並み以上で有ればこやはり座布団が薄っぺらすぎる。
中の柔綿なんて直ぐに潰れて尻の肉が硬畳に直接触れる。
其れに何より御膳のが小さい。眼の前の膳が小さいと成れば当然に縊犂桶が食らうのには量が少ない。
大体にして其の大きな手には箸が短すぎるし細くて変に力を入れるならぽきりとたやすく折れてしまうだろう。
其れこそ気を使い箸で川魚を突いてもそもそもししゃもの如くに身もすくない。なんとも物足りない御膳である。
御膳の上の食事で其れこそ目玉とも言える山猪の鉄鍋煮込みであろうが、いかんせんこれも小さいやもしれぬ。
確かにこの國は山々が少なくも海に面してると言えばこそ山猪の肉は稀有な食材でも有るのだが
一般の者にとってはそれなりの量であっても熊にも似る縊犂桶の胃袋にはコンビニのサンドイッチ程にしか
小腹を満たす事は出来なかった。寧ろそれでも肉を煮込む汁は旨い。一瞬こそ行儀作法を気にしたが
其処は食いしん坊の意地っ張りだろう。太い眉を潜めてチラリと相対する御燐の端正な顔に目をやると
エイッとばかりに手を伸ばし鍋に貯まり残る猪鍋の汁を喉を鳴らして極々と飲み干す。
(なんて行儀の悪い客だろう・・・)口の中でごもごもと御燐が苦言を吐くのは仕方がない。
浮世首の長坂通りで御華子遊びをするのは良しとしても、その代わり仕来りと礼儀を客にも求める。
人と人との付き合いで有ればこそ節度と仕来りを常とし行儀の悪さと下品な行為は嫌がられる事も多い。
縊犂桶としてはゲップの一つも吐き捨てたいが、あまりに其れは憚れると腹をさすって何とか誤魔化すも
客の相手が毎日の仕事と成れば御燐の目には悪辣に映る。
(大体にして、こんな漢が御華子遊びにこの街に来るってどうゆうつもりかしら?
変態じゃないのかしら。いいえ、絶対に変態に決まってるわ)
人を外見人睨みで決めつけるのは確かに良くはないだろうが、どうせ相手にはわからないのだからと
御燐は心の中で愚痴をこぼす。
大体にしてあの太い眉毛は何?炭鉱の木炭棒で参回なぞってもあんなに太くならないわよっ。
まんまるな顔のど真ん中にデンっと構えた鷲鼻だって変だわ。ちょっと左に曲がっているし
何より分厚い唇は生理的に無理だわ。恋仲旦那になったりして口吸いなんかしたら窒息するわよ!
でも、目はパッチリしててちょっと可愛いかしら。
それにしてもあの大きい手で乳房弄られるも嫌。勢い余って揉み潰す所か千切れるかもしれないじゃない。
あんなに丸くて太い指が壺に無理やりはいってきちゃたら堪らないわ。
床中技なんて礼儀も作法も知らないに違いない。いきなり真栗の形に足首抑えられて無理やり脚を開かされて
股座にのしかかって来るに違いないわ。きつく責められて腹の肉に押しつぶされるに違いない。
やっぱり駄目。変態肉達磨に許すなんて考えられないわ。ぺっぺっ。
随分とかってな妄想に囚われつつもぎりぎりと睨んで居るうちに時は勝手に流れる。
気がつけば目の前のでっぷり腹の客は一人勝手に手酌で猪口を口に運んで居る。
浮世首の長坂通りの御華子遊びには作法がある。饗しでも有るからこそ其の役目は御華子の役目だ。
しばしの時に一人勝手に妄想に耽っていたお陰で御燐はタイミングを逃してしまう。
普段ならありえない事であるがあまりに團蔵の動きが早かったとも言える。
猪鍋の汁は美味かったが喉に潮辛さがちょっと残る。水で喉を潤したいが其れもない。
かわりに御膳の横の酒盆の上の徳利と猪口を拾い上げ一人手酌と高い酒で喉を潤す。
本来であればこれは御華子の御燐の仕事であり饗し作法である。
其れが取り上げられるとなれば御燐はすることもない。
只、黙り座って居るわけにもいかないから囃子達に目配せし作法通りの舞踊りを披露する。
昔懐かしい四弦味線と緩やかな古笛の音に合わせ和服姿で古風結いに結った髪を揺らし舞踊る御燐の姿は
確かに美しくも見惚れ、この時だけは徳利を持つ手を休め噸麟は御燐の姿を呆然と見惚れていた。
人よりも確かに大きな乳房を覆う胸元も態と着物の襟元を緩め、もしかしたら双房豊かに眼福も有れ
何よりも美しくも艶めかしくも身を捩り乳房を揺らし腰をくねり突き出す尻に魅了されるのは当たり前である。
だが、其れだけである。
御華子であるから確かに座敷居間に身を置いていればこそ、その間は御華子は客を旦那様と呼ぶが
身をくねらせ誘って魅せてもそれだけである。ましてや初見の一見様の團蔵に其処から先の饗しはない。
そうと知って思い出したのか、一度は止めた手酌の手を又、もそりと動かすと酒で喉を焼き始める。
壱踊りと弐踊りが済むと息を整えるためにお囃子がピタリと止まる。
其れが頃合いの合図だと言うばかりに縊犂桶團蔵は座布団脇においてあった丸に牡丹柄の扇子を取ると
「ややも早いかも知れぬが堪能させて頂いた。飯も上手ければ、やはり御華子の美しさには驚いた。
いやはや、楽しい時を過ごさせて持ったぞ。番頭さん。お開き感情を頼む」
ぽんぽんと扇子で胡座の膝を叩き宴座敷の終いを告げる。
「有難うございます。旦那様。楽しんで頂ければ嬉しゅう御座います」
突然の宴終いに驚くが正直ホッとしたと言うのが御燐の本音でもある。
その日、縊犂桶の座敷は2つ目だったし夕刻が進めば夜には主客との座敷が控えてる。
嫌とは言えずともそれが短くも終わった事に正直嬉しさを感じたのが正直とも言える。
結果、飽く迄も型取りと成った御華子遊びであったが仕来りは残る。
見送りと支払いで有るが、前者が仕来り通りであったのに対し後者は揉めた。
一見様の噸麟であるから御華子御燐は畳床の上に頭を垂れ三つ指を付いて送り出す。
若しこれが自分を贔屓にしてくれる客であれば店を出る迄後ろを付いて歩くもきちんと見送る。
御華子が客に思いを寄せるなら店の先の暖簾下まで付いて行き、名残惜しげに手を握る事もある。
勿論、團蔵は御燐に取って初見の客であれば其の必要もまったくない。
ましてや心の内に嫌悪感が渦巻けば尚更であろう。

否然し・・・。
其の支払いは揉める。
「御客様、・・・否。旦那様。嫌、縊犂桶の旦那様。これは困ります。これは頂けません」
通常の場合、御華子遊びの料金の支払いは座敷が終いと成り客が廊下に出た時に行われる。
銭運びと呼ばれる若い丁稚が黒盆を恭しくも運んでくれば料金札が乗っている。
その札に書かれた代金を盆の上に置き上げて御華子遊びの代金を支払が成立する。
縊犂桶團蔵は突き出された黒盆の上に白封筒を壱束置く。
確かに浮世首の長坂通りの御華子遊びの料金は高い。一般庶民がおいそれと来れる所でもない。
一応の値段相場はだいたい決まっているものの高い料金であれば高値の遊びで有る。
團蔵が黒盆の上に白封筒を置いた途端に其の重み銭運びの丁稚の手が揺れた。
白封筒が乗った黒盆がその重みで揺れたのである。其の白封筒は重く。つまりは相場よりも
多くの札束がぎっしりと入っている。
「御華子遊びの相場は良く知らぬのだが・・・。どうせ役所の経費であるしな。
おっと、御燐といったか?御華子御名子への祝儀があったな。其れくらいは自腹で払うぞ。云々
それから小僧、丁稚は何人いる?我儘御名子の世話で腹もすくだろからな。ついでであるな
おっと、帰りの饂飩屋梯子の小遣いは残して置かぬとだな。
座敷の飯は旨いが、量が足りん。もっともこの腹では茶碗より丼ぶり
御櫃でも全然足りんがなっ。がははのは!」
「だっ、旦那様。否。縊犂桶の旦那様。困ります。困ります。多すぎます。多すぎますってば」
盆の上に先に乗った分厚い白封筒の上に更にも同じくらいに分厚く札束の入った封筒が乗せられる。
まるで一人言の様に自分で言って自分で納得するように更には店の丁稚までに気を使い白くはないが
茶色の封筒をドサリを乗せる。白封筒よりは確かに薄いがもみっちりと札束が詰まってる。
困ります!困ります!と黒盆を支えるも手の震えが止まらない銭運びの丁稚に
「釣りなどいらん。気はそぞろでも饗しを受けたら礼を返すのが儂の礼儀である。
受け取らんからな。旨い団子でも皆で食えば良いぞ。ガハハっ
おっ?先程の可愛い御華子見習いの御名子。この店の者だったのだな。
御華子遊びの腹ごなしに饂飩屋の梯子遊びに付きわぬか?」
ずいと身を乗り出して御華子見習いの顔を覗き込む。
「ぷぷ。御姉様と御食事なさったのではないのですか?美味しかったですか?
胸とお尻ばかりみてたんでしょう?変態お役人の縊犂桶の旦那様。
御華子遊びの腹ごなしなんて初めて聞きましたよ?本当に面白い旦那様です。
勿論、お付き合いしますよ。私奴大食いの御華子見習いで名を覇せて居るんですからね。
最初は三件先の味噌田楽饂飩屋からにいたしましょ」
縊犂桶が座敷が終わるのを待っていたのだろう。好物の饂飩を食べられると成れば尚更だ。
「儂は御名子の胸より尻に目が行くたちでな。でかい尻にこう手を着いてだな。
それよりも味噌田楽饂飩のほうが引かれるな。うん。案内してくれ見習いの御名子よ」
気もそぞろと縊犂桶に指摘された御燐であるが当然に其の後の成り行きも良く知らずに
そそくさと店の裏口から出ると一度支度長屋に帰り身支度を整える。
もっとも既にあのおでぶの事等一切に水に流し夜半に会える贔屓旦那の思いに胸を焦がしていた。

気もそぞろ所かその心に嫌悪感と悪口を言われた縊犂桶は饂飩の友を携え石階段を踏み抜いて歩き
味噌田楽の饂飩屋の品書きを先ずは右から読んでは注文し左の隅まできっちりと食べ尽くすと
次の店へと脚を運ぶ。ここでも右から左へと品書きを注文しては腹を膨らまし
また、次の一本麺の饂飩屋でも同じに饂飩を堪能する。
付きそう饂飩の友事御華子見習いの娘はもう、無理だと腹を叩くが甘味の店では縊犂桶より
弐本多くも団子を喰らい、調子が戻ったとばかりにその後弐件と縊犂桶に付き合う。
「うぬ。お主のお陰で今日は楽しく過ごせたぞ。礼を言う有難う。我が饂飩の友よ。
これは礼と言っては憚れるが簪一本の足しにでもしてれくれ」
「有難う御座います。縊犂桶の旦那様。簪一本の足しにさせて頂きます」深々と頭を娘は垂れる。
ぐるぐると赤い紐で括った札束は縊犂桶の小遣いだろう。
当然の如く金額だけを見れば簪一本を買うには多すぎる。
それでも簪一本と返したのは縊犂桶の気も気持ちを察してのことである。
大きな手で包まれた感触残るままに顔をあげると見習いの娘は細い眉を潜める。
なにか随分と不思議な光景であった。
其の朝、店の予定札にはそう書いてあった。
一見旦那様・御一人。縊犂桶團蔵・大漢狂人民大帝共和國・自立頭脳研究開発局自動計算促進課努め
眉が太い恰幅の良い鷲鼻の旦那
其れだけである。
もとより大漢狂人民大帝共和國・自立頭脳研究開発局自動計算促進課と聞いても良くも分からない。
やたら長い名称であるが最後に課が付けば何処かの役所努めとでもいうのだろう。
駄が然し・・・。
登る時もぜえぜえと息を切らし降りる時にはみしみしと膝がなく石畳を
なんとか下り終えた浮世首の長坂通りの入り口に止まる一台の黒塗りの車。
軍用車にも視えるのは気の所為なのか。それともやはりか。
旨い饂飩を腹に貯めて膨らめば動きも緩慢に成るとでもいうのだろうか。
のそりと前に進むと黒塗りの軍用車の扉を隣で控えた軍平兵が素早くも淀みなくさっと引く。
随分と緊張している所を見れば其れが余程の名誉とでも言うののだろうか。
饂飩で腹が膨れた縊犂桶はそんな事もなくも眠たそうに体を無理に車中に収めると窓越しであるが
御華子見習い饂飩の友の娘に微笑み会釈さえ返してくる。
再び丁寧にも頭を垂れちらりと盗み見ると娘はあっと気付く。
肩と腹を並べて饂飩を啜っていた漢の素性にふが堕ちる。
御華子遊びの御代を経費で払う。当然これは務め役所の経費を示す。
それでも格好付かぬと御華子御燐の祝儀を自腹で払い、果てには丁稚共に小遣いを振る舞う。
止めは黒塗りの軍用車。いかつい車体には一切の印が入ってなかった。
有るべき番号車札も一切の旗も。つまりはその車に折り込むのは役所所か軍の幹部か政治家か?
その正体が知れる事を嫌うほどにも都合が悪かろう人物。頭を巡らせるなら國の政事を担うのだろう。
それも表立ってではない。影で動かす悪徳大臣とでも言うのだろうか?
たやすく顔を魅せて良いはずのない漢であろうが態々御華子遊びに来るとは理由と狙いがあって当然である。

「本日の集いに参加して頂き、皆ご苦労である・・・
来るべき事の決戦においてはまだ少し先ではあろうが本日はゆっくりとご堪能なされよ」
浮世首の長坂通りの御華子遊びの座敷に集う数人の漢達。
(若造の癖に随分と燥いだ真似をする奴だ。これだから親の七光りの階段昇りは節度知らずで困る)
心にわだかまる闘志よりもそろそろ頭皮毛根の数が気になってきた鮟鱇坂の軍位は上級中佐である。
随分と軍果と年月を積み重ねてやっと居間に付いたのは良いが待遇が良いとは思っていない。
自分の努力に見合う程の待遇を軍の上部は与えてはくれなかった。
先ほどの若造の言葉が下知と成り襖が開けば待ってましたとばかりに数人の御華子達が座敷の畳縁を
跨いてそれぞれの贔屓旦那の脇に陣取り恥ずかしくもにこやかにも宴が始まる。
「鮟鱇坂の旦那様、御酌させて頂きます。どうぞ」
「うむ。元気であったか?」
すっと足音無くも側に膝を突く御華子に声を掛けるも心の中に渦巻くものは全くの別の思いである。
最初に羨みが湧き出るのはあの七光りの若造の左藤である。
脇に控え徳利を掲げるのはこの街でも贔屓の数が桁一つ多いと言われる人気の御燐。
やはりそうと言われるだけもあり美人であれば胸も尻も大きくて形も良い。
どうやら本気で惚れて居ると言うのだろうか徳利と掲げる細い指にも愛情が仕草に滲み出る。
親の光に照らされる左藤の脇を固めるのが筋肉自慢の右籐。どうせこいつは何も考えてはいまい。
旨い飯と酒と尻のでかい御華子を撫で回すためだけにこの会合に来てるに違いない。
左籐の脇を固めるもう一人が真籐であり彼奴は話好きの小太鼓持ちにしか過ぎない。
偶然にも籐と言う名字を冠した若い軍将校を纏めて籐組とも影で呼ばれる。
その日の座敷に集まったのはその籐組の呼びかけに応じた者達である。
「腐敗しきった老害将校が仕切る政事に鉄槌をっ!」
小太鼓持ちの真籐が大声を上げれば皆もおおっ!と声を上げて吠える。
鮟鱇坂も一応は口の中でごもごもと声を上げ中途半端に腕を上げて其れに答える。
既にあから顔で杯を掲げ枯れた声で吠える真籐の言葉がこの集いの目的である。
今こそは時期尚早と息を潜めるが決行の時は遠くはないだろう。
勿論、鮟鱇坂にも思う所もあれば不満も胸に貯まる。だが然し、謀反と成ると事が大きい。
大きすぎると言える。かといって其れが成されないと言うほどにその場に集う面々の面は貧弱ではない。
寧ろよく集まったと言うほど軍界・政界・商閥から癖の有る輩ばかり集めたと言うほどである。
一見すれば妥当大漢狂人民大帝共和國老害政府と声をあげて謀反と立つのも倒すのも出来そうでも有る。
だが、何処かに不安をも鮟鱇坂は感じてしまう。何か忘れてる気がするのだ。大きな物と些細な事を。
その些細な事の一つがずらりと並ぶ飯膳の対面に座る漢である。
脇でかまってくれと肘を突くちょっとむっちりな御華子にこっそり問えば其の答えは
「若い癖に随分とケチで倹約家の御客でございます。名字は阿籐。名は呑トとか?ケチですよ?」
「阿籐、阿籐呑ト・・・?聞かぬ名だな」
「婿取り村の出身だとか。若いくせにやっぱりケチですの」
「嫁取り村の阿籐呑ト・・・。やはり聞いた事がない」
ボソリと呟いたのが聞こえたのか、きちんと正座して茶漬けの椀を口に運びながらもこちらをじろりと睨んでくる。
嫁取り村の阿籐呑ト・・・。
随分とひょろりと痩せた体躯であるが、ともすれば女と御華子には随分とモテそうな顔立ちである。
清潔感あふれる出で立ちで宴会の席でも軍服の襟元も緩めない。脇に置いた軍帽の軍位記章から大尉とも知れる。
(大尉風情が何故に此処にいると言うのか?婿取り村は聞いたことが有るが・・・)
脇で肘を突く贔屓御華子が言うように身なりはかっちりしてるが何処か緊張もしてると言うのだろうか
もしかしたら浮世首の御華子遊びが初めてだとでも言うのだろうか?
海老頭の茶漬けが好物らしいがお代わりを所望するのにも態々に女中に手をふって声を掛ける始末である。
なるほど。此奴は随分と初な奴らしい。
おそらくは会合に来てる誰かの付き添いなのだろう。軍用車の運転かも知れない。
とにかく上官に世の後学の為にと連れ込まれたか、左籐に最近誘われたばかりでわけも分からずと茶漬けを啜るにのが
精一杯という所なのであろう。作法も仕来りも解らずに一人ぽつねんと心情心元内に違いない。
そうと分かれば負に堕ちる。自分の贔屓御華子がケチと言ったのもうなずけるが例えそうでも責めては可愛そうだ。
何しろ作法も仕来りも知らぬなら無理もない。随分とドジを踏んだものだと鮟鱇坂は心中で苦く笑う。
上司か左籐に言われるままに店の暖簾をくぐった作法知らずの阿籐は店子の丁稚に軍用コートを預け廊下へと進む。
案内される座敷までの距離は長くも廊下脇に少しと開いた障子向こうの部屋にその夜の添妻となるい御華子が控えてる。
予め店に予約でも入れておけば店の者が手配してくれるが、飛び込みの客は部屋の障子向こうを覗き歩き
気に入った御華子をその日の添妻とするのであるが、作法も仕来りも知らぬ阿籐は店子丁稚にまっすぐ付いて来たのだろう。
変だと思って店子丁稚も態と遠回りに座敷へと案内したつもりであるが何も知らぬ阿籐は付いてきただけ有る。
そなら一人手酌で海老頭の茶漬けを啜る事しか満足に出来ないだろう。
その日の会合の意味も状況もわからないに違いない。なんとも哀れなやつである。
「どうやら阿籐殿は浮世首の長さで御華子遊びは初めてのうように視える。
周りの雰囲気に飲まれていてはせっかくの御膳も不味くもなろう。
大体、御名子遊びに来てると言うのに一人手酌で海老頭の茶漬けを啜るだけとは情けない。
御觀子よ、確かお主の妹繋がりの御華子が居ただろう。静かすぎて何処にいるかもわからんと言う奴だ。
婿取り村の者ならきっと気に入るに違いない。構わないから呼んでやれ」
鮟鱇坂の下知に贔屓御華子の御觀子が頷くと手を降って丁稚に伝言を伝える。
いきなり鳩の豆鉄砲を食らったのは阿籐である。事の真相を見透かされて居たのも気恥ずかしい。
気恥ずかしさで一杯であったが既に時遅しとでもある。次の茶漬けを啜る前に座敷向こうの襖が開いて
鮟鱇坂が言い捨てた様に随分と物静かな御華子の娘がやって来る。
「御優と申します。婿取り村の旦那様」以外にも背が高くも其の乳房の山もそれほどに大きくはない。
然しそれでも軽く会釈を返した阿籐は其れも良しとした。
「どれどれやっと形にも成ったろう。それで婿取り村とはどんなところだ?よく知らんのだが」
「も、文字通りで御座います。漢共は十と八に成るまでに婿に取られなければなりません
其れまで一切の働きはいたしません。色々決まりがあって結構大変なんです。
何しろその時まで参人の娘に婿に取られないと要らぬ者として村から追い出されるのです」
「漢が婿に取られるまで何もしないと言うのか?随分と楽な人生であるではないか?」
「いえいえ、鮟鱇坂殿は婿取り村の真の恐ろしさをお知りに成ってません。
良いですか?成人の義が十と禄才で御座いますから、その後の弐の歳で参人の女供に
娶られなけえばなりません。良いですか?顔の出来に恵まれれば其れは当たりくじです。
そうでないものは別の所で才を磨かねばなりません。良いですか?顔の籤に当たらなければ
次には才能と言う技です。それが無ければ次はなんですか?顔の良さに恵まれず才能も解消もなく。
更に女に興味がないとか漢が良いとかそうゆう身の上の奴はどうすれば良いんですかっ」
さっきまでの寡黙さと云うのは何処に言ったとでも言うのだろう。粥茶碗と箸を握りしめたまま
結構な声で吠えれば、どうやら阿籐と言う若者は歳の割に苦労も耐えないらしい。
「おいおい。婿取り村の阿籐というや奴は随分と鬱憤が溜まっているらしいぞ。
なんとも若いくせに苦労してるらしい。なるほど若いくせに何処か廃れて居ると思えば
村の仕来りに叶わずに追い出され仕方なくも軍に救いを求めた口か。
ちなみにお主は漢色好みか?そんな事言ってるから出世できんのだぞ。
もうこの際。脇の御優でも茹で上げでもして夫として娶って貰え。うははっ」
「ぼ、僕が茹で上げられてどうするんですか?其れくらい知ってますよ。僕っだって!
村で婿入りできなかったからって浮世首の長坂で婿入りってどうなってるですか?」
「まぁ、落ち着け。面白いではないか?浮世首の御華子の所へ婿入りなんぞ聞いたことがない。
だからこそ粋であろう。隣脇の御華子も満更で満更ではないと顔に出てるではないか?
なんなら儂が御華子茹での仕切りを手配してやってもいいのだぞ!」
「待って下さい。そんなっ。御華子の茹で上げって幾らかかると思ってるですか?
貧乏将校の安月給でそんな事出来るはずないでしょ。
ちょっと鮟鱇坂殿。手を振らないで下さい。手を降って店女将を呼ばないで下さい。
待って下さいってば。本当に待って、あっ、本気で腰を上げないでくだい。
い、一魂、先ずは一魂呑みましょう。お酒強くないけどっ、挨拶代わりの一魂ですってば」
噺が急転していく中で冗談交じりに店女将を呼ぼうと膝を立てる鮟鱇坂を阿籐は無理に引き止める。
勿論に鮟鱇坂にしてはつまらぬむ胡散臭い会合の余興に阿籐を誂うだけであるが
その若者の慌てぶりが面白くもしばらくぶりに声を張って嗤い声を上げる。
先ずは一魂と互いに猪口と杯を交わし婿取り村の噺や最近の軍事情や上司の愚痴と部下の失態事
挙げ句には会合仲間の悪口事情を声を上げては互いに嗤い声を潜めては影口を叩いて又笑う。

「鮟鱇坂殿・・・。御耳を」
一頻りも弐仕切りも猪口と杯を重ね嗤いあった後に黙する会合がやっと跳ね終わり
やっと開放されたとばかりに息を突く浮世首の店廊下。
先ほどまで肩を叩き誂ってやった若造が背後から声を掛ける。
軍帽を深く被り声を潜めるのは密談と決まってる。其の顔色が真剣であるとも物語る。
「んっ?どうした。婿取り将校の阿籐とやら」冗談交じりに首を傾げてみれば声が囁く。
「当日来たりた刻は、腹痛を起こして下さい。下痢でも便秘でも・・・。
できれば不利ではなく、山河豚の刺し身毒にでも当たるのが良いでしょう。当日は僕もそうします」
「ふむ。あい分かった・・・」短く頷くと態と声を上げて阿籐の肩を叩く
「そうかっ。気にったか。少々背も高いし乳の山も低いが静かな所が性にあうとな。
婿取り村の漢色好きな癖に浮世首の御華子のに惚れるとは飼い猫の家の隅にも置けぬ奴め、がははっ」
バンバンと大げさに阿籐の肩を叩いて軽口を叩く鮟鱇坂。
こういう事はわざとらしくも大げさにやって魅せるのが以外にも効果がある。
廊下の向こうから藤組の真籐がヒョロリと顔を出したのを見越してである。

鬱陶しくも煩わしい礼の会食から半分の月。
少々と言わず結構な雨風が天空から落ちてくる朝早くも。
当然、傘なども役に立たずもレインコートを着込み蒸気列車を乗り継いで何とか辿り着く軍職場。
「お待ちして降りました。鮟鱇坂上級大佐殿。軍用車をご用意しております」
「うぉ。婿取り村の阿籐君ではないか?こんな嵐雨の日に何のようだ?
儂はこれから会議に出なければならん。抱えてる作戦が難航していてな」頭を悩ます案件に顔が曇る。
「鮟鱇坂殿には浮世首の御華子遊びの借りがあります。
お返ししなければ本当に茹で上げ如く御華子の所に婿に行かされてしまいそうで怖いです。
えっ?本当にやるつもりだって?女将に話した?ぼ、僕の意見はどうなってるですか?
そんなの知るかですって?面白いからやるって、それは殺生です。味方殺生してどうするんですかっ?
とりあえず、会議は忘れて頂いて結構ですので・・・・車はこちらです」
黙っていれば結構みれる顔だし体つきも戦兵其の物であれば女にも御華子にもモテるに違いない。
ところが一度誂われると血相変えて大げさに狼狽して魅せる若造に鮟鱇坂は好感を確かに覚える。
雨水垂れるレインコートを脱いで払い少々軍服を濡らすも軍用車に体を押し込む。
鮟鱇坂は黒塗りの軍用車が何処に向かうか知らなかった。隣の若い阿籐に訪ねもしない。
其の軍用車はハリボテの細工が施されている。一見すれば只の黒塗りの軍用車であるが
戦さ場で走る物ではない。かと言って街中公道を走るのは其の規則に準じていない。
先ず、登録章が車体をグルっと回って見てもない。最初から取り付けられてもいないのだ。
更にこれみよがしに質素を旨とする内装もそう視えるだけで実は防弾仕様でもある。
鮟鱇坂も軍兵でありそれなりの地位であるから知らぬ事は有っても知ってる事もある。
軍用の割に遅い速度であるなら尚更だ。重いのである。それ故に速度はない。
車体が重いとなれば軍用だけにあらず防弾、防盗聴・対空・対地・空爆仕様とでも言うのだろう。
ありとあらやる攻撃に耐えられるとなれば軍用に似せた要人車両だろう。
こんな車両にたかが上級大佐一辺倒が詰め込まれるとなれば相当に厄介事だろう。
正に隣で軍帽を目深にかぶりまっすぐに正面を向いて睨む阿籐と言う漢も言われて見れば
招待知れずである。そう言えば阿籐は階級を名乗ったことがない。
鮟鱇坂自身の階級よりは確かに下であろうが、果たして軍属なのかもあやしい。
否、身なりと様相から軍人軍属ではあろうが何処に所属してると言うのだろうか?
海軍、陸軍、空軍、其れ以外にも多岐に渡る部署はあっても階級を名乗る必要がないとなれば
民間機関とでも言うのだろうか。すると今度は軍装の出で立ちが意味がない。
果さて、阿籐とは何者であろうか?
更にあの浮世坂の一件。帰り際の廊下で囁いた言葉。
[来たりた刻は、腹痛を起こせ]
あの一言は警告であろう。
鮟鱇坂を初め籐組と呼ばれる輩と其れに応じた弐拾と数名の将校と其の配下
謀反と言えばクーデターとも言えるが結構な数に膨らむだろう。財力も戦力も知力も有るのだ。
十割に八割は成功すると踏んだから鮟鱇坂も覇せさんじたのだ。
それを阿籐は警告した。
起こるべきして必ず起こる謀反の計画を知っているのだろうか?それを知るのは誰であるか?
軍の上層部であるなら諜報部だろう。阿籐は其の諜報部の所属とあれば警告は腑に落ちる。
冗談交じりにも浮世首の御華子遊びの仕来りを教えた代わりに警告でもしてくれたのだろうか。
藤組の輩の企みも気にらないと言えばそうであるが阿籐の方はもっときな臭い。
軍用車がやたらと古臭くも大きな建物の門をくぐると其処は本当にきな臭い場所であった。

「どうぞ、こちらへ。鮟鱇坂上級大佐殿。
付いてきて下さい。良いですか?出来るだけ顔を上げて前を見てあるんです。
それから中の係員には絶対差変わらないで下さい。査定に響きます。一生の査定です」
喋りだすと止まらない阿籐でさえ緊張の果てに早口で最低限の事を鮟鱇坂に伝えてくる。
うむ、っと声に出さずに頷きを答えにしたのはその場所の雰囲気を察しての事である。
カツカツと軍靴を音鳴らして前を進む阿籐。
立ち止まり促されて仕切り扉の前に進むと事の真剣さに肌が乾く。
「ようこそ。大漢狂人民大帝共和國・自立頭脳研究開発局自動計算促進局へ
ご用向は面会。希望申請者は御一人。
阿籐君は職員ですね。荷物の運搬ご苦労。さて、貴方のお名前は?」
「鮟鱇坂上級大佐である。五十と弐才に・・・」
緊張して声が上ずるがそれを小太り四角銀縁眼鏡の係員が指を起てて咎める。
「軍人有る者、
表でも裏でも名前を述べる際には所属を先に述べるのが当たり前です・・・はい。やりなおし」
有ろうことか鮟鱇坂は最初からつまずいた。言われなくてもそうするべきであったと悔やむと同時に
小太り四角銀縁眼鏡の係員のおばさんは手元の黄色い紙のマス目に赤いペンで☓をつける。
減点であろう。それを観て知り鮟鱇坂は査定という言葉を思い出す。一生の査定で有る。
「大漢狂人民大帝共和國・帝國陸軍第弐作戦指揮連課所属。
鮟鱇坂山武郎上級大佐であります。御年五十二歳。体重は・・・」
極度の緊張が背筋に奔り余計な言葉が漏れる。当然、反射的に係員のおばさんの手が動き紙に☓が突く。
ヤバいと思って口を真一文字に閉じるが背後で阿籐がやらかしたと身動きする。
「別つに体重は聞いてないのだけども・・・。
大体其の歳で七十弐キロは重すぎでしょ?腹も出て切れるから娘さんに馬鹿にされるんですよ
責めて禄十キロ代に落とす事を進めます。朝10キロのマラソンをなさい。
「はっ、はぃ。えっと・・・はい。精進しますっ」大げさにも軍踵を鳴らして敬礼までして魅せる。
「はいは一回で宜しい。私に敬礼はいりません。
大体にして最近の大佐とやらは皆、腹を出して女性兵の尻を視姦するのが仕事だと勘違いしてますの」
銀縁眼鏡の向こうから同意を求める視線が投げられ思わず答える。
「遺憾ながらそういう風潮も無きにしろもあらずで御座います。かくゆう将校も・・しまった」
罠である。誘い水、飲まず食わずは漢の恥と言うばかりに誘いに乗った途端におばさんの丸い手が
しゃっしゃしゃっと参回入ると黄色紙に三つ程赤い罰が突く。
これは不味い。査定に響く。一生分の査定に響くを背筋に悪寒がするりと奔る。
「まぁ、歳の割に軍功績が少ないし、当局に脚を踏み入れるには腹が出てるし
罰もおおいですし困ったものですね・・・。あらん。貴方、亀甲縛り高校の出身なのね。
同郷というわけですね。云々。懐かしくも麗しくもそして色香り香る街ですわね。
「おお、確かに自分は亀甲縛り高校の卒業生です。同時こそ荒れ果てた高校でしたが
今であれあの授業で覚えたし縛りにはお世話になって・・・・」
厳しく一生分の査定を熟す係のおばさんが同郷であるとしり頬が緩むがはたと気づき真顔に戻る
「まぁ、古き良くも恥ずかしい青春時代ですね。
さて、赤点ギリギリで御座いますが、ようこそ自立頭脳研究開発局自動計算促進局へ
歓迎しますよ。鮟鱇坂山武郎上級大佐殿。あっ猫に鰹節上げるの忘れないでくださいね。売店は向こうですよ」
いつくか☓がついた黄色紙を受け取りこっそりみてみると確かに赤点らしいが最後に加点がされてもいた。
どうやら赤点ギリギリであるがなんとか合格点を頂けたらしい。これが後々の軍人生に響くとも今は知らずそれでも
「ふぅ。同郷のよしみで温情を頂けたらしい。
阿籐君。あの係員の御淑女の好物はなんだろうか?儂の名義で菓子折りを届けてはくれまいか?」
「承知しました。大盛り餡このどら焼き十個入りが良いでしょう。
手配してお起きます。あっ売店はあちらです」
赤点を免れほっと息を突く鮟鱇坂の足元を黒猫がにゃ~とないて鰹節を強請る。











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天鼠蛭姫

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