外星からの来訪者

其の國の辞書の言葉を色々と調べて最もそれに近いのは外星と云う物だろう。
雑踏人影行き交う路地に立ち尽くし首を上に手向けて天空を見上げればあ、数多に輝く星々が集う宇宙。
その彼方に営みを救う生物がいれば、おそらくは人と同じ姿をしているのかも知れないし比類有る者でもあろう。
干物噸麟・・・・。
なんとも組み合わせの悪い名字と名前であってもそれと名付けた本人としては随分と苦労して考えた物である。
其の國、其の土地の慣例や習慣にとても疎い彼はやたらと名前と言えばその個体の呼称が短い事に最初に驚いた。
母なる星出あればこそ個体としての呼称はなるべく長くがもっとうであり文字にしてわずか4つで有ると云うのは
気恥しさで心が張り裂けそうになる。失念を正せば其の彼は外星から来た者であり言わば外星人であり
箆で叩いて平たく言えば宇宙人と云うわけである。別に箆で叩く必要もないだろうが。
その彼こそ干物噸麟が個の星個の國個の土地、個の街にたどり着いたのは偶然と云う事故の賜り物で有る。
そこまでの噺はいつか掻い摘むとしても兎も角、今日も干物噸麟の長い一日が朝を迎える。

朝を告げる鶏がコケコッコ~~と泣き声を上げる其の最初の一言を喉から絞り出す前に噸麟はがばりと
布団を蹴って半身を起こす。四肢を直角に曲げたままに何の予備動作もなくそこからすくっと立ち上がって
見せるのはやはりこの星の人種人類でない事の証明である。大体にしてそれなり最もこの星の雄の中でも
超を弐個つけるくらいに美形で有るのも背が高くもついでに細くも筋の通った筋肉と幾つかに割れた
腹筋を有するのも全て擬態である。
「何分にも、この外皮は匂いがきつい。動きづらいんだよな」と当人は言い捨てても迂闊に商店街で
夕飯の買い出しにでも出あるければすれ違う個の星の雌供が熱い視線図太く指してくるのは毎日の事であり
時に其の涼やかな凛々しさにコンビニのレジでは女性店員がぼぉ~~と顔を見つめて涎を垂らすとか
スーパーから出てくると本来は番夫と言う者が居るはずなのに買い物籠を携えた人妻成る者が列を成して
付いてくるとかはそれこそ商店街の名物日課に近い騒ぎでも有る。
只でさえ其の容姿が超が付くほどに美形であり、透き通った蒼色の瞳で少し柔らかくもウェーブが掛かる
髪を指で絡めいじりながら流し目の一つでもされたら列を作った人妻が悲鳴を上げて卒倒するのも当たり前だろう。

やっと日が登るかと云う所で我が巣城とも云うべき六畳一間の台所に立ち昨日の夕飯の後の洗い物を済ませ
その人の朝食を噸麟は作る。噸麟本来の栄養補給の形式とは全く持って違うのであるが
外皮を被り擬態しているなれば色々と都合もある。其の外皮はあくまでも生物細胞であり外皮であろうにも
やはり栄養が必要であるからだ。その日の朝食は個の土地の慣例に習い白米と納豆。先日の買い出しでは
鮭が手に入らなかったのでシシャモと云う小魚を数匹と黄色バターを角切りを入れたなめこの味噌汁。
味噌汁にバターと云うのは邪道であろうが母星にはない油の塊とその味に噸麟は妙に惹かれて好むのである。
それこそ安価は木製の卓の上にきちんと飯碗と箸置きと魚皿と味噌汁椀を並べ薄ペラな座布団の上に
行儀よくも正座し「頂きますで候」と少々古めかしくも正しく手を合わせ感謝として白米椀に手を伸ばす
噸麟は、まだ上手く箸という物を使えない。どうしても5本の指を使うと云うのが上手く行かないのだ。
不器用なのではない。噸麟が外皮を脱いだ状態の指は8本ある。どうしても其の感覚が抜けないので
五本の指で御箸と言う物を使うと言うのにいまだ成れない。仕方がないから無作法と知っても
箸を握り口に椀を近づけ箸で飯をかっこむと言う形に成ってしまう。社食での飯を喰らう時は
特に恥ずかしいのであるがしょうがない。
少々、濃い目の味の佃煮があれば白米だけで腹を満たすことも出来るのであるが外皮に影響を与える栄養には
其のバランスを考えてお変わりは二杯までとも決めている。塩分のとりすぎは良くないのである。
もう少し腹に詰め込みたいと言う感覚を腹八分目と言う諺を三度口の中で唱え、誰もいないアパートで
「ご馳走様でしたっ」と何故か柏手を打って頭をさげ、片付けと食器を台所に重ねる。
朝は時間がないのである。
確固たる理由の為に不本意極まりなくても個の國、この土地で人生を営む以上、金銭と言う物が必要である。
故星であっても似たような概念はあったがもっと曖昧で適当であったが、個の星の制度は尽くに面倒であり
何をするにも金銭と言う金属の塊とやたら細かくも工夫の施された紙が随分と貴重な物であるとは噸麟は驚いた。
しかもその紙切れ一枚を得るために自分の時間と労力を対価にしなければならないと言うのもまた解せない事で有る。
とにかくも、怠惰に床に転がりたいと言う衝動を抑え身支度を済ます。
少し長めの髪を七と三に分けてなでつけ濃紺のスーツを着込み、筆記用具や其の他に入用な物を詰め込んだ
それも少し大きな鞄の柄を左手で握り玄関を出る。
弐階からの階段を降りていけば噸麟の出勤時間を知っていると言うかチャック済みとでも有るのだろうか、
アパートの下庭には左ふたつ向こうのアパート住人の雌がいそいそと顔を出す。
手に持つ黒い袋の中にはゴミが入っているのだろう。ゴミの収集日は決まっているのに噸麟の姿観たさに
毎日決まった時間に出てくるのも乙女心の為せる技であろうか。
「おはよう御座います。干物さん」明らかにもじもじと顔を赤らめて声が飛んでくれば
「お早う御座います・・・」っと、噸麟も一応は言葉を返すがそれだけである。
なにせ出勤時間であればこそ時間はない。噸麟の会社上司は時間に煩いのである。
以前、弐拾秒ほどの遅刻で45分と四十三秒も説教された事が有る。だが然し、噸麟は同じ間違いを繰り返さない。
全てにおいて一度犯した間違いやミスは弐度とおこさないように気をつけている。性分でもある。
頬を赤らめる主婦との会話の後は地平線をまっすぐとみて歩く。
駅までの道のりの最短距離を計算し商店街を闊歩すれば、女学生や通勤者がさっと身を引いて避けてもくれる。
早足で闊歩する噸麟の姿はまるで何処かの勇者とでも言うのだろう。その道を塞ぐとでもすればそれが罪と
でも言えるのだろうか。とにかくも颯爽と歩き改札を通れば後はホームである。
然し、鮨詰状態の電車の中に置いても噸麟は以外にも快適である。もっとも満員電車の鮨詰状態には変わりない。
変わりなくも噸麟と体を接する者はいないのだ。
噸麟の周りにも一はいる。だがその体が触れ合うことはない。まるで噸麟の周りに何か壁が有るような感じである。
若しくは、噸麟の周りに立つ者たち自身が揺れる電車の床で必死に脚を踏ん張り耐えて偲んでいるのだろうか。
どちらにしても噸麟の周りには一定の空間が生成されているかのようにその四肢にふれる者はいない。




置字




天鼠蛭姫

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