因石使いヒトム

其の世界に五つとも八つとも呼ばれる大陸の其の九つ目の土地にて
尤も価値の有る金と言うのは人首で有る。
つまりは賞金のかかった悪党の首こそが尤も大きな利益を生むのである。
それ然りに冒険者を営む者の多くは自分が得意とする武器の他に必ず
首落堕としと言う肉厚の包丁を腰に携え堕とした首を包んで運ぶ
首風呂敷と呼ばれる少々大きめの布地を必ず懐に忍ばせている。

冒険者や略奪者が集うその街の繁華街の其の又の奥に有る偽宝石商。
其処にふらりと現れ得た漢は何とも言えぬ風体だった。
一応に其の名はヒトム・オルナーゼ・ド・ヌワン。
少し長い名の間にドと言う単語が含まれている所を観ると何処かの貴族のそれではあろうが
風体から察するに没落貴族に違いない。
黒髪にも見えるが髪毛の根本は明るめの茶色か金髪混じり。
あからさまに毛を染めて風体を誤魔化そうとしてるのだろうが手入れがずさんでもある。
偽宝石商の主人の立場で言えばふたりと姿を見せても確かに客で有るから邪険にも出来ない。
大体にヒトムと名乗った其の名も親のつけた名前かと言うのもとんと怪しい物でもある。
こういう客に備えてヒトム通された客間は大抵仕掛けがある。
あまり広くない一室に入り口は2つ。主人が使う扉とは反対にもう一つ。
当然此方の此方側には用心棒が剣と斧を構えて息を整える。
それと知っていてもヒトムは眼の前に並べられた宝石を選ぶのに必死である。
羊の毛を丸め商品の因石が気づかないようにと気を使う横長盆の上に並べられる因石を
漢は無造作に手に取り明るい日が指す窓に向けて翳して覗き込む。
仕来りとして態々と用意される燭台の上で揺らめく蝋燭の灯りに翳さないと云うのは
最低限の因石の扱いを知っていると言う事だ。
因石・・・。
偽宝石とも呼ばれる其の石は非常に特殊な物である。
繁栄と戦争の大陸と見栄をきって呼ばれるこの地に置いて営みを屯する人種は多い。
人種人類が比較的多いがそれを凌ぐのが魔物の類。
それが又混じった魔者と魔神。それをまた凌げは魔王族もいると聞く。
遥か昔に人と動物が混じり枝分かれした種の末裔の亜人族。
そして偽宝石商の主人の飯の種。極め至高の高みまで上り詰めた錬金術の賜。
偽人然りのホムンクルス。所謂人造種の者たちである。
これには又に別の種として機械仕掛けの人形達も多く居るが偽宝石商の主人は扱ってもいない。
人種人類の多様性が決まれば今度は立場だ。
多くの場合人種人類は人並みの人生を歩むがそれを踏み外し転げ落ちる。
下級市民で済めば良いが奴隸までたやすく堕ちる者も数知れず。
出生した瞬間に奴隸の立場に成る者もいれば労働力として多くの偽人ホムンクルスが
製造され世に供給されてもいる。
ほとんどの場合労働力としての其れであったり奴隸扱いもそれである。
何処かの錬金術士とその工場で生産された偽人ホムンクルスは市場で売り買いされる事も
あればこの店の主人のような偽宝石商の手に寄って売りさばかれる。
それには理由ある。
人種人類も獣も魔物も魔神さえも昼は起き夜は眠る。
休息が必要である。
偽人ホムンクルスの場合。
やはり睡眠を必要とするが生れがフラスコの中で有ったと言う名残でも有るのだろうか。
俗に言う石状の物に変化させて休む。
仕えるべき主人がベッドでまどろむと偽人ホムンクルスは自らの体を微小な粉に変化させ
宙に漂ったあと屯し纏まり石へと変化させて睡眠や休息を取る。
偽人ホムンクルスに取って大事な事でもあるが同時に主人立ちにもメリットは多い。
例えば戦士を職業とする偽人を買い求め旅を続けた場合。
得に野党共に襲われる事もなかれば戦士を必要ともしない。
その時は石に戻しておけば邪魔にも成らないだろう。
つまりは必要な時に呼び出しそうでない時は鞄や衣服のポケットにしまって於けば良い。
元々に労働力としての活動を求められる偽人達であればこそ必要とされる其の数も多かった。
工場の生産に携わればやはり数がいる。戦場で兵士と成ればやはり数が必要だ。
もし四六時中に人と同じ姿で移動を余儀なく成されるのであれば其の手間は膨大な物となる。
それを見越しての事か偶然か偽人ホムンクルスは人の姿で人種人類に仕え
必要がない時には石の殻をかぶり塊り眠るのが通例である。
はっきりといってしまえるなら偽人ホムンクルスは人種人類に取って
自分達と同じ姿をしているが結局は只の道具である。

確かにそれは道具ではあるにしても偽宝石商の主人の前でそれを吟味する
ヒトム・オルナーゼ・ド・ヌワンの因石の扱いは酷いものだった。
布敷盆の上からあまりに無造作に因石を取り上げると最初には燭台の灯りに翳す。
因石の表面に刻まれた文様を確認するためである。
その文様は因石として眠るホムンクルスの性質や特徴を表す物だ。
然しそのやり方が頂けない。
文様を見極めようと目を凝らすあまり燭台の火の近づけすぎるのだ。
あれでは因石の中でまどろむホムンクルスが蝋燭の火の強さで驚いて目を覚ますだろう。
因石の中にはホムンクルスが眠り堅い石に観えても其れは彼らの肌が硬質化してるだけに過ぎない
確かに堅い殻ではあるが其れは肌である。ともすればひどく火傷するかもしれないのだ。
苦言を漏らすべきか嗜めるべきかと主人が悩むとヒトムは摘んだ石を窓辺に向ける。
蝋燭の灯りでは観えない部分。因石の中に眠るホムンクルスの姿を確かめようとするのだ。
確かに恵みの太陽の光にかざせば因石の中の姿もうっすらぼんやりと見える。
商売人の中には河原で拾った石ころに其れらしく紋様を刻み因石と言い切って売る輩も居る。
それを防ぐには因石を強い日の光に翳し覗き込めば確かに因石と判別出来るだろうが
ヒトムが訪れて居るのはきちんと許可を得た偽宝石店である。
幾ら飛び込みでその風体が悪くても紛い物を商品として並べる理由もない。
蝋燭の灯りに翳し窓辺から漏れる陽で本物かどうかを確かめる。
そこまでを百歩譲って黙って観ていると今度はあまり綺麗ではないであろう自分の指で
因石の表面をこする。何度もだ。癖なのだろうか?それとも儀式なのだろうか?
まだ因石の代金を支払ってないのにこれは自分の物だと言わんばかりに
石の表面に指を押し付け手の中で弄ぶ。
何回かそれを繰り返し、いよいよ気に食わないと成れば未練に引かれながらやっと布敷盆に
石を戻す。ずいぶんと焦っても見える態度と同時に慎重さが見受けられる。
そうでなければ散々に指を押し付け擦り上げた挙げ句にやっと宅の上に置く。
それもバチンと音をさせて乱暴に宅の上に叩きつける勢いだ。
蝋燭の火の熱さで目を覚まし火傷するかと驚けば太陽の陽に透かされ
ぎょろりとぎょろりと大きな目玉で自分の姿を覗き込まれ
石肌の上から指で擦られ弄らえる。
挙げ句の果には堅い宅の上に石殻の儘で投げ付けられる。
これでは主人としての態度が成っておらん。良縁などありえないだろし
買い上げた後でも酷い扱いをするに決まっている。
商売っ気どころか宝石商との意地もある。
さすがに堪忍袋の尾を切って向こう扉の用心棒に合図を送ろうとする。

「すまぬ・・御主人殿。
少々焦ってるいるのでな・・・。事情を察してほしい。
取り分けた5つの因石を貰おう。どうやら私の欲しい物は盆の上にはなかったようだ。
・・・それからこれを・・・砕いて粉にしてやってくれ・・・。
向日葵の鉢の中にでも埋めて欲しい・・・」
執拗にまでしつこく因石を吟味した後にヒトムは眉を潜めながらも一つため息を尽き
主人に選んだ因石の勘定を宣言する。
「畏まりました・・・。
何なら他の石もご覧になりますか?ヒトム様」
「否・・・結構で有る。
石との縁は巡る物だ。・・・今回は縁がなかった・・・」
悔しくも残念そうに頭を振るとヒトムは禄に値段も聞かずに胸元から使い込まれた財布を
取り出し金貨と銀貨を勝手に払う。石の値段の相場は水物。あってないような物ではあっても
まともに値段を聞かずに代金を支払うのは珍しい。しかも本来の値段寄りも少し高い。
「・・・葬式代と手数料にしてくれ」
ヒトムは更に金貨弐枚を対峙する偽宝石商の主人の前に置く。
「承りました・・・」主人も頷き代金を受取る。
ヒトム成る人物は確かに粗暴な振る舞いであった。宝石商としては見逃せない位である。
然し時に自分も客を色眼鏡でみてしまう事も有ると痛感もする。
ヒトムが葬式代と告げた金貨弐枚。それには意味もある。
それと先程にそっと卓の上に置いた砕けた因石。
崩れ割れた大きな破片といつくかの石の破片。それはかつてのホムンクルスの遺骸だ。
共に過ごしていたのだろう。大きさから観ると戦士を営む護衛役だったのだろう。
ヒトムを護って死を迎えたホムンクルスに違いない。
その破片が一つでないとなればヒトムが態々に散らばった物を拾い集めたということだ。
草花の鉢に埋めると云うのはホムンクルスの正式な墓場と葬式を示していた。
卓の上に並べられた金貨を数え召使いに預ける間。
それを確認して因石に取引が形を成したと理解するとやっとの事でヒトムは
自分の物となった因石に手を伸ばす。
自分の客目配りの腕が堕ちたと主人は苦く思う。
ヒトムは自分の腰に巻いた皮帯から布袋を取り外す。
本来短剣を指して携える鞘付きの腰帯であるが使い込まれて居る上に工夫もされていた。
取り出した布袋を起用に指でひっくり返し内側に付いたゴミを指で払う。
其れでも取れないと解ると自分の膝にパンパンとぶつけて屑と飛ばす。
内側をくるりと戻してからどっかから取り出したのか藁草を袋の中に指で押し込める。
あまり硬く成らないように適度な柔らさが残るようにだ。
それを五回繰り返えすと自分のコートに手をなすりつけ汚れを堕とす。
尤も先に散々因石をいじっているのだから元も子もないのだが。
「これは・・・雄だから此方っと・・・
こっちは雌だから軟草が多い方が良いな。こいつは大食いだから狼肉の燻製を入れておくと・・・
何だ?御主人。目を丸くして・・・。
彼奴等の機嫌を取って置かないといざと言うとき困るのは僕なんだぞ?」
先程の粗暴さ等なかったかの様に気を使うヒトムに偽宝石商の主人は笑いを隠せないでいた。

幾つかの因石をやっとの思いで手に入れたヒトムは人混み雑多な市場のなんでも屋に立ち寄る。
一度は其の入り口の置くに身を転がしたが思い直し半身を戻して店先の屋台の親父に声を掛けた。
「親父・・・其れは豚蝙蝠の串焼きか?
腐れ山の向こう岸の村の特産だよな?それを六本・・・いや、八本くれ。
大食いがいるからな・・・。垂れは白甘汁と焦がし醤油で。
え?それはないのか?勉強不足だぞ。料理人の癖に。それなら辛み味噌を塗ってくれ」
ズボラな性格と粗暴な風体であるにも関わらずヒトムは食通らしい。
旅の身支度も適当な癖背負う鞄には手入れされた料理道具と盾代わりの鉄鍋を背負い込みもする。
なんでも有るから何でも屋。
客のあらゆる要望に答えるからなんでも屋。
ところが狭い店内のカウンターの前に立つ主人は豚猪顔の亜人で態度が悪いと成れば
怖がられ客足も少ない。日に一人か二人と怖怖客が覗きに来るくらいが席の山でもある。
「豚猪顔の御主人・・・。
宿家を借りたい。出来れば二階建て。風呂と台所と使用人の部屋が付いて奴。
当方、罪人ではないか強面の輩に追われる身故に逃走用の通路が地下に有るとか
撃退用の仕掛けが有るとか・・・とにかくそんな感じの奴があると助かる。
それから寝台はなるべく大きい方が好みだ。」
ずいぶんと注文が煩い客である。
大体に初対面で豚猪顔呼ばわりとは失礼である。確かにそうであってもだ。
それでも豚猪顔のなんでも屋の主人は豚鼻をくいっと上げて了承の証としカウンターの上に
やたらごつい手で鐵鍵を渡して羊皮紙を並べる。
それには求める家へのみ地図筋と値段が描いてある。
「それから数日分の食料6人分。人が食べる物でいい。
肥料じゃなく。それから人に良く慣れた袋猫もほしいな・・・それから・・・」
太くもたくましい蹄手の間に起用に墨炭棒を鋏みヒトムの注文を書き込み
その料金をも隣に示す。その間ふぅーふぅーとしか鼻息を鳴らすだけである。
あまりに無愛想すぎて客は確かにこないだろう。
「うんうん・・・。
この値段なら予算内だ。暫く厄介に成るから宜しくだな。豚猪顔の御主人」
最後まで態度悪くも目配せすると多少多めに金貨を卓に置いて嘲笑うと
代わりに袋猫が中で丸まった木箱をドンと主人が置いてくる。
有難うと礼を履いて捨てるとヒトムはしばしの宿となる家宿へと足を運ぶ。

「御主人間っ。御主人様っ。
褌っ・・・。褌を巻いてください。
水浴びでもないのに外で色々晒して歩かないで下さい。
ご近所の奥方様の噂に成ってます。彼処の主人は変態だって・・・」
「何を言う。我が使用人・メリチャよ。
遥か昔。人種人類は動物の如く裸一貫で大地を闊歩していたんだぞ。
何を今更と生れたままの姿を隠す必要があるのだ。旅の恥は書き捨てと言うではないか?」
「敬愛する我が主人・ヒトム様。
遥か昔は昔のお話しです。今は現代。文明社会で御座います。
結構な位の貴族の嫡男が片田舎の隅でスッポンポンで情夫と乳繰り合ってると成れば
ご近所の噂の的で御座います。そのうち追手の耳にも届きますよ。
的人のヒトムは田舎ですっぽんぽんでアレを振り回して情夫の穴に色々してるとっ」
「こら・・メリチャ。
そこまで言わなくて良いだろうが・・・ご近所の御婦人方が怖がるだろうだろうが。
僕はちょっとだけ変態でも筋金入りじゃないぞ。
情夫はいてもお前だってちゃんと可愛がっているだろうが・・・」
「従者を可愛がるのは主人の努めで御座います。
その主人が間男ところか二人も参人も愛人囲っては順番が回ってこないのです。
この変態主人め・・・。あっ。お昼の買い出しの時間で御座います。では失礼」
少々くたびれた一軒家の隠れ家の庭先で痴話喧嘩如くに声を張り上げれば
当然、それも近所の奥方の噂の数に乗るだろう。
いずれは追手に見つかるやもしれんのに何処か陽気なヒトムでもある。

其のヒトムに因石として買われ仕える事になったメリシャとホムンクルス。
正直に言えばヒトムは良い主人とはとても言い難い物であった。
それまでの事情は兎も角も誰かに追われては確かであり
それも結構大きな組織と力を持つ輩でも有るらしい。
豚猪顔のなんでも屋から隠れ家として場所を借りて入るが
何せ常識とやらをも持ち合わせてもいない節もある。
大人しくしていればやり過ごせるやも知れぬのに、今がバレてなければ明日もバレない。
よくわからない心情を根拠に好きにかって騒ぎを起こすのが常である。
ましてや自分を守る従者への態度も少々度が過ぎるほどに粗暴で有る。
勿論に自分の身を守る者たちであり世話をしてくれると言うのに扱いが良いとは言えない。
買い求められ隠れ家に付いてから石から目覚めさせられ
挨拶がてらに名乗り事情を聞かされて確かに食べ物をも恵んでくれた。
少々それが通好みの食べ物で多くの者には口に合わない下手物の類であってもだ。
それからメリシャはずっと世話をすることに成るし情夫を言いつけられたモリオンは
毎夜毎夜と相手をさせられ床寝をともにする。
メリシャ自身も寵愛を受けるが回数も多いわけでもなくどことなくおざなりでもある。
それでもましな方で最初に下手物を与えられてそれからずっと因石のままで過ごさねば
成らない者もいる。つまりは主人に呼び出されずにひたすら眠るのである。
これでは主人に仕える意味がない。偽宝石商の布盆の上で眠るのと一緒である。
ヒトムに買われたは良いが生きていると言うわけでもないとも見て取れる。
あまりに酷くも哀れな仕打ちであった。

偽宝石商・ホムンクルス達の売り買いを営む主人トリトヌは
昼過ぎにふらりと現れたヒトムの客目利きを間違った。
執拗なまでに因石を撫で回し石肌が厚くなるほどに蝋燭の火に近づけ
ギョロギョロと陽の向こうに品定めを無理にするヒトムは確かに粗暴であった。
然し其れは当人の事情があっての事だろう。
商売人として百戦錬磨で有る恥ずのトロトヌの客目利きにおいても間違いはないと
自分では信じていたがヒトムの態度には対応を間違いを促す。
運も悪かったろう。その日の午後ぶらりと現れたヒトムは態度も悪ければ
風体も身なりもあまり良くない。
コネも紹介状も無ければ一見さんとして店に転がり込んできたのもある。
適当な商品でお茶を濁そうとおもったわけでもないし
ヒトムの態度によっては店の奥からちゃんとした商品を並べ直すつもりでもあった。
否然し・・・それを持ち出す前に潔くも並べられた商品からしつこくも
因石を撫で回した上に選び切ってしまう。
最後にヒトムが魅せた心遣いに関心したもののすでに遅しとはこの事である。
偽宝石商・トリトヌは苦く胸内を焦がしながら深朱の因石を柔布で優しくと磨き続ける。

かあかぁ~~~と夜を告げる夜鳥が声を上げ寝巣に飛んで帰って久しく深い夜。
昼間に井戸の周りで全裸で行水するヒトムも其の頃には密かに眠る。
申し訳程度の生け垣をがさりと揺らし黒い影が裏戸口へ近づくと
ゆっくりと事もなげに押した扉は内側へと開く。
てっきり鍵番いが掛かってると踏んでいた盗賊の輩は頭巾の下で訝しむが
これ幸いとニヤリと嗤い足音を成らなずに奥部屋にと入る。
誰かに追われる身であるくせにこれだけ派手に噂を流せば当然に耳に入る。
今日一日襲われる事もなかったのだからと油断して床に入れば深夜に賊が忍び込む。
夜目が効く種族に生れたのは運が良い。お陰で家屋に忍び込むには役に立つ。かなりに。
なるべく足音をおさえて台所の奥へと進み居間の脇の階段を上がる。
のそりのそりと上がるのは良いが相棒の鈍間野郎が階段に足を乗せるとぎしりと音が成る。
慌てて振り返り顔の前で指を立て静かにしろと諫めるが相方は馬鹿である。
腕力だけが自慢の筋肉達磨の亜人だから繊細な仕事には向かない。
雇い主は一体何を考えて居ると言うのだろう。
案の定、二階に上がると木板廊下の上で袋猫が体をまんまるに丸めて寝入っている。
泥棒対策に猫を飼うのは多いが比較的おおらかで周りの事に無関心な袋猫では
あまり役には立たないだろう。彼奴等は餌を食べる時以外は体を丸めて転がっているだけだ。
其れでも十分すぎるほどに気を配り袋猫の脇を通り過ぎれば目当ての寝室だ。
雇い主との情報ではこの家の家主以外はホムンクルスだから用事家事が済めば
因石に戻って休んでるだろう。寝入っている家主を襲い連れ出すは難しくもないだろう。
二階の寝室の扉も手で押すとするりと押しやり部屋中に入り込む。
猫に近い亜人の盗賊は鼻が曲がるかと思うほどに汗臭い部屋だ。
此処の世話係はよっぽど無精なのか盛んに手を動かしてもそれ以上の疾さで
家主が部屋を汚しまくるのか?どちらかであり恐らくは後者であろう。
これでもかと脱ぎ散らかした衣服の山の隙間の辿って歩けば
後ろでそれをも構わず衣服を踏み潰して無精な達磨漢が後ろに続く。
ゆっくりと目当ての寝台の前に近づくと少し驚く光景が猫目に映る。
雇い主が寄越した似顔絵通りにくしゃくしゃで伸びて手入れもしないくせっけの髪
目を閉じてるからはっきりとわからないが恐らくは切れ長の目と筋の通った鼻。
形の良い唇はともすれば美少年の風にも見えるが見慣れる者には嫌悪と成るの火傷の跡だろう。
生れ付いての白肌で端正の取れた顔つきであろうが後天的な厄災に見舞われたのだろう
恐らくは火事の家の中に取り残されなんとか助けられたが体には火傷を負ったと言うに違いない。
顔に爛れた火傷跡が残ればシーツの合間から見て取れる体肌にも跡が残る。
それでもきっと火傷跡は残るがずいぶんと昔の跡にも見て取れる。
しごとからそれなりに修羅場を潜る雌野盗であるがよくもまぁと気恥ずかしさも隠せない。
半開きにだらしなくもすぅすぅと寝息を立てる的人の胸の上を情夫の腕が重なり抑えている。
かどわかすには邪魔に成るからと布地をどけると火傷跡肌の上に情夫の体が絡みついてもいた。
シーツを剥がされ寒気に当たるにもか買わず半立ちになってるそれにも目が止まる。
玄人風情で有るから苦く嘲笑うも寝込む情夫の腕をそっとどけるのが良いが
大きさはそれほどでもなくても形の良い其れは尚更にこの状況でもやる気があると猛るのは
少々頑張り過ぎではないかとも思えてしまう。
野盗という職業を営べば時にすんなり行くことに疑問を感じる時も有る。
法を犯すのに理由は要らないが正しくない事をすればしっぺ返しも多くある。
世が世であればこそ悪党悪人が運びれば家人でさえも用心して当たり前だろう。
「面倒くさい・・・」
突然に背後から野太い声が鳴いたと思うと極太の腕が無造作に的人の体をぐいとつかむ。
「あっ。こら。何をする。僕の御主人様に何をするんだっ」
真っ先に金切り声を上げたのは愛しい主人の胸元から腕を回す腕を剥がされた情夫だ。
「お黙りっ。この変態情夫め」
余計な騒ぎを起こしたくなかったがが馬鹿で阿呆で何も考えない筋肉達磨が的人を抱える。
騒ぎ立てた情夫を黙らせようと拳をあげようとすれば頬に風が奔り熱く血しぶきが飛ぶ。
しまった。しくじったと後悔も先に立たず。
華奢な体つきに観えた情夫は雌野盗が腰の剣を抜く前に枕の下から短刀を凪ぐ。
「こっ。こいつぅ」情事に長けるだけの雄ではかくどうやら護衛も兼ねているのだろう。
一度凪いだ短刀を回しそのまま主人を抱える筋肉達磨の肩に投げつける。
「この。野郎」
ビュンと音がなって其れが刺されば鋭い痛みに耐えかね緩んだ腕から的人が転がる
「御主人様。早く。早くっ。逃げて」
情夫が鋭く声を上げ告げるが深い眠りから無理やり起こされたヒトムは寝ぼけ顔だ。
「う~~ん。何がどうなってるだ?こんな夜更けに夜這いか?野盗か?
小腹が空いたぞ。メリシャ・・・?夜食・・・うげっ」
まどろみから未だ冷めぬヒトムの腹を気に食わないとばかりに肉達磨が蹴って飛ばす。
勢いの乗ったまま軽い体重のヒトムは箪笥に投げ付けられ勢いあまって窓硝子に上をぶつけて
ガッシャンと硝子が割れる。
「何をするんです。此処はヒルト様の屋敷と知っての狼藉ですか?」
情夫モリオンの金切り声が警鐘となっているのだろう。
すぐに向こうの扉の向こうから使用人のホムンクルスが走り込んでくると
雌だてらに物怖じもせずに野盗払いの釘撃ち棒を振りかざし筋肉達磨の頭を殴りつける。
事前の下調べでは手数であり全くもって警戒などしていないと思えたが思いまちがいだろう。
情夫と一緒に床を温めるのは情事の後でも備えるためだ。
腕を解かれた途端大きく叫んだのは隣の部屋で休む世話掛かりの雌に知らせるためだろう。
声をあげ尋常ことじゃないと知らせると躊躇等全くせずに枕下から短刀を抜いて払う。
明らかに武芸の経験の有る雄を情夫に仕立てているのに違いない。
「このあまぁ~~~」
ちょっと殴られて血を流したからと言って吾を忘れるのはやっぱり馬鹿だ。
太い腕で雌の世話係を床に押しやると勢いで腰の短剣を抜いてしまう。
「御主人様っ」其れは悲鳴だ。次に起こる事をとっさに悟って恐怖に駆られで叫ぶ悲鳴だ。
「待てっ。達磨。的人を傷つけるなっ」鋭くも大声で制止を試みるがやはり遅い。
「ぐぇ・・・。うぐっ」
濁り篭もる声が響くと肉の達磨体の向こうで的人の漢の首元をぐいと抑え
其の腹に短剣を突き刺すのが観て取れる。
「おらぁ~~~。痛いのは嫌い思いは嫌いんだ。
だが他人が痛がるのを観るのは大好きだ・・・」
悪党の中でもこの手の輩は手に負えない。そし甚振る方法も良く知っている。
「うげ・・・」
一度刺した短剣をぐいと回しえぐり押しにたりと嘲笑うと短剣をゆっくりと引きに抜こうとする。
短剣を抜けば血が溢れでる。ともすれば失血死もあり得るのだ。
多少痛めつけても良いが生け捕りにと雇い主の意向に反すれば給金はないに等しい。
「御主人様・・・」
「馬鹿野郎・・・。これで仕事はおじゃんだ。お馬鹿達磨め」
どうでもよくなったとやる気をなくし雌野盗はだらりと腕を堕とす
「うぬぬぬ・・・」
痩せっぽちの漢の腹に指した短剣をぬいてやろうとしても抜けない。
自分は大熊族であるから力自慢である。其のはずである。
無類の荒事を腕力だけで切り抜けてきた。
なのに短剣を握った手の上から何か大きな力で押さえつけられ全く動かせない。
そうと思えば視界が暗くなり頭がなにかに抑え込まれる。
それはすぐに頭痛となり激しい痛みと成り耐えきれなく成るとふわりと意識が溶けて消える。
「すまぬ。出遅れたのだ。あの袋猫役目も果たさず廊下の隅で眠り込んでしまってな。
変に丸まって寝てしまったので袋から出てくるのに手間取ったのだ。許せ」
野太くも逞しい腕が筋肉達磨の頭を掴んで握り潰したかと思えば扉向こうから巨漢が現れる。
「シャリエンヌさん。有難うございます。来てくださって助かりました。
早く手当しないと。御主人様が・・・」
大熊賊の相方を軽く凌駕するであろう巨躯を折り曲げ戸口の奥から姿を現した雌は
確かにホムンクルスだ。廊下の上で惰眠を貪る袋猫の腹袋に隠れて居たのだろう。
当人が出遅れなければ家主の寝室に忍ぶ前にとっ捕まって
野盗二人仲良く背骨ところか全身の骨という骨を折って砕かれていたに違いない。
早く手当と口にし大熊野盗が手放した短刀の柄を巨躯の雌が支え
其の合間に世話係がエプロンをビリリと破いて包帯を作る。
態々救急箱に取りに行かないのはその間にも出血するからだ。
下手に短剣を抜いても傷口が広がり悪化する。
それを踏まえしっかりと短刀を主人の腹に刺したまま動かないように固定する。
「猫の袋に入ってるのがシャリエンヌさんだけだと思うなよ。
後で始末つけてやるからそこで待ってろよ。ちょっとは色っぽい姉ちゃん」
自分の事を僕と呼ぶ情夫は思った以上に身軽で腕が立つらしい。
顔を近くに寄せられ睨まれるが良い香りさえするのは愛嬌だ。
濃いめの香水でも纏っているのだろう。情婦ならぬ情夫の身だしなみとも言うのだろうか。
馬鹿な筋肉達磨のお陰で夜襲は失敗に終わってる。
ここで騒いで逃げ出そうにも細身の情夫はやり手で玄人だ。
おまけに一撃ところか一握りで筋肉達磨を気絶させた巨躯の雌の腕を誤魔化せるとも思えない。
運良く。とても運良くに二人を交わし廊下へと逃げてもさすがに目を覚ました袋猫の腹に
何が居るかもしれないのだ。
「分かったよ・・・。大人しくしてるから。水をおくれよ・・・」
「此方が終わったら差し上げます。
慈悲が欲しいなら手伝って下さい。命を狙ったわけではないと証明すれば
助平で変態の御主人様でも少し位は恵んでくれるでしょう」
「あの噂は本当なのか?
毎朝。褌も閉めずに水浴びした後にアレを振り回して踊ると言う。
極めて破廉恥な儀式を欠かさないと云うのは本当なのか?」
小耳に挟んだ破廉恥な行為を確かめたいと思わず口にしてしまう。
「此処を抑えて下さい。
残念ながら本当ですの・・・。この怪我で暫く大人しくは成ってくれると嬉しいのですが・・・」
何とも言えない主人の悪い癖が収まることを願いながらもメリシャは包帯をきつく締める。

翌朝。騒ぎのあった娼館横丁の裏手の六軒民家集いに公僕の憲兵が足を運ぶ。
没落している貴族とは言え貴族が野盗に襲われ負傷したと成れば
例え形通りでも調べて報告書を王帝に示さねば成らない。
「お役人さんかい?昨夜の変態旦那の事だろ?
あたしが話をするよ。この辺りの仕切り頭だからね」
下々の者に威厳を見せつけようと声を上げる前にドスドスとおばさんが近寄って来た。
この様な場所で仕切り頭と言えば確かに仕来りである。
特に治安の悪そうな場所に生活の営みを成す住民とっては大事な事である。
何件かの家族の者が野盗や悪党から身を寄せ合って互いを守り合う。
大抵の場合五軒か六軒の家の者が集まって纏まって暮らす。
揉め事があっても大体の事は六軒集いの内輪の中で話し合い助け合って営みを成す。
「うむ・・・昨日起きた押し込み強盗の件である。
なにやら新参者の貴族崩れのやたら変態で破廉恥な輩が・・・」
そこまで言うと背が低いもずいぶんと恰幅の良いおばさんが腰に手を当てじろりと睨み返してくる
「確かにヒトムの旦那は少々人様とは違うがね・・・。
それでも私等六軒集いの身内だよ。それからあの人を見かけだけじゃ判断しちゃいけない。
そりゃ初めて顔を観た時は随分と胡散臭いと思ったよ。連れてきた従者も偽人だからね。
ところが挨拶代わりに手作りのお弁当を持って来てくれたんだ。
それだけじゃないよ。彼処の井戸が有るだろう?
このあたりは戦で漢手をお上に持っていかれたりゴロツキ共が多かったりでね。
井戸の手入れまで手が回らなかったんだ。それをあのヒトムの旦那が直したんだ。
金を払って誰かにやらしたんじゃない。自分も使うからといって自分の手で直したんだ。
其の次は共同裏庭の掃除とかもね。堕ちた貴族でもそこまではやらないだろ?
人の面倒を観るのが好きなんだね。きっと。気が向くと夕飯を一緒に取るどころか
炊き出しの真似事もやるんだよ。その時は六軒集いの家仲間だけじゃなく。
奥の娼館からも女共まで匂いにつられてやってくる。
皆で食べる飯は旨いからと自ら台所に立つ始末なんだ。全く変わった貴族だよね。
夜が更ければ床を一緒にすることだってあるんだよ。
戦で漢共が取られて未亡人が多いんだよ。この辺は・・・。
こんなおばちゃんでもちゃんと相手をしてくれるのさ。あんたに出来るって言うのかい?」
ペラペラとまくし立てるおばさんの気迫に押されながらも憲兵は言葉を返す。
「随分と噂とは違うが随分と変態で破廉恥だと聞くのだが・・・?」
「朝の井戸側の儀式の事かい?
まぁ確かに褌一丁なのは恥ずかしいかも知れないが当人がそうしないと声が出ないって言うしね。
歌っているのはオペラだよ。戦責め前の儀式と同じだね。
裸の理由は分からないが日々の豊穣と家族の安全を願って踊る願い歌だよ。
今日も元気で皆の幸せを願い厄を払う願い踊りだよ。有り難い事じゃないか?」
ずいずいと太った体で気迫迫れれば此方も後ろへとさがるしかないない。
少々確かに破廉恥ではあったとしても確かに戦の時には勝利の女神と死に行く者への弔いに
布一枚だけで身を晒し大声で叫んで踊る風習は今でも大事とされている。
「ふむ・・・おおよその事は理解したぞ。
其れで忍びこんだ野盗の身柄はどうなっている?此方で引き取って処罰を・・・」
言いたい事をいい切ったのか口をやっと口を継ぐんだおばさんは丸っこい指で
共同裏庭の隅に根を下ろす古い大木を指さして嘲笑う。

そこには褌ところか全裸で後手に鎖枷を嵌められ大木に括られた結構な体躯の漢が括られている。
其の周りに一人の猫顔の亜人がいそいそと歩き回る。
左手首には何やら赤い布を巻いているのは罪人であると言う証でも有る。
悪事を働きお上に捕まり法に照らし合わせて罪が確定すると本人が拒んでも
其の右手に赤い入れ墨が施される。悪事を働いた罪人であると印を付けられる。
後に罪を償っても墨印は残るからこいつは元悪人であるから気をつけろと言う警告にも成る。
「ヒトムの旦那を襲ったのは確かだけど、今はそれより旦那の怪我の治療が先だからね。
それに監視人もちゃんと見張ってる。よく出来た子だから心配ないよ」
大木の周りを睨んで確かめる憲兵に叔母さんが声を投げてくる。
言われてよく見ればそんな風景だ。
猫の亜人は手首に赤布を巻いているし罪人としての扱いを受けているらしい。
隣にいる少年が声を上げるととペコペコと頭を下げて木桶を抱え込み
反対側の手で刷毛を握って木桶に浸し大木に括られた肉達磨の奴の体に何かを塗りたくる。
「駄目だよ。強盗の癖に不器用なんだな。お姉さんは。
もっとなめらかに上から下。下から上にってちゃんと塗るのっ」
恐らくは寺子屋に通う年齢位の少年だろう。肌質から見ればホムンクルスにちがいない。
「はっ。はい。仰せの通りに・・・。坊ちゃま。これが中々難しく・・・」
自由気ままに生きる悪党が下働きとは情けなくも下手で有る。
ペッピリ腰で木桶を抱え刷毛を握りしめ必死に達磨漢の体に何かを塗り付けている。
「おぃ?あれは鶏の餌ではないか?あんなもの全身に塗りたくったら群がってくるぞ?」
「鶏葬刑って言うらしいね?
随分と物知りな子供だろ?旧王帝の時代の拷問って聞いたけど。随分ときついらしいよ?
まぁ程々の所で水を掛けてやるっていってたから安心するといいね」
すでに猫雌の輩が魚粉と餌豆を練り込んだ生地を塗った先から鶏が達磨漢の体に集まる。
餌欲しさについばむが其れは達磨漢の肌も一緒にだ。
「痛いっ痛い。痛い。許してくれ。勘弁してくれ・・・そこは駄目。そこは・・ぐお~~~」
身動きも取れず匂いのきつい魚粉を全身に塗られそれを目当てに鶏共が皮膚をついばんで撚る。
必死で目を閉じて顔を閉じるのが精一杯で身じろぐのもままならない。
一通り突いて餌がなくなると猫雌の奴が少年に指を刺されれて又。魚粉を上塗りする。
あんな拷問を受けたら幾ら筋肉自慢でも耐えられないだろう。
「観てて楽しいし。見せしめにも成るが。此方としては罪人の引き取って裁く必要が・・・」
「お前さん。お昼まだだろ?ちょっとした見世物も有るんだし。食べて行きな」
太った叔母さんがぶっきらぼうに言い捨てるとこれも又きちんと躾けられた少女が籠を差し出す
見た目こそ大した料理とも言えぬ薄肉と野菜と果実のはさみ麺麭だ。
何処にでも有る軽食であまり腹の足しにも成らないがはさみ麺麭の耳の間に金貨が埋まってる。
賄賂である・・・。
主人の命を狙った悪党をおいそれと許すのは嫌だと言うことだろう。
「ふむ・・・。日差しも丁度昼をしるしているしな。頂こう。
上手いな。この麺麭。お前が作ったのか?それに免じて罪人の引取は二日後とする。
あまり虐めないように。牢屋でも責められるのだから加減してやれ」
賄賂としては少額であってもはさみ麺麭は美味かった。
その味に関心して少女の頭を撫でながら井戸の石淵に腰をおろしながら
憲兵役人は少々物騒な拷問見物をしばし楽しむ。
「痛いぃィィ~~。そこはダメェ~~~~。厚塗しないで・・・
そこだけ二度塗りしないでくれぇ~~。鶏がぁ~~~。鶏の嘴がぁ~~~」
監視役の少年が指をさすたびに猫雌は腰を低く鶏に突かれないように怖怖と
肉達磨の肌に刷毛を滑らせる度に苦痛と快感に身を捩る漢の声が共同井戸庭に響き渡る。

うんうんと唸るヒトムをしっかりと抱きしめホムンクルス・シャリエンヌが奔る。
他の一般的なそれよりも大きな体躯を誇るシャリエンヌ。
本来は戦士として戦場を駆け回りダンジョンで魔物を殺すのが仕事でもある。
没落貴族の護衛等シャリエンヌはつまらないかと思ったが
主人ヒトムと過ごす時間が長く成るに連れ側に居るのが居心地良いものと成る。
仕事と呼べる時はあまりなくてもぽかぽかと温かい袋猫の腹で眠るのは気持ち良い。
大きな体と逞しい筋肉を維持するには大量の食べ物が必要だがそれにも困らない。
これだけ体躯が大きいと火照る体を鎮めるにも相手が小柄で長持ちもしない。
それさえもヒトムという主人は頑張って魅せる。
細っこい体でシャリエンヌの尻に手を付いて日が昇るところか其の昼すぎまで
腰を振って突き上げる事をやめない事もある。
それでも足りない強請れば情夫のモリオンと二人で責めて来る。
大声で喘げばその声を可愛いと良い。高ぶる感情を抑えきれず大きな尻を叩いて染める。
今まで仕えた主人の誰よりも自分をかわいがってくれるヒトムである。
腕の中で熱と痛さで唸る泣くヒトムをしっかりと抱きかかえ深世の中をシャリエンヌが奔る。
「助けてください・・・」
轟音すざましく一撃で蹴り壊した偽宝石商の裏戸口。
体全体から汗湯気を上げるシャリエンヌの背後ろから顔を出したメリシャが哀願する。
シャリエンヌが抱える輩の傷の酷さを観て取ると使用人は黙って頷き受け入れる。
獣の如く月夜を疾走したシャリエンヌの背後をこれ又にホムンクルスの技で追いかけたメリシャ
戸口が壊れた途端に使用人に声を掛けて無理に中に入り込む。
何事かと寝床からはいでた偽宝石商主人トリトヌに手短に事情を話す。
「相わかった。ヒトム殿には仮が有る。
すべてを内密にとは行かぬかも知れぬが出来ることはさせて頂く」
「有難う御座います。トリトヌ様・・・」深く頭を垂れたメリシャの行動は正しかった。
主人が重症を負ったのは確かだ。
全うに行けば深夜でも医者の家にも飛び込んで叩き起こせばいいだろう。
然しそれでは不安も残る。
主人ヒトムを狙う輩が雇ったのはあの二人だけとは限らない。
あの二人が失敗した時の為に控えの組を用意してる可能性も有る。
見知らぬ医者の元に飛び込んで迂闊に話が広がるのは都合が悪い。
だからこそメリシャは馴染みの有る偽宝石商主人トリトヌの元を真っ直ぐに目指した。

「ウザベラ・・・?」
深く朦朧と微睡む意識の向こうで女性の姿が見える。
「う・・・ザベ・・ラ・・・では・・・ございま・・・せん・・・」
なめらかで薄い女性の唇が優しく開き声らしき呟きが耳に届く。
「う~~~ん・・・」
きっと何日も眠ったのだろう。自分の身に起きた最後の記憶が情景として浮かんでくる。
ぎゃっと唸って声を上げたつもりでも実際に漏れたのは小さな呻きだろう。
柔かく感触の良い布が口元を拭い吐いた吐物が拭き取られていくのが分かる。
ほとんど同時に左手に自分の物ではない感触が伝わり誰かがいたわり握ってくれるとも知れる。
どうやらなんとか命を繋ぐ事は出来たらしい。
あの夜二人の野盗に襲われたのは確かだろうが其の後は覚えてない。当然だろう。
体のあちこちに痛みが残り思うように力も入らず満足に動けもしない。
それでも左手に伝わる誰かの温かい感触は死海の縁と現世を繋ぐ絆に思えて安堵する。
「ウザベラ・・・?」
「ウザベラでは御座いません。シシヌルミルカと申します。
一言も一文字もあっておりませですの」手に伝わる暖かより遥かに冷たい言葉が耳に届く。
「シシヌル・・・ミルカ・・・?随分と物騒な名前だな・・・」
死を招く棘鋤と言う意味を持つ名前を持つ女性の美しさに見とれながらヒトムは漏らした。
「お気づきになったのですね。家人と医者を呼んで参ります」
妙に冷たくも棘の有る言葉を残してそれまでずっと握っていてくれたヒトムの手を
するりと離してシシヌルミルカと名のを関する女性は静かにヒトムの側を立ち離れて行った。

天鼠 蛭姫ノ壱

天鼠 蛭姫ノ壱

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